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2010年7月 4日 (日)

■摩周湖~『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』より -更新第536.1回-




           --1--



St_kushiro

「ボス。ボスは、釧路は初めてだっておっしゃってましたよね」
 交差点、ハンドルを切りながら”シュン”が口を開いた。釧路を出てかれ
これ一時間、車内の動かない空気に息が詰まったのだろう。
「ん……ああ。こんな物騒なヤマで来ることになるとは思ってなかったけど
 な。北海道」
 ”ますだ”という名の男が東京で殺された。直接の死因は絞首による窒息、
遺体は海から上がった。殺されたあと東京湾に投げ込まれたようだと検死官
は言っていた。
 差し当たっての手がかりは男が持っていた町金融からの督促状のみで、そ
の足跡を追って私は北海道は釧路まで来ていた。督促状の宛名を頼りに訪れ
た、釧路市内の被害者の自宅では彼が殺されるに足るほどの話は聞かれず、
今は家人の漏らした”いいじま”という名の人物に会うために北浜へと向か
う途中、国道391号線上にあった。
 シュンは、私への同情まじりの相づちのあと、あれこれと土地の話を始め
た。風習のことや名物のこと、歴史。生粋の道産子の語りは雄弁で、都会っ
子のそれにくらべて遙かに色彩に富んでいた。けれど事件の糸口になるよう
な情報が出てくるはずもなかった。
 シュンは若かった。大きなヤマに関わるのは今回が初めてだろう。その仕
事の大きさに興奮しているのか、瞳の奥の大きな光を隠そうとしない。
「それでですね。ほら、今左手にどーんと広がっているのが釧路湿原です。
 これを挟んで西側には、『鶴居』なんていう鶴が越冬のために集まる場所
 があるんですよ。このヤマが無事に片づいたら、一度見に寄ってみるのも
 いいかもしれませんよ」
「ああ、そうだな。……そう簡単に片づくヤマとも思えないけどな……」
 私はシートに背を預け直して、一言漏らしてしまった。
「す、すみません……」
「ん? ああ、そういう意味じゃないんだ。すまない」

 別に若いののたがを締めるつもりはなかった。勢いは大切だと思う。何事
も同じだとは思うが、私のように盛りを過ぎるとおいそれとは超えることの
出来ない壁というものが、犯罪捜査には出てくる。道警が今回の相棒に若い
彼を引き合わせてくれたのも、その辺を慮ってのことだろう。まったくあり
がたいことだ。
 ふと漏らしてしまった一言はただの本音だった。件の督促状を表裏眺める
たび、この事件には、とても複雑に歪んだかなしい影が落ちていると、最初
に東京湾でホトケさん……ますだの死に顔を拝んだときに感じた予感が、胸
で確かになる気がした。
 九月。短い夏を過ぎ、車窓を流れる湿原の風景が寂しさを増しているのが、
初めての私にも分かる。
 警察官になって28年、刑事になってからは16年。事件も被害者も犯人も、
数多くのケースを見、その深みにまで首を突っ込んできた。そのありようは
本当に様々だったが、唯一共通して、かなしみの伴わない事件というものは
なかった。
 学生時代の私はとんだ悪ガキで、自分で言うのは憚られるから私を拾って
くれた恩人の言い様を借りるが、腕っぷしの強さと人情味、そして機転の早
さを買われて私は警官になったのだ。昔のガキ大将なら誰でも持っている資
質だ。始めの頃こそ抵抗を感じていたものの、不出来な弟子というのは師匠
に似るしかないもので、やがて私も町の暮らしを守りたいと思うようになり、
その気持ちのままにやってきた。それは多分、今のシュンのように。
 けれどもそうして見えてきたものは、営みの、暮らしと暮らしの狭間にあ
る黄昏色をした闇とかなしみばかりだった。思えば当然のことだ、そここそ
が私の糧の在処だったのだから。無くしたいから出会わざるを得ない、無け
れば無いで不安になる。その至極単純なジレンマは仕事だからと割り切るこ
とが出来るほど生やさしいものではなかった。普通に生きていれば聞くこと
のない、たくさんのやりきれない感情と薄汚い言葉に出会う。
『俺たちみたいな商売が、世の中から必要なくなるのが一番いい』。
 あるとき師匠がもらした言葉だが(師匠もドラマか何かから拾ってきた言
葉らしい)、師匠が殉職し、その年齢に私が追い付こうとしていても、その
兆しは尻尾も見せない。だからこうやって、そんなやりきれない数々の感情
に、今日も自分から手帳を見せに行くのだ。
「そういや北海道には、ヤリキレナイ川なんて名前の河があったっけな……」
「? 何か言いましたか? ボス」
 虚しいと思わないではない。かなしみというものには形があり、そしてそ

