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2010年4月13日 (火)

■イチリヅカ -更新第472回-

ひと月ほど前、
「『アマガミ』の発売から一年経った!」
なんてはしゃいでみたのですが、
その一年で自分がどの程度成長しただろうか? なんて考えると
ちょっと暗い気持ちになりました。

オイサンです。

……別段、オイサンは成長必要論者ではありません。
「人間は、社会は、社会を形作る色々なものは
 常に成長していなければならない」
というような論調は、世間ではたいがい一般的ですが、
別にそんなにがんばらなくてもいーじゃん、というのが
三十有余年生きてきて抱いた、オイサンの感想です。

マこの際「成長」というものをどう定義づけるかにもよってくるのですが、
世間で言われる必要な成長というのは、
この資本主義社会においては
「経済的な、あるいは経済活動を円滑に進めるに当たって必要な要素の成長」
なのでしょう。

  つまりは
  「人間社会が拡充していくに当たって、
   その拡充度合いを支えうるだけの力強さを社会が持ち、
   ひいてはその社会の構成員である個人がもたなければならない」
  ということだと思うのですが。

  さらによーするに、
  「人間は生き物で、根っこには産めよ増やせよの本能がある。
   デ増え続けていくにも、それを支えるには地球という星の限界があるから、
   それをフォローするくらいのパワーを社会&人間はもってかないとね」
  ということになってくると思うのですが。

  その根っこ論に関しちゃ、
  「イヤいい加減さ、増えるのもやめたらいいんじゃね?
   人間ってそういう段階じゃないだろ」
  と思います。
  減りさえしなけりゃ、妥当なラインでこれ以上増えないようにしましょうよ、
  というところがあってもいいと思います。
  しかしそういった制御も、
  過去、中国の抑制策でも色々問題が出ていることからもわかるみたいに
  生き物のすることですから強権的に押さえつけようとすると
  あとあと不幸を生むのでしょうし、簡単ではないでしょうけど。

  それを思えば、人口ってのは野放しに増え続けることがまず自然で、
  それを前提に考えるとヨノナカがそれを支えうるだけのパワーを持ちうるように、
  個人個人が生産性を上げていくことってのは畢竟必要なのでしょうけども。

  ……それを思うと、
  ウナギやらマグロやらの完全養殖を完成させた人たちなんてのは
  すさまじい功績だと思えます。
  それに難癖つけてウマイマズイを論ずるなんてのは
  贅沢以外の何者でもないのかもしれない。
  オイサンはウマイのマズイの言うクチですけど。何様だ。

  そうすると今度は、
  ウマイマズイ以上に安全・危険の論議とか倫理的な話が湧き出てきて、
  健康に及ぼす影響を考え出すと
  (実際そうして生み出された食べ物が健康に影響を及ぼすかどうかはまた別の話ですが)、
  「不健康な人間を増やして(増えた人間に不健康な食べ物を与えて養うことが)、
   それが健全なのかどうか??
   『とりあえず増やして不健康なゴハンで育てる』のと、
   『増える前にブレーキをかけてしまう』のではどっちが健全なのか?」
  なんていう話が出てくるのでしょう。

……なんか成長の話から大変なところまで拡散してきたな。
二行目に『アマガミ』と書いてあるのがまるで夢の中の出来事のようじゃないか。
こんな話はあとだ、あと。

何が言いたかったかというと、

 「『アマガミ』発売からの一年という時間の経過の中で、
  オイサンは多少なりとも成長したろうか?」

ということを振り返ろうと思っただけなんだ、オイサンは。
なんでマグロやウナギの話になってるんだ。
マいいけどさ。
大事なことだし。

   ▼

これだけ色々な可能性や重要性をぶったあとでアレなのですが、
社会の成長のために個体が圧迫されるというのもやはり不自然な気はするので、
個体としては「無理してまで成長したくない」と思うワケです。

そもそも人間社会の成長のために生態系をどうにかするというのも
不自然な感じで。
そういう意味で、人間社会の爆発に歯止めがかからないのはどっかしたこのシステムに
バグが潜んでるんだろうなあ、というあたりで、大きめの話は終わり。

   ▼

でオイサン自身の成長の話なのですが、
方向性に二種類あって、
いわゆる成長、つまり社会から求められている経済的成長の方向と、
もう一つ、それとは関係なしに自分がなし得たい方向の成長がある。

  ちなみにこのうち後者の「成長」は第三者的に価値が認められないものが多いので、
  「自己満足」とかオエライ人からは言われたりしますが、
  そんなのはアホの言うことなので放っておいてよろしい。

