« ■好きとか嫌いとか、その答えがまだ見つからない -更新第368回- | トップページ | ■Shigeru DAY BREAK! -更新第370回- »

2009年12月 6日 (日)

■命萌ゆる -更新第369回-

お米が安くてびっくりしました。
オイサンです。

あきたこまちが5kgで1900円って安いなあ。
3500円くらいしなかったっけ?


 絢 辻 「それは10kgの値段でしょう。
       5kgので3000円のお米なんて買ってきてみなさい、
       ひっぱたいて閉め出すわよ」



そ、そんなにひどい扱いにしなくても……。
美味しいお米は国の宝じゃないか……。

       桜の花のデザインが素敵!和紙化粧袋使用でお歳暮にも最適!【2000円ポッキリ】【送料無料】新米21年産あきたこまち5kg白米限定販売10P24Nov09 【年越し特集2009】ぐるぐるキャンペーン



■犬萌ゆる



朝晩とジョギングをするようになって、
世の中には犬の散歩をしてる人のなんと多いことかと感心します。
本当に多い。

散歩をさせている人だけじゃなく、
家で飼っているのを見かけるのも入れると
全世帯の三分の一くらいは飼ってんじゃないかと思う程です。

  どうする気だ、アイフル。
  ソフトバンクも一枚かんでるのか。

種類も色々で、大きいのから小さいの、
高そうなのからどこで拾ってきたんスかってのまで様々ですが、
眺めた印象、ワリと高いお金を払って買ってきて、
かつ高いお金を払ってその良さを維持しているようなのが、昨今多い感じがします。

つまりは、おもちゃみたいな犬が多いってことで。
「ちっちゃくて、かわいくて、一緒にいて和む」ことを宿命づけられたような、
「愛玩用」という言葉がしっくりくるようなやつ。
ガッシリしたのもいるけれど、そういうのも「高級感!」が第一な雰囲気。



  ……ここから先は、生き物好きな人とか、
  実際飼ってる人には腹立たしい話になってしまうかもしれないのだけども
  マてきとうに聞き流してもらえればいいと思います。



オイサンの感覚では、二次元への萌えと、
そういう「愛玩」的な生き物への感情なんてほとんど同じだと思っていて、
むしろ生き物に対してそういう感情を抱くことの方が
若干罪深いというか、タチが悪いんじゃないかという、勝手な思いを持っている。

オイサンの考える萌えとは、
可愛いもの・美しいものををただひたすらに可愛いと愛でる気持ちのことで、
且つその対象に、二次元的な演出が加えられているものだと思っている。

対象そのものが二次元か三次元か、という区別には意味がなくて、
生身の女優さんでもなんでも、二次元的な演出……
つまり現実離れした虚像としての価値が外部から(過剰に)付加されていれば、
「萌え」たって良いと思ってます。

  ……ということを思いついたのは、
  『ローマの休日』のオードリーヘップバーンを見たときで、
  「あコレに萌えるのはアリだな」と思ったからなのだけど。

  反して、奥さんや恋人、家族など、
  生身のその存在への飾りのない部分への愛情は、
  もちろん萌えにはなりませんよな。
  マ人間のすることですから、一切の思いこみや虚飾のない感情なんてのは
  そうそう成立しないでしょうが、その辺は一般常識のサジ加減で考えて下さい。

そしてその演出をつけるのが誰かというと、
見る人と見られる人の間にいる第三者(映画の作り手とか)でも構わないし、
見る側の人間の思いこみによって張り付けられるものでも構わないと思います。
見る人間が勝手に色々なことを思いこんで、
生身の人間に「萌え」てしまうことだって十分にある、ということです。

これを延長していくと、自分の飼い犬にだって「萌え」ることは十分にあって、
可愛いものを、生き物としてのベースをある程度無視して、
ただただ可愛いと思ってしまえばそれは萌えにもなる。
自分の犬の可愛さに酔ってる状態で、ワケの分からない語りかけをしてる人なんかは
まさにそういう状態なんじゃないかなあと思うワケです。

  ハデな服着せて、鞄にブチ込んで首だけ出させて歩いてる人とかね。
  すげえなあって思いますもん。
  実際通じることもあるんでしょうけどね。
  生き物同士ですし。