の輪郭が複雑であるほど深さを増す。最近では出会う人がどんな形のかなし
みを抱えているか、少しだが見えるようになった。そして誤解を恐れずに言
うならば、私はいつの頃からか、かなしみという感情を愛するようになって
いた。何も人がかなしんでいる姿をを見てよろこびを覚えるわけではない、
そこまで悪趣味ではない。その姿は、決して見慣れることなく傷ましい。た
だ人の心が持つかなしむという働きをいとおしいと思うのだ。それが何故か
は分からない。身になったと言えば、そんなことくらいだ。


Rv_kushiro_2

 道はちょっとした高台に差し掛かっていた。
「ボス、あれが釧路川ですよ」
 湿原を見下ろすと、視界の中ほどに(シュンいわく、釧路川自体は湿原の
東端にべったり沿うように流れているらしいが)、一筋の川が横たわってい
る。
「あの、えらく曲がりくねったのか。太平洋までいってるわけか」
「ええ! 市内を突っ切って、港まで」
 初めて私が返した反応らしい反応に気を良くしたのか、シュンは声を弾ま
せた。川は、生い立ちにどういういきさつがあったのか、東へ西へ、大きく
蛇行していた。
「なんでまた、あんな奇っ怪な形をしてるんだ」
「え……さあ……。それは、僕にもちょっと……」
「そうか、でもまあ」
 私はまた、疲れにくい姿勢でシートに腰を沈めた。
 疑問に思ってはみたものの、川というものは、みな山や人里の谷間に複雑
な姿を隠しているのかもしれないと考えてみた。この釧路川ほどあけすけな
姿を見せてくれないだけなのだろう。何しろこの釧路湿原というやつは東京
二十三区がすっぽり収まるほどの広さがある、それだけの広さを何の障りも
なしに見通す機会がどれだけあるだろう。眼前に広がる空間に、見慣れたビ
ルと看板を生やし、線路を敷き詰めてみると合点が行った。
「ここなら食いもんも多いんだろうし、生き物もたくさん棲んでるんだろう
 なあ」
「東京に人が集まるのと同じですね。さしずめ野生の東京23区ですよ。動物
 にしてみれば住みやすいんでしょう」
「ああ、そう言われると……どうだろうなあ……」
 私の言葉にシュンが目を白黒させたのが妙におかしくて、私は小さく肩を
揺すった。それで車内の雰囲気は少しましになった。



           --2--



Town_masyu  二時間ほど走ると、車は山あい
の温泉街に差し掛かった。

「ここいらで休憩にするか」
「僕ならまだ大丈夫ですよ」
「俺は腹が減ったよ」
「そ、そうですか。すみません、
 気がつかなくて。そうですね、
 この辺りだと……」

 私はうまいものには目がない。
寝る間もとれず、近しい者と過ご
す時間もままならない商売では、
合間に求めることの出来る唯一の
安らぎがそれだった。動物的だと
笑わば笑え、だ。
 シュンに土地の奨めを尋ねると、

「それなら、ここからまだ三十分
 ばかり走りますが、いいですか?」

と、含みありげに笑って言った。
北海道は広い。
「まあ、構わんさ」
と私が言うが早いか、シュンは大きくハンドルを切り、町をはずれて山道を
登り始めた。
 道は、バックミラーに遠く映っていた阿寒の峰々と肩を並べるほどに上っ
て行く。正直おいおいと思ったが、ぐんぐん高さを増すにつれ、山や町、そ
れに根釧の台地は遠ざかっていくにもかかわらず自分の物ででもあるように
広がっていく。その様は雄大で、上機嫌でアクセルを踏むシュンを止めるこ
とも躊躇われて、いっそ身を任せることにした。
 やがて先に見えてきたパーキングにシュンは車を入れた。
「さあボス、着きましたよ」
 ギッ、とサイドブレーキを引く仕草が若さを象徴するようだった。シート
ベルトを解く様子がどこかそわそわしている。
「着きましたよってお前……うわ、寒いな。どれだけ上ったんだ。それにこ
 こはレストハウスじゃないか? 摩周湖……第一展望台?」
 道の駅というやつかと思ったが、それとも違うようだった。
「そうです、ボス。まずは地元の氏神様にご挨拶といきましょう」
 そう言うとシュンは颯爽と目の前の石段を登り始めた。空は好天。観光の
盛りは過ぎていて人影はまばら、階段の先に見えているのは観光客向けの展
望台だった。そうなると私には、空きっ腹もなくついて行くほかなかった。
 けれども様子がおかしい。一段、また一段と上るにつれて、様子が劇的に
変わるのだ。半分も上ったところで遠方に、方角的には北東か、小さく稜線
が顔を出した。果たして氏神様とはあれのことか。
 もう一段上る。右手の近い所にも黒々とたくましいピークが見え、水の匂
いが漂いだした。
 頂上まであと数段。まなこの下端を空とは違う青色がかすめると、たちま
ちその正体が明らかになった。私の右目の端から左目の端まで、一気に青く
染まった。


