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2010年1月22日 (金)

■春色の謀りごと -更新第407回-

「ハァ……」
「何よ。新学期早々、溜息なんてついて」
 暖かさと寒さが、水にうまく馴染まなかった小麦粉みたいに同じ風の中に
くっきりとした境目を持って、いっときに吹き付けてくる。新学期。それば
かりか、新学年。濃すぎず、薄すぎない空の青、これこそが空色だという清
清しい青色に、やっぱり桜色としか呼べない薄桃の花びらと香ばしい焦茶色
の幹がフレームを作っていた。日本人なら見間違いようのない春の彩りに、
僕は半分浮かれて、半分、憂鬱だった。
 正直、僕は春があまり得意でなかった。このどっちつかずの風に触れると、
これまで一年かけて作り上げてきた色んな事がリセットされてしまうような、
そしてまた新しく作り直していかなければならないような、怖さと煩わしさ
を感じてしまうから。
 僕の隣で絢辻さんは、惑うことなく嬉しそうに、その風に長い黒髪を遊ば
せていた。絢辻さんの髪のカーテンをくぐると、寒暖複雑に絡み合っていた
風が、暖かいのと冷たいのに選り分けられていくみたいだった。
「ねえ、絢辻さん」
「なに?」
 グラウンドの片隅に選挙の公示ポスターよろしく張り出されたクラス替え
発表の傍らで、僕ら生徒はこのあと講堂で始まる始業式までの時間をめいめ
いに過ごしていた。短いとはいえ、休みを挟んで久しぶりに見る顔も一杯だ
からだろう、皆、少なからず浮かれていた。僕みたいに憂鬱や不安を抱えて
る奴もいたろうに、それでも何故か、弾む気持ちの方が優ってしまうみたい
だ。
 確かに僕も、その発表を見た瞬間は心が大きく弾んだ。
『ほら、絢辻さん! 僕ら……』
『A組、でしょ?』
『あれ……もう、見つけてたの?』
『……。まあ、ね』
 ほんの五分ほど前の会話。校門手前で一緒になって、殆ど同時に掲示板の
前に立ったにも拘らず、「絶対に先に名前を見つけるぞ!」と子供っぽく意
気込んでいた僕の検索速度を華麗に抜き去って、絢辻さんは冷静だった。僕
も絢辻さんも、去年と同じA組。でも大事なのはA組であることじゃなくて。
今年も、絢辻さんと同じクラスだってことだ!
 ……そうやって一番の喜びが過ぎ去ってしまうと、後に残ったのは憂鬱さ
の予感ばかりで、僕はそれを少しでも払拭しようと、以前絢辻さんにした質
問を、角度を変えて繰り返した。
「前、好きな季節を聞いたことがあったよね。あの時は春が好きって言って
たけど」
 絢辻さんは澄ました顔で立ちながらさりげなく、くるくると辺りを見回し
ていた。交じわり合うたくさんの同級生たち、そこに絡みつく人間模様の網
の目を、少しでも多く把握しようとしているに違いなかった。話しかけてる
のに、僕の方には見向きもしない。
「そうね。それがどうかした?」
 色んなことの境目の時期だから。
 新しい、始まりの季節だから。
 まだ色々なものがやわらかく交じり合う……それこそ、この曖昧で不安定
な風のような時期だから、それを自分次第で作り変えられるのが好き。そん
な、絢辻さんらしい理由がそこにはあった。
「でもさ、あったかいとか寒いとか、そういう理由でも、春が好きなの?」
「気候、ってこと? そうねえ……」
 絢辻さんの話からは暑さ寒さの話が抜け落ちていたから、なんだかその辺
が気にかかって、尋ねてみた。絢辻さんの肌が好むのはどっちの感覚なんだ
ろうって。
「季節の変わり目だし、温度差があったりで体調を崩しがちだから、ちょっ
と怖くはあるけど……」
 絢辻さんのことだ。多分、好き嫌いだけでは理由にならない。僕としては、
どちらかというと色んな理屈よりも暑いの寒いのの方が重要で、そしてその
好き嫌いで言ったら、暑すぎず寒すぎない春と秋が、そして夏に向かって段
々と暖かさを増していく……目の前の春の温度を確かめるように絢辻さんが
大きく息を吸い込むと、髪のフィルターに選り分けられた空気の温かいとこ
