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2010年2月10日 (水)

■ハッピー・バースデーがきこえる<後編・5-3> ~手帳の中のダイヤモンド・番外編 -更新第423回-

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『アマガミ』絢辻さんSS 目次
『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読「手帳の中のダイヤモンド」目次



          -- 5-3 --



「引っかかってることは、三つあるのよ」
「うん」
 色々あったけど、僕らは落ち着いていた。絢辻さんも明かせる種は明かし
てしまって随分話しやすくなった様子で、テーブルに低くかざした三ツ割れ
の小さなケーキフォークの先尖を、ツン・ツン・ツンと触れずに数えた。
 そしてその一つ目の先に指を戻すと、
「別に、それって誕生日に限った話ではないのよね」
と呟いた。
 「それ」が何のことを言っているのか、確認でもしたらまた、「いやらし
い」なんて罵られそうだったから、イヤ罵られるのは別に、というか寧ろ、
イヤイヤ。つまり、そういうことなんだろうと飲み込んだ。
「だから、……誕生日が嬉しいっていう理由にあなたを持ちだすのは、なん
だか違う気がする」
 ああ言ってはもらったけど、と絢辻さんは、今は誰もいないカウンターの
方を頬杖をついて気にかけ、納得のいかなさが僕を直撃しないようにか、視
線を窓に移した。
 話はいつの間にか、絢辻さん自身のことに戻っていた。さっき言っていた
「自分のことはどうでもいい」発言の真意は、今は手の届かない距離に下げ
られてしまったみたいだった。こうなってしまっては無理に手を伸ばすとフ
ォークか何か、とにかく先の尖ったもので手の甲をグサリとやられかねない
から、これもまた後回しだ。そして僕が忘れっぽいことを、絢辻さんは熟知
している。
 彼女の視線についていくと、相変わらず。狭い路地の奥まりにあるこの店
は景色だけは良くなくて、ガラスの向こうはすぐにねずみ色の塀が通せんぼ
をしている。わずかばかりの慰みにと、窓辺には華やかに生けられた花瓶が
置かれていた。僕らの席からはずっと離れているのに、その彩りは僕の視界
でずっときらきらしていた。
「だけどさ」
 ワンクッション置き、僕は絢辻さんの視線をテーブルに呼び戻してから続
けた。
「なんの理由もなしにおめでとうだなんて、言って上げられないよ」
「そうね」
 あまりに当たり前の話に絢辻さんも苦笑して、
「だから、丁度いいのかも知れないわね。生きてる以上、誰にも必ずあるも
のだし」
と、薬の効能書きを読む調子でまとめた。そうかも知れない。年に一回、無
条件に、無邪気に。誰もが自分の存在を喜ばれる日として、「生まれた日」
というのはうってつけだ。でも絢辻さんは、
「尤も、だからこそキチンと祝ってもらえない人間にとっては厄介でもある
んだけどね」
と、体を起こし、うーんと腕を前に突き出して伸びをした。今でこそことも
なげに言うけれど、それは絢辻さん自身の十七年に及ぶ戦いの歴史が言わせ
ることだ。ズクリと重く、血の匂い。その荷を今年、少しでも一緒になって
担いで上げられることになったことが、僕は嬉しかった。
 フォークを弄んだ絢辻さんはその先をケーキに向けて、もう一口要る? 
と訊ねてくれたけれど、今は遠慮しておいた。
「そう? じゃあ、二つ目。これはあたしの性質の問題なんだけど」
 絢辻さんはそう前置きをし、
「あたし、別になんにもしてないのよ」
と、また読み取りにくい始め方をした。毎度のことながら、僕には理解が追
いつかない。
「……どういうこと?」
「出て来ただけ」
 コクリと一口紅茶を含んでの説明は、まだまだ僕に届かない。はあ、出テ
来タダケ。どこから? 誕生日の話? え、ああ? そういうこと?
