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2010年7月11日 (日)

■いとなみを空に映して・二 ~『アマガミ』・絢辻さんSS・七夕編 -更新第541回-



 
 
          *   *   *
 
 
 
 そんなことがあって、僕らは裏道を使って山の上の神社へ向かうことにし
たのだけれど。
 踏み入れたその道は、思いのほか整備が行き届いていた。石段は、さすが
に表の参道ほどは大きくもきれいでもなかったけれど、滑ったり、歩きにく
かったりすることはあまりなく、それどころか、雨を吸った木々と土があた
りの空気を冷やして心地良い。時折風が抜けると肌寒いくらいで、僕と絢辻
さん、互いの気配がそれで分かるくらいだった。屋台が並ぶ参道の人いきれ
の悲惨さは去年までの経験でよく知っているから、この選択は案外正解だ。
ただ明かりだけは心許なくて、先を行く僕が一歩一歩、段の位置や幅を確か
めて、後続の絢辻さんに知らせながら、ゆっくり登っていくことになった。
 そんな薄闇の森の中、次の石段を踏みしめながら、僕は思い切って訊いて
みた。
「それで、短冊には何を書いたの?」
「ん? 世界征服」
「せ」
「うそよ。健康祈願」
「……」
 ……もう、驚く間をくれるつもりもないらしい。絢辻さんは一瞬でオチま
で終わらせて、
「世界なんて手に入れたって、管理するのが大変じゃない。手に入れるまで
の苦労と、維持と。それを考えたら、見合うだけのリターンがあるなんて到
底思えないもの」
と、涼しい声で付け足した。ああ、それも具体的に検討した上での選択なん
ですね……。にしても。
「……それだけ?」
「そうよ? 他に何かある?」
と、あっさりだ。
 昨年、一昨年、そしてさらにそのまた前の年の分まで遡ってお願いの請求
をしようとした僕としては、いささか拍子抜けするお答えが返ってきた。
「あとは、多少、運のめぐりが良くなりますように。かな」
 そう付け足された絢辻さんの答えを訊いて、僕は戸惑っていた。これは…
…どっちなんだろう? リアリストの絢辻さんらしいのか、ゴーツクバ……
ごほん、あらゆるものを求めて止まない、飽くなき探究心の持ち主である絢
辻さんらしからぬ態度なのか? ここは一つ突っ込んでおこうと、僕はさら
に言葉を捜す。
「そうなんだ? もっとこう……合格祈願とか、何か欲しいものがあるとか
は……」
「別に。具体的な話で、わざわざお空の星に叶えてもらわないといけないよ
うなことは、今、何もないもの。自分でやった方が早いわ」
と、その答えはなるほど、前者だ。背後から聞こえてくる言葉の中に、リア
リストで実力主義者の絢辻さんが、凛と背筋を伸ばして見えた。
「そっか。絢辻さんならそうかもね」
「だから、自分の手の及ばない様なこと。運とか、縁とか。そういう要素が
ものをいうことに限るわね、お願いをするなら」
 そんな風に付け加える。
「ははっ、そっか」
「うん。そう」
 表の参道よりも幾分急でワイルドな石段に、僕も絢辻さんも、息は徐々に
あがり始めていた。お互い、返事も少し切れ切れに、熱気をはらんだ吐息が
言葉に混じり、気のないようになりながらも、僕は、確かにおみくじとか占
いとか、およそ他力本願の匂いのするものには近づかないきらいが絢辻さん
には普段からあったことを振り返る。さすがだなあと感心もする梨穂子や薫
に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
 そうして会話が途絶え、一段、二段と上ったところで……
「そういうものが、一番、ものを言うことについては……ふぅ、もう……片
付いちゃったから」
「そうなの? ははっ、それは良かったね」
 僕はいい加減、頭も回らなくて。絢辻さんの言葉が指す先を、ろくに追い
かけもせずに返事をした、それがいけなかったみたいだ。
 僕の後ろで、ザシッ、と絢辻さんの編み上げサンダルの底が湿った石段の
砂を踏みつける音がひときわ大きく響いたと思ったら、その続きが聞こえな
くなった。
 僕はそれにも気付かずに、もう一段。そしてさらに次の段に右足をかけた
ところで異常に気付き、ようやくあとを振り返った。絢辻さんは、立ち止ま
ってしまっていた。一段分余計に空いた距離が、暗がりと乱れた呼吸とで、
変に遠近感を狂わせていた。
「絢辻さん?」
「……」
 青黒い空と、雲の紗幕を通したほんの少しの月明かり。それがさらに藪の
隙間に濾過されて射すわずかな光を受けて、絢辻さんの黒い目が、闇の中で
ぽっちり赤く怒っている。
「むぅ……」
 顔のほかのパーツは殆ど見えないけれど、釣り上がった目から大体の想像
がついてしまう。これは……さっきの件も合わせてなのか、かなりの不機嫌
だ。
「ど、どうしたの?」
「またそうやって、他人事みたいに……」
 ぼそりとこぼれた呟きと、絢辻さんのさっきの言葉が重なる。運とか、縁
とか。……巡り合わせって、もしかして……。
「……ああ」
 僕がはたりと手を打つ頃には、絢辻さんはもう動き出していた。数段分の
アドバンテージを一息に、ざしざしと登り詰めてくると、
「前、代わって。あたしが先に行く」
と、押しのけるような視線で僕を見上げた。
「ご、ごめん。気をつけるよ」
 狭い狭い石段の上で一度、ほとんど抱き合うみたいにして場を譲り合い、
絢辻さんを先に立たせる。その入れ替わりざま
「次すっとぼけたら、承知しないわよ」
と。
 脅しのように、少し寂しそうに。
 絢辻さんは、僕の喉元にポツリと囁きを落としていった。
 もちろん、とぼけたわけではなかったけれど。
「ごめん……」
 弾むように上り始めた絢辻さんのおしりに、もう一度小さく謝っておいた。


