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2010年5月18日 (火)

■彼女・終 ~『アマガミ』絢辻さんSS~ -更新第500回-

◆「彼女」~『アマガミ』絢辻さんSS~  一  二  三  終 
 
 
 
        *     *     *



「ただいまー」
 ドアを開けると、玄関の三和土には既に小さな靴が脱ぎ散らかしてあって。
「まったく……」
「あ、ほかへりにぃにー」
 それを拾って揃えているところに、キッチンから、アイスを口に咥えた美
也がひょっこり顔を出した。
「た・だ・い・ま! お前、靴はちゃんと揃えて脱げって、母さんに……」
「遅かったねぇ。また、絢辻先輩とでぇと?」
 人の話も聞かないで、にししししと幾ら言っても直らない笑い方で冷やか
そうとしてくるけれど。……さすがに、もう三ヶ月近くなると、いちいちフ
レッシュな反応をする方が難しくなってくる。寧ろ。
「ん? ああ、まあ……」
 デート……になるのかな。絢辻さんと一緒に帰ること、そのついでにちょ
っとした寄り道をすること。そんなことはいつの間にか当たり前になってい
て、それにデートと特別な響きを与えてしまって良いものか、ちょっとした
躊躇いがあった。
 その隙を不審に思ったのか、余計なことにばっかり鋭いうちの座敷猫は、
ん? と、髭をピピンとしならせた。
「ちがうの?」
「いや、違わないよ。デートだな。それとあと、来週末もデートだ」
 強気に言い切ったのが意外だったのか。美也は
「お……。おぉぅ、にぃに、や、やぁるねぇー!」
と、軽くつっかえながら盛り上げてくる。大きな釣り気味の目が、なんだか
ちょっと曇って見えたのは……多分、気のせいではないだろ。兄弟だから、
そのくらいは分かる。
「おう、やるぞ。やってやる。やりまくりだ」
「それは、どうかと思うけど……」
「お、おぉ……。すまん、言い過ぎた」
 さすがの鋭い突っ込みにしおれて見せると、美也ははははと今度は普通に
笑って……ふぅ、と息をついた。表情を落ち着かせ、少し下がった眉で、静
かだけど、その目は揺らいでいた。
「うん。にぃに……いいね」
と、寂しげだけれど、何かを心に決めたような。はっきりとした口調で言葉
を切った。
「お、うらやましいか? モテる兄が」
「そーじゃないよ。茶化さないで」
 年明けからこっち。美也とは一度も一緒に学校に行ってない。帰りも、三
十分一時間の話だけど、以前に比べたら遅くはなってる。休みもいないこと
が多くなった。他にも、着る物、テンション、電話の回数。最初の二週間で
完全に感づかれて、僕はある朝、あの落ち合い場所で、美也に改めて、絢辻
さんを紹介した。そのときの美也の驚きようは、今思い出しても、ちょっと
笑えて、ちょっと泣ける。
「みゃーはさ。にぃにが元気になって、ちょっとオシャレにもなってさ。嬉
しいんだよ」
「悪い」
 その朝はそのまま三人で登校した。初めの十分、美也は絢辻さんを相手に
質問で串刺しにした。けれどそのあとはぱたりと黙り込み、僕と絢辻さんの
交わす言葉の後ろをただ黙ってついて来て……最後に下足場で言った
「じゃあ、美也はこっちだから」
という言葉が、何故か今も耳の奥に残ってる。
 それきり、朝起こしに来る美也の口から「今日は一緒に行く日!」という
突然のワガママを聞くことはなくなった。
 なに謝ってんの? にしししし。
 僕が靴を脱ぎ、廊下に上がって並ぶと僕の妹はとても小さい。生まれたと
きより、小学校の頃より、僕と美也の背丈の差は、縮まるどころか広がるば
かりで。
 僕は美也に歩み寄ると、その手からアイスを奪った。