「絢辻さん、それは。ちょっと、ロコツ……」
 そこが入り口なのか出口なのかもろくに知らない僕は光景さえ思い浮かべ
られない。僕の戸惑いを相手にもしないで絢辻さんが言うことにはつまり、
「馴れてないのよ、あたし自身。自分のしたことで評価することしか知らな
いから」
……自分はこの日、母親から押し出されて来ただけだから……それは別に、
自分の手柄じゃないってこと、だろうか。
「何かしたわけでもないのにおめでとうって言われたって……ピンとこない」
 そうして押し出されて以来、ずっと何かと……恐らく、お姉さんと……比
べられ続けた挙句、ただ在ること、それすら必死で守らなければならなかっ
た絢辻さんは、自分の価値を自らの行いとその結果の大きさによってしか測
ることを知らずに来たのだろう。そんな自分を、今更理由もなしにおめでと
うと言われたって、それこそ平日の道端で突然クラッカーを向けられた心持
ちがしたっておかしくない。それは、やる側にどんな理由があったところで、
やられた方には悪ふざけだ。
 不服。理不尽。まるでいわれのない罪を着せられたよう。そのことがよっ
ぽど心に馴染まないのだろう。そして僕といることで、それを素直に喜べな
いことがまた哀しいと思ったのだろうか。それとも、これまでの十七年をも
たらしたものに、これまで以上の深い憎しみを見出したのだろうか。頬杖の
掌で覆う口元が、泣き出しそうなのを堪えているみたいに見えるまで眉間に
皺を寄せ、険しい瞳を床に捨てた。
 でも僕は……全然、違うことを考えてた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 見る見る沈みゆく不沈艦を前にして、副長の僕がするべきは水をかき出す
なり、穴をふさぐなり。本当はそんなことの筈だった。でも、
「絢辻さんは」
身を乗りだす僕に向けられる船長の視線は、沈黙を命じるものと救いを求め
るものの二種類で、それに怯む余裕もなく僕がとっさに掴んだのは、
「絢辻さんは、自分の子供にもそんな風に言うつもりなの?」
……キングストン弁の、開放レバーだった。そんな僕の想像を越えて、絢辻
さんの反応は過敏だった。
「あたっ……こどもっ……!?」
 沈んだ気配は吹き飛んで、ガタリと椅子の足が床を引っ掻くほどに、明ら
かに動揺して声を高くする。
 がちゃん、ぱりーん。きゃーっ。
 あれ、なんだろう。今、厨房の方でも音がしたような。
 一度は取り乱した絢辻さんもそっちの音にびっくりしたみたいで、伸ばし
た背筋を傾けて、僕の後方、カウンター奥方面を窺った。僕もしばらくそち
らを気にしてみたけれど、そっちの方はそれきり静かになってしまったから、
僕は絢辻さんと顔を見合わせると、改めて掌で制した。
「いや、それは、ものの例えなんだけどさ」
「あ、ああ、例えね、そうよね……」
 絢辻さんは、まだちょっと乱れた息と跳ねあがった心の臓を押さえつけよ
うと、一旦静かに目を閉じた。そのときすばやく深く吸った息が、かわいい
鼻の入り口で、ひゅうっと細く、寝息のような音をたてた。
 そこに吸い込まれるみたいに、僕は考える。絢辻さんの考えを、叱ったり、
責めたりする気はなかった。ただ、信じられなかった。絢辻さんが自分の子
供に、そんな風に言うところを。だって、僕には想像できない。小さなケー
キに小さなローソク。そして小さな体目いっぱいに息を吸いこんで、ロウソ
クの火を吹き消した自分そっくりの幼子に、良かったね、良かったわね。お
めでとう、おめでとうって、まるで自分のことみたいに、否、自分のことな
んかよりももっともっと嬉しそうに、わけもわからず、手を叩いて大喜びす
る絢辻さんしか思い浮かばない……だから、ぽろっと聞いちゃった。……う
ん? 自分のことなんかより?
