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2010年5月17日 (月)

■彼女・二 ~『アマガミ』絢辻さんSS~ -更新第498回-

◆「彼女」~『アマガミ』絢辻さんSS~  一  二  三  終 
 
 
 
        *     *     *



 生物・古文をやっつけて(どちらかといえば実際はやっつけられたんだけ
ど)、三限終わりの短い休み、僕は廊下に出て、梅原とケンの三人でくだら
ない話に花を咲かせていた。
「女の子に『あ~ん』をしてもらうのとォ、一つの飲み物にストローを二本
差して女の子と飲むの……どちらがより! ストロォーングッ!! ……だ
と思う!?」
 ……。
 ケンが、その独特の口調で。拳を結んで光って唸る。お前を倒せと輝き叫
ぶ。……ストローングッ? まあ、いいけど。言わんとするところはわかる。
大変よくわかる。
「そりゃあ断然『あ~ん』だね! 大体あがりをストローで飲むヤツの気が
知れねえ! こうだな、キスかコハダあたりのひかりもんのさっぱりしたと
ころをだなあ……」
「梅原ァ、お前はァ、全ッ部寿司基準で考えるのはやめないか! すし屋で
『あ~ん』をやるカップルはァ、恋人同士じゃァなくて、不倫だ!」
 うーむ。『あ~ん』と、飲み物か。
 頼もしいほどに力強く議論を戦わせる二人を尻目に、僕は腕組みをしてし
まう。『あ~ん』はやったこと……やってもらったことがあるけど、……そ
してそれも本筋とはちょっと外れた『あ~ん』ではあったけど……飲み物は
ないな……。よし、是非今度試して、そのストロング具合を検証……あ。
 二人が隣で、今にも掴み合いを始めそうになったそのとき。教室の、前の
入り口からすたすたと出てきた絢辻さんが、僕らの、いや、僕の前を横切っ
ていく。髪の穂先をひょこひょこ躍らせて、行き過ぎるほんの一瞬だけ、ち
らりと視線を投げてよこす。そして、ゆび先も。さっきの授業中にしたよう
に、ひらひらっと、僕に向けてそよがせた。
「あ、ああ……うん」
 僕はついうっかり声に出し、過ぎ去っていく背中に、もうモロに、手を振
ってしまっていた。どこへ行くんだろう。ついて来いのサインはなかったか
ら、トイレか何かなのだろうけど。手を後ろ手に組み、少し弾んだ足取りで。
遠ざかっていく絢辻さんの背中を僕は見送り……もちろん、その様子にガッ
ツリ気付いた二人から、「最近どうだ」だの、「どこまでいった」だの。男
子高校生らしい追及をされたのだった。