「あ」
 しゃく、と一口、口の中で爽やかにほどけたのは、あの夏と同じ、いんち
きなソーダ味。齧ったアイスをまた、ん、と美也の手に突き返した。美也は
戸惑いながらそれを受け取り、不思議そうな面持ちで僕を見上げていた。
 返す手で。
 あんまり撫でやすい位置にあるもんだから。
「ごめんな、美也」
 僕は、美也の頭をポンと撫でた。
「だから、謝ることじゃないよ」
 にぃにとみゃーは兄妹なんだからさ、と、ポツリ呟いて。おかしいよ。も
っと喜んだら? デートなんでしょ? いいこと、あったんでしょ? そん
な風に、どこかガランとしたこの家の、不思議な隙間を言葉で埋めようとす
るから、僕はもうたまらなくなった。
「美也もさ。そろそろ彼氏、見つけろよ」
「にぃに……」
 頭に置かれた僕の手を払い除けるように、美也はふるふると首を振った。
指に絡まる短い髪は絢辻さんとは違う感触だったけれど、滑らかさでは負け
てなかった。美也もそれなりに、気を使ってるのかもしれない。
「だいじょうぶ。にぃにはさ、いつまで経ってもにぃにだもん」
「美也……」
 「にしっ」と短く、美也は手にしたガソガソ君を齧るふりで、笑いを区切
った。そしてその口から出た言葉は、こともあろうに。
「どーせまたすぐ、フられるに決まってるよ!」
「んなっ……!!」
 そして、美也は駆け出した。それは本当に目にもとまらないスピードで、
「だーって、にぃにはにぃにだもーん!」
 そういう意味かよっ!
「それにー、絢辻先輩、あんなに綺麗じゃん! 頭いいじゃん? 人気者じ
ゃーん!」
と、僕の周りを、三周半。アイスを口に咥えたまんま、トタタタタタタっと
四つ足の獣みたいに階段を一気に駆け上がった。
「ちょ、待、おい美也っ!」
「ひょーひに乗んな、ヴァカにぃにっ!!」
 二階の吹き抜けから憎まれ口を浴びせられ、バタン! と、……ドアの閉
じる音がして、僕は、それを最後に静まり返った家の、廊下の真ん中に取り
残される。
「まったく……いつまで経っても」
 リビング、キッチン、バスルーム。階段下の収納。不思議と、意味合いを
変えたように見える家の中を見渡すと、美也が取り込んでくれたときにこぼ
したのだろう、廊下の隅に落ちていた洗濯物のランチナプキンを見つけて拾
い上げた。
 そのとき何故か、リビングで光っている電話機の、充電中の赤いランプが
目についた。電話、しておこうか。絢辻さんに。特に話すこともないけれど。
 何を言おう。何してる? ちゃんと帰れた? 受話器の親機を手に取って、
話の中身を考える。
『さっきまで一緒だったじゃない』
『当たり前でしょ? 子供じゃないんだから』
 何を聞いても、多分ちょっと不機嫌で、ちょっと嬉しそうに返してくれる
に違いない。そう思って最初のナンバーを押したとき、……でも、何を言っ
ても、今は必ず聞かれるだろうな。そう思って、手を止めた。
『そんなことより、ちゃんと誘ったの?』
 空いた右手で制服の内ポケットを探り、絢辻さんから授かった二枚のチケ
ットを取り出した。二つに折られたそれは……輝日東ランドの無料招待券。
再来週から有効な、園内の乗り物が全部半額になるという株主優待の特典が
ついたスグレモノだ。
 カフェでの会話が、絢辻さんが、頭の中で再生される。
『これが……参加資格?』
『そう。これで美也ちゃんを遊びに誘うこと。それがあたしとのデートの、
参加資格よ』
 今からほんの三十分ほど前、絢辻さんが提示したのはそんな不可解な条件
だった。
 美也?
 絢辻さんが、一体どうして?
『言っておくけど、遊びに行くのはもちろんあなたと美也ちゃんだからね。
本人からの話も聞くし、証拠の記念写真も提出してもらうからごまかそうだ