 そのとき不意に、パチリと目を開いた絢辻さんと視線がぶつかった。はじ
めはまたちょっと険しさを残していた絢辻さんの目は、やがて静かに不思議
なものを見る目に変わり、やさしくなった。そうして、僕の目から、眉から、
口元、肩、ゆび先や姿勢におかしなクセが出ていないか? 凡そ考え得る、
人が何かを隠せるパーツ全て、僕の上から下まで視線を走らせた結果、困り
顔で首を傾げた。多分、僕と同じことを考えてるに違いなかった。
「分からない人ね」
「……お互い様だよ」
 何のことを言ったのか、分からないけど。それでも、それを境に絢辻さん
はちょっとすがすがしい面持ちになって、「んっ」と勢いを付けて居住まい
を正すと、笑顔の端からため息と一緒に
「バカみたい」
と、わだかまりを吐き捨てた。
 フフッと鼻から抜けた笑いは、僕に向けられたようにも、絢辻さん自身を
笑ったようにも聞こえたから、下手な手出しは出来ない。今度は上手に僕の
口を封じたと、絢辻さんは満足げにケーキを一口口に運ぶと、それを最後に、
お皿をツイと僕の方へと押し出した。
「食べて」
「え?」
「あたしはもういいから。残りは、あなたが食べて」
「え、でも……」
「食べて」
 また、突然の申し出だった。それは、お店からの、絢辻さんへの。そう言
いたかったけど、余りに静かなその調子はさっきの「あーん」と同じ、絢辻
さんからのお願いだ。きっと、こうすることがお店からの気持ちも一番良い
形で受け止められると考えたに違いなかった。
「じゃあ、……いただきます……」
「うん」
 おずおずとケーキ皿を自分の手元に引き寄せ改めて見る、紅茶のシフォン
はまだ丸々半分は残っていた。それをいきなり、全部いく気はなかったけど、
先ずはその受け取り証明に、小さく一口、手を付ける。あまりのやわらかさ
に悪戦苦闘し、ようやく小さなピースを拵えると、絢辻さんの食べ方に倣っ
て生クリームを乗せて口に運んだ。
 そこへ絢辻さんが、
「桜井さんのケーキも、とっても美味しかったわね」
なんて言うから、途端に僕は味が分からなくなってしまう。スポンジのつっ
かえた喉がぐふんっとおかしな音をたて、僕は慌ててコーヒーでふやかした。
僕が軽くむせ返るのを聞きながら
「きっと、お家のご飯も美味しいんでしょうね」
とお茶をすすり、絢辻さんは続けて、彼女がふくよかなのも分かる気がする、
と意地悪く、本人が聞いたらムクれそうなことを言って、最後に
「内緒ね」
と、片目を瞑った。虫のいい話だ。
 確かに、梨花おばさんはおしゃべりと同じくらいご飯を作るのが好きで、
両親が家を空けがちな我が家によくおかずのあまりを持って来てくれたりし
た。お邪魔してごちそうになったことも数え切れずある。梨穂子があの体型
なのに、そこに一因も二因もあるのは明らかだ。と同時に、僕が人より痩せ
気味なのもそうした家庭の事情があるからで、美也の発育が平均点未満なの
も同じこと……ああ、そうか。きっと、絢辻さんのム
「ね」
「え。あ、うん、まあ」
 ……どこまで読み取られたんだろ。不埒な思考を分断され、自分でも一体
どの言葉に返事をしているのか分からず、結局コーヒー味になってしまった
紅茶のケーキを、僕はもむもむと飲み込んだ。
 それにしても、何故、今、梨穂子なんだろう。その思いも追い越して、絢
辻さんは僕が一旦フォークを置くのを見計らうと今度はぱっと、掌を僕の前
に差し出した。
「かえして」
「え?」
「それ。こっちに頂戴」
「……これ?」
 僕が指差したものに、絢辻さんは目で肯く。それは僕の隣りに座ってた、
Joesterの紙袋だった。僕の喉からはまだ、さっきのスポンジのおか
しな感触が消えずにいた。テーブルの上で袋を渡しながら、
「……どうするの?」
そう僕が訊ねても、絢辻さんは
「ありがと」
としか応えず、受け取ったその袋を目の高さでしげしげと眺めて
