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2010年3月19日 (金)

■『アマガミ』発売から一周年に寄せて -更新第453回-

うちの子はほら、ひっこみ思案ですから。
オイサンです。


『アマガミ』の発売から、今日で丁度一年。
そんな話!



■『アマガミ』発売から一周年に寄せて



思えば、あの日にすべてが始まったのかもしれない。
……などというドラマチックな書き出しはおこがましくて使えないくらい、
オイサンは当初、『アマガミ』というタイトルに、
心の底では期待していなかった。
表面上、どう書き繕っていたとしても。

『TLSS』で、ギャルゲーというフォーマット、パッケージ……
何と呼んで良いのか分からないけれど、
そういう雰囲気の上に乗るシナリオや設え全体に、
限界というか、
ギャルゲーそのものではなく「自分とギャルゲーの関係」に限界を感じて……
……すなわち、

「ああそうか、オイサンは多分この先もう、
 今までみたいに『ギャルゲー』で恋をし、
 感動したり、浮かれた気分を味わったりすることはないのだな」

と認めてしまって失望し、
けれども『キミキス』にもしがみつき、
そこでもまた同等の感触を再認識してしまって、
「ギャルゲーという『商品』における限界」を垣間見た気がして、
恐らく今度も同じような結果に終わることを繰り返すのだろうという
諦念とも悟りとも言える心境を抱きながらも、
そのコンシューマギャルゲーのパッケージを手に取ったのを憶えている。



     




最初から、雑誌媒体で目をつけていた梨穂子、或いは薫にアプローチしていれば、
また結果は……この一年間という時間の流れは変わっていたのかもしれない。
多分、変わっていなかったと思うのだけども
(絢辻さんという人格はその前後に存在したとしても色褪せることのない
鮮烈で美しく、強い人格だと思うから)、こう書いておく。

気にかかっているキャラクターがいるのだから、そうすればいい。
そのキャラクターの物語から読み進めたらいい。
けれど、そのときオイサンは何故かそうしなかった。
何故だろう?
分からない。
多分それも、その諦念のなさしめた業だったのだろう。

自分はきっとまた、この物語でも
ギャルゲーへの恋を取り戻せないに違いない。
ならばいっそ、作り手に導かれるままに、
とりあえずパッケージ押しのメインヒロインの話から読むのも一興じゃないか。
それが、書き手のオススメなんだろう?
それに一番力を入れていて、自信があるんだろう?
テーマなんだろう?
……そんな風に、薄ぼんやりと思ったことはなんとなく憶えている。
そこまで確かな思いではなかったにせよ。

そして絢辻さんが正体を現すイベントにおいて、オイサンはやられる。
完膚なきまでにやられる。
なんで、こんな目に遭わなきゃならんのだと。
オイサンは恋をしにここにきたのに、こんな思いをせねばならんのか。
満員電車の中で、痴漢冤罪におびえる日々となんら変わりない。
突き落とされた気分だった。
やっぱりここでも救われない。

もうそこでコントローラを置いてしまおうかと考えた、というのは、
一年前に日記でも書いた通りだ。
もうやめよう、このゲーム。
しかし不思議なもので、
闘うことなど疾うに忘れたオイサンの心にそのとき芽生えたものは、
紛う方無き闘志だった。
小さくて小さくて、ホント笑っちゃうほどの炎だったけれど、
それは確かに闘う意志だった。

せっかくのギャルゲーだ、多少つらくても、
せめて最後まで向かい合おうじゃないか。

  失くしてしまったのは、闘志。

坂本真綾の歌のワンフレーズが、くっきりと心に響いたのを憶えている。
随分昔に聴いて、ご無沙汰だった歌だ。
どうしてこのときにそれを思い出したのかは、本当に分からない。
何がトリガーだったのか、本当に不思議だ。
絢辻さんが漆黒の背中に隠し持つ、闘いの気迫が呼び起こしたのかもしれない、
……というのは完全に後付けだから信じなくていい。
だって、今書きながら思いついたんだもん。