なんて夢にも考えないこと。いい?』
『う、うん。そんなこと思わないけど……』
 でも、一体どうして? 一番の謎、疑問、クエスチョンはやっぱりそこだ。
それをどう尋ねようか、僕が語尾から先の結び目を迷っていたら、……絢辻
さんも、この企画が不自然であることは重々承知だったのだろう。りんごジ
ュースの残りを一息に吸い込んで、軽く勢いをつけて言った。
『今はまだ……「敵に回すのは得策じゃないな」っていう考えなんだけどね』
 美也を……だろうか? そんなの、絢辻さんの智謀をもってすれば美也ぐ
らい、黙らせるのは簡単なはずだ。こんなご機嫌とりみたいな真似をする理
由は、やっぱり僕の頭では、世界のどこにも見つけられない。
『でもね、近いそのうちにきっと、「仲良くしたい」に変わると思うのよ。
ううん。変える。変わらないといけないと思うから』
『絢辻さん……?』
 タンブラーを抱いた絢辻さんの両掌はするする伸びて、僕の手に辿り着い
た。テーブルの上で重ねられ、やがて、少し強く、何かの意志を持ってぎゅ
っと僕の手を包み込んだ。
『あたしは、こんなやり方しか思いつかないから……』
 そこから流れ込んでくるもの。溢れてくるもの。俯き加減の絢辻さんは前
髪の奥で、どう表現したらいいかわからない、そんな瞼と眉毛の形で唇を噛
んでいる。
 そうか。そうだね。そうだったよね。
 絢辻さんは、僕の彼女になったばかり。僕は、絢辻さんの彼氏になったば
かり。これから先、僕らがなるもの、目指すもの。僕は掌を、絢辻さんの掌
の下から逃がし、そっと上に重ねた。
『わかった。任せといてよ』
 そのとき顔を上げた絢辻さんは……一度だけ、今までに一度だけ見たこと
がある表情をしていた。創設祭の夜、忍び込んだ校舎で、あの教室で。心底
ほっとしたように肩まで柔らかくしたのを見て、僕は手をチケットに移した。
『じゃあ、これは預かるよ』
『うん、よろしく。しっかり遊んで来て上げて』
『分かっ……あれ? でもこれ、再来週からだね』
 受け取ったチケットの但し書きに目を通し、僕はその有効期限に違和感を
覚えた。開始期限は、再来週。絢辻さんとのデートは来週末だからこれとい
って不都合はないけれど。これって、ただの偶然かな?
 僕の一言に絢辻さんの肩がピクリと動く。余計なことには気付かなくてよ
ろしい、なんだかそんな気配を漂わせていたけれど、さすがに突っ込まれて
は放置するのもプライドが許さなかったんだろう。
『別に。万が一にも、バッティングしたり、あなたがそっちを優先させたり。
……そんなことが起こらないように、用心しただけよ』
と、重みを増したながらも華やかな感情を隠さずに、絢辻さんは言い切った。
『え……それって』
『何よ、文句ある!?』
『な、ないです、はい!』
 それは多分絢辻さんのささやかな……けれど、最重要のエゴイズム。
 意味するところは、「あたしが先。こればっかりは譲れない」。
『フンだ』
 本当に余計なことばっかり……そんなぶちぶちとした言葉とともに絢辻さ
んは、さっき二人で空にしたりんごジュースの抜け殻を、ストローでからか
らかき回した--。
 で、今。
 指に挟んだ二枚のチケットにそのあまりにかわいらしい絢辻さんの面影を
透かして、僕は一人でほくそ笑む。そうだな、電話はそのあとだ。
 そう決めて、手にした親機を充電台に戻すとき、手首に巻いた腕時計が鈍
く光った。今朝のこと。二人であわせた腕時計の時間は、充電台の液晶に映
る時刻より、一分ちょっと、早かった。
 僕は、それきり。充電台に受話器を戻すと、おーい美也、晩ごはん何がい
いんだと、二階に向かって大きな声で呼びかけた。
 