「棚町さんは、お父さんを亡くしてるんだったわね」
……と、また僕がむせ返りそうな台詞をぽつんと落とす。
「贅沢を言ったら、引っぱたかれそう」
 そうして、言葉を失う僕を尻目に紙袋を膝の上に抱くと、皆からのプレゼ
ントの、改めて物色を始めた。
 一番上にあったのは、長方形の小さな小さな包みだった。色気のかけらも
ない白地の包装紙に、濃い緑の筆文字とラインで、きりりと踊る「あずま寿
司」。言わずもがな、自称「輝日東の一人サンバカーニバル」こと、梅原正
吉くんからのプレゼントだ。そんなヒト、ボクしらないけど。
 絢辻さんは、一度剥がされてゆるんだ包装を再びぴりぴりと丁寧に剥がす
と、中から現れた透明なプラスチックのケースとそこに収まったものを見て。
もう一度、困ったみたいに笑った。みんなからのプレゼントはパーティの時
に一通り開封と紹介があったから、中身が何だか分かっていた。思えば、薫
のひどい突っ込みに戦々恐々としながらの、緊張感に満ちたプレゼント紹介
だった。
『いやあ……金欠でさあ』
『あんたねえ』
 さっき、Joesterで。決まり悪そうに笑う梅原を、薫がジト目で責
めたてる。
 絢辻さんの手にあったのは、にぎり寿司……のミニチュア。で、それにゴ
ムタイヤを履いた車輪が四つ、ついている。絢辻さんはそれをどう扱ったも
のかと戸惑っていたけれど、なんとなく理解したようで、テーブルの上にち
ょこんと据えた。
 僕は見かねて、
『それ、こうするんだよ』
と横から割り込んで、車輪付きのアワビのにぎりを、ゴムのタイヤをテーブ
ルに押し付けたまま、後ろ……寿司の前後なんて分からないけど、そう思わ
れる方向に、引いた。カリカリカリっとぜんまいが小気味良い音をたてたと
ころで手を離すと、アワビの握りはシャーッと勢い良く、斜向かいに座って
いた田中さんの胸元めがけて走っていき、驚いた田中さんがひゃあっとかわ
いい悲鳴をあげた。そしてそれを見た香苗さんが愉快そうに笑う。
『え? え? お寿司なの? ミニカーなの?』
 絢辻さんはまだ覚束なげに、手元に残ったもう一貫、中トロのにぎりをつ
まみ上げるとクルクルと車輪を指で回した。
『"チョロ9"っていうんだ。ぜんまい式のミニカーだね』
『おうよ! 名付けて「トロキュウ」、しかも最高級の「中トロとあわびの
時価にぎり・ポールポジションセット」だ! 今年のハロウィン商戦に向け
た、あずま寿司の主力兵器だぜ!』
 ああ、それで。生のキュウリが一本ついてるのか……。僕からのフォロー
に、梅原は上機嫌で勢い込んだのだけれど、
『……ハロウィン、カンッケー、ナシ』
『アンタ、家の売りモンに手ェつけてんじゃないわよ』
と、香苗さん・薫師団の張った共同戦線からの砲火を浴びて、あずま寿司、
秋の主力武器はたちどころ火だるまにされた。
『面目ねえ……』
 ……ああ、炙りトロってこうやって作るのか……いや、そうじゃないだろ。
そう思った矢先に梅原はしぶとくも息を吹き返し、びっと僕に、指を突き付
けた。
『んああ! だいたい大将が悪いんじゃねえか! もっと早くに言っといて
くれりゃあ、小遣い貯めて待ってられたんだぞ!!』
 な、なんてヤツ。僕はそのとんだとばっちりに言われっぱなしで黙っては
おられず、返す刀で反論する。
『何だと!? じゃあ聞くけど、今そんなんでいつだったら小遣いが残って
るんだよ! まだ月始めだぞ、それに、今月は梅原がローアン……』
『いいわよ、やめて』
 絢辻さんの滑らかな声は、どんなイザコザにも何故だか自然に入り込む。
すっかり子供のけんかを始めた僕たちを一言で止め、走り去ったアワビを田
中さんから手のひらに乗せてもらった絢辻さんは、
『梅原君は、おうちの仕事が好きなのね』
と、それをコロコロ、弄んだ。
『ありがとう。きっと大事にするわね』
 そう言って、にっこり笑った。
 そうだ。絢辻さんは笑っていた。そのまっすぐさには逆らえない。梅原も