  ちなみに、
  オイサンが絢辻さんを「絢辻詞」ではなく「絢辻さん」と呼び続けるのは、
  彼女を一個のキャラクターとして客観視するのではなく、
  常にどこかで見ていて隣にあるように、
  呼びかけるような位置にいたいと思っているからです。

正直、オイサンのこましゃくれた脳みそはその期に及んで尚、
その先に広がる物語の力強さ、
絢辻さんという人格の繰り広げるドラマを信じていなかった。
どうせ大体、こんな展開でこんな話に落ち着いて、
めでたしめでたしって終わるんだろうと高をくくり
さっさと次へ行こうとたくらんでいた。
あれだけやられたにもかかわらず。

やられた時点で
「これは何かが違う、この先何かが起こる!」
と警戒することが出来るのが優れた人間だと思うのだけど、
オイサンはそういう手合いでないことが期せずして認識されてしまった。
残念である。

そんなことがあってオイサンは再び『アマガミ』と向かい合い、
絢辻さんという物語と出会った。
はじまりは<ナカヨシ>だった。
はじまりが<ナカヨシ>だったというのも、
実はオイサンにとってとても良い方向に作用したのだと思っている。

事実、一周目の<ナカヨシ>を終えた時点では絢辻さんに対する想いは
まだまだボンヤリとしたものだった。

どちらかといえば、
絢辻さんの<ナカヨシ>シナリオに見られる、曖昧で、劇的でもない、
およそ従来のギャルゲーのシナリオとは趣を異にする流れと結末を用意した
『アマガミ』というゲーム世界全体への期待の方が高まった。
だからこそ他のヒロインへの期待も、
絢辻さんの他のルートへの期待も高まったのだけれど。
絢辻さんという人格への期待は、より謎めいて終わったと言っていい。

そして絢辻さんという人格の
より深いところにアクセスしたいという欲求も高まった。



それがこの一年間の、全てのトリガーだ。



……その「知りたい、気にかかる、近づきたい」という気持ちは
既に恋だったに違いない。
今思えば、だけど。

『アマガミ』は、
……というか絢辻さんは、
文字通りオイサンの横っ面をひっぱたき、
眼を覚ましてくれたのだと思う。
「それがギャルゲーだから」という甘えに浸りきっていたオイサンの眼を。

「ギャルゲーだから感動できないんじゃない、
 物語には、ギャルゲーだろうと、そうじゃなかろうと、
 まだまだいくらでも、いろんなことが出来るんだ」
という可能性を示してくれた。
「いい? 見ていなさい!」
と。
オイサンはそれに近付きたかったし、
その宿命を一身に背負った、人間としての絢辻さん自体にも近付きたいとアコガレた。
……そんでバカみたいに痩せた。
未だに職場で「なんで痩せた?」と訊かれて、困る。



     



もしあのとき、梨穂子や薫に
最初に会いに行っていたらどうなっていただろう?
あのとき、コントローラを置いて二度と『アマガミ』に火を入れない選択をしていたら、
自分はどうしていただろう?
まだ、次の恋を探しに行っただろうか?
再びコントローラを握ったとして、絢辻さん一人に張り付き、
一周目から<スキBEST>にたどり着いてしまっていたら、
これほど『アマガミ』を愛せただろうか?