デ、そういうのと、ギャルゲーのキャラクターに萌えるのって
そんなに違うのかなあと、思ってしまうワケです。
頭の中にあるものに対して酔いしれるという行為。
張り付ける対象が、三次元か、二次元か、というだけの差異なのではないかと。

もちろん、張り付ける対象のことを思えば、
ギャルゲーのキャラクターは生き物ではないですし、意思もないわけで、
生き物は生きているし(当たり前だ)、意思もある。
ただ生きているとは言っても、よっぽど根源的な感情(お腹すいたとか)でもない限り、
明確な疎通は出来ない。

疎通できない意思を疎通していると思いこんで、
頭の中でこねくりまわした揚句、自分主導の都合で関係を成立させている以上、
さほど大きな差はないんじゃないかと、感じてしまいます。

  あ、オイサン動物を飼った経験は、
  子供の頃に家でウサギを飼ってたくらいのもんで
  殆ど記憶にないので、そういう人の言ってることだと理解して下さい。

モチロン犬さん猫さんは生きてますから、
デジタルキャラクターなんかよりも全然複雑な系に則っておられますが、
そんなことを人間の気持ちの上で
「だから上位だ、高等なものなんだ」
と言ってみても、マその気持ちもリクツも分かりますが、
「豚は殺してクジラは殺すな」というのとコレマタあんま差はねえな、
というのがオイサンの素直な気持ちだったりします。

話が若干ややこしくなっていますが、
「存在としての『二次元キャラの重さ』と『三次元生身の重さ』」の話ではなくて、
「『二次元キャラへの萌え』の重さ」と
「『三次元ペットを可愛がる感情』の重さ」の違いの話ですからね。

要するに、
「生きてるものに対する感情だから、ペットへの愛情の方が高等で上等だ」
「生きてもいないものへの愛情なんて下等でキモチワルイ」
ってのは通るのか? って話です。

  「二次元キャラを消去するか、生身ワンちゃんを殺すか」って場面で、
  その二つが同じ重みを持ってる、なんて話ではありません。

  生身ワンちゃんは「生命」ですから、
  どちらかが失われる、という選択の場面では、
  無条件に尊重されるべきものだとは理解しますけどね。
  世の中の物差しの上では、「生きている」ということは、
  現時点では何よりも大事な事項ですから。

  ……それもまた、客観的・世間的・一般的には、ですけど。

  主観的には、それだってちゃんと考えないと駄目だと思います。
  二次元キャラクターだって、場合によっては文化的遺産の場合がありますから。
  芝犬一匹死なせるのと、
  ウッカリ発掘された『源氏物語』の原本を焼いちゃうのと、さあどっち?
  ってなったら、やっぱりみんな、チラッとくらいは困ると思うんです。

で話を「二つの萌えの重み」に戻しますが、オイサン的には
「そんなのドッコイドッコイだろ」というのが
深く考えもしないで感情一発で出た結論なのですけどね。
オイサンは明らかに二次元側の人間なので、公平さも論理性も全然ないんですが。
皆さん的にはどんな感じなんだろう。

結局のところ、人間社会で飼われている犬さん猫さんには、
……どう言ったらいいのか分かりませんが、生き物としての権利……
そんなもんあるのかどうかもわかりませんが、
その生き物が、その生き物らしく自然に振舞うことが
一個体として保証されているかいないかと言われたら、保証されてないわけです。

人間をかみ殺したら、いくら人間が悪くたって
人間の法で裁かれて殺されてしまうんですから。
かなりの割合で、ガマンにガマンを重ねての一生なのではないかと
見ていて感じます。

  関係ちょっとしかないケド、最近見かける、
  あの首輪にチカチカ点滅するLEDみたいなんがついてるヤツ。
  あれ、安全対策かなんかなのでしょうけど……
  あんなもんが首の下でチカチカされたらノイローゼんなるわ、って思いません?