Lake_masyu

 それが摩周湖だった。満々と、夏の月空をそのまま湛えたような湖面は静
かに張り詰めていた。外輪を絶壁がぐるりと囲い、ひときわ突き出た尾根は
横たわる獣に似ている。
「これはお前……すごいな」
 火山の跡地に宇宙を映す鏡を張りました。そう言われても納得してしまい
そうな、圧倒的な在り様だった。私は言葉を失った。
「摩周湖です。アイヌの人々はここを『カムイトー』と呼んでいたらしいで
 すよ。『神の湖』という意味らしいです」
 目を奪われるとはまさにこのことで、視界には湖以外何も入ることが許さ
れない。殆ど奇跡的なバランスで、人の目を埋め尽くす大きさにこの湖と山
々は出来ていた。近く右手に見えた雄峰は摩周岳、今日は天気がいいからほ
ら、知床の斜里岳まで見通せますね、幸先いいですよ、ボス!……と、シュ
ンはサービスのつもりかガイドをつけた。
「この摩周湖には、流れ込む河も出る河も見当たらないんです。それなのに
 水位はいつも一定なんだそうですよ。不思議ですよねえ」
「そうなのか? あの行きがけに見た……」
 私は湖から目を離せない。
「釧路川ですか? 釧路川の源流は屈斜路湖がそうです。ここからだと、も
 っと西になりますよ」
「そうなのか」
 見渡せばなるほど、湖面を縁取る絶壁には途切れるところがない。その斜
面にもびっしりとダケカンバの原生林が繁茂して、河らしい河は見つけられ
なかった。
「そのせいかどうか知りませんけど、濁らないんですね。生き物もほとんど
 棲まなくて。昔は何十メートルも底を見澄かせる世界一の透明度だったら
 しいですよ」
「透明。透明か」
 湖面は深い青色をしていて、風の吹くまま柔らかに波立つ。言われる通り、
生き物の影は少なくとも展望台の高さからでは伺えなかった。まして人の立
ち入ることなど至難の業だろう。
 シュンの解説の途中、ぴんと冷たい風が吹いた。九月の末と言えば、北海
道ではもう秋も半ばで、ここのような高地ともなると上着がないと厳しいも
のがある。私は肩をすくめ、申し訳程度にスーツの襟を立ててしのごうとし
た。シュンは平然と「冷えますねえ」と言ってのける。
「しかしなんだな。そんなふうに聞かされると、澄ましこんだ美人みたいで、
 こう、いけ好かなくもあるな。高嶺のなんとやら、だ」
 人を寄せ付けない孤高の佳人。交わらない故、濁らない。今この瞬間でこ
そ湖面を拝めているが、普段は霧をたててその面を窺うことすら困難だとい
うこの湖が、私には白い肩を見せて微笑する仙女に見えた。また風が吹きつ
けた。
「どうした?」
 私を見て、シュンが意外そうに口を開いて見せた。
「え……いやあ、驚きました。ボスは案外詩人だったんですね。……詩人と
 言えばボス。啄木が摩周湖のことを句に詠んだと言う話は聞きませんが、
 彼はこの弟子屈まではやってこなかったんでしょうかね」
「啄木?」
 正直、不得意な分野だった。悪がきだった私であるから、名前くらいは勿
論知っているものの、その生涯については教科書に載っていた有名な句をい
くらか憶えておればいい方だ。
「ご存じないですか? 釧路は、啄木が新聞記者として過ごした最後の場所
 なんですよ。市内にも米町公園とか港文館とか、ゆかりの場所がたくさん
 ありますよ。ボスもこのヤマが……あー……っと……」
