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2010年5月 8日 (土)

■死に神の手ごころ -更新第491回-

新開発・ロリには見えない女児用肌着。
オイサンです。
果たして、支持されるや否や?


今回の話、イヤな人はイヤかも知んないです。
事故と、その後の話。
グロや、直接的に危険な話はないけども、気分的・倫理的に。
心の中に倫理委員会を飼ってる人は、めんどくさいからやめた方がいいかも知んない。
どってことないかも知んない。
わかんない。



……まあ、どうということのない話ではあるのですがね。
じゃとりあえず行きますよ。



■死神の手ごころ



一昨日、お仕事からの帰り道。
オイサンは小さな川沿いの道を、結構な距離を歩いて帰るのですが、
そのすがらで事故が起こる瞬間を目撃しました。


厳密には、衝突のまさにその瞬間は見ていなかったのですが。


Twitterで……忘れもしない、オイサンの歩く道の傍らの植え込みに
ピンクと白のつつじがかわるがわるに植えられておりまして、
そして歩くオイサンの脇を、チャリンコにまたがった二人の男子高校生が
ふざけて蛇行しながら追い抜いて行きなさった。

嬉みあう彼らの声を聞きながら、二つの色合いが目の中で混ざって
「ああ、なんだかパンティのようだ」
と思った、
そのあけすけに過ぎる気持ちを世界に向けて発信しようと
オイサンが携帯電話のボタンをタコタコと打ち始めたその矢先。

オイサンの目の端にも映っていた、
川沿いの道と、川を渡る小さな橋の道とか交差する小さな四ツ辻で、

 ガッシャーン

と、そんなに大きくもない音が響くのを聞いたのでした。
驚いて音のした方を見やれば(テンプレート表現)、
土に褪せたエメラルドグリーンのつなぎを着た
髭面にズングリムックリの小熊のようなお兄さんと、
今しがたオイサンを追い抜いていった学生のうちの一人が
ほんの数メートル先で倒れておりました。

小熊お兄さんが乗っていたと思しき50cc、いわゆる原チャリは横たわって唸りを上げ、
お兄さん自身も
「痛ってえ!」
と、比較的元気そうな声をあげておられました。

学生さんの方はしばらく動けずにいましたが、しばらくすると起き上がり、
オイサンよりも早く駆けつけた犬の散歩中のおばさんに声をかけられしきりに
「大丈夫」「大丈夫です」
と、応えていました。

しばらくすると、お兄さんは自ら原チャを起こして脇に除け、
携帯電話を取り出して警察に連絡を入れていました。
オイサンも、まだしっかりとは動き出せないらしい学生さんの代わりに倒れたチャリを起こし、
邪魔にならない道の端へよけておきました。
チャリは前輪のフレームが大きく歪んでいて、
修繕しないととても走れる状態ではありませんでした。

やがてオイサンとおばさんのほかにも、
ジョギング中の年配のオジサンや近くの家から出てきたオバサンその2などが現れて
怪我をしていた学生さんの傷口を洗ったりと、
事態は緩やかに、穏やかに、収束の方向へと移ろっているのがわかり、
その場でオイサンに出来ることはもうなかったので、
お巡りさんの到着を待たずにオイサンは再び、川沿いの家路をたどりました。

ひとまずpost途中だった先ほどのパンティのくだりをpostしてしまってから、

 「……などとpostしていたら、目の前でチャリと原チャが事故ったでござる」

と改めてpostをし、
もらった反応に返信をして、その件に関してはその日はそれでおしまい。


  --そして、翌朝……昨日の朝。


やはり歩いてその事故現場を通りがかると……
橋の袂に、スポーツドリンクとコンビニのおにぎりやスナック菓子、
そしてささやかな花束がいくつか……ちらほらと、供えられておりました。










 絢 辻 「やめなさい。不謹慎でしょう。本当になったらどうするの」










……えーと、絢辻さんにシゴク常識的な怒られ方をしたので改めますが、
そんな事実はありませんでした。
マ多分、なんてことはなかったのでしょうね。
とりあえずあの場では普通に歩いてたし、しゃべってたし。
そこはいつもの、ただの川沿いの道と橋だったのですが。





ただ、そこを通りがかったとき、フッと考えてしまったのですよね。





--もしあの時、倒れた少年がピクリとも動かず、起き上がってこなかったら。
--さっきまで生きて、友だちと春を謳歌していた彼が、
  目の前で、死に終わっていたら。

何が起こり、何が残っただろう?
オイサンは何を手に入れただろうか?と。

ありえない話では、全然ないです。
少年のチャリは結構な距離を結構な速度で吹っ飛んでいきましたし、
地面は硬いアスファルト、
すぐそばの歩道には、車両の進入を阻むための鉄柱がにょきにょきと生えていました。
吹き飛ぶ方向や彼の姿勢がちょっと違っていたら、
頭をガツンとやっていたかもわからない。

もちろん、
……誤解を懼れずに申し上げるならば……
たとえそうだったとしても、オイサンにはなんの関係もないことだとは思うのです。

名前も知らない、もう顔も思い出せない少年一人がそこで死んでいたって、
オイサンには何のかかわりもない。
多分、世の中では今もどこかで、あれくらいの年の子供が死んだりしてるでしょう。
別に世界にまで認識の和を広げなくとも、日本国内でだって、あるでしょう。

今そこで死んだか、どっかの町や病院で死んだか、
それくらいの差であって、多分、オイサンには全然関係がない。
ただあるとすれば……
彼の死が、オイサンの心にどんな思いを残すのか、そんなことくらいで。

目の前で、一瞬で、「死体が出来上がる」ところを目の当たりにしていたとしたら、
しかもその死体は、さっきまでチャリで走っていたのと
なんら変わりのない形をしている……
一体、オイサンの心にどんな感情を残しただろう?

