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2009年12月24日 (木)

■ニコラスをブッ千切れ -更新第382回-

はんぺんのモックアップ。
オイサンです。


クリスマスですね。


オイサンの様な者が、こんな晩に特段何を書いたものでもないのですが、
なんだかそういう気分を書いてみるのもいいかと思ったので、何か、書きます。
何が出来上がるのかは、終わってみてのお楽しみ。

さー走れ、オイサンのゆび先。



■my soul on my fingertip



世間では、クリスマスといえば繰り返される
「そもそもはキリスト教のお祭り」
という至極全うないちゃもんだとか、
「性夜」
という揶揄だとか、
「クリスマス中止」
だとかの意見表明なわけですが。

別にねえ。
いいんじゃないかと思いますよ。
今更ね。
そもそも宗教なんてものと無縁の国民性ですから
(イヤ中には真面目にどなたかの教えに忠実に生きてらっしゃる方もおられますが)、
それを口実にお祭りたいなら、盛大にお祭り、お祭られれば良いと思います。

何より、この国で一番広く、強く、均一に、
浸透している価値や教えが何かと問われれば、
それは疑いようも無く<資本>であるわけで、
であれば世界のあらゆるお祭りを資本に飲み込んで、
資本をあがめ、資本に踊らされるのは至極全うな姿でもあるのではないかと、
オイサンなんかは思うわけです。
それがこの国のジャスティスであると。
それで世の中がさらに大きく潤い、物質的な豊かさに耽溺し、
その中から心の豊穣や平穏が生まれるのであれば、それは一つの祭りの成功、
「雨乞い巧くいった」的な結果だと思うのです。
心が空虚になるばかりでは問題がありますが。

  その昔、かの偉"神"・大魔王バーン様がおっしゃったように、
  「おまえの正義を余に説きたくば、
   言葉でなく、あくまで力で語れっ!」
  というのと同じコトで、この国で幸せや正義を語るのであれば、
  まずはあくまで資本力で語らなければ説得力が無い、ということです。

  知らなかったのか……? 資本の支配からは逃げられない……!!!

  オイサンもこれまで数多の悪役を見てきましたが、
  バーン様は中でも五本の指に入る魅力的で、芯の通った悪だったと思います。

マそれにしたって、
どーしたってキリストさんのお誕生日とは全然カンケイは無いワケですが。

そしてそのお祭りへの参加チケットは、
たとえ一時インスタントであるにしても
「互いにまぐわえる相手がその時にいる」ということで、
さらにそれが何を意味するかというと、
動物としての本能だったり基礎的な力であったり、
そういうものを自分がキチンと装備していて、かつそれに忠実に行動できるぞ、
そして行動の結果を獲得することが出来るぞというコトの現れ、
それこそがクリスマスという祭りへの参加要綱であるわけです。

オイサンにはそれがないので今年も不参加です
(ついでに言うと2次元専用クリスマスのプラスマス祭りにも、
参加できるほど愛を深め合ってないというかもうここ数ヶ月お会いしてもいないので
参加も出来ないワケです)が、
それを別にまずいとも思いませんし、寂しいとか、そういう風に感じることもありません。
それはもう、自分にとってそれが当たり前ですから。
マご両親には多少申し訳ないと思いますが、それ以上の感情もなく、
見栄を張るだけの気概も矜持も失せ、
一種仙人のように、煌びやかな下界の明かりを眺めては、
その明かりの中に今年も自分の影が落ちないことにむしろ安心を覚えます。
ああ、オイサンは今年もここにいるぞと。




けれども、心に兆す一抹のかなしみ、なんてものも、あるワケです。




そんなオイサンが今更何をかなしむのかというと、
そういう、畢竟動物でしかないはずの自分が、
動物としての最大倫理に則(られ)る事が出来ずにいる、
正当にそのことの言い訳に出来るようなこと……
「俺にはこれがあったから、そんなことをしたり考えたり、してる暇が無かったんだよ!」
と胸を張れるようなことが手元にないことです。

気がついたらクリスマスなんてものが過ぎていたと、
一心不乱に情熱を傾けることがないことが、何よりも寂しいし、悲しい。
目に耳に、沁み込むクリスマスの彩を、
どうしても「ああ、クリスマスなんだっけ」と認めてしまう、
そしてそのカウンターとしての時間をしか過ごす事が出来ない。
情熱を傾けることが出来るものがないわけではない、
けれどもどうしても出力が足りてない。

オイサン程度の馬力では、トナカイに乗って追ってくるあの赤白ジジイに、
どうしたっても第3コーナーあたりで捕まって、ホームストレッチで綺麗に差されるテイタラク。

つまり前出の言い方を借りてしまえば、
「バーン様に勝ててない」。
何年経っても。

逆にクリスマスがそこにあるからこそ出来る過ごし方しか出来ていないことに、
いつまで経っても中途半端な自分の残滓を見出して、
ほんのり絶望にとらわれるのです。

いつの日か、今の歴史を始めた耶っさんに負けない時間を過ごせたそのとき。
23日に時計とカレンダーを盗み見て、次に気づいたら26日だった、
そんな年の瀬を過ごせたその時に、
どこまでいってもインチキなオイサンのカクゴも、ジョーネツも、
本物になるのだろうと夢に見る次第でございますよ。
全く、締まらねえオハナシだことですよ。

……マァムもレオナも要らないけど、
「よっく見てやがれ、バッカヤロー!!」
と言ってくれるポップがいてくれるとありがたいのだがな。


さて、そいじゃオイサンは臆面もなく今宵もひとっ走りしてきましょうね。
ヤツのソリに轢かれようものならお慰み。
ホイではみなさん、良い夜を。
♪じんぐっべー じんぐっべー ウっデっがー鳴るー♪ っとくらぁ。



オイサンでした。


 

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