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2009年11月 1日 (日)

■手帳の中のダイヤモンド -19- 第六部 その2-1 -更新第343回-

     ◆『アマガミ』 絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次


土下座(挨拶)。
オイサンです!!

この世のあらゆるギャルゲーにとどめを刺す、
至高の恋愛シミュレーションゲーム『アマガミ』、
その中の一シナリオである絢辻さんシナリオを読み解く企画
「手帳の中のダイヤモンド」、
今回はその19回目、第六部の2回目です。

いつぞや、「この企画もすっかり月刊化してしまって~」なんて呑気に書いたが最後、
隔月ペースになりつつあっていい加減皆さんに愛想を尽かされるのではないかと
ビビりまくっていますが、どうか最後まで、
のんびりとした気持ちでお付き合い下さい。

ワタシガンバルヨ(CV:阿澄佳奈)。


さて、第六部2回目の今回は、感想編の続きです。



■前回までのおさらいと今回の主旨



前回の記事では、「『アマガミ』は一ゲームとしてどうだったか?」
ということについて、オイサンが常用しているゲームの評価軸に乗せ、
操作性は? システムは? 演出は? シナリオは? という
それぞれの要素のどういうところが良くて、どこをどんな風に直して欲しいか、
というようなことについてですね、
えー……僭越ながら、書き述べてまいりました。

今回は、その中で差し置かれていた宿題、

 ・物語とシステムとを合わせて考えたときの、
  物語とシステムそれぞれの在り方
 ・そしてそこで出てきた事柄に対して
  「もっとこうだったら嬉しかったのに!!」
  という手前勝手なご希望

その二つについて、どしどし発信していきたいと、このように思います。
ほないくでえ。



■君の名は。 ~物語ゲームとしての『アマガミ』



『アマガミ』が、紛れもなく
恋愛シミュレーションゲーム(以下SLG)『トゥルーラブストーリー』シリーズの流れを汲み、
『キミキス』の発展系として生み出されたゲームであることは周知の通りですが、
『アマガミ』ではそのジャンルを、
SLGからアドベンチャーゲーム(以下ADV)へと、大きく軸足を移しています。

その2ジャンルを分かつ要素が何かと問われれば、
以下のような区別があると考えて下さい。

   <ADV>
    用意された一つ或いは複数の展開があり、
    物語に起因するフラグで、どの展開になるかが変化する。
    それぞれの展開の中で起こることは固定である。

   <SLG>
    状況とそれに付帯する物語のピースだけが用意されており、
    その上に存在する要素は不定で展開も不定。
    物語に起因するフラグも存在するが、
    主として、状況の上に存在する接触対象との関わり方によって
    もっと奥まったところにあるパラメータが変化し、
    それによって展開が変化する。

といったところでしょうか。
……簡単にまとめましょう。
プレイヤー見えに、

  ・直接、物語そのものにのみ干渉して、物語を操作できるのがADVの物語
  ・物語以外のシステム(戦闘とか、育成とか)の結果、
   間接的に物語(やドラマ)が変化・展開するのがSLGの物語

と言う感じです。
オイサンの理解では。
もっと深いところまで潜ればその差異は小さくなって行きますが、
ぱっと上から眺めたときに見える大きな違いはこんなものでしょう。

システムと物語の相関性という視点に限定すれば、
SLGでは
「物語は点として存在しており、その他の要素によって点が繋がれていく。
 或いは物語は大枠としてのみ存在していて細部は存在せず、
 物語の外でのプレイヤーの行動の結果が物語となる」
もので、
ADVでは
「物語は線として、点と点を結ぶ経路にも、密に存在している」
ものです。

  マ「ものです」っつうか、物語の要素については
  そういう所で分けられるのが、SLGとADVだと思います。

サテここで『アマガミ』を振り返ってみると。
物語を一つ一つのエピソードとしてコマ切れにし、行動マップの1HEXとして配置しているため、
その物語は見かけ上は不連続な点の列……SLG的な物語に見えますが、
その実、その点と点を結ぶ物は物語以外にはありません。

  パラメータや、その他のシステムによって点と点が繋がったり、
  その接続が変化することは無いので、
  物語はあくまでも、物語への干渉によってのみ展開します。

  枝葉の部分、誕生日イベントやナミダイベントなどで
  同じ好感度カテゴリにいるヒロインの行動判定に
  好感度が参照されたりするようでこれはSLG的ですが、
  メインの物語を展開させる場面においてはそのような判定は見られません。

