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2010年5月17日 (月)

■彼女・一 ~『アマガミ』絢辻さんSS~ -更新第497回-

◆「彼女」~『アマガミ』絢辻さんSS~  一  二  三  終 





 木曜日の二時限目って、どうしてこんなに先が長く感じるんだろうか。
 今日このあと四時限の授業があって、金曜、土曜。休みが遠い。毎日のオ
アシス、昼休みまでも二コマあるし、そこには古文に日本史という僕の二大
眠い授業が埋め込まれている。机の列を二列挟んだ向こうの窓にちらりと目
をやれば、二月も末の空は青く澄んで、まだ春の暖かさとは縁遠く……変化
や華やかさとは程遠い。退屈だ。
 その反対側、廊下側に目をやれば……一列挟んで二つ前、眩しい黒髪がぴ
たりと静かに黒板を見つめていた。絢辻さん。僕の、恋人だ。
 絢辻さんは、多分もうとっくに頭に入っているであろう黒板の文字と先生
の声の一つ一つに、うん、うんと頷きながら、頭の中の小部屋を開けてはそ
の中身を確かめてはまた仕舞い直すという作業を繰り返していた。すごいな
あ。教科は生物。僕も決して興味がないわけではないけれど、そこまでまじ
めに聞こうとは思わない。担当の先生だって、決して厳しいわけじゃなし。
 それにしても……絢辻さんはきれいだ。姿勢はいいし、髪はまっすぐだし
肌は白くも健康的に朱がさして、……近くにいるとそれはそれですごくきれ
いだと思うけど、こうして遠くから眺めていても、また違う綺麗さが垣間見
える。僕は彼女を抱きしめたときの滑らかさや弾力や匂いを思い出して、少
しぽーっとなった。
 先生がチョークでかんかんと黒板をたたいたのを合図に、皆が一斉にノー
トと向き合った瞬間。絢辻さんは、一人だけ出遅れた僕の視線に気が付いた。
ん? と耳の裏を傾けて、眦の端で僕を伺うと、あ、と今度はもう半分、顔
をこちらに向けて確認し……少し微笑んで、机の上で、ひそやかに。ひらひ
らっと、手のひらを振ってくれた……。……あ、なんだろう。すっごくうれ
しい。
 それによろこんで僕が頬杖の影から手を振り返すと、絢辻さんは頬を赤く
したまま、ぎゅっと口元も目元も急加速、険しい顔つきで黒板の方をつんつ
んと指差した。集中しろ、と言いたいらしい。はーい。



        *     *     *



 クリスマスから、ほぼ二ヶ月。僕と絢辻さんは晴れて恋人同士となり、そ
れからしばらくは、やっぱりそれまでとはペースや距離が違ったりして、ワ
ッと燃え上がったり、ガクンと落ち込んだりとぎくしゃくすることもあった
けれど、今はもう、それも随分と落ち着いた。まだまだお互い足らないとい
うか、分かり切らない部分もあるけれど、「そういう部分もあるんだ」と分
かったことで、何か起こっても落ち着いて対処できるようになった。
「行ってきまーす」
 朝。
 以前は僕が極端に遅くて、絢辻さんがそこそこ早かったから登校時に一緒
になることは稀だったけれど、今は僕が早めに出、絢辻さんが少し遅めに時
間をずらすことで、二人の通学路の合流地点で落ち合うのが日課になってい
た。
 今朝は大体いつものペース、一分くらい遅いかったろうか。でもこのくら
いなら、と思いながらてれてれ歩いて最後の角を曲がると、十五メートルほ
ど先の合流地点で電柱にもたれ、なんだか寂しそうに腕時計に目を落とす絢
辻さんの横顔が目に入ったから。僕は慌てて、小走りに駆け寄った。
「あ、おはよう」
 そう言って顔を上げた絢辻さんは、怒っているでも悲しんでいるでもなく
て普通だったけど、一応気になって、僕は尋ねてみた。
「ごめん、僕、そんなに遅れた?」
「ううん、違うのよ。これ」
と、さっきまで自分が見ていた腕時計を僕に向けた。落ち着いた、少し深い
赤のベルトと、女の子らしい、オハジキくらいの大きさのベゼルに文字盤。
針が差すのは八時五分、僕のデジタルよりも一分くらい早い。
「昨日、電池が切れたって換えに行ったでしょ?」
「ああ、うん」
 そうだ、昨日の五限目の最初。絢辻さんは珍しく本鈴ギリギリ、先生が教
壇に立つのとほとんど同時に教室へ滑り込んできた。原因は腕時計の電池切
れ。十二時四十三分を指して止まった針を信じ込んだ絢辻さんはそのとき図
書館にいて、予鈴を聞いて大慌てで教室に戻ってきたのだった。確かに、図
書館から教室までは、予鈴を聞いてからあれこれの片づけをして駆けつけた
のではギリギリだろうと思う。
 で、帰りに二人で時計屋に寄って電池の交換をしてもらったのだけど。
「そのとき、二、三分進んじゃってたみたい。来る途中で、公園の時計塔を
見て気付いたんだけど」
「それで、早く着いちゃったんだ」
「そう」
 でも、「ついでに、その場で合わせて来たから」と絢辻さんは言うけれど。
「おかしいな、僕のだと……」
 僕のデジタル七セグメントが示すのは八時七分……今目の前で、パタリと
八分に切り替わる。
「あなたのは一分遅れてるのよ。ほら、合わせちゃいましょ」
と、絢辻さんに手を取られてぐいっと引き寄せられる。ああ、うんうんと、
朝からその手に触れられる幸せをかみ締めながら、僕はちょっぴり上の空で
時計のキーを操作した。
 でも、いいよな。そんな風に、時間を共有したり、そのペースを守るため
に前の日早めに眠るようになったり。……そんなことだけで、僕は絢辻さん
と、気持ちのどこかで繋がっている。そんな気分が、すっごく嬉しかった。
 
 
 
 
                             (つづく)
 
 
 
 

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