 シュンは先ほどと同じセリフを口にしかかり、慌てて口をつぐんだ。やは
り愛くるしい男だと思った。
「啄木ねえ……。はたらけどはたらけど、だったか」
 シュンを微笑ましく思う傍ら、胸中では車中で呼び起こされた虚しさが去
来していた。複雑にうねりながら雑多な生き物の狭間を流れていく釧路川と、
高みにひとり、空を映すばかりの神の湖と、もっぱらホトケ相手の人生がど
ちら寄りなのかは考える余地もなかった。辺りにはもう、私たち以外に人は
残っていなかった。
「? ボス?」
「冷えてきたよ。そろそろ本当に飯にしようや」
 私は展望台の手すりを突き放した。神秘の湖に見惚れていた自分に、居堪
れなさを感じ始めていた。少なくとも、このまま神様の姿に圧倒されている
わけにいかないことは確かだと考え始めていた。
 しかし返した踵の目の前には案内板が立っていた。ぶつかりそうにふらつ
いた私を見て背後でシュンが吹き出すのを聞き、私は慌ててそれを読む振り
をしなければならなかった。
『摩周湖は、火山の中央部が陥没し、そこに水がたまって出来たカルデラ湖
 と呼ばれる─』
 案内板には、シュンが先から得意げに謳っていたような内容がつらつらと
書かれてあり、その終いに湖の中ほどに浮かぶ島の説明があった。
 島には、カムイシュという名があった。
 その昔、戦で息子を失ったアイヌの老婆が、敵の部族に追われて逃げる途
中で孫までも見失い、失意の末にたどり着いたこの湖で、かなしみのあまり
岩になってしまった─。
 レストハウスにむかう道すがら、今度はシュンから島の逸話を聞かされる。
少々辟易していた。そんならこちらも、今まで出くわした中で一番無残だっ
たホトケの話でも披露してやろうか、そんな風に考えて天を仰いで胸をそら
せた。その時だった。
 大きな影が頭上を展望台に向けて過ぎていった。鳥のようだった。鶴だ。
白くて細長くて、儚いのにどこか雄雄しい。その陰を追い、飛び去った方を
振り返ると、誰もいなかったはずの展望台に女が立っていた。
 女は背中を向けていたのでその面差しまでは知れないが、岩黄色のサマー
セーターの背中に髪を腰まで垂らして湖を見つめている。一人のようだが、
危うさはなかった。待ち合わせだろうか、彼女が手首の時計を気にしたとき
に、切れ長の眦に滑り込んだ瞳と私の目があった。
 何も疚しいことはない。私は軽く会釈をして、先を行っていたシュンに追
い付いた。
「なあシュンよ、さっき鶴がどうとか言っていたが、鶴ってのはこんなとこ
 ろまで飛んでくるもんなのか?」
「え? さすがにここまで飛んでくるという話は聞いたことありませんが…
 …地元の人に聞き込みでもしてみますか?」
「いや、いい……。お前、おかしなところで仕事熱心だなあ」
 それにしても不思議な陰を持った女だった。とても複雑な形のかなしみを
陰を浴びていた。そしてそれは彼女自身のものではなく、彼女を取り巻く借
り物であるように感じられた。それほど大きく、そして古びた陰だった。
 このときは、”めぐみ”という名のこの女性が、のちに我々が追う事件に
関わってくるとは思いもよらなかった。我々には地道に、源流から海へ、紐
解いていくことしか出来ないことは骨身に沁みて知っている。川面が凍り付
くことがあっても、川底の温んだ水を信じるしかないのだった。