その時点で、ペットという物の立ち位置は、
「生命である」という事実がかなり大きく主張してはいますけど、
二次元的なもの近いところにあると、オイサンなんかは思ってしまいます。

  いやいや、モチロン飼ってる人たちの感情は理解するんですけど。
  家族だったり友達だったり、ホントにするんだと思います。
  体温とか匂いとか、そういうものが醸し出すチカラというのは抗いがたく、
  多分そこが一番大事な部分だと思いますから。

とはいっても、人の社会の中で人の都合から飼うものだから、
どこまで行っても人第一なワケで、
お犬様の権利なんぞイチイチ慮ってはいられませんから、
逆にその分、出来るところで普段から過剰に大事大事にしてあげないと駄目な面もあるんでしょう。
イザ駄目なことになったら、一気にお命まで頂戴しなきゃならない場面もあることでしょうし。

可愛がるなって言ってんじゃないですよ。
モチロンね。
一緒に暮らすと決めた以上、そりゃあ分け隔てなく、
大事にしてあげたらいいよ。
ただ、その根っ子って実はどれだけ深いところまで張ってるかなあと、
そう思っちゃっただけの話です。



……。



なんでそんなことを、改めて思ったかと言うと、ですね。
先日、シゴトバのとなりの席の同僚のトラさん(仮・独身)が、

  「犬を飼おうかなあ」

とこぼしたところ、隣のハコのハコ長さん(同じく独身)が、

  「多分動物なんか飼ったら、一生結婚出来なくなるぜ?
   さみしいとか、思わなくなるから」

なんて声をかけておられたのを聴いて、オイサン

「そういうもんか?」

と思ってしまったんですね。
そしてオイサンは、

「たとえ生きていても言葉の通じない生き物よりは、
 生きていなくても、向こうの言葉がこちらに届いて、
 かつ此方の言葉が向こうに届いているとハッキリ錯覚出来る相手の方が良いな」

と、反射的に思ってしまったので……
生き物飼っても、寂しさに拍車がかかりこそすれ、
安心出来る気はしないな、と思ったからなんですけどね。
そしてジョギングしていて、そのことを思い出した。



マなんかモ一つ歯切れの悪い感じですけど、



オイサンでした。


 中古》【PS】にゃんとワンダフル PlayStation the Best for Familyプレイステーション 中古》【PS】にゃんとワンダフル
PlayStation the Best for Family
プレイステーション


販売元:ゲオEショップ楽天市場店
楽天市場で詳細を確認する

 

|

« ■好きとか嫌いとか、その答えがまだ見つからない -更新第368回- | トップページ | ■Shigeru DAY BREAK! -更新第370回- »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

■JKPさん
> ただ、教育という観点からすると。(すいません、この手の話ばかりで)

いえいえ、勉強させてもらってますよ。オイサンにはない視点ですからね。

> 命や存在が体感できるというのは、やはり大きな違いで。

そうですね。
何事も、ことは命に限らず、本物に触れることは大事だと思います。
基本は本物ですよ。
最悪、後追いでも本物には触らせてあげないとおかしなことになりますよね。
……マテヨ。
じゃあ、生身の女性に触れてないオイサンは万全におかしなことになってるか……?

> 自分のことを棚に上げて、中学生が人との触れ合いよりもゲームを優先していたら、やはり眉をひそめてしまいますし、この感覚は間違ってはいないと思っています。

むう……。わしはこましゃくれた子供だったかも知れん。

> こちらが身体を持っている存在である以上、のめり込む対象も身体を持っていないといけない。
> そうでないものは正常ではない。
> 極論ではありますが、決して排除してはいけない感覚だとも思うのです。

いや、極論だとも思いませんよ。
失くしちゃいけない感覚だと思います。
ただそれと同じくらい、その先の感覚に対するセンスも、この先必要になって行くんだろうという気もしますけどね。


■美容師Nさん
> 私も“萌え”と言う概念では、同じだと思う。
> でも、萌えを感じたいだけなら、二次元にすべきじゃないかな?
> だから、今の飼い主は要らなくなったら処分なんて考えれるんだよ。

体温や匂いがないとそれを感じられない人ってのが多分まだ大多数なんだと思いますよ。
そしてそういう人たちこそ、二次元への感情移入が理解できなくて「おかしい・気持ち悪い」って言っちゃうんだと思います。

> じゃ?何の為に飼ってるんだ?と言われたら、これまた人間様の身勝手極まり無い話しだが『共に生きて欲しい』から飼ってるよ。
> どれだけ自分がしんどくても小屋掃除やら餌やら世話が必要だし、病気になるし老いて死にもする。お金かかるし、引っ越し先も旅行も制限される。
> がっつりと自分の生活に食い込んで来るよ。
> 自分の都合が良い時だけ、電源を入れる訳にはいか無いのがペットかな?

