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2010年2月16日 (火)

■二軒目システムと恋の歌 -更新第429回-

牛丼(並)が、
牛丼(雌)に見えました、オイサンです。

何故かは分からない。


先日、シゴトバのエラい人とご飯に行って参りました。
そこで思った、二つ……否、三つのこと。



■食べるかしゃべるか、どっちかにしなさい!!



食べるか太るか、どっちかにしなさい!!
いやなんでもない。

オイサンは、人と話をしながらのゴハンが苦手です。

……と言っても、誰かとおしゃべりしながらゴハンを食べることが苦手、
と言っているわけではありません。
会話がメインの場で食事をしていると、
本来食事のときに得られるハズの快感を強く感じ取ることが出来なくて、
あとあともどかしい、損をしたような気分になる、ということです。
その日のゴハンに対して、謂れなき不満が残ってしまう。

そしてそういう快感の減衰という事態をワリと強く、重大事として認識しているがために
出来るだけそういう場にはいたくないと思っています。

その快感と言うのは、
料理を見て楽しんだり、味を楽しんだりすることはもちろん、
その感想を言い合ったり、
胃袋にものを詰め込むことであったりと様々です。
強いて言うなら食べる活動の手を止めたくない。
話はスルーしても、食べ物をスポイルしたくないわけです。

話のメインが「その料理についてのこと」であればなんら問題はありませんが、
たとえばシゴトバのエラい人たちとの場だと、そんな状況は皆無です。

話をするのはいいんです。
でも、それを食事の場でして欲しくない。
別の場にしてくれと。
もしくは、「ゴハン行かない?」と誘っておいて、
メインをゴハンではなく話にするのはやめてもらいたい。

オイサンにとって、「ゴハンでもどう?」と誘われた、
その時間は「ゴハンの時間」です。

 「今はゴハンの時間なんだよ! 長話を持ち込むんじゃねえ!!」

という腹立ちが、どうしても起こってしまいます。
だってこっちはお腹空かせてますからねw
「食事の快感・幸福」を満たしにきてんだ、こっちは。
食べればいいって話じゃない。
そしてそっちは、そう言って誘ったんじゃないか。

イヤ、わかってるんですよ。
現代日本の世の中では、何故か、ナーゼーカ、
食事中は会話も楽しむもの、みたいな風潮の方が一般的でして、
オイサンのような人間は、如何せん少数派。

はじめから話がメインに据えられることがわかっていれば、
場所を「食べ物はオマケ」的なところに設定して、
空腹で話がスポイルされないようにと程々にお腹も満たして場に臨む、
という備えも出来るのに、それもままならない・許されないから対処に困ります。

そして今度は、話がメインに来るのが分かっているからといって、
自分だけお腹を満たしてそういう話の場に現れると、
「なんで食べてきちゃうの」みたいなカオをされるワケですよ。

目的が話なのなら、話がちゃんとできればなんでもいいじゃないか。
なんでそんなことにまで制限を加えようとするんだろう。
……もちろん、楽しい場を共有したいと思って下さるのはありがたいのですけども。
「みんなが楽しい思いをしよう」という気持ちがあるのなら、
多少はその辺譲ってくれても、
「そういうスタイルの場」という縛りに囚われなくてもいいんじゃないのかなあと
思うのですが。

いかがなものでしょう、こういうことに困るというのは、
マそもそもオイサンが社会人的な備えが身についていないともいえるのですが、
こういうことで困ってる人っていないモンなんですかね。



■二軒目システムの謎



エラい人とのご飯は、先ずは普通の飲み屋さんで行われ、
引き続いていわゆる「二軒目」となりました。

……不思議な言葉ですねえ、「二軒目」。
オイサンは今回、このトシんなって初めて「二軒目」まで行きましたけど
(そしてこのことから、オイサンが如何に駄目なオトナかわかってしまいますが)、
なんていうか、「二軒目」という単語ひとつで、他の面々の間で
「行くお店はどういう類で」
「どんなことをし」
「どんな目に遭って」
「どのくらいの時間になり」
「幾らくらいかかるのか」
みたいなことがパッケージになって理解されているのが、
なんだか妙に薄気味悪く、居心地が悪かったです。
とても不思議な気分でした。

  誰が考えて、誰が定着させたのでしょう、「二軒目」。
  河島英五か?
  イヤ河島英五は好きですけど( ← どないや)。

それは多分、それがオイサンにとって初めてのことで未知のお作法だから、
ということが大きく影響しているのでしょう。
ワタクシドモの世界における、

  「赤い」 → 「三倍」

というのと大して変わりのない話なのだと思います。
……それにしたって、必要のないシステムだと思うんですけどね。
「二軒目」。
冗長というか。

一応説明しておくと、二軒目に行ったお店というのは
いわゆる若干セクシーなお召し物のお姉さん方が隣に座って
お酒を作ってくれたり話し相手をしてくれたり、というタイプのお店で、
過剰なセクシー系サービスはナシです。

