« ■底抜けMay Storm ~本日は連休モードで~ -更新第485回- | トップページ | ■『アマガミ』~ユメの心臓 -更新第487回- »

2010年5月 2日 (日)

■ハッピー・バースデーがきこえる<後編・6-2> ~手帳の中のダイヤモンド・番外編 -更新第486回-

前編 / 後編1 5-1 5-2 5-3 5-4 6-1
『アマガミ』絢辻さんSS 目次
『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読「手帳の中のダイヤモンド」目次



     *     *     *



「ほら、手を離しなさいってば」
「え?」
 お店での情景を思い返していた僕を、絢辻さんの声と、柔らかな掌の感触
が呼び戻した。気が付くと、絢辻さんが僕の手を握っている……のかと思っ
たら、そうじゃなかった。僕の手から、プレゼントの入った紙袋を奪おうと
しているだけだった。
「もう自分で持つから。ほら」
「あ、いいよいいよ。家の近くまで持たせてよ」
「……そう?」
 僕が袋の紐から手を離さずにいたら、絢辻さんはしぶしぶ、荷物を諦めて
歩き出した。店のある商店街の裏路地から絢辻さんの家までは十五分以上歩
く。普段僕と絢辻さんが別れている地点まででも、その半分と少し。時間も
遅いから、僕は荷物を口実に絢辻さんを家まで送っていくつもりだった。け
ど何故か絢辻さんは、今日に限って荷物を持たせていることに居心地悪そう
にしていた。こんなときに遠慮をするくらいなら、学校の教材運びやなんか
を半分手伝ってくれればいいのに……とは、考えつつも、
「随分引き止めちゃったから。お詫びのオマケだよ。ごめんね」
と、僕はははっと笑って、そんな愚痴はおくびにも出さない。屁理屈をこね
ると怖いから。
 絢辻さんが時間のことを、実はそんなに気にしていないのは、その険の落
ちた気配から察しがついた。反面、考えていた以上に遅い時間になってしま
ったのも事実だ。お店の公衆電話から家に連絡を入れたとき、珍しく帰って
きていた父さんに軽い注意と……いかにも男親くさい詮索をされてしまった
くらいだから、僕は一抹の申し訳なさを感じて、ひとこと謝らずにはおられ
なかった。
「いいのよ。家に帰ったって、何が待ってるわけでなし。諭吉さんが何人か、
机の上でお出迎えしてくれておしまいなんだから」
「ははは。諭吉さんね」
 皮肉っぽい絢辻さんの微笑みを、僕もカラッと受け流したつもりだったの
だけれど。
「そ。でもね、お互い、それで下がる溜飲っていうのもあるのよ。あたしだ
ってちゃんと言うのよ? 『お祝いありがとう』って」
 おかしいでしょ? と掌を合わせて笑う、その面白さは僕にはちょっと難
しかった。そうやって受け渡される、絢辻さんのパンドラの熨斗袋の最奥に
何が隠されているのかは、正直なところ僕の想像を絶して及ばない。希望な
のか、或いは……? その不可解さは多分、絢辻さんが誕生日に無条件の祝
いを受け取ることが出来ないことと同じだろう。だからきっと絢辻さんも、
何も言わずにただ曖昧な笑みを浮かべただけの僕を見逃してくれたんだ。
「今日は、それもあるし」
 という、絢辻さんの言葉と視線に応える様に、僕が左手に提げたJoes
terの紙袋ががさりと大きく揺れる。諭吉さんがそんなに何人もいたら、
この紙袋三つ分くらいの物は手に入ってしまうだろうけど。
 本来、パーティー料理の余り物を持ち帰るために用意されたこの紙袋は、
お店で一番大きな物だと薫が言っていた。それがもう袋の口まで一杯だ。ま
あ、半分は田中さんからのやたらと大きなぬいぐるみのせいなんだけど。
 正直なところ、僕はちょっと心配していた。折れたり皺になったりしない
ようにと細心の注意を払って運んできた僕からの贈り物のブックカバー(そ
してそのために、僕のサブバッグは今、梅原と薫の手中に落ちている)がど
の辺りに沈んでいるのか。もし梅原のトロQに踏まれでもしていたら、僕は
明日ッ、親友が泣くまでッ、殴るのを止めないッ!!
 ……と、一人で盛り上がっていたら。
「これはこっちに移しておいて正解だったわね」
 絢辻さんは学生鞄のサブポケットから僕が一週間前にデパートで選んだ、
見覚えのある柄のラッピングバッグを覗かせて笑った。
「絢辻さん……」
「折れたり皺になったりすると、みっともないから」
 これだけたくさんの贈り物があっても、それは特別なのだと言ってもらっ
たみたいで、その心遣いがまた、嬉しくて。僕の目がちょっと潤んでしまっ
たのを見逃さず、絢辻さんはまたあたたかく笑った。
「大切にするわね」
 先を歩いていた絢辻さんはくるりと一回りして僕の隣に戻って来、上から
紙袋を覗き込んだ。
「にしても、こんなに置き場所があるかしら」
「そんな心配。絢辻さんの部屋、広いじゃないか」
 そう呟く絢辻さんの部屋は、僕の家のリビングがすっぽり収まってお釣り
が来るほどだ。
「お姉ちゃんに見つからないところに置きたいのよ」
 うるさいから、と語尾の眉間に皺を寄せ、絢辻さんは一旦思案モードに入
り、またすぐにフフッと細い笑みをこぼした。
「こんなことで悩むなんて、思いもしなかったわ」
 半歩隣りに立つ、独りぼっちの自分のまぼろしに自嘲的に微笑み掛ける、
憐れみと、決別の強さと、少しの愛しさがない交ぜになったその瞳を見て、
僕は改めて自分が彼女にもたらしたものの大きさを、まだまだ生煮えながら
も噛みしめなければならなかった。
 と、
「あ」
 寄り添うように歩いていた絢辻さんのほんの一文字が、僕の耳たぶをくす
ぐった。
「な、何?」
「こんなところにまで、お土産つけてる」
「お土産?」
 その近さに驚いて身を引きながら訊ねると、絢辻さんは僕のあごの裏、ほ
とんど耳の下みたいな場所を指差して笑った。指された辺りをぐっと拭うと、
雪のように白い流れが一筋、鞄を持ったままの右手の甲に残った。生クリー
ムだった。こ、こんなところにまで……。
「子供じゃあるまいし、みっともないわねえ」
「これは絢辻さんのせいじゃないか!」
「知りません」
 にやにやと笑っていた絢辻さんは、けれど僕の反論には本当に不機嫌にな
って、プイとそっぽを向いてしまった。な、なんなんだろう、一体……。



