■人として物語を生きるために。 -更新第390回-
オイサンです。
今日はごく身近なラノベ書きの人に、
こんな話を聞かれたり、聞かされたりしました。
■キャラ立ちと物語について
「キャラクターさえしっかり立たせられれば、その話は成功したようなモノ」
なのだと。
デ、
「お前(=オイサン)の最近見たオタク系作品の中で、
自分が一番イケるキャラクターってどれだった?」
みたいなことを聞かれました。
マ先の言葉は、どっかの作家さんからの受け売りみたいでしたが。
デ後の質問については、
最初、彼は『化物語』をベースにリサーチがしたかったみたいなのですが、
如何せんオイサンがそれを見てなかったもんですから、
話は「じゃあ『らきすた』で」ということになり、
しまいにはオイサンが話をしやすい『ひだまりスケッチ』だとか『夏のあらし』だとか、
『みなみけ』を引っ張り出してお話をしました。
しかし結局、オイサンはオイサン的に納得のいく回答は出来ませんでした。
まあそれでは話にならないので、
無理をしていくつか回答を出したんですけど。
なぜなら、『らきすた』にせよ『ひだまりスケッチ』にせよ、
基本的には「四人ひとまとめ」であって、
「四人で一つのキャラクター」であるとオイサンなんかは見ていて、
その中でどの人に引っ張られてお話を見るか、ってことは、正直ないからです。
強いて言うなら「良い四人」。
あの四人の場の引っ張り合いと、間に流れる空気を作り出すことこそが
大切なのだと思うからです。
『夏のあらし』だと、それは「はじめ・あらしさんのペア」とそのほかの人たち、
『みなみけ』だと、南家三姉妹。
オイサンなんかはワリと……
冒頭の
「キャラクターさえしっかり立たせられれば、その話は成功だ」
というお言葉は、逆説的な言葉なのではないかと思うのです。
マそうは言っても、オイサンは所詮素人ですから
その辺そう思って、この先読んで戴きたいのですけど。
オイサンは、結局のところ、
キャラクターとキャラクターの間に流れている物こそが大切で、
主要なキャラクターを並べて配置した時点で、
「ああ、この話はこれこれこういうテーマの話で、
各々がそれぞれどういう役割であるがためにこういう配置になっているんだな。
人物それぞれが、その話の中でそれぞれこういう役割を果たすために存在するんだな」
ということが、パッと伝わる・読みとれるのがいいお話だと思っています。
そしてそれが出来るためには、
キャラクターそれぞれが物語のパーツとしてキチンとしていなければならず、
かつ、物語のパーツとしてキチンとしているためには、各人物が、
人物としてその役割を果たし得るほどのパーソナリティを
キチンと装備していなければならない、と、そういうことだと捉えているのです。
物語が設える状況に対して一本の芯を持って対応し
自律的に行動するキャラクターである、ということです。
それが出来ているからこそ
「キャラクターがしっかりしていればその話は成功する」
と言えてしまう。
それはどちらかといえば結果論であって、作る段階での意識はやっぱり逆になり、
「キャラクターをしっかりさせる → お話が成功する」
のではなく、
「お話の骨子をしっかりさせる
→ 必要なキャラクターとその挙動を自然とハッキリさせることが出来る」
ということなのではないかなあ、と、
その言葉を聞くとともに、自分の好きなタイプの物語にあてはめて考えるにつけ、
思った次第です。
つまりは
「キャラクターからお話が出発する」ワケではなく
「お話(というか語りたいモノゴト)から出発し、
それを語るためにキャラクターが作られる」
モンなのではないのかな、と思うワケです。
たとえば前期、オイサンが一番楽しんだ『レールガン』。
これは第一話を見た時点で
「ああ、このマンガは『力を持つ者と持たない者、そして持たない者の存在意義は?』
みたいな話になっていくんだな」
ということがスルンと頭に入って来、
それをそれを鮮やかに背負って見せた佐天さんの動きに注目してりゃいいんだな、
ということが読みとれて、とても面白く見られたわけです。
マお話の作り方なんて人それぞれでしょうから、どれが正解で正しくて面白い、
なんてことはカッチリとは存在しないのでしょうし、
彼の言葉がどこまでのところを指していたのかもモ一つはっきりしないので
どうとも言い難いのですが、
彼の話を聞いたり、話を聞かれたりしていて、
すごく「キャラクターがしっかりしてれば大丈夫論」に囚われているような気がして……
違和感があったので、こんなことを書いてみた。
けれどもマ、繰り返しになりますが、こちとらは素人で、
あちらは曲がりなりにもそれでおカネを稼いだ経験のある人間ですから、
どっちが正しさに近いかと言われればあちらなのでしょうけど。
それでもやっぱり、読者としては、
読みたいと思う物語は「お話・テーマ始点」の物語だなあと思うんですけどね。
好みの問題ですけど。
そして最終的に「お話ありきに見える物語」ではなく、
あくまで「人の通った後に出来た物語であるように見える物語」に仕上がっていてくれるのが
一番ステキだと思います。
[参考]■おいもダムの決壊 -更新第204.6回-
http://ikas2nd.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/-2046--e390.html
最後に、
話をした中では上手く答えることが出来なかったのだけれど
後から思えば言えたなあというコトをここにメモっておく。
『戦場のヴァルキュリア』では、ヒロインのアリシアに萌えたけど、
やっぱり全体的には面白くなかったので途中で見なくなった、ということと、
同じく『ティアーズトゥティアラ』では、オガム萌えだったけども
やっぱり全体的にはお話が平べったかったので見なくなった、ということ。
そしてオイサンにとっての最大の萌えキャラは、
『バキ』シリーズの花山薫と烈海王であること。
つか『バキ』シリーズは、主人公の刃牙以外は萌えキャラの宝庫ですけどね。
あれだけ、出るキャラ出るキャラみんな立ってて、
ロクにお話もないのに面白く読める物語は……あとにも先にも『バキ』くらいです。
以上、オイサンでした。
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コメント
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
キャラクターか、お話か、は書く物語のジャンルによるんじゃないですかね?
例えばショートショートで下手にキャラ立ちさせても、話が冗長になるだけで切れ味がなくなる。
純文学でしたら空気感が最重要でしょうし、推理小説ではストーリーの演出。
個人的にキャラ立ちだけでイケるのは萌え系ラノベだけだと思ってますが、これは個人の趣向なんでしょうかね。
ただ、ある程度の長編の場合、キャラクターが物語を引っ張っていくという現象も確かにありますよね。
その場合は、背景の世界観がどれくらいしっかりしているかが重要になるわけですが、こういう風にイレギュラーなストーリーは、時として大きな力を生みます。
結局は作者が考えてはいるのですが、キャラクターが自分で世界を切り開いて、想定していた枠を広げていく、そんな時もあります。
……いや、偉そうに語っておいてなんですが、私には出来ないんですけどね。
投稿: JKP | 2010年1月 4日 (月) 01時39分