どれも分からないし、考えても詮無いことだと思う。

……人生、
そして時間というやつにはたくさんの選択肢があるように見えてしかし、
あとで振り返ってみれば自分の辿ってきた道しかないように見えるから不思議だし、
素敵なのだとオイサンは思う。

進行方向に向けて、ささくれ立つようにY字が連続する道のようなものだ。
前に向かうときは先々にたくさんの分岐が見えているが、
振り返っても、決して自分の選ばなかった道の先は見えないし、
そんな分岐があったことさえ見てとれない。

自分の歩むべき道はそれしかなかった、
その道を歩んできたから自分なのだと思える。



     



そんな『アマガミ』が発売されてから、今日で丁度丸一年が経った。
この一年で、オイサンは変わった。

見た目、体格からして変わったし、
心も多少ながらも前向きになった。
情熱のようなものも取り戻した。

驚くほどの変わりようだと自分では思う……が、
基本、見た目・体格以外はマイナーチェンジなので
周りからは然ほどの変わりようには見えないだろう。
マそれはそれでいい。
そんなことは人様から判子をもらうことじゃない。

上で書いたようにこれが変化だったのかと言われれば、
実は、そうでないように思う。
こうなることが当然で、
これがオイサンという時間の正道であるのに違いないと思う。
何かが変わったわけではなく、こうなるはずだったのだ。
根拠はない。
あるとすれば、
振り返ってもこの道以外、自分からは見えないから、ということだ。

変化とは、
「振り返ったときに、そこに分岐の痕跡を認めることが出来るような、
 過去にあった分岐のこと」
なのではないかと思う。
自分の歩んできたこの道以外の道へ続く分岐が確かにそこにあったとわかる
分岐の痕跡があって初めて、
そこで自分が変化したといえるのではないかと思える。

それまでの流れを分断して、思いも拠らない分岐をたどり始めた地点、
それを変化と呼ぶのだと思う。

2009年の3月19日……
或いはそれから数日を経た、絢辻さんの<ナカヨシ>なり<スキBEST>を辿り終えた日に、
その分断の痕跡があるかと言われたら、オイサンには、あるとはやっぱり、思えない。
この道しかなかった。

『タイラー』にときめき、
大学でうちのめされ、
『ときメモ』に救われて、
『TLS』を手に取り、
後藤さんに惹かれ、
風間さんを想い続け、
想い続けて、
スタッフの力を信じたのか、
自分のだらしなさを信じたのか、
コンシューマギャルゲーの上にしか立ち上がれない十数年間の自分自身と
ギャルゲーにしがみつき続けてきた、
だらしない弱っちい自分にはこの道しかなかったんだと思えるから、
自分は変わったんじゃなくて、
なるべくしてこうなったのであって、
変化してきたように見えるこの一年という時間は、
オイサンがその上を通過することを待ちながらずっとここに横たわっていたのだと思える。



     



その、一年という節目。
……節目というやつは恐ろしいと、オイサンは思う。
何故なら、
それまで為てこなかった何事かを始める良いきっかけであると同時に、
それまで続けてきた何事かをやめてしまうのにも良い契機を与えてしまうからだ。

その停止は、己の望むと望まざるとに関わらず、
「この一年頑張ったなあ」とか、
「よく続いたなあ」とか、
一つの充足感とともに緩みによってもたらされる。
しかも為てきたことの大きさに比例した大きさでやってくるから、
尚のこと恐ろしい。

オイサンは、この一年という節目を機に、
『アマガミ』に関わることやその想い、
また直接的ではなくてもそこから生まれた情熱を継続することをやめる気は、
ない。
毛頭ない。

だけど恐ろしかった。
節目は大切だが、それを意識することによって失われる物もまたあるのだ。
「ちょっとここらで……」
という油断が何よりの大敵だ。
うさぎとかめのうさぎさんのように。
競争の相手はいないけど。

そんな風にビビッていたにも関わらず、
昨晩のこと、
おかしな寝方をしたせいでリズムが狂ってしまって、
その余波でこのところ毎朝習慣づけていたことを今朝に限って実行できなかった。
そのせいで、この一年のあらゆる連続が、
この一年の日々が、
今日を契機に終わってしまうんじゃないかとビビッている。
ビビりまくっている。

そんな日はこの一年、何度となくあった。
ちょっと寝不足とか、
ちょっとシンドイとかで、
続けてきたことを休んだ日なんて、数えるほどではあるけども確かにあった。
殊更ビビる程のこっちゃない
だがそれが、自分の意識しないところで、
まさに今日この日にかぶさってしまったことが
まるで何かの兆しででもあるかのようで、恐ろしい!

