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2009年12月15日 (火)

■ハッピー・バースデーがきこえる<後編・2> ~手帳の中のダイヤモンド・番外編 -更新第375回-

前編 / 後編その1 / 絢辻さんSS目次



          -- 2 --



 頭の中で、トーン、トーン、とバレーボールが跳ねている。リズミカルに、
まっすぐ空へと上っては落ちてくるそれを、膝や足先で、ときには白くて丸
いおでこで、巧みに受けているのは絢辻さんだ。
 ひらひらと舞うスカートの裾から、白くて、ピンと張ったふくらはぎが見
え隠れして、僕は胸を波打たせる。
「わたしにはね、自分がないの。始めから自分の世界を持つことを許されて
ないから」
 あのとき、あの頃、一年前。
 黒ずんだ校庭をバックに、絢辻さんがはらはらとこぼした言葉が、今、沢
山の意味を語りかけてくる。わけもわからず拾い集めるばかりだったあの頃
とは違って、僕の中の絢辻さんの心に色が付いていく。それは誕生日を喜ぶ
ことも出来ないってことなんだ。この一年、僕は一体何をしていたんだろう。
彼氏として……新しい家族の候補として。十七年間、娘の気持ちを置き去り
にし続けた彼女の家族を……悪し様に責められた義理じゃ、ないよな……。