        *     *     *



「さっきのは何だったの?」
「ん? 何の話よ」
 お昼は、屋上で。
 僕はパンを買い、絢辻さんはいつものおにぎりだ。毎日一緒に食べている
わけではないけど、僕が誰とも食べる予定がなかったり、朝のうちに絢辻さ
んが「今日は、お昼は」って声をかけてきたときは、一緒だ。
「毎日一緒にっていうのも、なんだかロコツじゃない?」
とは、年が明けて三週間ほどした頃に、絢辻さんが言い出したことだった。
それまでは結構な頻度で一緒していたのだけど。確かに、ずっと一緒にいる
というのは、幾ら恋人同士といっても不自然だし、周りにもちょっと配慮が
ないかもしれない。
「あたしたちが勝手にくっついただけで、周りとの関係は依然変わらないわ
けでしょ?」
 ちょっと寂しくはあったけれど、絢辻さんの言うことは的を射ていて、今
の形に落ち着いた。
 絢辻さんが誰かと一緒にお昼を食べることも、ないではないみたいだった。
創設祭の直前にあんなことがあったせいで、一時は孤立していたけど、薫や
田中さん、そして梅原たちのさりげない暗躍で一定の立場や人間関係も修復
しつつあり、周りから誘われる姿を見かけることもしばしばだ。それにそう
でなくても、一人、教室や図書館、テラスで本を読みながらお昼を摂ること
は絢辻さんの楽しみの一つとしてあるみたいだったから。……未だに僕が押
入れで、時々星空を眺めるのと、多分同じなのだろう。
 で、今日はその、週に何度かの一緒の日。そこで僕が菓子パンの袋を破き
ながら訊いたのは、
「ほら、三限終わりにさ。手を振ってくれたじゃない?」
休み時間の、あのサインのことだった。
「ああ、あれ? あれは、別に。ただの挨拶よ」
「挨拶?」
 屋上に何脚か据えられているベンチ、そのうちの一つに並んで座り、僕ら
は銘々のエネルギー源にかぶりつく。もくっ! ……と、このときばかりは
さすがの絢辻さんも少しだけ野生の気配を匂わせて。もく、もくと可愛らし
く動く口元を手で隠し、
「うん。おかしかった?」
と、短く尋ねてくる。
「いや、おかしくはないけど、急だったから。何か用事だったかなと思って」
「うーん……そうよねえ」
 おにぎり二つだけが収まる小さなランチボックスに並べて置いた、スプレ
ー缶ほどのこれまた小さな水筒を開け、蓋にとぽとぽ注いだお茶を、絢辻さ
んはまず無言で、僕に差し出した。『いる?』と。僕もまた無言で、むぐむ
ぐと口を動かし手のひらで丁重に遠慮すると、ようやく絢辻さんはそのお茶
をずずとすすった。
「いちいちちゃんとした挨拶を交わすのもいやらしいし、無視するのも何だ
か勿……つまらないし」
 何故か後半に長い間をもち、一息ついて、またおにぎりにかぶりつく。絢
辻さんの小食は相変わらずだけど、こうして学校でおにぎりを食べていると
きの絢辻さんはちょっと子供っぽく見えて、可愛らしくてレアだった。表の
店で何かを食べるときは、またちょっと違う上品さを漂わせるから。
「いや、いいよ。うん。嬉しかったし。僕もこれからはそうするよ」
「そう? なら良かったわ」
 僕が賛成すると、絢辻さんは想像以上に相好を崩し、とろけるほどに笑っ
た。そしてまた、自分が飲み干した水筒の蓋にとぽとぽとお茶を注ぐと、は
い、と今度は、有無を言わさず僕に押し付……手渡した。
「あ、ありがとう」
 ……チョコクリームサンドに、ホット焙じ茶か……。いや、戴くけどさ。
「それにしても」
 その焙じ茶でチョコパンを流し込み、次のハムカツパンの包みを僕がバリ
ッといったのと同時くらい。絢辻さんは、ベンチの上の引き裂かれたビニー
ルを見下ろした。
「あなたのお昼っていつもそんな感じだけど……好きなの? 美味しい?」
「菓子パンのこと? うーん……」
 絢辻さんが頷いて、僕はハムカツパンを咥えて考える。別になあ。菓子パ
ンが大好物ってほどでもないけど、まずくはない。絢辻さんと食べる時は屋
上が多いから、そう見えるのかもしれない。そりゃあ……。
「……前に絢辻さんが作ってくれたお弁当の方が、断然好きだし、美味しい
に決まってるけど」
「む」
 絢辻さんと、お昼。そのシチュエーションで先頭切って浮かび上がった、
比較のメニューはそれだった。ごく自然にこぼれた僕からの思わぬラブコー
ルに、絢辻さんは喉を固結びにしたような声で呻いた。ほっぺたのあたりで
ひくひくと、何かと何かが戦っていた。
「あれは……あたしが作ったんじゃないって言ったでしょ」
「え、あ、そうだっけ。ご、ごめん」
 しまった、そういえば。僕はそのことをすっぽり忘れ、一体誰の作ったか
知れないお弁当を褒めてしまった。案の定……赤紫の不機嫌な空気が絢辻さ
んの肩口から立ち上り、髪がゆらゆらと躍りだす……こ、怖い……!!
 絢辻さんはフンと鼻を鳴らし、
「まったく。あからさまなご機嫌取りを企むからそういうことになるのよ」
二口、三口と、矢継ぎ早におにぎりにかぶりつく。
「そんなつもりじゃないけど……」
「どうだか。何か悪さでもしたんじゃないの」
「し、してないよ!」
「信じません」
「ひどい……」
 沈黙……。
 いつもは美味しいハムカツパンも口の中で急速に味を失って、ただのぱさ
ぱさした何かに変わる。それをもぐもぐと、わずかばかりの自分の唾液を頼