ろ、桜色の気配だけが彼女の中に流れ込んでいき、ちょっと控え目な胸が空
に向けて膨らんで一度ゆやんと大きくたわんだ……そう、そうして暖かさを
増していき、女の子が薄着になっていく春が……僕は秋よりも好きだった!
「……どこを見ているのかしら?」
「ぃえ!?」
 ほんの一瞬、反り返った絢辻さんの胸。それをぼんやりと、余計なことを
考えていたせいで眺めてたのを見つかった。暖かくなってコートとマフラー
が外れ、クリーム色のセーターが描いた淡い曲面が、面積と体積を求めろと
僕に訴えかけてきたんだ。そのためには、は、半径を正確に測定せねば! 
とりあえず目測で!!
「……あなたの頭は、年中春なのね」
 絢辻さんは染まった頬で睨みつけては来るけれど、ことさら逃げたり、隠
したりはしない。それはプライドが許さないからなのか、何か別な、女の子
特有の機微が働いているからなのかは分からない。
「え、そ、そんなこと……」
 ボクノハ、レッキトシタ、数学脳デスヨ?
「変態」
 う……。ギヌロリと音を立てた瞳に怯んで僕が言葉を失うと、絢辻さんは
不思議そうな目で。困ったように笑って。一つ、小さくため息を漏らした。
「もう。……うん、やっぱり、そうね。春が好き」
 胸ではない、その奥の何かを隠そうとして、絢辻さんは踵を返す。僕に背
中を向けて見上げる空にはピンク色の花びらが、吹雪のように舞っていた。
僕も、絢辻さんも、これまでこんな空を見たことがあっただろうか。
「暖かくて、浮かれたり眠かったりは困るけどね。冬のままでいるよりはず
っといいわ」
 一面のパステルカラーの中、青とピンクを背負った絢辻さんは、何だかと
ても新鮮だった。思えば、黒と灰色ばかりをその陰に見てきた気がする。そ
れを多分、彼女自身も感じているんだろう、
「今年はきっと忙しくなるだろうけど、今はちょっぴり、ぼんやりもしたい
気分」
と、少しだけ、らしくないところも覗かせた。表情は見えなかったけれど、
その背中はこれまで見てきた中で一番気持ちが良さそうだった。色んなもの
を背負って、頑なで。始めは近付くことさえ難しかった背中から立ち上る体
温は柔らかく、何だか今、やけに華奢に見えた。そっと、後ろから包み込み
たくなるくらいに。
「そっか」
「うん」
 長い冬を抜けた先にあった彩の季節。人よりも随分長かった、絢辻さんの
冬。分厚い雲に空を閉ざされる頃がようやく終わり、永く積もっていた根雪
は、やがて射してくる光に温んで、地面を潤すに違いない。そうしたらきっ
と、これまで失くしたと思っていたはずの土が顔を出す。その下から芽吹く
緑は一体どんな花を咲かせるだろう。実をつけるだろう? これから先の一
年は、絢辻さんの言うように決してゆとりのある時間ではないはずだけど、
その木々の芽吹きだけはずっと傍で見ていたい。そんな風に思っていた。
「それで? それがどうかしたの?」
「え? ああ、いや。別に……」
 振り向いた絢辻さんに突っ込まれたけれど、実際、質問に大した意味はな
かった。自分の憂さを、強い彼女に払ってもらおうとしただけだ。春はやっ
ぱり春だから、何かを失くしたり、作り直したりは必要になるだろうと思う。
だけど少なくとも一つ、変わらないものがある。そのことを確かめられて、
僕はもう満足だった。
 それでもまだ、「ふーん……?」と疑いの視線を投げてくる絢辻さんから
逃れるために、僕はもう一度掲示板を仰ぎ見た。間違いない。僕の名前と絢
辻さんの名前は、同じ括りの中にいる!
「また一年、同じクラスだね」
「ええ。そうね」
 あからさまな逃走だったけど、追撃はなかった。彼女も同じく掲示板を見
上げ、ほっと満足げに、流れた髪を耳にかけた。
「良かったよ。絢辻さんと一緒で」
「そう」
 嬉しそうに、そして何故だか少し誇らしげに、絢辻さんは横顔の口元をほ
ころばせた。そして。さほどの感慨はないのかと思っていたけど、絢辻さん
は細くて白くて、……あの日、凄まじいパワーで僕を締め上げて見せた右手
を、まっすぐ僕に差し出した。