     *       *       *



「じゃあ、聞いてくるわね」
 店の表に僕を残し、絢辻さんは一人、さっさとJoesterのガラスの
向こうに消えてしまった。
 一緒に行けばいいじゃないかと僕は言ったのだけど、
「ぞろぞろ行くのもみっともないでしょ」
と撥ね除けられ、じゃあ僕が自分でと言ったら今度は、
「寒い中で待ちたくない」
と、駄々をこねるから可愛らしい。何かにつけて、自分で動いていないと不
安らしかった。かと思えば、ガラスの向こうの絢辻さんはカウンターの店員
さんと一言二言、そのままお手洗いの案内板の方へ姿を消した。ああ、そう
いうことか。まあ、あんなこともあったからね。
 中でのことを絢辻さんに預けてしまうと、僕にはやることがない。店の表
に立って独り、白くなり始めた息を持て余して見渡す駅前通りは……なんで
こんなに橙色をしてるんだろう? と不思議に思っていたのだけれど、それ
は、あれだった。ハロウィンだ。あちこちにカボチャのお化けがディスプレ
イされて、イメージカラーの明るい橙に彩られた照明が、通り一帯を染めて
いた。
 駅前通りに入ってからの絢辻さんはまた少し調子を取り戻し、
「正直、生まれてこない方が良かったんじゃないかって思ったこともあった
わ。子供っぽいわよね。それが間違いだって気が付くまではすぐだったけど
ね」
と、笑いながらしたものじゃない話を続けていた。
 そんな道すがら、
「それにしても……」
と、歩道にゴロンと置かれた、僕の腰くらいまであるバカでっかいカボチャ
の前で足を止めた。ヒタヒタとその偽物のカボチャの感触を確かめながら、
「このお祭りって、いつの間にか大々的にやるようになったわね」
と、何故か迷惑そうに呟いた。
 確かにそうだ。少し前にテレビで見たときは「そんなことをやってる町も
あるんだ」くらいに思っていたのだけど、いつの間にか輝日東でも商店街を
挙げたイベントになっていた。
「これって一体、どこのどんなお祭りなんだろうね?」
僕らに関係あるのかな? なんて、一緒になってカボチャをなで回す僕の何
の気もない呟きに、
「さあ。お盆と収穫祭のあいの子、みたいなものらしいけどね」
絢辻さんが神妙に、中指の背中でノックをしたカボチャから返ってくるその
音はポコポコと軽く、虚ろな響きを隠さない。Trick or Treat?
商店会長のフトン屋のおじさんは、そんな風に訊かれても多分、愛想笑いで
ごまかすんだろう。何をどうやって祝おうか? 生まれたばかりのお祭りは、
そんな戸惑いを隠し持っているような気がした。
 そう言えば絢辻さんは……僕の鞄は、どうなっただろう? 振り返ってお
店の中を窺うと、ファミレスの見た目以上に分厚いガラスの向こう、お花摘
みから戻ってきた絢辻さんの、難しい話じゃないはずなのに店員さんと何や
らやりとりをしている姿が小さい。僕の忘れ物はここにはないのだろうか?
 そんなはずなかった。他に寄った場所もないし、ここに辿り着くまでは絶
対に持っていた。そうでないと、絢辻さんにプレゼントを渡せるはずがない。
のだけれど……なんだか、まだ少し時間がかかりそうだ。
 そうして、カボチャに飽きた絢辻さんは、
「だって、そうでしょう?」
と、唐突に話題をレジュームさせて、また歩き始めたのだった。
「生まれてこなければ、そもそも何も起こらないものね。そこまで前提を戻
して考える話じゃないわ。でないとこうして、あなたに出会うこともなかっ
た」
 深い気持ちではなかったのだろうけど、絢辻さんの何てことのないその一
言は、僕をドキリと、これ以上無いくらいに波打たせた。けれど、
「ああ、違うわね」
「え?」
「あなたに出会うことが幸せに思えちゃう様な、おかしな人生を歩く羽目に
はならずに済んだかも知れない、が正しいかしら」
「は、羽目って……」
 乾いた秋の宵に生まれた、しっとりした気配を感じ取ったのか、絢辻さん
は立てた人差し指をクルクル回し、その湿りを払って見せた。
 フフッ、といつも僕の心の真ん中をくすぐっていく含み笑いは、僕も絢辻
さんも、二人が安心して笑っていられる証拠みたいな物だった。底意地の悪
さというエッセンスがふりかけられただけで、言ってることは変わってない。
「だけどね、分からないことも、やっぱり多くって」
 切り出す、口調は冷静だった。マイニチのように、否、実際マイニチマイ
ニチ絢辻さんに降りかかる学校での雑務、難題、難問、奇問、そんなものと
相対したときと同じ口調。けれどそれが、
「誕生日って、何が嬉しいのかしら」
……けれどそれが、色んな物を押し込めて踏み固め、すべてを相対的に捉え
ようとする構えであることも、僕は知ってる。そんな冷めた思いを自分の過
去にさえ向けなければならないことが、どんなに哀しいことなのか……肝心
のその部分を分かれない、分け合えない、支えられない。自分が不甲斐なく
て……胸が詰まった。
「今日集まってくれたみんながお祝いしてくれたものは、一体あたしの何だ
ったんだろうって」
 それはもしかしたら、ただの行き違いだったかも知れない。けれど、絢辻
さんから一番大切な何かを奪っていった。決別の証に水底に沈められた誓い
の宝石は、皮肉なことに、偽物以外の何者でもないその成りの内に本物すぎ
る決意を抱いて、二度と弱気の虫が戻ってくることのないようにと、海へと
転がっていったに違いなかった。
「決定的に違う物があるの。底の方にね」
「絢辻さん……」
 何か言おう、声を掛けよう、そう思っても、絢辻さんがそれを待っている
ことが分かっても、差し挟める一葉の言葉が僕にはなかった。ダイナミック
に変化するとりどりの光を浴びて歩く絢辻さんは、ひと時たりとも同じ形を
していなかったけど、その髪と、背中の黒だけは、がっしりと染みついて色
を変えようとはしなかった。
「さっきのカボチャと、多分おんなじ」
 二車線の車道を挟んだ向かいの歩道に、また大きなジャック・オ・ランタ
ンが飾られている。でもそれには、さっきのものとは違って左の目尻に一つ
……誰かの悪戯だろうか。それとも、生まれつきなのだろうか。大きな雫が、
黒く深く、彫りつけられていた。
 僕にも言いたいことはあるんだ。何を言ったらいいかも分かっていた。で
も、言葉が見つからなくて、僕は焦って、気がつくと歩幅を広げて、
「あ、絢辻さん!」
追いついた絢辻さんの手をとっていた。
「な、なに?」
 さすがに驚いたんだと思う。絢辻さんは目の前に迫った僕に目を丸くして、
少し反り気味に身を引いた。自分を追い詰めれば出て来ると思った気の利い
た言葉は、出て来るどころか胸につっかえるばかりだったから、せめてこの
気持ちが伝わったらいいと、少しだけ強く、用心深い彼女の指先を握った。
 僕は所詮、変態だ。変態紳士なんだ。言葉は要らない、気持ちと、ゆび先
の温度が僕の全部だ。
 それなのに。
 無言の絢辻さんは、やっぱり何かの言葉を求めていた。伝わった気持ちの
分、早く何かを言って欲しいと、はにかんだ瞳で僕にせがんでくる。
「あ、絢辻さんは……」
 意地らしい。本当に、意地が悪い。厳しくて優しい。
「絢辻さんは、カボチャなんかじゃないよ……」
 必死に絞り出しても、出てきたのはそんな下らない一言だった。それなの
に絢辻さんは見る見る頬を緩ませ、温かな沈黙のあとで、見たこともないく
らい優しい目になって、呟いた。
「……ありがと」
 気がつくと、もうJoesterの前だった。ふたたび背を向けた絢辻さ
んはちょっと慌てた様子で、
「じゃ、じゃああたし、聞いてきて上げるから」
と、こちらも見ないで言ったんだ。その声は、水の気配に揺らいでいて、そ
のあと一緒に店に入ることを頑なに拒んだ背中はいつもよりもちょっと嬉し
そうで。僕も、少しだけ救われた。
 あの黒い涙が気まぐれな誰かの悪戯であることを強く願って、僕は、彼女
の背中を見送った。




                          (その3へ続く)




 

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