     *     *     *



 店を出る、ほんの少し前のことだ。最後のお客が帰ったのをきっかけに絢
辻さんはお花を摘みに出かけてしまい、僕一人がテーブルに取り残されてし
まう間があった。
 カウンターの向こうの細い廊下に消えていった絢辻さんを見送り、僕もこ
の時間のおしまいを思ってケーキをもうひと匙、カチンと音を立てて切り取
った。テーブルに一人になると、何故だろう、途端に大きな不安が押し寄せ
てくる。温くなったコーヒーをすすり、今日のことを思い返す。
 僕と薫の企画したサプライズ誕生会で絢辻さんは、みんなからのお祝いや、
梨穂子の焼いたケーキに、やがて自分が家庭を持つことを垣間見た。そんな
風に思ったのは多分……
 --一年前のあたしと、今日のあたし。違ってることなんて一つしかない。
……僕と一緒にいるようになったから、っていうことなんだろう。
 遥か遠くに据えたはずだった、誰かとともに生きるということと、それに
伴った様々のことが、そのほかの何かより自分の懐に近い場所で動き始め、
絢辻さんの「予定」は地殻変動を起こした。そして自分にそれが……生まれ
てくる子供と、親睦する縁者たちに、自然に、「当たり前」に、ケーキを焼
き、微笑みかけることが……出来るのかって、怖くなったんだ。自分が一番
欲したものに囲まれて、本当に笑えるのか。
 だって、絢辻さんにはその記憶がなかったから。わけもなく、ただただ湧
き上がる喜びに身を任せる祝福を、贈り、受け取ることの思い出がない絢辻
さんにはその喜びの正体や理由がどうしても欲しかったのだろう。自分が背
負わされた受けた……こんな風に言うのはためらわれるし、僕はそんな風に
は思わないけれど……『過ち』を繰り返さない、その修練と準備のために。
絢辻さんらしいと言えば、すごく、らしい。
 絢辻さんの欲しがった、腑に落ちる言葉は見つからなかった。僕にはわか
らないし、きっと誰にもわからないだろう。でも、それとは違う方法が見つ
かったみたいで、それは良かったなあと思うのだけれど。
 ……だけれど。
 大きな不安に押し負けて、僕は肘を抱いてテーブルにうずくまってしまっ
た。
「……僕、何の役にも立てなかったなあ……」
 結局、僕は何にもして上げられていない。僕らの中に答えがないことを掘
り起こしたのも、違う方法を見つけるのも、全部絢辻さん一人ですませてし
まったじゃないか。
 役に立つとか、立たないとか。絢辻さんが僕にそんなことを求めてないの
は分かっていた。彼女は自分がすごく優秀な分、能力とか性能とか、そうい
うものとは別にもう一つ繊細な秤を持っていて、二つの秤をいつも上手に使
い分ける。僕のことはもう、多分そのどちらにも乗せることさえしていない
ように思う。いわゆるゴマメ扱いだった。だから、時折薫とかから
「あんた、しっかりしてないと愛想尽かされるわよ?」
なんて、まことしやかな脅しを頂戴しても徒に不安になったりはせずに済ん
だ。もちろん、何もしないでただサボっているのを見つかると、チクチクと
責め立てられはするけど、一緒にいることには何の不安もない。ただ、その
不安のなさの根っこのなさが、ときどきふうっと、季節の変わり目に吹く風
よろしく、胸をくすぐっていくことはあった。丁度今みたいに。
 そんな確かな足場の上にあぐらをかくわけじゃないけれど……どうして僕
は、こんなに安心していられるんだろう? 役立たずの僕をどう思ってるん
だろう。僕のしたことといったら、一年前……絢辻さんを傷つけてまで、彼
女の「予定」を大きくゆがめたことくらいだ。
 ----------------予定?
 贅沢な不安に駆られる傍らで、その言葉がテーブルに置かれたとき、僕の
頭によぎったものがあったことを思い出す。それは小さな引っ掛かりに過ぎ
ず、予定、予定日、予定表……言葉が普通過ぎたこともあってハッキリとし
た像を結ばなかったのだけれど、一つ、強烈な象徴が僕の中にいつまでも焼
け残っていた。真っ黒な、影になって。
 なんだろう、なんだったっけ。
 きれいな字で。
 びっしりと埋め尽くされた…………。
 僕の心に焼け残っていたそれは実際、影と見紛うくらい真っ黒だったけれ
ど、影ではなくて、黒い、真っ黒い……。
「あの、失礼しますね」
 そこに、一つ。いびつな形をした影が、赤く揺らめきながら落ちたのだっ
た。