「一年間、またよろしくね」
「……うん!」
 求められるまま、僕はその手を取る。あたたかい。やわらかい。その「よ
ろしく」には、社交辞令で済まない重たいものもたくさん乗っかっているん
だけれど、僕はもう、そんなものには怯まない。いくらだって受けて立つ覚
悟だ。絢辻さんの髪がより分けた風が気圧に浅い谷を拵え、その風に桜の花
がそよいでまた薫る。桜なのか、彼女なのか、体の芯まで痺れるような甘い
香りに包まれて、僕はえも言われない幸せに包まれた気がした。
「神様に、感謝しないとね」
「カミサマ?」
 常春の僕の頭。夢見心地で、多分この上もなく無防備に笑ってしまった僕
を……絢辻さんは、フフンっと鼻でせせら笑った。そう、神様ねぇ……。
「子供じゃあるまいし、まだそんなものを信じているの?」
 今度は少し不満げに。彼女の不穏な含み笑いは、ぽちょんと一滴、辺りの
春色に墨を垂らした。空は途端に重くなり、気圧の谷を深くする。そして呟
く一言は……僕の空に春雷を呼んだ。
「偶然、だと思う?」
「えっ?」
 傲岸、不遜。絢辻さんは僕の手を取ったまま、キロリと鋭い視線を再び掲
示板に投げつけた。その目はいつもの、運命の神に挑む目だ。あたたかだっ
た時間が、温度計ごと凍りつく。
 --自分次第で、作り変えるのが、好き。
 --A組、でしょ?
「ま、まさか……」
 ……何をどうやったらそうなるかなんて、僕には及びもつかない。そんな
こと出来っこないって、自分がやれと言われたら反発する。それでも、握ら
れたままの掌から伝わってくるのは、絶対の自信と、とても冷たい「誰にも
内緒よ?」という死のお願いだったから。凍らせられたゆび先から、全身に
稲妻が走った。エターナル・フォース・ブリザード。僕は死ぬ。
 まさかと言いながらも、僕の中にあるのは確信。その僕の冷たい汗をフフ
フ笑いでかわしながらも、彼女が抱えるのは口にしないだけの事実。手品で
も魔術でもない、種も仕掛けも、どころじゃない、裏も、横も、下もあるか
ら根が深い。ウラ口、ヨコ道……袖のシタ。
「あ、絢……」
 僕が次の何かを口にするその前に、絢辻さんはそこから全部が伝わってし
まうのを嫌って手を振りほどくと、
「講堂。先、行ってるわね」
と、身を翻した。軽やかな足取りが全てを物語る。今日も上手くいった。だ
から、上機嫌。
 右から左から声をかけられながら、体育館へ向けて小さくなっていくその
背中を見送って、僕はもう。開いた口が塞がらない。掲示板をぽかんと見上
げ、神ならぬ恋人によってもたらされたその「偶然」を、もう一度この目で
確かめた。間違いない。A組だ。僕も、絢辻さんも。
「い、いいのかな……」
 さすがにちょっと怖くなって、僕はポツリとつぶやいた。これか。「幸せ
すぎて怖い」って。違うか。普通に怖い。
 一体こんなことのために、どれだけの根回しをして、どれだけのリスクを
負ったんだろう? そしてそれらを乗り越えてまで、これから先の一年のた
めに彼女がしたかったことって、つまり。
 --あなたは、年中春なのね。
 ……あ。
「あ、絢辻さん待ってよ! 僕も一緒に行くよ!!」
 その思いに辿りついたら、僕は走り出さずにいられなかった。溜息ついて
る暇なんか、どこにもないじゃないか。一分一秒、彼女がくれたここでの時
間を出来るだけ近くで過ごさないのは、あまりにもったいない。進め、進め、
一歩でも。あの背中に置き去りを食らわないように。絢辻詞は甘くない。僕
に何を求めてるのかは知らないし、ちょっとやそっと頑張ったって、なんで
もかんでも出来るほど僕は器用に出来てないけど、せめて僕が精一杯、磨き
抜かれた僕でいられるように。そして何より、これから萌え出るはずの、き
っとまだ弱くて柔らかな新しい絢辻さんの芽を、僕がそばで、守りたい。見
ていたい。
 --そうね。やっぱり、春が好き。
 来年も、再来年も。いつまで経っても全然素直じゃない絢辻さんに、また。
 遠まわしでもいい。「そばにいて欲しい」って、言ってもらえる様に。