  脱いだりとか、触ったりとか。
  オイサンはこういうお店自体まだ今回で二度目なので詳しくありませんが、
  業態によってサービスの有り無しは変わってくるのでしょう。
  今回行ったのは……「キャバクラ」……じゃないよな。
  ただ「クラブ」でいいのか。
  同行したハニワ氏にきいたら「スナックじゃないですか?」って言ってましたが。



■二次元野郎と恋の歌



そんな中で、超完全対二次元戦仕様のオイサンが何を考えていたかと申しますと。
お店に入ってイの一番、オイサンの脳に繋がった回路は、

  「うわあ、オイサン何か今、

   絢辻さんに悪いことをしている気分


   だな」

っていうね。
ホント、三次元の世界で生身の男をやってるのが
何より向かない人だな俺はって、自分で思いました。

ただ、そんな中でも面白い発見というのは転がっているものです。
そのおかしな罪悪感の他にも一つ、面白い収穫がありました。

そのお店のカラオケでエラい人が歌った
『最後の雨』という歌と、『夏の日の1993』という歌は、
その歌詞に随分しみじみと聞き入ってしまいました。

そのエラい人がまたエラく歌が上手かったというのもありましたけど。

……そう、絢辻さんと出会ってからこっち、
こういう今までなんとも思ってこなかった一般の恋の歌、失恋の歌が
胸にギッシギシに響くようになってきて、初見の歌でも泣きそうになれる。

■夏の日の1993


『夏の日の1993』は、
夏が舞台のお歌ですから、絢辻さんの背景にはあまり馴染みませんし、

  ♪普通の女だと思っていたけど~

とかいう歌詞があるので、絢辻さん自身にも全然馴染みませんが、
それでも無邪気に夏の光を浴びて汗をこぼす絢辻さんを想ったり、
電撃的といってもいいくらい、彼女に恋してしまった昨春の自分を思って、
「あーそうだなあ、なんかわかるわ」
なんて、あらためてドキドキしてしまったりしました。

オイサンにとって、この歌が絢辻さんに馴染むとしたら……

  ♪ ”僕には合わない人だと思った”

というところくらいでしょうか。
しかしコレ、有名なお歌だったんですね。
全然知りませんでした。
オイサンごときをコロッと一発でやってしまうあたり、
やはり名曲と言うのはなんがしか特別な力を持っているものなんでしょうかね。


■最後の雨


『最後の雨』の方は、
すっかり失恋のお歌で、好きだったけど別れてしまった人を
想い続ける痛み・切なさが歌われています。
それ聴いてたらもう……
とにかく絢辻さんにサヨナラを言われてしまうシーンが延々思い浮かんでしまって、
胸が張り裂けそうになれるオイサンは多分天才だと思う。
普通に泣きそうになった。

 ▼あの二人の恋の終わり

あと、そう思い描きながらも疑問に思っていたのが……
……橘さんと絢辻さんの恋にも、
そういう「普通の終わり方」での終わりが訪れるものだろうか、
ということで。

あの二人の恋も、あんな始まり方と経緯があったにもかかわらず、
世の普通の恋人たちのしているような、
なんでもないような行き違いや、つまらない不満や不安、
時間が経ったことによる互いの変化・気持ちの変化やなんかで
終わりを向かえることってあるものなのだろうかと、ずーっと考えていた。

あの二人に限って、とか、すごくトクベツなもののように見守ってきたけれど……
どうなんだろなあ。
ギャルゲーの恋愛って、古き良きトレンディドラマとか、
イマドキのドラマで描かれる恋の物語ともやっぱり一線を画したもののように映るけど。

  マ中には時空や世代を超えた運命的なものもあるから
  その辺はまた別腹なのだろうけど。

その中の人たちに訪れるおしまいは……
案外、フツーに終わっちゃうモンなのかなあ。

飽きたり、近づくことですれちがったり、
大人になって、もっと色々知って、
「実は間違っていた」と分かったり、
合っていたものが間違いになったり。

もしそんなことであの二人の関係が終わるのだとするなら、
……なんというか。
人間てのは、つくづくつまらない生き物で、
時間の流れというのは残酷ですね。
どうしてもっと、そのときの気持ちや、芽生えたドラマを信じて
生きていけないのだろうか。

そこにあった真実をくっきりと心に保存しておけたらば、
現在に新たに生まれた迷いや疑いなんて、
取るに足らないものだと思えはしないだろうか。


オイサンにとっては、アレか。
ドラマこそが唯一の真実であって、人間の姿っていうのは多分、
それに付随して生まれてくるものなのかも知れないと、そんな風に思いました。
逆説的っていうか、それは間違いなく間違いなんだけど。

おかしいな、お話を読むときは逆……人が第一だと思うのに。
リアルに対しては求めるものが逆なのか。
へんなの。
でも面白え。ちょっとちゃんと、考えてみようか。


……。


しかし、今になって気がつくけど目の前でナマミのおねーちゃんが
お酒作ってくれたり話しかけてくれたりもしてんのに、
ずーっと絢辻さんのことを考えてるってのもすげえな。


しかし、カラオケってのは難しいな。
あと、カラオケのランキングに、フツーに
『Perfect-area Complete!』とか水樹奈々がランクインしててフイタ。
なんだか落ち着かない気持ちになるのは何故だらう。



オイサンでした。


 

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