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2010年6月22日 (火)

■続・ハートのスタートライン~アニメ『アマガミSS』・その戦略 -更新第527回-

 


■デ、そのアニメ『アマガミSS』に関して。



  ▽ハートのスタートライン~アニメ『アマガミSS』・高山宣言、採択!
  http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/ss-526--bfa4.html



そんな風に言ってのけた、その舌の根も乾かぬうちに。

前々回までの鎌倉オフのレポートの中で、
ゲーム本編の『アマガミ』周辺のコミュニティにおいては、
ヒロイン同士や、
一ヒロインの中でもルートによって、好き嫌いが大きく分かれ、
ファンの間で分断が起こっているらしい、ということを書きました。

デ、その状況を憂える方々の間では、このアニメ『アマガミSS』を
「そうしたヒロイン像の揺らぎを超えて、
 ファンが一まとまりになって盛り上がる材料になりうる」
と捉える向きもあるようなのですが。



  ……そうかあ?



そもそも、ゲーム本編を「ああいうもの」に作り上げた面々が
これ(=アニメ『アマガミSS』)だけをそういう風に使おうとするだろうか?
……ということにオイサンは懐疑的です。


さらに。


もしこのアニメ版『アマガミ』をそういう風に「使う」のであれば、
それはゲーム本編のコンセプト、
すなわちある意味で『アマガミ』が持っているべき『アマガミ』らしさを
放棄するコトでもあるんじゃないの? と思います。

本編の芯に近い部分、ド真ん中を突っ走っていたものを
派生作品(商品)でスポイルするというのは……
なんかというと、
あの『キミキス』っぽいアニメがやってしまったことの再現にも当たるのではないのかなあ、
とも思いますし。


  「受け手が受け容れ難い方向に捻じ曲げる」のか、
  「受け手が受け容れ易い方向に捻じ曲げる」のかの違いでしかなくて、
  捻じ曲げるという行為そのものには、やはり変わりがない。
  大人の表現を使うなら、舵を切り直す、といえるのでしょうけど。

  「受け容れられるのなら、もう何でもイイ」と
  作り手がそれを望むならそれで良いと思うのだけど、
  そこは以前も書いた、
  創作物の「作品としての振舞い」と「商品としての振舞い」、
  どちらに重きをおくかの問題でしかありません。

  そしてこのタイミングで、
  御大高山氏がチラリと見せた「表現者」としての牙。
  それを思うと……。


これまた鎌倉オフレポの中で書いた、
「商品的成功と作品的成功のバランス」の話になりますが、
本編にあったものを捻じ曲げたり、
あるいはフタをして、無かったことにしたりして、
「怖いものじゃないですよ、愉快で楽しいものですよ」
と、取りこぼしたサカナを再度囲い込もうとするのか。

マここまでの展開で、
彼らの表現しようとしたコトうちどれだけが、我々既存の受け手に伝わっているのか、
彼らが稼ぎ出そうとした利益のうち、どのくらいが達成されたのか……。
……そのあたりの成果を、作り手がどう受け止めているかは
作り手ご本人にしか分からないので、分かんないですけどね。
オイサンは、高山センセでも坂本Pでも、ドラッカーでもないですから。


そんなこともあってですね。


オイサン的にはそこはもう、
キッパリと我を貫き通してもらいたいと思うのでした。

「『アマガミ』という作品は、「こういう」作品だったのだ」
ということを表し切るものであって欲しい。
アニメ『アマガミSS』においても。

『アマガミ』の魂の部分(だと考えて盛り込んだ要素であるのなら、それ)を
切り捨てないで欲しいなと。
それは<スキBAD>の部分もそうだし、
ヒロインの揺らぎの部分もそう。



  これは、たとえばの話ね。



人気の二大巨頭である、七咲と森島先輩。
この二人のエピソードはもう、200%ユーザー方向に迎合し倒した、
大多数の意向に寄り添いまくった話にしてしまって
メディア盤(=DVD/BD)を最大限売れる方向にチューニングする。

反して、人気的におぼつかない……
つまり、そもそもメディア盤の売り上げがそんなには見込まれない
中多さん・薫の話は、
目も当てられない鬱展開の話にしてしまう。
ここはもう、あんま売れなくてもいーや、と。
ホンマに好きな人だけ買うたって、と。

そうすれば、作り手としてのフトコロの痛みは最小限で、
かつ『アマガミ』としての「芯」は
全体を通して見たときには守りきれたカタチに収まるわけで。

マただでも数少ない、
中多さん・薫のファンからは総スカン食うことは明らかですが……
そういう考え方もあるでしょう。
アリでしょう。

  ……この場合、中多さんがBAD進行の映えるキャラクターか?
  という点において、疑問符はつきますけど。
  そこは「作品」としての美しさを考えたバヤイね。

だってねえ。
せっかくの「オムニバス」だもの。
もともと、収録エピソードによって
メディア盤の売り上げが大きくバラつくスタイルなんでしょう?
オムニバスって。
だったれば、出来ちゃいますよねえ。
そういう考え方も。
どこで稼いで、どこは切り捨てるかって計算が出来るスタイルですよね。

  誤解のないように申し上げておきますが、
  オイサンは薫も中多さんも、一番でこそないとはいえ、大好きですからね。
  キライだから・興味ないから、そういう材料におとしてしまえ!
  ……と言ってるワケでは決してないです。
  見る側の人間として、そういうバラつきがあった方が絶対に面白いと思うし、
  その方が『アマガミ』「らしい」! と思ってはいますけど。

もしオイサンが作り手だったら……!!