だから!!

何か一つ、
そうじゃないぞ、まだまだやれるんだ、
行くんだ、続くんだという一つの信心の証明として、
この文章を書いている。

……ただ、その続行へのストリームが、
オイサンの意志一つに拠るものであってはいけないと思う。
だってオイサン、弱っちいから。
だらしねえし。
オイサンの意志一つで出来上がったものなら、
それは多分容易く壊れてしまうだろうという「自信」が、
オイサンにはある。
だからこそ上で、「続けるんだ」ではなく「続くんだ」と書いた。

オイサンの気持ちだけではない、
遥か彼方、
星の巡りさえ司るどこかの誰かのゆび先が運ぶ一本の筆先が、
まだまだ勢いを失っていないことを、オイサンはただ信じるだけだ。
そのゆび先が自分のものであるかのように。
逆説的だけど。
その虹色の筆先が滑り続ける以上、まだ行く。
まだまだ行く。

この世にはそういう、自分の思いや行いだけではどうにもならない
大きな「巡り」が存在すると教えてくれたのも絢辻さんだ。
どんなに周到に、狡猾に、力強く生きていても、
落とすときは手帳を落とすし、それを誰が拾うかなんて、分からない、選べない。
でも、世界は捨てたもんじゃない。
それを拾うのはきっと、
どんなベクトルであれあなたのことを一番に思ってくれる人なのだと。
だからそんなときは肚をくくって、身を任せればいいと。

もちろんそれ以上に、
自分の思いや行いの大きさを示してくれたのも絢辻さんだけど。



     



やらないといけないことも、やりたいことも、まだまだある。
途中で止まっているものもたくさんありますしね。
『手帳の中のダイヤモンド』にせよ、
『ハッピー・バースデーがきこえる』にせよ。

この一年で、
微々たるものとはいえ
このページに遊びに来て下さる方も随分増えた。

あなたのことです。

そんな方々に対して、
責任とか義務とか権利とかまでは言わない、
というか、
そんな言葉で縛り付けるのはもうバカバカしいと思うから言いませんが、
来て下さる方に楽しんでもらいたいという「欲」があるからやる、
やりたい、
やり続けたい。
自分ももっと、楽しみ続けていたい。

特に絢辻さんのSS関連についてはもう、
のったりのったりとした更新のペースで、
心待ちにして下さっている……とまでは言わないまでも、
「どうれ、あのノロマはボチボチ更新したのかな?」
くらいの気持ちでポチポチと見に来て下さっている皆さんには
非常に申し訳ないことをしているという自覚はあるんだけども、
それでもこれでも一杯一杯なので、このままいく。

だもんで、まあ、
一年経っちゃって、ここもどうにかなっちゃうんじゃないの?
なんていう不安に自分も囚われていて、
同じような気持ちの人もいるかもしれないなあなんて思ったので。

中途半端には終わらせないので、
まだまだやってくんで、
その気のある方は是非とも引き続き、遊びに来て下さい、
退屈させないように、
自分が退屈しないように頑張ります!

……という気持ちを検めるために、
そしてやっぱり、



絢辻さんが好きだ!

誰よりも真剣に生きてる、

絢辻さんが大好きだ!!




という叫び! ……をまだまだ自分自身に証明し続けるために、
この節目に書き残しておく。
……本当は、絢辻さんだけじゃなく、他のヒロインたちのことももっと書きたいと思ってる。
最近、とみに。
特に、薫と中多さん。
でもまあ、もうちょっと時間がかかりそうです。



     



そんなことで、引き続き。
夢見るオッサンの、うたとおどりでお楽しみ下さい。

祝! クロマグロ禁輸否決!!
オイサンでした。



……あとね、やっぱ本編をやらないとダメだわ。
定期的にね。
本末が転倒しちゃうからね。


 

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コメント

■おしんこさん
> おめでとう、アマガミ一周年!ですね!

