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2009年12月 4日 (金)

■マイニチの三塁打 -更新第367回-

松茸の味、汚水モノ。
永谷園。
オイサン@飲むな。



■第一話 朝ぼらけの断層



朝。
最近、駅からシゴトバへ向かうバスを待つ15分ばかしの時間が惜しくて、
バスが追いついてくるまで歩いているオイサンですが。

  結局追いついてきたバスに乗って行くので
  シゴトバに着く時間は同じなんですけどね。

これがまた、何気なくも味わい深い風景に出会うことが多い。
マ朝ですから。
色々なことが起こってくたびれる前の、
心も体も健やかな状態ですので、
どうでもいいこともちょっとだけ良い様に映るのです。
オイサンは特に、そういう傾向があります。

昨夜は雨で見えなかった月が、真っ白に大きくまん丸に見えていた。

  ……まん丸というとすぐに松来未祐さんを思い出すクセをやめよう。

■金朋珍語録



ホントにでかかった。目の錯覚らしいんですけどね。
地表近くに見える天体は、でかく見えるのだそうです。
あと、雨戸を開けるオバアサンのもの悲しさとかね。

しかし何が良いかって……若い奥さんがいい。
イヤ真面目な話(何が真面目なものか)。

クルマ道を歩くのがイヤで、ちょっと奥に入った住宅街の道を縫って歩くのですが
(そのせいでバスに追い抜かれたのに気付かないとか、たまにありますけど)、
その朝の住宅街でたまに出くわす、
朝から門の前を掃いている、若いというほどは若くない奥さんとか、
小さな子供といっしょに新聞を取りに出ている方とか。

なんだろうなあ。
すごく和みます。
多分、そんなには若くないところが良いんだと思いますが。

少しずつ染み出し始めている、日々の暮らしへの慣れのようなものと
ちょっとした疲労というか、飽きというか。
そんなちょっとした気怠さもあるのに、
それなのに朝から掃除をしている、
日々を新しく保とうというかいがいしさ・瑞々しさとか、
幼い子供っていう新鮮で刺激的なファクターとのアンバランスさが、
日常というものの永続性を象徴的に物語っているようで、
ホント平和な世の中って素晴らしいとつくづく実感します。

  世の中ってやつは、
  きっといつもこうやって続いてきたんだなあ、と。

毎日がすっかり沈着して落ち着いてしまって、
ツマラナ楽しいんだろうなあ、というアコガレや、
この先、これといった刺激もなく過ぎていくんだろうか?
みたいなちょっと鬱屈したエネルギーの澱のようなものが見え隠れして
そこにあったりなかったりするであろドラマに、心が穏やかになります。

……オイサン歪んでっかな。
でも、そんなもんだと思うんだけどねえ。
別に悪いコト考えてるワケでなし。
生きてるってすごいぞ。



……あー。



絢辻さんが、そんなマイニチの暮らしの中にいてくれたらなあ。

結婚したいとか、
子供が欲しいとか、
恋人が欲しいとか、
奥さんが欲しいとか、
そういういことではなくて、
ただもう、マイニチの中に絢辻さんが欲しいです。


……。


そんな、あられもない三十路男の羨望の吐露で始まる、
ここは、二次元と三次元の狭間に歪むリアルバウトディメンジョン(何言ってんだ)、
「ゆび先はもう一つの心臓」。

本日のおしながきは、そんな何気ない風景の話、三連装。
心の向こう側に向かって、てーッ!!



■第二話 立ち読み図書館



デ行きがけに寄るコンビニで、
ちょっと惹かれる対談記事を見出しに載せた雑誌が目についた。
デ買おうかと思ったんだけども、
買っても読まないような気がして立ち去ろうとした。

読むなら買えばいいのだけど、
買えば買ったで、後回し後回しで、結局読まない可能性も高い。
だったら、今ここで読んじゃえばいいじゃん?
と思い至り、普段はほとんどやらない立ち読みをしてみた。

いつもならそういうのはじっくり読まないとダメなタイプなのですが、
集中して五分くらいでガーッと読んで、
何か大事だと思えることがあったらそれは憶えて帰ろう、
忘れちゃったらそのときは買ったら良い、
と思って、5分ほど朝からコンビニで立ち読み。
デ、これが案外良かった。

  コンビニ的には踏んだり蹴ったりでしょうけどw
  スマン。

やってみて感じたことは、
思えば普段の「じっくり読む」とは名ばかりで、
時間をかけて、ただ緩くまったりと読んでしまっていたのではないかと
感じてしまいました。
「短時間で集中してガンバル」という
オイサン的に負担に感じやすいことを避けていただけだったのではないかと。

今日の記事は、結果的に面白い記事ではあったのだけども、
特に読み返したり言及したりすることもないので、
ザーッと読んで、オカネも時間も(ついでに言うと家に置いとくスペースも)
さほどかけずに済み、
大事っぽいところはなんとなくは頭に入って、万々歳でした。

……来年は、ちょっとこういうことも変えていくようにしよう。
色々無駄を減らせそうだ。



■第三話 ラブコメ食堂



そして時は黄昏どき。
シゴトバの食堂でひとりお茶を飲みながら、ボーっと思ったこと。

ラブコメなんかでよく、
気弱なヒロインが男の子に告白をしたり、しようとしたりして、
すげなくされたり、勇気が出なかったりして、
気の強い親友に泣きついたらその親友が
フッた相手に文句をつけに行ったり、代わりに告白を請け負ったりするシーンがある。

そういう時は大抵、
「他人にリベンジさせて何になる」、
「告白なんて自分ひとりでやるもんだ」
というような流れになり、それはそれで正しいと思う。

けれども、
そんなことにすら親身に、本気になってくれる友達が一人でもいる、
そんなことがその気弱な方の女の子の一つの人柄の表れでもあって、
実は魅力でもある、という捉え方もあるんじゃないか、
なんて、フと思った。
その友達が何やかやと世話を焼いてくれる、その姿を見て、
その気の弱い方の女の子を魅力的に想う、
なんていう展開があってもいいのではないかなあって。

  マ、その世話焼き女は、
  何にでも誰にでもお節介を焼くただの野次馬好き、
  ってセンも多々あるでしょうから、
  なかなかスルっとはそういう展開にもなりがたいでしょうけど。
  志保ちゃんニュース。

なんでオシゴト中にそんなことをボンヤリ思ってしまったかは、
ヒミツ。



オイサンでした。



 

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