 
 
 
                                                 ( おしまい )

 
 
 
ちいす。
オイサンです。

昨日・一昨日の暖かさは気圧と前線の気まぐれなのでしょうが、
春を思わせる陽気でしたね。
正直オイサンは、春があまり得意ではないです。
特に冬から春への境目に吹く、あの「生寒い」風が。
冬にはなかったちょっと重い湿りと、
その湿りに中途半端な暖かさを乗っけた冬 → 春独特の、あの風が。

あの風を感じる瞬間・感じられることはすごく好きなんですけど、
寒さと、春独特の浮かれた感じにはさまれると風邪引きそうで、
癪に障るんです。
体の中にふわんと何か、あったかいものが行き渡る瞬間に
「ああ俺、やっぱ動物だ」って思わされるのが癇に障る。

デ昨日の朝なんかはまだ一月だっちゅうのに
ホントに春の気配で、その風を感じてしまったものですから。
その感じを忘れないうちにと、こんな ↑ 感じになってしまいましたとさ。
この絢辻さんは多分、ナカヨシ後の絢辻さんでしょうね。
ヤマ無し、オチ無し。うめてんてーじゃあるまいし、な話ですけど、
楽しんでいただければ幸いです。



■いきなり読者アンケートのコーナー



今回のSS、タイトルは

  ▼春色の謀りごと

なわけですが、もう一つ候補に

  ▼謀略はさくら色

なんてのがありました。
前後が逆転しているだけで言ってることはどちらもまったく一緒です。

より柔らかいイメージを残す(上)か、よりドスを利かせる(下)かの違いで、
最終的にはドスよりも柔らかさを選んで上の方にしたわけですが、
お読みいただいた皆さんは……どっちの印象をお持ちでしょうか?

 「読む前に、より興味を引かれるのはどちらか?」
 「読後、話の中身にイメージが近いのはどちらか?」

の二面から、ご意見を戴けるとうれしいのですが。
コメント欄にでも何か残していって戴ければ幸いです。
「どっちでもいいよ!」
という人は、好きなおでんの具でも書いていけばいいよ。
オイサンは断然タマゴだね(興味ないのか)。
あとは鯨の背脂。関西限定らしいけど(完全におでんの話)。


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■東雲アマガミ



ついでに、今週のヤングアニマル・東雲先生連載の
『アマガミ Precious Dary』感想。

えー……っと、ぶっちゃけた話、
読むトコ無くなってきちゃった
カンジですね。
絵は綺麗で迫力あるんですけど。
まあでも、これはそういうコンセプトの連載なんでしょうね。
絢辻さんも黒も白も関係なく、「かわいい」ところにクローズアップする感じですし。
やっぱり、本編で見たシーンを、細部まで絵にしたらこうですよってのを
楽しむためのものなんだろう、こっちは。



以上で。
オイサンでした。

みんなもからだこわさないようにね。 


 
 

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コメント

遅ればせながら。

この二人の雰囲気なら、「春色のはかりごと」が良いですね。
もう少し前段階の、綾辻さんが強引に主人公を引き込みにかかるような時期なら、「謀略はさくら色」の方が良いかもしれません。何の根拠もない主感ですが。

おでんは大根でお願いします。

投稿: JKP | 2010年1月24日 (日) 23時02分

「春色の謀りごと」、が読後としてはしっくりきますね
「謀略はさくら色」のほうが興味を引かれるタイトルな気がします。個人的な好みは春色のほうですね。

投稿: tomozou | 2010年1月23日 (土) 09時33分

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