       ・
       ・
       ・

 行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。
 絢辻さんがお花摘みから戻ってきたとき、お店の中は灯りがほとんど落と
されて、いつものしっとりした落ち着きにズシリとした重みをいや増してい
た。残った少しの明かりを丁寧に磨かれた調度品の茜色が映し返す、氷の洞
窟の中で火を炊いているような神秘的な趣に、さすがの絢辻さんもびっくり
していた。無理も無い。
「なに、暗い……? ねえ、お店、もうおしまい……あれ? 何よ、それ」
「あ、うん。おかえり」
 足元を気にしつつ、絢辻さんはテーブルに新しくやって来たそれを、飼い
猫がよそから預かってきた猫を警戒する目で疑わしげに眺めた。それは赤く
て背の低い、厚手のグラス。その中では可愛らしいローソクがせっせと炎を
焚いている。
「おね……ウェイトレスさんが来て置いて行ったんだよ。『お店の時間は大
丈夫だから、ゆっくりして行って』だって」
「そう。でも、そんなことを言われてもね」
と、絢辻さんは手首の時計に目をやって苦笑する。
「うん、そうだね……」
「また何か、素敵な追加サービスを頼んだんじゃないでしょうね?」
「はは……ないよ。ないない」
 絢辻さんはいつもの、スカートをお尻の下に滑り込ませる仕草で腰掛ける
と、それじゃあぼちぼちお暇しましょうかと、特大シフォンの残り半分弱の
……といっても、まだまだ優に普通のケーキ一個分くらいはある……塊を見
つめた
 ふふ、と小さく、絢辻さんの可愛らしい鼻から笑いが漏れてグラスの中で
炎の小人が慌てふためく。光が変わって絢辻さんの表情にいつもと違う影が
落ち、絢辻さん自身もそのことにちょっとびっくりしたようだった。
「どうしたの?」
 なんで笑ったの? って、訊いたつもりだった。
「別に。またまんまと、マスターの思惑にはまったのかしらってね」
 絢辻さんはフォークを手に取ると、Sっ気たっぷりの眼差しで、マスター
のおばあさんならぬケーキを相手につんつんと拷も……否、尋問を始めた。
「どういうこと?」
「なんでもない。そろそろ食べちゃわないとね」
 時間も時間だし、なんて呟きながら、僕がやったら絶対に「行儀が悪い!」
「食べ物で遊ばない!」と怒り出すに違いない、ケーキいじめをツンコツン
コと繰り返す。僕だって美也がやってるのを見たらそう言うだろうけど。け
ど、それがどうして、マスターの企みなのだろうか。
 ……などと、思う間もなく。
 ……ぷすり。
「あ」
「あら」
 勢いあまったフォークの先がスポンジにめり込んでしまって、絢辻さんは
声を上げた。そのままついっとフォークの角度を上げると、当然、ケーキの
大きな塊も音もなく持ち上がる。
「……」
「……」
 そのシルエットはテレビゲームに出てくる巨大な戦斧のような。アンバラ
ンスな物体を、二人して見つめる間の抜けた沈黙。……いやな よかんが 
する……。
「……。あーん?」
「無理!」
 それを差し向けられ、僕は即座に抵抗する。巨大なフワフワスポンジの斧
(攻撃力は多分2か3くらい。殴った相手の体力が回復します)は、どこか
らどうかじりついたって、僕の口に収まりそうもない。