           --3--



Lanch

 レストハウスの食堂からも湖はよく見えた。
 私とシュンは豚丼といもだんごを一つずつ頼み、ようやくありついた昼飯
を私は早々に平らげていた。シュンは……食べるのが遅かった。これは刑事
の重要な資質に欠けていると言える。お婆ちゃん子なのだろうか、丹念に咀
嚼するシュンを横目に、私は常に持ち歩いているトランプを、手遊びよろし
くシャッフルしながら尋ねた。
「さっきの話だけどな。シュンだったら、その婆さんに何をしてやれると思
 う?」
 さすがに、少し唐突だったようだ。シュンの箸が止まった。
「島の婆さんだよ。息子と孫を殺されて、くたびれきった婆さんが目の前に
 現れたら、お前どうする?」
「カムイシュのお婆さんですか? それはもちろん、ホシを挙げて、罪を償
 わせますよ」
「そのあと」
「そのあと、ですか」
 呟いたあと、シュンは箸をすっかり丼の上に預けてしまい、腕組みをして
考え込んでしまった。いい、いい。冷めるから先に食っちまえ。そう言おう
とした時、シュンは再び箸を取り、ぱくぱくと米を口に運び始めた。そして
言った。
「何もしません」
「おいおい、えらく薄情だな」
 意外な答えに今度は私の手が止まる。シュンは私の非難めいた調子を振り
切るように、すごい勢いで米をかき込み始めた。私の質問に腹を立てている
ようにも見えた。
「ええ。かも知れません。ですけど、とにかく忘れないでいてあげて、とき
どき会いに行きます。お婆さんが亡くなるときに誰も傍にいないなら、僕が
手を握っていてあげたいと思います」
 僕は医者じゃないし、お坊さんでもないですから。軍隊でもない。犯人を
捕まえたら、出来ることなんか何もないです。だったらあとは僕個人として、
彼女の新しい暮らしをお手伝いをするくらいしか、ないじゃないですか。
 口にものを詰め込みながらの熱弁だったので正確に聞き取ることは難しか
ったが、シュンは多分こんなことをまくし立てていたように思う。やがて残
りを全部平らげると冷やをあおり、椅子に乱暴に背を預けた。そして続けた。
「でも今は、まだ犯人を上手に捕まえられるようにならきゃならないんです。
 まずはそれからです」
 うつむき加減の一言だったが、瞳の奥の光はよく見えた。刑事になったこ
とに何か理由でもあるのだろうか。もしくは、以前のヤマでヘマでもしたか。
いつまでも顔を上げないシュンに、つまらない質問をしたことを少し申し訳
なく思って私はまたカードをきった。
「まあ、そうだな。安心しろ。今回のは長いヤマになるよ。教えてやれるこ
 とも多いだろう」
 私は、押し黙り、視線を落としたままのシュンの目にも触れるように、マ
ッチ棒を十五本、テーブルの上に転がしてやった。シュンの表情が不思議そ
うにほぐれて、目の前に滑り込んできたものをつまみ上げた。
「……なんです?」
「チップの替わりだよ。食い終わったんなら一勝負と思ってな」
 同じように十五本、数えて取ると私は自分の手元に置いた。
「ブラック・ジャックなんてどうだ」
「ボス。捜査中にトランプなんかしても良いと思っているんですか?」
 私は答えず、自分とシュンの間にカードの山を据え、顔の前で手を組んで
シュンを見据えた。
「……本気ですか?」
「長いことやってるとそんなもんだ」
 シュンは小さく溜息を落としたかと思えば、先ほどまでの深刻ともいえる
表情を一変させた。
「……わかりました。そこまで言うなら僕も嫌いなほうじゃないし、つきあ
 いましょう!」
 一つ、シュンのガイドで気付いたことがあった。そうだ、かなしみには色
はなかった。どんな凶悪犯でも、かなしみがどす黒く濁っていたりはしない。
いつだって驚くほど透き通り、彼らはかなしみの前に平等に純粋だった。か
なしみに透かすと心の奥底まで見通せた。かなしみはとても美しかった。

 摩周湖を満々と満たすもの。カムイシュにまつわる言い伝えは、その物語
がまさしく事実であったのか、それともアイヌの人々がそれと知らせようと
言い伝えたものなのか。いずれにしても出来すぎた話だ。私は自分のかなし
みを見透かされたような気がしてシュンを見た。勝負事にはまるで向かない
顔つきで、手札を睨んでいた。
「……ところでボス、僕は思うんですがね……。? どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。言ってみろ」
 思いの外、目の前の若い刑事に教わることも多くなりそうだ。そう思った
ことは、今後のことを考えて伏せておいた。
 結局、私はこの事件でもたくさんのかなしみを目の当たりにすることにな
る。
 親を失った子のかなしみ。子を失った父のかなしみ。
 償いたくても償いきれない罪を負い、逃げ出すしかなかった者のやりきれ
ない思い。
 捨てられた者。
 獄中の男。かなしみを感じても、泪を流すことさえ木偶人形に託さねばな
らない自分が、またかなしい。
 かなしみを、かなしいと感じることの出来る心は健やかだ。そしてかなし
みは、忍び和らげることは出来ても、逆らうことや消し去ることは出来そう
もない。そうして針が振り切れたとき、人は病のように罪を犯すのだろうか。
真相を知るにはまだ時間がかかりそうだった。師匠はどこまで尻尾を掴んで
いただろう。
 何か重要な手がかりを得られたような手ごたえを感じたが、ほどなく私た
ちはここを発たねばならない。何しろ私の手元には、マッチが既に二十八本
もあるのだ。