従来のシリーズ作品では、
「好感度パラメータ次第でメインのイベントが発生しない」
というようなことがあり、これはSLG的でありました。
しかし『アマガミ』においては、
そうした物語の大展開・大分岐……つまり好感度カテゴリの移動も
「それまでの物語を読み切った」コトによって起こりますので、
これもまたADV的な処理です。
これが、

  「たとえスターを獲得していても、好感度が一定以上でなければ
   <アコガレ> → <ナカヨシ>にスライドしてしまう」
  「好感度が一定に達しないとスターイベントが現れない」

のようなことが起こるのであれば、若干SLG色が強まったことでしょう。
ゆえにオイサンは『アマガミ』を、
一本の線として存在する物語を追うだけのゲーム、
ADV要素9、SLG要素1くらいのほぼADVであると、見ています。



いや、それが悪いっつってんじゃなくてね。



むしろ、この物語 ⇔ システムの関係には、良いところが一杯あった。
この企画の始めの方で、オイサンは『アマガミ』のことを
「10年に一度のギャルゲーの再発明である」
と評したのですが、これはそのコトを指してます(ホントか?)。

オイサンは正直、読むことばかりの続く、
テキスト系恋愛ADVはあまり得意でなかったのですが、
その苦手部分を全部取り払ってくれたのが、このシステムだったわけです。

オイサンもあまり意識してきませんでしたが、
SLGはSLG、ADVはADVとして、これまで意外とキビッと生息地を分けて存在してきた
この二つのジャンルをハイブリッド化することで、
ストーリーテリングがこんなに豊かになるなんて思いもしなかったほど。

  ……ただ、『TLS』シリーズ(ともう、敢えて言ってしまいますが)という
  系譜の物語の性質上、
  この体裁……物語の分断と再配置という手法しかなかったのでしょう。
  だって、一本の長い話にするには何気なさ過ぎる・何事も起こらなさすぎますものね。

またそれに反して、ちょっと物足らないと感じるところもあったので、
その辺について、以下で書いていきたいと思います。



■分断される時間と空間、その全て
    ~行動マップシステムの良かったところ。




行動マップシステムの良かったところは、大きく3つあります。
……すみません、今、もうれつにてきとうに「3つ」って書きました。
まだまとまってませんけど、そのくらいって言っときゃ大体収まるだろって。

  ・物語が分断されることで、一つのエピソードが短くまとめられ、
   飽きが無く、テンポよく読める。
  ・物語が分断されることで、お話に隙間が出来、そこを妄想で埋めるコトが出来る。
  ・時間空間の演出
    ……「時空間」でも「時間と空間」でもない、「時間空間」です。
    時間を広げた空間のことです。
  ・普通はルートに入ったら併走不可。それが出来る。
   プラス、枝葉エピソードの無理のない挿入と、本筋の巧妙な隠匿。

    ……ホラごらん!
    あっという間に4つになっちゃった!!
    まだあるような気がするよ!

順番に、いっこずつ見ていきましょうか。


  ■先ず一つ目。「小さな物語化」


一回のお話が短くて済んでテンポが良い。
コレ大事ですね。
メリハリが利いてるといいますか。
ちょっと話がひっくり返りますが、「やめ時がある」というのは大事だと思います。

某誌のクロレビなんかの褒め言葉でよく
「やめ時がない」なんてことが言われますが、
ゲームの展開に山谷がある、特に心地よく谷が用意されていることは重要。
特にADVでは、やめ時がないとくたびれるわけです。
読むだけのゲームは、ホント読むだけですからね。
ちょっと休みたいのに、休めない。
そうなると、せっかくの良い物語も読みがおざなりになってしまいがち。

  RPGの『MOTHER2』なんかでは、数時間連続でプレイしていると、
  主人公の父親から電話がかかってきて、
  「お前ちょっと休んだらどうだ」
  なんて言われるシステムがありましたが、あれは素晴らしかった。

『アマガミ』では短い物語の分断を起こすことで無理なくそのテンポが作られていますね。

あと、毎エピソードが終わるごとに、
画面が会話画面から行動マップ画面に戻りますが、アレもさりげなく大事ですね。
「画面の様相が、強制的にガラッと変わる」ってのは、
必然の当たり前なワケですが、気分を変える・区切りとするという意味で効果的。
テキスト系ADVでは大体ずーっと同じ画面が続くので、
自分の意志でオプションを開いてセーブをしないかぎりやめられません。
ゲーマーなんてな……総じて意志の弱い生き物ですから、
誰かに「お前ちょっと切り替えろ」と言って戴けるのはありがたい限りです。

