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2009年11月10日 (火)

■イタリア配管工の矜持 -更新第349回-

やっぱり、焦りがある。

やらなければならないやりたいこと……逆かな、
やりたいやらなければならないことがたくさんあって、
……実は、数的にはそんなにたくさんでもないのだけれど、
自分がこれまで私的に抱えたことの中ではたくさんな方で……
それに、最近ここを見てくれている人もちょっとだけだけど増えていて、
それは主に絢辻さんのSS関連なのだけども、
それを更新出来ていないことが心苦しく、
またそうやって来てくれた人を出来れば逃がしたくないという気持ちもある。

けれども「こうしよう」と考えた自分の中の順番もあるので、
それを裏切るわけにもいかず、そうすると勢いそのSS関連なんかは今実際後回しになっていて、
そのことがまた、焦りに繋がっている。

一個一個順番に片付けていくしかないんだけど。

やりたいゲームもあるし、
なんかこう、色々に手を付けられないまま、
否、中途半端に手をつけたまま、大地震か戦争かなんかが起こって
最後まで見届けられずにこのまま死んだらどうしよう、
どうしようってそりゃお前どうしようこうしようもないだろって思ってしまう。


おろかだ。
そうならないようにがんばるしかないんだ。


実際のところは順番どおりに一個一個、
休みをほとんど使って地道に進めているんだけどもその進みも遅く、
なんつうか……自分のその能力の低さにちょっと悲しくなっている。

かといって効率的に割り切ってガンガンやるのがいいのかというと決してそんなこともなく、
非効率で、ムダと無駄のスキマに生まれるものが多分自分やこの頁らしさでもあるから
ほんとにもう、自分のペースでやっていくしかない。

色塗るのに、赤を塗って、
やっぱりここは赤じゃないなと思って上から緑に塗りなおして、
結果的にはその赤と緑が中途半端に混ざった色が、
自分の欲した、そして自分らしい色になる、
それがこの空間だと思うのでその過程は省けないし省きたくない。

  始めから、「赤と緑をこの割合で混ぜたのがここに欲しい色だ」と分かれば
  それが一番いいのかもしれない……のか?
  その迷いが程よく垣間見える時間の流れも、「らしさ」として残る気がするんだけど。


そんなことだから、焦ってビビってる場合じゃない。


待てない人はごめんなさい、って言うしかないのだけれども、
自分はそんなにエラくもないし、
生来、しょうもないところで根がエンターテイナーな自分は
やっぱりたくさんの人……じゃなくてもいいから、
少なくても自分の何かをちょっとでも楽しみにしてくれる人たちには出来る限り応えたい、
という、これはもうエゴで欲なのだけれど、そういう欲も持っている。

人生、全部は出来ないから、
どこかでどっちか方向に割り切るしかないのはわかっているし、
所詮趣味の領域だからムキになってどうすんだってのもあるけども。
趣味だからムキになるんだよ。
誰も怒ってくれないから、自分で自分に証明し続けるしかないんだ。


オイサンの好きなマンガに、
成田美名子さんの『ALEXANDRITE』というのがあって、
その中の言葉で、

 「人生ってのは後悔するぞ。
  人間、どんなに考え抜いてした選択でも、
  そのことを思い返して後悔することが、絶対に起こりうるんだ」

というのがあって。
これはこれで潔い覚悟だなあと感心した。
大好きな言葉だ。
当然、「だからいい加減にやる」んじゃなくて、
「だからこそ、パリカリのように、ケフィに従って戦い、選ぶんだ」
と続くのだけど。

  「パリカリ」と「ケフィ」が何なのか、
  気になった方は、原作読むか、調べるかしてみて下さい。
  とても面白い、美しい物語ですんで。
  この人の描く物語は、エンターテインメントでありながら本当に美しいと思う。

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そんなことだからまあ、決めて選んで進むしかない。
そのときには、ラクをしない方向というのも意識しないとならない。
そうすることで得られるものもきっとあるだろうから。
ワリとそういう、「自分で選んで進む」ということは意識しているつもりだが。


……本当は、読んでくれてる、読もうとして下さる人ひとり一人とお会いして、
自分がこういう人間なんだということを分かってもらった上で
待つか待たないか、待つに値するかそこまでのもんじゃないのか、
決めてもらうのが一番ステキなんだけども。

……なんていう、誠実なようでいてある意味ムシのいい、
Webなんていうものの性質からイッチバンかけ離れたコミュニケーション……
分かり合いのあり方を志向してしまうオイサンなんてモノは、
ホント、なんつうか……現代に向いてないッポイよなあ、とか、思うわけですよ。

……まあ、どのくらい待つ価値があるのか、なんてのは、
今載っけてあるものから、皆さんにお決め戴いて当たり前なのでしょうけどね。

出来るだけ、色んな皆さんをお待たせせずに楽しんで戴ける様に
がんばりますんでね。
趣味ですけども。
趣味だからね。
だからこそオシゴト以上に。

ビジネスはスピード勝負だー、なんていいますけどもさ。
それでも尚「納得できるものが出せるまで出さねえ」なんて言い張る
京都のカルタ屋さんは、
横柄なようで、すごい覚悟と自信とプライドだなあと、
今更ながらに感じ入るオイサンでありますことよ(詠嘆)。


めでたしめでたし。



 

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コメント

エンターテイメントと芸術のジレンマですね。
小説などはもっともこの2極の板挟みになるジャンルだと思います。

確かにスピード更新は、ファンとしてはうれしいですけどね。
とりあえず、まずお身体をお大事に。

投稿: JKP | 2009年11月11日 (水) 01時26分

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