このうち、
経済発展的な意味合いでの成長って、多分あんまりしていないと思うのです。
マこの一年は、世間の激動ぶりとは乖離してワリとボンヤリした中にいたのですけど、
それはそれで必要な時間だったと思います。
それ以前に受けた刺激を咀嚼する時間でした。

そしてただ咀嚼だけしていたのかというと決してそうでもなく、
それに後者の「社会・経済的な成長とは別の個人的な成長」の側面に後押しされて、
ようやく少し、社会的な面での成長も達成された気がする。

その二つがタイミング的に上手くからみあって、
社会的な自立の度合いを多少強めたんじゃないかとは思うます。
そういう手ごたえを自分の中に感じたのは、
働き出してからこれが初めてなんじゃないかと思えます。

……つまりは、
「社会的な成長なんて、わざわざ苦労してまでしたかあねえや」
と思っていたところに、
リアルでの他者の存在やらから、細々と受け、蓄積していた刺激に、
さらに横から絢辻さんという存在に突き飛ばされた力が加わって、
ようやくちょっと前に進む気にもなれた、という感じです。

   ▼

後者としての自分、つまり
「自分がこうなりたい」と思っている方向での成長というのは、
つまりは書き物士としての自分なのですが、
……なんだか悪い手クセの度合いも深めつつ、
新しい課題をクリアしたりワザを身につけたりと、
成長と呼んでいいのかはわかりませんが幅と深みは少しずつ付いたんじゃないかと自画自賛。
ちゃんとものにしてから言えっつう話ですが。

まだその技を、ヒトサマから見てそこそこの打率で
面白いと思ってもらえるものに落とし込むことは出来ていませんが、
それでもバットの振り方のバリエーションが増えたという実感がありますし、
一つ一つのバットの振り方の精度も悪くは無くなってきている気がする。
これは間違いなく自分の書きたいものに関しては役に立つし、
人様に見せる段においても有用だと思う。

今後はそれを、如何に打点に結び付けていくのかということを
しっかり考えて作っていかないといけないのだけれど。
そういう練習も重ねてはいるつもり。
まだまだだけど。

   ▼

絢辻さんと言う存在が、どうしてリアルな、
オイサンの社会的な成長の後押しをしたのかと問われれば……
簡単に説明するなら、それはある種宗教的な尊さ、聖さによってであるとしか言いようがない。
基督の崇高さによって社会が動くことがあるように、
「絢辻さん」という存在をオイサン自らが書き物の対象として強く認め、
自分の中で掘り下げていくうちに社会的に前進する心を作り上げてくれた、
ということに他ならないと理解しています。
困ったおっさんだ。

   ▼

そんなことで、前者に関してはまだまだこれから本番で試していかないとならないことが一杯で、
実戦で耐えうるものか……それは自分のココロと体の強さに依ることで、
またこの先、ちょっとずつ激しさ・厳しさを増す実戦に耐えて、
試して、積み重ねていくしかない。

これにはまた時間がかかるし……心身ともに負担はかかるけど、マしゃあねえ。
なんとかコレで食いつないでいかないとならない。

その中でやっぱり
「こんな思いしてまで、この分野で成長なんかしたかねえ」
って思うんでしょう。
それはそれでも良いと思うんですけどね。
自分が喰うに困りさえしなくて、お金払う側との乖離が大きくなりすぎなければ。

   ▼

だからまあ……さ。
まだどっちも、表出はしてないんですよね。結局。
一年経って、ハッキリとした形で実は結んでいない。
実践の場で、結ぶかどうかはわからない。
実践の場と言うのは、かなり大きなブレイクスルーが勃発しないと実が結んだようにも見えない、
小さな変化くらいだと、自分以外は、本当によく見てくれている人にでもないと
見つけてもらえず埋もれてしまうから、多分気付かれずに終わってしまうこともあるでしょう。

しかしまあ、めげてはいかん。
まずは今自分が手ごたえを感じていることを錯覚だとは思わず、
そのとっかかりが確かであることだけでも確かめにいこうかと、
そういう段階ですよ。

まとまりはないけど、そういう感覚を見つけたことだけでも
ひとまずは良しとしようと思うオイサンですよ。



いいトシのオッサンがそんな速度でいいのかって話はまあ、あるけど。
そこはもうしみついたペースだもの。
この速度で歩いて、この速度で行けるところまで行って、
死んでいくんだ。

もちろん、それを幾らかでも上げる術を、
『彼女』はやっぱり教えてくれるんだけどさ。



オイサンでした。




 

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