  これももしかすると、不愉快で不謹慎な著し方かもしれないのですが、
  オイサンが感じたそのままの感触です。

   「生きていた彼で、『死体』を作る」。

  横たわって動かない、
  あり得たかもしれない彼のもう一つの将来にいたる一連の時間を
  頭の中で勝手に思い描いたときに浮かんできた、
  不条理で、不安で、
  けれどもオイサンの中ではその情景にしっくりと馴染んだことばです。

  そして、その死体は生前の彼の形をしていますが、
  多分、彼ではないのです。
  『肉』から、『彼』を抜き去る行為。

  『彼』を人格としてみるとき、本体は『彼』であって、
  肉は『彼』を象るに欠かせないもので彼がその肉以外に宿ることはありえず、
  肉と『彼』は一体であるはずですが、
  それでもそこに死が訪れたとき残るものが『肉』のみである以上、
  多くの人は肉を『彼』の一部、パーツとして認識します。
  では『彼』を抜き去られた肉は、死体は、果たして誰のものか。

  死体は、真に誰のものでもない。
  死体にあるじはいない。
  せっかくこしらえたのに、所有者がいない。
  強いて言うなら、死体のあるじは『死』でしょうか。
  こしらえたそれで何をするのか。こしらえたそれを、何に使うのか。
  残念なことです。
  閑話休題。

恐らく、感情的にも、事後処理的な意味でも、
当日のそのときのようにおいそれとその場を後にすることは出来なかっただろうし、
変わり果てた『彼』ではない彼と、
もっともっとお近付きになること余儀なくされていたでしょう。

触れてみたいと思う好奇心と、触れたくないという直観とが、
腕の中心、肩甲骨の下端のあたりで綱引きを始め、
多分直観が勝り、安心の上にのみ成立する忸怩たる思いで、
己のへたれを呪いながら賛美し、残りの決して短くない道のりを
駅に向けて下って行ったに違いありません。

ぞわりと走った寒さの波が、果たして死への「気持ちの悪さ」だったのか、
稀な「機会」にめぐり合えたことへの昂ぶりなのか、
そんなことを考えたに違いありません。
最近のオイサンにはそういうトコある。
そして畢竟、触れなかったことを後者ではないことの証明だと担保して安心するんです。

何がいいたい話なのかというのは特にありません。
「死は常に身近にある」だとか、
「車には気をつけましょう」だとか、
「Twitterしながら歩いてたら、もしかしたら自分が轢かれていたかもしれなくて、
 しかも残された携帯には『パンティ』と打ってる最中かもしれない、危ない!」とか、
そんなありきたりな(最後のは違う)話がしたいわけでもなく。

事故の現場で、
起きなかった死亡事故を勝手に死亡事故に発展させて思いを馳せていたら、
死が棲み付いたあとの肉というものの虚ろさにたどり着いて
なんだかドキドキしてしまった、
というくらいです。

オイサンの心に映り出た妄想というパラレルワールド、
彼のバーチャルな死が残していったのは
死の、そんなあまりにも確固たるうつろさの表現だけでした。

動かない、……鮮魚売り場の一尾のお魚のような。
多分、今日もどこかで生きている彼よりも、
ちくわのように、ぐにゃりと力の抜け切った妄想の中の彼の方が、
オイサンには、今遥かにリアリティをもって残っているのでした。

マしかし、それもね。
彼が死なず、大した怪我もせずに済んでくれたので、
今こうしてネタに出来てるようなものでして。
ええ。
さすがに、ホントにヤバいくらいにイッてたら、この件についてここまで頭を回せないし、
色々、表に向けて書き残そうとは思わないもの。

「今日、見ました。ご冥福(ご快復)をお祈りします」

って、書くとしたってそんなもののはずです。
ですんで、まあ。
うん。
一先ずは良かったんじゃないでしょうか。
今彼が、どのくらい無事でいるかは、分からないけど。
チャリ通、禁止になったりしてなかったらいい。

彼は死なずに済み、オイサンにはその影だけを得た。
不謹慎な書き方です。
認めます。
ごめんなさい。

彼は、死んでいない。
死んでいないからこそ書けることだけど、
死んでいないからこそ書いてはいけないことです、
思ってはいけないコトです。
でも思っちゃったから書いちゃう。

もちろん、事故が起こらないに越したことは無かったのです。
しかし起こってしまった以上、
こうして残ってしまうものがある。
考えてしまったことは仕方がない。
このおかしな妄想が現実を呼び寄せないことを祈るばかりです。
無責任なようですがね。




オイサンでした。




……もうフキンシンついでに言ってしまいますけど。
『死体を作る』のくだり。
「肉から彼を抜き去る部分」のくだりを書きながら、
「……それって、
 『ビックリマンチョコからシールだけ抜いてチョコを捨てる』
 のと似てるよな……」
って、思いました。
こういうヤツですよ。



 

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