 それが気に食わなかったのか、そしてどこまで本気なのか、絢辻さんは少
しだけ角度を下げたフォークの向こうでむーっと目つきを鋭くする。な、な
んだろう。
「『しょうがないなあ、梨穂子は』」
「えっ」
 い、いきなりなんだろう?
 それが、いつのものだったのか分からないくらい……僕が十七年……もう
少しで十八年……の人生に亘って言い続けてきた言葉を突然絢辻さんから言
われて、僕は面食らう。険しいままの瞳は、多分本気で怒っているわけでな
いのはわかるものの、不機嫌なのは明白で。なんとなく、「自分で言ってか
ら腹が立った」の類なのだろうと思った。
「あ、絢辻さん、それは、どういう……」
「言ったでしょ。これはあなたの分よ。はい食べて、あーん!」
「た、食べる、食べるけど、まるまる全部は、ちょっと……。絢辻さんも少
し手伝っ……」
「あたしはもういいの。こんな時間にこんなに食べたら太っちゃうでしょ。
……大体、桜井さん? あの子なんなの? バカじゃないの? さっきのケ
ーキだって三段重ねで……普通のホールの二.五倍くらいあったのよ? そ
れを彼女、後半ほとんど一人で食べちゃったじゃない!」
 そ、そうだそうだ! 梨穂子、馬鹿じゃないの!!?
 Joesterでお目見えした梨穂子特製の三段重ねバースデーケーキは、
一周目こそ一人一切れずつ切り分けたのだけれどそれでは半分も無くならず、
二周目からは志願制になった。主役の絢辻さんは二切れ目を断ることが出来
ず、男衆と絢辻さん、田中さん(ああ見えてタフだ。多分薫に鍛えられたん
だろう)。そして”マシュマロ・ウーマン”、或いは”輝日東のチョコチッ
プ・クッキーモンスター”こと桜井・テュポーン・利穂子の五人で食べたが
まだ減らない。突入したラップ3はずっと梨穂子のターン! だった。なん
となく勝負魂を燃やした梅原も特攻空しくブッ千切られ、周回遅れの僕たち
は、しんがりを一回りして梨穂子に託す羽目になったのだ。その苦況をもの
ともせず、まるでそれを見越して分量を調整したんじゃないかと勘ぐりたく
なるほどのマイケーキ状態で、切り分けないお皿からぱくぱくと幸せそう生
クリームを平らげる梨穂子の撤退戦を、みんなは呆れと尊敬の眼差しで見守
ったのだった。
「……あなたまさか。この先、あんなのと同じ尺度であたしにモノを食べさ
せようと思ってるんじゃないでしょうね!?」
 あ、あんなのって、姫。照れ隠しだか知らないけれど、ちょっと口が過ぎ
ますぞ。あんなのでも一応、恋人の幼なじみ……多分結婚式にも、僕呼ぶよ?
「さ、口をお開けなさい……」
 スポンジアックスを構えてにじりと詰め寄るその瞳には、追い詰められた
ような光が宿る。ちょっと笑った口元が、アンバランスで恐ろしい。駅前・
スタンド・メロンパン。走馬灯はめぐり、僕は呼吸が止まりそうになる。
「さあ、早く」
「そ、そんな大きな塊入るワケ……」
「開・け・る・の・よ! ホラ、あ~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
「ら、らめぇ! 無理に入れたら、僕壊れひゃう!!」
「お、おかしな声を上げないの! ハイあ~~~~~~~~~~~~ん!」