Mt_oakan

 私は、いつかもう一度、心おきなくこの摩周湖を眺めに来られるようにと
願い、窓越しに弟子屈の空を仰いだ。オホーツクを臨む知床の峰までも、く
っきりと見渡すことができた。



                             『摩周湖』
       ログインソフト「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ」より
          (1987.06.27 ファミリー・コンピュータ)

 
 
 
 
 
はいどうも、オイサンです。 
イキナリ何が始まったのかとお思いの方も
おられたりおられなかったりだと思いますけど。

この「摩周湖」という短編は、何年か前にオイサンが、
『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』というファミコンソフトの設えを借りて書いた
SSもので、今回それを再掲してみました。

なんでいきなりコレなんかと申しますと、
原作となるソフトの発売日が1987年の6月27日ということで、
6月の頭に何かの告知で
「発売23周年記念にオフしようず」
のような記事を見かけ、
「おお、ほなオイサンもなんかしよか」
と思ったのですが……

 「23周年て、中途半端くね?」

と、ネタだと気付くのにちょっと時間がかかってしまったということもあって、
せっかくなので載せてやろうと、このように思った次第です。

  そしてその当日の27日にも載せるのをすっかり忘れてしまっていたので、
  今になった、と。
  ぐだぐだにも程がありますが、マいいかなと(いいものか)。

古いゲームですし、もう知らない方も随分おられるとは思いますが、
今やり直してみても十二分に面白いゲームです。
スタイルはコマンド選択式ADVと、もう相当に古めかしいですが、
20年以上も前に、こんなに骨太の物語が、
あのファミコンのピコピコサウンドとカクカクのドット絵で描かれ、
子供たちの間で遊ばれていたのかと思うと、ちょっとしたショックを受けることウケアイです。

実際オイサンも、摩周湖を見に行こうと思い立ってから
このゲームのことを思い出してやり直し、
「このゲーム、こんなすげえ話だったのか!」
と、小学生当時には感じえなかったたくさんの機微を改めて感じ取り、
大きなショックを受けたものです。
以来オイサンの中でこのゲームは、物語ゲームのオーソリティとして輝き続けています。

  でも、多分ね、『神宮寺三郎』シリーズとかも
  真面目にやったら相当湿ったお話しだと思いますけどね。
  そっちの方はあんまり明るくないんだ、オイサン。


マそんなことでしてね。


昨年、また『アマガミ』でもってゲームの物語の面白さという物を
改めて認識したオイサンですので、
キレーに騙されてしまったお祝いに、こんなものでも載っけておこうかなあと、
思った次第でございますよ。

ちなみに、文中のお写真なんかは、オイサンが実際に現地で撮ってきたものです。
再来週に控えている三連休にも、久方ぶりに北行きを計画しておりますんでね
(つっても10カ月ぶりくらいなんで、フツーの人の感覚からしたら「また行くの!?」
 ってなもんでしょうけど)、
また何か、面白いお土産話でも出来ればと思います。


以上、
この土日はワリと下らないことでバタバタ動き回っていて、
気分ばかりは良かったもののあまり良いアウトプットが出来なくて
不完全燃焼なオイサンでした。



……。


別にね、お出し出来るものがないから再掲ってワケではないんですよ?
エエ、決してね。



 

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コメント

■ちひろさん
コメント返信への返信返し、ありがとうございます。

> 当時高校生だったと思います。
> 図書館に入り浸っては実用書から文庫まで読みあさる小生意気なガキだったのと
> 既にゲームブックやTRPGに手を染めた後でしたから、それなりには理解できていた
> と思っています。

そのくらいであれば、感情的な実感は伴わないかもしれませんが、
誰が、何故、どんな気持ちで事件に走ったのか、
ということは理解できるでしょうね。

> でも、あのチープな画面と音楽が今でもふっと頭に浮かぶんですよ。
> ゲンさんの顔とかニポポ人形とか。

ニポポはやっぱり、心に刻み込まれますよね。
網走で買い求めてしまいましたもの。
ですので、家には一つ、割かし立派なやつがあります。
勿論、涙のあとは刻まれていませんが。