いや、やりませんよ。そんな度胸ねえって( ← ヘタレ)。
だから素人なんですよ、この御仁は。
へっへっへ。
どうだろねえ?

  ……まあ、でもですねー。
  話の順番から言って、
  冒頭の二人が連続で明るく楽しい話題で、
  中盤の二人が連続でド鬱の話、っていう配列は……なさそうですかね。
  後半に響きますからね。
  どういう配分になるかは分かりませんけど。
  ……そうなると、人気もほどほどで、あとを引かないラストに控える絢辻さんが……
  っていうことも考えられますね。
  いやあ、わくわくします。

  ホントなんでもありだ。
  面白い状況を作ったなあ。

……マ、ね。
そうは言いつつも、裡の字の影がチラつきもしない現時点では、
そんな無茶はやらないだろうな、という気はしますけども。

  ただ、裡の字はスニークしてこその裡の字ですしね。
  それもまたどうなることやら、ですわよ。
  彼女らしいといえば、らしい。

  「中多さん・薫のファンは傷つけちゃダメ、
   裡の字のファンは無視していい」
  なんていう道理を、彼ら作り手が持ち合わせているのかどうかも疑いたいところ。
  そこはキャラクターの重み付けの部分でしょうね。

「作品が、作品全体として美しい形に落ち着く」。
それこそが、その作品に対する平等さ・公平さというモノだと
オイサンなんかは思いますのでね。
そこに配置された全ての要素が、作品全体を生かすために活かされ、或いは捨てられる。







『アマガミ』が、一番美しい姿って……?







ハテサテ、どうなりますことやら?
一番偉い人たちが導き出す答えを、心待ちにしたいと思います。

オイサンでした。



面白くなるといい。
もうすぐだ。
いやー、でも本当に楽しみだなあ。
うん。
楽しみになってきちゃった。

うへへ。

 

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コメント

■第4先輩さん
オッスオッス。

>  あの時点において僕は、作り手が「表現者としての牙を剥かない」と仮定した上で、せめて「無難な作品」として活用して欲しかった、と願っていた。そのことは間違いないし、今だってその仮定が生きるなら、そうして欲しい。

ああ、オイサンは「牙を剥け!」というところから入ってましたからね。

>  とは言え。オイサンがコメントのへのレスで指摘してくれた通りに、そんな周りの状況はもはや関心事ではなくなりましたね。
>  作り手が何を言おうと、大した問題ではなくなった。
>
>  僕は楽しむだけですわ。

作品本編に限定して言えば、
特定の姿を思い描いて待ち望むというスタンスではないということですね。
出てきたものとどう向き合うか、戦うか。
そうするしかない感はありますね。

>  オイサンの心境、いかばかりか。

あたしはもう、頭から変わってないつもりです。
彼女らが、制作陣の最も望む彼女ららしくあるように。
その線を守った上で、「終わってみれば王道だった」物語を、
我々にそうと気付かせず、想像を上回るやり方で描いて欲しい。

要望をそこにおき、あとはそれが達成されることを
期待しないで待つ。

奔放で手前勝手な受け手の妄想を、
いろんなものでガンジガラメの作り手が超えることは
そうそうないと思っていますから。
特に、原作つきの、ある程度のワクのある作品は。

それでイザそれを超えるものが出てこなかったら、
しゃあねえいっちょ自分でやるか、ってなもんで、
また何かしら、書いたり書かなかったりするでしょう。
超えるものが出てきたら、涙を流してオカネを払いますw

そして現時点で既に、
その「超える」側の状況が始まりつつあるな、と感じています。
虚と思えば実、実と思えば虚。
知ってか知らずかの高山センセの振る舞いに、
既に自ら望んで幻惑されつつある。
その分うつろな妄想は膨らんで、敷居は上がっているわけですがw

受け手の仕事は、評価のラインを持って待つことでしょう。

投稿: ikas2nd | 2010年6月22日 (火) 21時59分

>デ、その状況を憂える方々の間では、このアニメ『アマガミSS』をそうしたヒロイン像の揺らぎを超えて、ファンが一まとまりになって盛り上がる材料になりうる」と捉える向きもあるようなのですが。

 僕はこの部分については、鎌倉で色々喋っていた自分の意見を修正する必要がありますね。

 あの時点において僕は、作り手が「表現者としての牙を剥かない」と仮定した上で、せめて「無難な作品」として活用して欲しかった、と願っていた。そのことは間違いないし、今だってその仮定が生きるなら、そうして欲しい。

 今、ある意味では楽しみな状況になってきたのでしょうね。

 とは言え。オイサンがコメントのへのレスで指摘してくれた通りに、そんな周りの状況はもはや関心事ではなくなりましたね。
 作り手が何を言おうと、大した問題ではなくなった。

 僕は楽しむだけですわ。
 まあ、今までもそうだったんですけど、楽しみ方は変わったのかもしれませんね。

 オイサンの心境、いかばかりか。

投稿: 第4先輩 | 2010年6月22日 (火) 00時19分

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