 
 
 
                            (おしまい)

 
 
 
 
恋をして、彼女になって、かわいくなって、
ちょっとだけ弱くなって強くなった絢辻さん。

「『恋人同士』になり始めのこの二人っていうのは、
 学校という場ではこんな感じだろうな」
ということだけを書きたくて、
これといったストーリーラインやプランは全くなしで始めたのですが、
絢辻さんが動いて、
主人公はそれに合わせてはいはい言いながら動いてくれて、
美也も出してくれと騒ぎ立てて、なんか、こんな風になりました。

読んで戴ければ大体「どのへん」の絢辻さんかは
お解かり戴けると思うのですが、
果たして「そのへん」の絢辻さんがこう ↑ であることが、
皆さんの心やイメージに馴染むかどうかは、正直わかりませんし、
オイサンの解釈は若干特殊みたいなので、
あんまり「皆さん」に馴染む自信もありません。

ですがオイサンは、こと絢辻さんに限っては、
最後には必ずひとつの姿に帰着するという確信があるので
(ソエンやBADは除きますが)、これでいいと思いますし、
間違っていないと思っています。
……もちろん、ほかの誰かが考えた絢辻さんだって、
決して間違ってはいないと思います。
『アマガミ』はそういうゲームだと思いますから。

  ……つか、『アマガミ』に限らず、
  ビデオゲームの物語ってなキホンそういうモンだと
  オイサンは思ってやってきましたけどね。

構想10分、実執筆時間、約15時間?くらい?
もっと短時間で収まるはずで最後でちょっと手間取りましたが……
ほかに比べりゃ全然です。立派立派、満足満足。

もう一個(二個か。未発のもの入れたら三つだけど)の方を
キチンと終わらせてから書かんかい、とお叱って戴けそうですが、
ここまで長くなるつもりでもなかったのです。

あ、ちなみに、オイサンの書く絢辻さんは、
日常のシーンにおいて一人称は基本、すべて「あたし」です。
何か特別な意図をこめるシーンでない限り、
たとえ<スキBEST>を辿ったあとの絢辻さんでも「あたし」です。

本編中で絢辻さんが「あたし」「わたし」「私」を使い分けていた
(というか、それぞれに違う自分を住まわせていた)としても、
何か特別なことが起こって、
その特別が常態化した日常の絢辻さんは「あたし」なのであろうと、
あの六週間の絢辻さん、常に「あたし」であった絢辻さんとその日々を
「偽者」に堕とさないための解釈として、
その時々の日常の一番の本当の姿の代表が「あたし」であると考えて、
そのようにしています。

なんというか……
オイサンにとっては日常こそがまず第一のリアルで、
絢辻さんの日常は「あたし」だという解釈です。

だから、<スキBEST>以降、絢辻さんが常に「私」や「わたし」なのかというと
……そう思わないでもないのですが……
日常は、その「私」「わたし」を住まわせた「あたし」で生活をし、
特別な何かを表出するときにだけ、「私」なり「わたし」になるのではないかと、
そんな風に思っています。
面倒くさいオトナですね、オイサンは。

オイサンの思い描く絢辻さんが、皆さんの繋いだ先の絢辻さんに
少しでも繋がるところがあれば嬉しい感じです。

以上、オイサンでした。


 
 
 
 

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コメント

■JKPさん
毎度事細かに鑑賞して戴いて恐縮です。
珍しく、かなり早い筆で書けたので安心しています。
そして多分、その迷いの無さが良い結果を生んだのだと、今回の出来には自画自賛気味です。
色々と脈絡のなさや意義の薄さを感じる部分もあるのですが、
それも含めて空気になっていると判断し、そのまま残しました。

お楽しんで戴けたようで、安心しています。
また忌憚のないところ、厳しいご意見もタマワリたいので今後ともよろしくです。

投稿: ikas2nd | 2010年5月23日 (日) 23時31分

良いですねぇ。
初々しくて、甘酸っぱい。
でも、何よりも美也がこの話のトリを持っていくというあたりが素晴らしいです。
ヒロインと主人公と、それを見守る家族、友達が織りなす空気感こそが『アマガミ』なんですから。(偏見120%)

そして相変わらず表現も素晴らしい。

>見えない静けさのようなものがぽわんと挟まって

とか、どうやったらこんな風に目に見えない空間・空気を表すことが出来るようになるんだ、と。
……ここまでくると、なんか悔しいなぁ。

投稿: JKP | 2010年5月23日 (日) 16時06分

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