そうだ! ちゃんと祝ってこ!

> でも、それだけ多くの人が様々に物語を紡いでいくことができる。
> それだけのパワーを持った作品だから惹かれているのかもしれません。

おしんこさんもご存知、「にゃ」の付く大先生のところに書いてましたが、
『キミキス』のときはどうやら、周囲の盛り上がりが『アマガミ』の比ではなかったようですね。
『アマガミ』は『キミキス』ほど万人ウケはしがたい、
難しいものになってしまったのかも知れません
(でも、Web上で目に付く販売本数のデータを見る限り、
売れっぷりとしては『アマガミ』の方が数は出てるようなのですが。
一周年の公式記念コメントで高山センセもおっしゃってますし)。

が、だからこそ、
個々人の胸に刻まれる烙印は深く熱いものになっているんじゃないかと思います。
コンシューマギャルゲーに残されたこの性な……否、聖なる灯を
力強く繋ぎ、守り立てていきたいと、このように思う次第です。

> 私も遅読なので絢辻さんSSはそろーっと読んでいきたいと思っています!

……なので、
灯が消えないようにゆっくりゆっくり走る所存です。


■JKPさん
> まさかギャルゲーで自分の交友関係が広がるとは夢にも思っていませんでしたがw
> 色んな意味で一生忘れられない作品ですね。

ギャルゲーには、人と人とを結びつける力がある……
そんな夢みたいなことを、私はこの年になってもまだ信じているんだよ。
……おかしいかね……?

イヤおかしいだろ。
そこは突っ込んどこうよ。
受け入れられちゃったら私も引っ込みがつかんじゃないか。
空気読もう。
読んでこ。


■tomozouさん
> 面白いかかわり方ができた稀有なゲームでした。

ですねえ。私も同じ気持ちです。
こうしてなんだかんだ書くことで、
皆さんの『アマガミ』への気持ちを繋ぎ止めるお手伝いが出来たのなら
オイサンも嬉しい限りです。

> これからもぼちぼちと、しかし熱の入った更新を期待しています!!

熱暴走、という言葉があってな。

> 僕も絢辻さんが大好きです!!
> よし。

絢辻さんに好かれるような人間になれるよう、オイサンも頑張ります。

投稿: ikas2nd | 2010年3月24日 (水) 02時30分

早いものでもう一年ですね。楽しく読んでます。
自分の中で、アマガミという作品に対する思い入れはプレイ中よもむしろ、作品終了後に他の人のレビュー等見た中で燃え上がった感があります。
面白いかかわり方ができた稀有なゲームでした。
これからもぼちぼちと、しかし熱の入った更新を期待しています!!
僕も絢辻さんが大好きです!!
よし。


投稿: tomozou | 2010年3月21日 (日) 11時42分

そうですか。
もう一年経ちましたか。

私もアマガミによって、見ず知らずの方のブログへの初カキコを体験し、更にその方とお会いする機会にも恵まれました。
まさかギャルゲーで自分の交友関係が広がるとは夢にも思っていませんでしたがw
色んな意味で一生忘れられない作品ですね。

これからも楽しみにしております。
そして今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: JKP | 2010年3月21日 (日) 01時45分

おめでとう、アマガミ一周年!ですね!

アマガミ関連の二次創作物は本当に派生色が強く中々手を付けられずにいるものです。

でも、それだけ多くの人が様々に物語を紡いでいくことができる。
それだけのパワーを持った作品だから惹かれているのかもしれません。

私も遅読なので絢辻さんSSはそろーっと読んでいきたいと思っています!

投稿: おしんこ | 2010年3月20日 (土) 21時49分

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