> ま、『命を何だと思ってる?』と言われたら、自分の価値観に押し込めて自由を奪っている私達飼い主は、極楽浄土にゃ行けないかもしれないねぇ。

そこまでのことを言うつもりも多分資格も、オイサンにはありません。
なんというかその辺はもう、強者として生まれた以上、思いだせも忘れられもしなのでしょう。
出来ることを、やりたければやるしかない。
ライオンがウサギを食って何が悪い、ってのと同じだと思います。
「極楽浄土にゃ行かれないかも知れない」ということを理解しつつも止められないのが罪深いところですけどね。
そう思うと、知性なんてのも本能の一部に過ぎないんでしょうな。

一緒に暮らす以上、それを望んだ側が負担を負うのは当然のことだと思いますしね。

真面目に一緒に暮らしてる人の理由を問うつもりも無かったのですけれど、
言われてみると、その動機もオイサンには想像を絶するものですね。
動物を飼おうと一番最初に思う、その動機は何なんだろう?

N氏の「共に生きて欲しい」というのは、恐らく一緒に暮らし始めて情が移ったあとの感情だと思うのだけど
(何の縁もゆかりもない生き物に、イキナリ運命的にそういう感情が湧くことはなさそうだと思うので)、
馴れ初めはなんでした?
しかし、「馴れ初め」とはよく言ったもんだなあw

まあ、二次元萌えがキモチワルイのかキモチワルクナイのかといわれれば、
「キモチワルイ」んだって、自分でも思うんだけどね。
それを飲みこめるか飲み込めないか、って話でね。

投稿: ikas2nd | 2009年12月 9日 (水) 22時12分

私も“萌え”と言う概念では、同じだと思う。
でも、萌えを感じたいだけなら、二次元にすべきじゃないかな?
だから、今の飼い主は要らなくなったら処分なんて考えれるんだよ。
じゃ〜何の為に飼ってるんだ?と言われたら、これまた人間様の身勝手極まり無い話しだが『共に生きて欲しい』から飼ってるよ。
どれだけ自分がしんどくても小屋掃除やら餌やら世話が必要だし、病気になるし老いて死にもする。お金かかるし、引っ越し先も旅行も制限される。
がっつりと自分の生活に食い込んで来るよ。
自分の都合が良い時だけ、電源を入れる訳にはいか無いのがペットかな?
ま、『命を何だと思ってる?』と言われたら、自分の価値観に押し込めて自由を奪っている私達飼い主は、極楽浄土にゃ行けないかもしれないねぇ。

投稿: 美容師N | 2009年12月 8日 (火) 09時20分

>「二つの萌えの重み」に戻しますが、オイサン的には「そんなのドッコイドッコイだろ」

「萌え」ということに特化してしまうと、全く変わりはないんでしょうね。
派手な服着せたり、カツラ付けたり。
医療的な意味もあるようですが、ほとんどが完全な「愛玩」ですから。
私にはそれに、生命に対する尊厳を感じません。
大体アイボやたまごっちが流行る時点で、生命の有無は関係ないことを実証してしまってますし。

ただ、教育という観点からすると。(すいません、この手の話ばかりで)
命や存在が体感できるというのは、やはり大きな違いで。
人間実際に体験したものやそれに近いものじゃないと、想像することが難しいじゃないですか。
自分のことを棚に上げて、中学生が人との触れ合いよりもゲームを優先していたら、やはり眉をひそめてしまいますし、この感覚は間違ってはいないと思っています。

こちらが身体を持っている存在である以上、のめり込む対象も身体を持っていないといけない。
そうでないものは正常ではない。
極論ではありますが、決して排除してはいけない感覚だとも思うのです。
我々が自然界の延長線上にいる以上。
これはある意味、動物的本能のレベルなんじゃないですかね?

ただ、このあたりまで考えて批判している人たちがどこまでいるのか、それは甚だ疑問ですけれど。

投稿: JKP | 2009年12月 7日 (月) 01時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55967/32516702

この記事へのトラックバック一覧です: ■命萌ゆる -更新第369回-:

« ■好きとか嫌いとか、その答えがまだ見つからない -更新第368回- | トップページ | ■Shigeru DAY BREAK! -更新第370回- »