     *     *     *



「……」
 今頃になって絢辻さんが見つけた、僕のアゴの裏にはり付いた生クリーム
は紛れもない、その惨劇の血痕で、僕は手の甲に引いた生クリームの尾を見
つめて言葉を失った。……あんな過ちは、繰り返しちゃいいけない。二度と、
絶対に。コトのあと僕はテーブルに突っ伏してひたひたと涙をこぼし、絢辻
さんはその向かいで「おそまつさまでした」なんて、おしぼりで手を拭って
すまし顔だった。ひ、ひどい……。父さん、母さん、美也……。僕、汚され
ちゃった……。
 口の周りに貼り付いた白いものを舌でレラレラと回収してうなだれた、そ
のときの決意を胸に、強く、思い出す。く、くそう! いつか同じ悲鳴を、
絢辻さんにも上げさせてやるんだからね!!
「……言いたいことがありそうね」
 路地の出口の十歩前。僕の回想を嗅ぎ付けた絢辻さんは、ジロリと強い腕
組みで立ち塞がる。不服げな光を察知して、絢辻さんは僕の視線を真正面か
ら撃ち落とした。
「な、何をそんなに怒ってるんだよ……」
 僕は、そのとき店でも訊いた、同じ質問を口にする。
 店での絢辻さんは、僕のその思い切った質問にもフンと鼻を鳴らすだけで
答えてくれず、その鼻息にグラスの炎をゆらんとたわませて、赤々と照り映
える中に見たことも無い面影を滲ませるにとどまった。そしてテーブルに置
かれた中トロのトロQをゆび先でコロコロいじったかと思うと、前に僕がし
て見せたことを丁寧になぞった。ゼンマイを緩く巻き、歪んだ車軸の分だけ
慎重に照準をずらして、手をはなした。トロトロと走ったそれはやっぱり微
妙な孤を描いて、僕のちょうど正面でぴたりと止まって見せ……それを見届
けた絢辻さんは、
「出ましょうか」
と、静かな調子で荷物を確かめ始めたのだった。




                              (続く)


|

« ■底抜けMay Storm ~本日は連休モードで~ -更新第485回- | トップページ | ■『アマガミ』~ユメの心臓 -更新第487回- »

[創作 SS]」カテゴリの記事

アマガミ」カテゴリの記事

創作」カテゴリの記事

手帳の中のダイヤモンド」カテゴリの記事

絢辻さん」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55967/34482478

この記事へのトラックバック一覧です: ■ハッピー・バースデーがきこえる<後編・6-2> ~手帳の中のダイヤモンド・番外編 -更新第486回-:

« ■底抜けMay Storm ~本日は連休モードで~ -更新第485回- | トップページ | ■『アマガミ』~ユメの心臓 -更新第487回- »