> 行ってみたいなー、冬の北海道。
> 嫁さんの飛行機嫌いがなければ今度の冬にでも企画するんですけどね。

つ北斗星

> まあ、娘に手がかからなくなったら行ってみようかと思います。
> カメラ持って。

その際には是非、作品を拝見させてください。
ではまた。

投稿: ikas2nd | 2010年7月22日 (木) 05時37分

>お聞きしたいのですが、おいくつ位のときにプレイされましたでしょうか?
>また振り返って、その当時、あの物語の内容をきちんと理解できておられました?

当時高校生だったと思います。
図書館に入り浸っては実用書から文庫まで読みあさる小生意気なガキだったのと
既にゲームブックやTRPGに手を染めた後でしたから、それなりには理解できていた
と思っています。
もう、うろ覚えですけどね。
でも、あのチープな画面と音楽が今でもふっと頭に浮かぶんですよ。
ゲンさんの顔とかニポポ人形とか。

>オイサンはもう、ホントに最近になってやり直してみて、
>びっくりするくらい何も分かっておりませんでした。

オイサンの歳だとあるいはそうかも知れませんね。
私はポートピアの時がそうだったかも知れません。

>サントラはプレイヤーに常備してあります。

そういやサントラを持ってません(苦笑)
某音楽同人サークルさんが出したアレンジCDをよく聞いています。

>初めて摩周に行ったとき、
>(中略)
>是非一度。
>損はないです。
>特に、湖面を拝むのであれば冬がお勧めです。

行ってみたいなー、冬の北海道。
嫁さんの飛行機嫌いがなければ今度の冬にでも企画するんですけどね。
まあ、娘に手がかからなくなったら行ってみようかと思います。
カメラ持って。

それではー

投稿: ちひろ | 2010年7月14日 (水) 22時35分

■ちひろさん
毎度おおきにです。

>  どもです。
>  懐かしいですね「オホーツクに消ゆ」
> 「ポートピア殺人事件」からの流れでたどり着いて、ファミコン版を何度もやった覚えがあります。

お聞きしたいのですが、おいくつ位のときにプレイされましたでしょうか?
また振り返って、その当時、あの物語の内容をきちんと理解できておられました?
オイサンはもう、ホントに最近になってやり直してみて、
びっくりするくらい何も分かっておりませんでした。

> 弟と一緒にあれやこれや言いながら、虫眼鏡でくまなく見て回ったりして遊んだもんです。
>  曲がまたよくて。各シーンにあって印象的で。

ですねえ。
サントラはプレイヤーに常備してあります。
釧路に行くときは、上陸一発目は先ず「北の出会い」から入りますねw

>  ところで、摩周湖の写真ですが、本当に水が青いですね!
>  青黒くすらあって、空との対比で余計青く見える。
>  その場に行ったら引き込まれそうで怖いんじゃないかと思いました。

初めて摩周に行ったとき、
摩周湖は「湖でしょ?」と思って全然旅の企画のメインに据えていなかったのですが。
本当にもう、ド肝を抜かれるものすごさでした。
湖面は意外と遠いので吸い込まれるという感覚は薄いのですが、
目を離せなくなることウケアイです。
是非一度。
損はないです。
特に、湖面を拝むのであれば冬がお勧めです。

投稿: ikas2nd | 2010年7月14日 (水) 01時49分

 どもです。
 懐かしいですね「オホーツクに消ゆ」
「ポートピア殺人事件」からの流れでたどり着いて、ファミコン版を何度もやった覚えがあります。
 北海道への手がかりを得てようやくタイトルコールが入るあの演出は、当時の自分には新鮮で、
北海道へ行けただけでちょっと感動して、そっからすぐに行き詰まって頭を抱えて……と、
弟と一緒にあれやこれや言いながら、虫眼鏡でくまなく見て回ったりして遊んだもんです。
 曲がまたよくて。各シーンにあって印象的で。

 ところで、摩周湖の写真ですが、本当に水が青いですね!
 青黒くすらあって、空との対比で余計青く見える。
 その場に行ったら引き込まれそうで怖いんじゃないかと思いました。

投稿: ちひろ | 2010年7月10日 (土) 07時11分

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