             ・
             ・
             ・


 隊列を変えて石段を上り始めてすぐ、
「で? そういうあなたは?」
と、絢辻さんが訊いて来た。短冊のお願い事の中身のことだろう。
「僕のは……そのまんまだよ」
「わかりません。説明して頂戴」
 ……まだまだ、機嫌は直らない。ぶつりとちぎれる語尾が、湿って折れた
木材みたいにけば立っていて触れるのにすごく神経を使う。……これで機嫌
が良かったら「世界平和だよ」とブツける事も出来たのだけど、今それをや
ったら、怒って帰ってしまい兼ねない。
「一つは、絢辻さんと同じだよ。健康祈願。僕と、家族と、友達と。……絢
辻さんが、ずっと元気でいられますようにって」
「そ。まあ、月並みよね。ずっとは難しいでしょうけど。それで?」
 反応もやっぱりそっけない。まあこの内容で食いつけと言われても、それ
はそれで無茶振りの範疇だとは思う。美也だって顔をしかめるだろう。
「もう一つは、『絢辻さんと同じ大学に受かれますように』」
 一段、二段、三段。僕が言ってから、結構な間がおかれた。前を行く絢辻
さんの息は、ふっ、ふっと弾んではいるけれど、話が出来ないほどじゃない
はずだった。何か考えているんだろう。
「……そう。それにはまだまだ、努力が足りないかしらね。今からお星様を
頼りにしてるようじゃ、怪しいんじゃない?」
 励ましと、憎まれ口。絢辻さんなりの葛藤が見え隠れしているようで、お
かしくて、僕は荒くなった息に密かに笑みを混ぜた。はっ、はっ、ははっ…
…。
「ちょっと! 今なにか笑ったでしょう!」
「わ、笑ってないよ!」
 すごい速さで振り向かれてすごい速さで否定する僕! な、なんでバレる
んだろう、怖い!!
「……。じゃあ、次」
 促され、まだちょっとドキドキしながら僕は三つ目のお願い事を思い出し
て、そこで黙り込んでしまった。それを見逃す絢辻さんでもない。
「どうしたの? あたしに言えない様なこと?」
「ち、違うけど」
「だったらさっさと言いなさい」
 別に都合の悪いことは何も書いていないけど、今のこの雰囲気で言ったも
のか、躊躇われた。
「……『あ』」
「うん」
「……『絢辻さんと、ずっと一緒にいられますように』って……」
 ご機嫌とりや、冗談のつもりはない。今、手に持ってる短冊には言ったま
まのことが書いてある。見せろと言われて隠すつもりもなかったけれど、音
読させられることは想定していなかったからさすがにちょっと恥ずかしかっ
た。
 それと、怖かった。
 もしかしたら、絢辻さんにその場しのぎのおべんちゃらだと思われてしま
うかも、という躊躇いがあったのだけど……さすがに、そこまですぐバレる
嘘をつくほどの馬鹿だとも、お追従で場を取り繕える器用人だとも思われて
はいないみたいだった。
「……そう」
 絢辻さんから返ってきたのは、短く、けれどどこかあたたかな、沈黙にな
りそびれた言葉の切れ端だった。僕の言葉そのままを受け止めてくれたのだ
ろう。見上げるとその背中には汗が滲んで、体は……受験勉強で運動不足な
のかもしれない、左右に大きく振れていた。その向こうには、トンネルの終