「まあね」と照れくさそうに鼻の下をこすって、
『けど、ほんと悪いね、絢辻さん。来年は今年の分まで豪勢にやらせてもら
うよ』
と出来もしない約束をし、絢辻さんはまたそれを
『うん、楽しみにしてるわね』
と、ストンと受け止めたのだった。
『ああ、それから』
  もちろん、話はそれで終わらなかったのだけれど。謎の「時価にぎりポ
ールなんとか」をラッピングし直しながら絢辻さんは呟いて、最後のテープ
を止め直すと、涼しい瞳で僕を見て、
『な、何?』
『ローアングル弁護団? の購入ローテーションについては、あとで聞かせ
てもらうわね?』
と、きっちり笑いでその場を締めくくったのだった。
「……小学生の男の子じゃないんだからね」
 今、掌の中トロを見つめる絢辻さんは、その時とは似ても似つかない大人
びた瞳をしていた。ころころと前後に揺するたなごころを、車輪にくすぐら
れる独特の感触に目を細めた。そして僕がして見せたように、ぜんまいをテ
ーブルの上でカリカリ巻くと、僕目掛けて、ぱっと車体から指を離した。
「あ……っ」
 ……あずま寿司特製・時価にぎりスペシャルの片割れは、はじめから車軸
にブレがあったんだろう。まっすぐ僕に向けられたはずの進路を見る見る曲
げた。四人がけといってもこの店のテーブルはそんなに広くない。スピード
だけは特上の中トロがあさっての方向へ弧を描き、たちまちテーブルの端か
ら飛び出すのを見て、絢辻さんは儚げに助けを求めた。
 だけど、
「おっと」
小さい頃からこの手のおもちゃで遊んできた僕はそんなアクシデントには慣
れっこだ。ほとんど反射的に体を倒して手を伸ばし、視界にテーブル下の絢
辻さんの膝小僧をかすめながら、中トロ・死へのダイブを、すんでのところ
で受け止めた。
「ほら、ナイスキャッチ」
 体を起こし、僕が笑って無事をアピールすると絢辻さんは本当に驚き、そ
して安心したのだろう、
「びっくりしたわ」
と、強ばらせた肩と頬を緩めた。それにしても。
「……これ、精度悪いなあ」
 絢辻さんの柔らかな笑顔を見て僕にも余裕が生まれ、心の奥底から子供の
頃の情熱がムクムクと鎌首をもたげ始めた。中トロの、そのちょっとしたゆ
がみがなんだか無性に許せなくて、車輪を指でクルクル回して僕は軸の不確
かさをあらためた。
「おもちゃなのに、そんなのあるの?」
「うん、軸がね……このくらいかな」
 怪訝そうな絢辻さんの様子を耳だけで受け止めて、僕は中トロのぜんまい
を薄く巻き、絢辻さんを少し外した方向へ狙いをつける。絢辻さんも、僕の
考えを見通してはいたみたいだけど不安そうで、けれど言い咎めるでもなく、
まるで普通の女の子みたいに僕のするのをじっと見守っていた。
 そんな下らないことなのに、ふたりとも、なんだか変に緊張していた。
「そら行け」
 僕がそっと手を開くと、ぜんまいを甘く巻かれた中トロは緩やかに弧を描
き、やがてとろとろと速度を緩めて……絢辻さんの目の前で、まるで木陰で
ひと息付くファミリーカーのCMのように止まった。
 そして、ひと呼吸。車輪が完全に止まったのを見て、
「うん」
と僕はその結果に満足して頷き、絢辻さんはまだ、何故か不思議なものを見
る面持ちで、中トロカーから降りてくる誰かを待つように見下ろしていた。
「あした梅原のやつに文句言って、交換してもらおう。ね?」
 僕が得意に笑うと、やがて顔を上げた絢辻さんは、すごく静かで、穏やか
で。優しい瞳をしていた。そしてまた、困ったみたいに、
「好きにすれば?」
と、僕だけに微笑みかけてくれた。


                           (あと2回!)
                (まちがった。あと3回!! 続く!)




 

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