りに飲み下すのは結構な重労働だった。でも、それにしても……じゃあ、あ
のお弁当を作ったのは、一体どこの誰だったんだろうか。
 そう、僕が今更感溢れる考えをめぐらすうちにも絢辻さんは少しずつ怒り
の空気を潜め、ふーんと何事か思案し、
「でも、確かにそうよね」
とつぶやいた。え、何が?
「いいわ。じゃあ、明日はあたしが何か作ってきてあげる」
「ほ、本当に!?」
 ぱたぱた、ランチボックスを元の包みに整えながらの絢辻さんの提案に、
僕のテンションは一気に上がる。立ち上がらんばかりの勢いの僕を見て……
絢辻さんは、やっぱりちょっと、嬉しそうだ。
「うん。考えてみたら、あなたに何か作ってあげたことってなかったものね」
「う、うん!」
「ペットの餌付けくらいはちゃんとしておかないと」
 ……。
 どうしてそう……無条件に喜ばせてはくれないんだろう? この人は。複
雑だけれど、ここでまた機嫌を損ねるのは得策じゃないし、今更そんなこと
でめげる僕でもない。
 絢辻さんは、
「何がいい? えーとね、じゃあ……」
と顎に指を当て、レシピか、家の冷蔵庫の中身なのか、何かを思い浮かべる
ようにしてまた考えた。
「うん。そうね、じゃあ、その一。幕の内弁当」
「うん!」
 おお! なんかこう、本気度を感じる!
「二。肉野菜炒め弁当」
「うん、うん!」
「あとは、DXから揚げ弁当」
「そ、それ! DXから揚げ弁当がいいです!」
「はい、ご注文承りました。……七百八十円になります」
 ……えっ?
 ……ニコニコと。両手を合わせて傾げる、いつものポーズ。ななひゃくは
ちじゅうえんです、と、妙にはっきり繰り返す。ええ、聞こえています。そ
ういうことじゃないんです。
「と、言いたいところだけど。ただいま『お付き合い開始キャンペーン』価
格で、六百三十円でいいわ。お釣りの出ないように用意しておいてね」
 なにそれこわい。
「あの……絢辻さん?」
 さっき、確か餌付けって……。
「サイドメニューに、コロッケが一個百二十円でつくけど、どうする?」
 若干高っ。
「えっと、あの……。な、無しで」
 僕の腰が完全に引けたのに気付いて、絢辻さんはその笑顔をいつもの呆れ
笑いに切り替えた。
「うーそ、冗談よ。さすがに朝からコロッケは面倒だけど、じゃあから揚げ
弁当で良いのね?」
「う、うん。お願いします……」
 ……念のため、お釣りのないように用意はしておこう……。
「けど、男の子って単純よね」
「え?」
 相変わらず、語尾に笑いを含ませて、
「そうやって、食べ物くらいでつられてくれて。こっちとしては与し易くて
結構なことだけど」
と、ランチボックスを包み、水筒の蓋の水けを切って、膝の上に戻す。そし
てほどよく膨れたお腹を休ませるように、絢辻さんはベンチに深くもたれか
かった。
「そう……かなあ」
「他に何かある?」
「でもさ、自分が作ったものを食べてもらえるのって、信用してもらう証み
たいに思わないかな?」
 僕の家は、……絢辻さんみたいに仲が悪いわけじゃないけれど、両親は仕
事であけがちだから、僕がご飯をつくることもたまにある。そのときは、美
也や、帰ってきた父さん、母さんが嬉しそうに食べてくれるのを見ると嬉し
いし、それより何より、何の疑いもなしに口に運んでくれるのが、当たり前
のことなのに何故だか変に嬉しくて、その理由を考えてみたことがあった。
ちなみに今日がその、僕の夕飯当番の日だ。
「それにほら、自分の感覚を分け合うような感じがあるよ。同じ味を味わっ
てるんだっていうかさ」
「……」
「絢辻さん?」
「そうね。よいしょっと」
 絢辻さんは、ゆっくりと立ち上がり。二歩、三歩と歩み出た彼女のおしり
が僕の目に近いところでぽん、ぽん、と緩やかに弾むから、僕は目が離せな
い。
 それに気付いたのか、それともそれも餌の一種だったのか。絢辻さんはお
弁当包みと水筒を持った手をお尻の上ですっとクロスさせると、僕の方を向
き直った。
「じゃあ、明日はそういう日。いいわね?」
「うん。楽しみにしてるよ」
「朝ごはんもちゃんと食べてくるのよ?」
「え? うん……どうして?」
「必要以上に空腹だったんじゃ、ちゃんと味わってもらえないでしょ」
「なるほど」
 さすが、指定が細かい。
「じゃ、戻りましょうか」
 腕の時計に、またちらりと目をやり「二日も続けて滑り込んだんじゃ、あ
たしの沽券に関わるわ」と、最早ちょっぴり懐かしいトーンを取り戻す。
「そうだね……って、ちょ、絢辻さん。待ってよ」
 僕がゴミを片して立ち上がる頃には、絢辻さんの背中はもう階段へと向か
っていて、僕は小走りに追いかける。そしてまた、
「あそうそう。言い忘れてたけど」
と、僕が追いつくのを見計らって絢辻さんは振り返った。
「今日、委員会が二つ重なっちゃってるの。それで、遅くなるから……」
 眉を下げ、申し訳なさそうに言葉を濁すのを見て、そんなこと、別に今更
気にしなくってもいいのにと、僕はからりと笑って言った。
「そうなんだ。分かったよ」
「悪いわね」
 まだ少し肌寒い梅の頃。
 お昼は、屋上で。
 うーん。今から明日が楽しみだ。
 
 
 
 
                             (つづく)
 
 
 
 

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