わりが見え始めていた。
「けど、それだったら……」
と、絢辻さんは何か続けようとして。そして、それとはまたさらに違った何
かに気が付いて、ぱたりと足を止めた。
「……って、待ちなさい」
 ざしり!
 サンダルで砂をすりつぶす音を勢いよく響かせて、絢辻さんは急反転、
「あなた。まさかそれ、人目につくところにぶら下げるつもり!?」
と、興奮気味にまくしたてた。
 境内がもうすぐそこだ。トンネルの出口と木々の隙間から射す祭りの灯に
照らし出された絢辻さんの面差しは。……その光が提灯や屋台のものだとい
うことを差し引いても、あまりに赤かった。
「え? そ、そりゃあ短冊なんだからもちろ……あ……」
 そのことの意味を、僕はあまり深くは考えていなかったのだけど。
 言われて、考えて。
 気が付いて、僕が気が付いたことに絢辻さんがまた、気が付いて。
 その間、ずっと黙って、にらまれて。
 やがて。
「……」
「……」
「没収」
 シンプルなコマンドとともに、絢辻さんの手のひらがにゅっと僕へと突き
出された。
「ええええ! そんな、イヤだよ! せっかく書痛たたたたた痛い痛い、絢
辻さん痛い!」
 石段一段あとずさり、短冊を守るように身をよじって逃げた僕の肩に、絢
辻さん自慢の鋼の爪が、逃がすまいよと食い込んだ。
「もっとよく考えなさい! この町に絢辻なんて苗字の家が、一体何軒ある
と思ってるの!」
「さ、三軒くらい……? 痛たたたたたたた!」
「う・ち・だ・け・よ!! いい恥晒しじゃない、それだけは絶対に認めら
れません!」
「だ、だって!」
「だってもヘチマもな・い・で・しょ! いいからそれを寄越し・な・さ・
い!」
 言葉を強く区切るたび、僕のTシャツの肩に爪痕が深く刻まれる。それが
純粋な力なのか、何かの経絡の力なのか!? 経験したことのない痛みが肩
から入ってつま先に抜けていく……それでも、僕は!
「い、や、だぁ~!!」
「な、何をそんなに必死になることがあるのよ!?」
「だ、だってこれは……! 僕の!」
「往生際が悪い! わかってるわよそんなこと! 大体、その二つだったら
……!!」
 狭い石段から体半分乗り出して……一体、踏ん張りの利かないその体勢か
らどうやって力を生み出してるんだろうか。絢辻さんは力任せに僕に自分の
方を向かせると、そこからさらに、僕の顔を覗き込んできた。困って、怒っ
て喜んで、八の字になったきれいな眉と、キラキラした絢辻さんの瞳がもう、
目の前にあった。
「……あたしが、何とかしてあげられるから! お願いだから黙って渡して
頂戴……!」
「……」
 静かに、風とも呼べないくらいかすかに空気が動いた。濡れた空気の中を、
目の前に迫った絢辻さんの体温が伝わってくる。そんな風に、彼女に頬の熱
まで伝えられてしまったら……
「………………………………はい」
逆らえる男が一体、この世界のどこにいるっていうんだろう?
 
 
 
                             (つづく
 
 
 

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