……マそれだって、やる時にはやっちゃうわけですけどね。
だって、ゲーマーだもの。


  ■煮込め。いやニ個目。「分断とスキ間と妄想」


オイサンは、ピースに適度な欠けのあるお話が好きです。

というか、物語という物が完全であることはそうそうないでしょう。
『アマガミ』に限らず、SLG的な点を繋いで構成される物語は、
そういう物語の欠落を、やさしく許容し、演出してくれます。
それは同時に、世界の広がり……欠けていることによって、
そこで語られる物語が、その世界の全てではないことを感じさせてくれます。

これは、次でお話しする三つ目、「時間空間の演出」にも繋がる要素ですが
長い物語をエピソードに切り刻んだその時に
ハラハラとこぼれ落ちた物語の断片が、
あの行動マップのどこかに眠っているのか、
それとも失われてしまったのか、
あるいはボツって消えた話なのにチェックミスで消しきれなかったのか(コラ!)……
そんな世界の息吹をしんしんと感じさせてくれる気がするのです。

  ……。

  あのさあ。

  ……思いついちゃった。

  全ヒロイン完全クリアした瞬間、行動マップのHEXが端から全部、 
  パラパラパラパラーって裏返っていって……


     裏マップが開錠されました !  ×


  とかって、「裏面」がイキナリ始まるの。
  裏『ゼルダ』的な。
  ……燃えない?
  ねえ、燃えない?
  時代設定的に、30代オタクを狙い撃ったのなら、そういうのあってもいいよねえ?
  そのとき俺ら、「うわー、マジかーっ!!?」って後ろにひっくり返りながら、
  きっとこれ以上無いくらい、ニコニコしてると思うのよ。
  以上、しょうもない……否、素晴らしい妄想でした。
  閑話休題。


(キリッ)それに反してテキストADVでは、世界を閉じる代わりに、
せめてその範囲で完全なる物語であろうとする傾向が強いのではないか、
と感じています。
いわば、箱庭的物語。
「閉じた世界での完全」を志向し、
一見、ピースが欠けているように見えても、それは後々回収される伏線であったり
謎の一旦であったりする場合が多い。

もちろん、テキストADVにも前後の広がりはあります。
そのお話の始まる前の設定と、終わったあとの未来の話は、感じるのです。
しかしその世界に浸っている時間は、
ぴったりと閉じたゴムチューブで出来た時間の中を
一定の方向に向いて歩いているようで、
竹籠で出来た回廊のように、
その壁の隙間に空いた穴から物語の世界の外を覗き見たり、
時には手を伸ばしてみたり、出来るゆとりがないように感じます。
SLG的物語は、その竹籠です。



  ここで、お話は少し、絢辻さんの物語に及びます。



『アマガミ』が、殊に絢辻さんの物語が凄まじかったのは、
そのADVへのSLG的物語の適用をさらに利用して、
「ヒロインのキャラクター性の再強調」と、
「プレイヤーの、物語世界へのより深い参加の要請」
をやってのけたこと、だと考えています。

こんなページをわざわざお読みの皆さんにはシャカにセブンセンシズですが、
絢辻さんの物語では、その欠落・欠損が著しい。
しかもそれが、絢辻さんというキャラクターの根幹を成す部分で行われています。
目標、家族、手帳。
そのため、あのシナリオには賛否両論ありますが、
オイサンはあの欠損こそが絢辻さんという人物の本質であり、
またそこに飛び込むことを要求してくるゲーム性こそが『アマガミ』の白眉であると、断言します。

言いたくないこと、言うべきではないことは、
決して、絶対に口にしない絢辻詞という人物像を、物語の更に大外から「実装」するという荒業。
そして、それをやった上で尚、主人公=プレイヤーに対して、絢辻さんへの信頼を求めてきます。
そんなヒロインを、果たして、プレイヤーは、あなたは、信じることが出来ますか?
彼女の心に、心から応えることが出来ますか?

……そんな問いかけを、あの物語はしているように思……
いや、してるんです。
これはもう絶対です。
オイサンが決めた、今決めた。
ううん、今年の4月頃から決めてた。
いや、キミに出会ったときから決めていたんだ!!(落ち着け)

……恐らく、外の世界から物語を眺めているだけでは、
その問いかけがされていることに気付くことすら、難しいハズです。
自分と絢辻さんが、物語の上では一対一なのだと強く意識することが必要です。

もちろん、そんなことに気付かなくとも、
正しいと思われる選択を繰り返せば、物語はハッピーエンドを迎えます。
けれどもその要求に気付いた上で
「この人、ウソ言ってんのかホント言ってんのか……
 わかんないんだけど、でも、信じよう、何があっても信じよう!
 好きだから!!」
と、覚悟を決めて臨んだ選択の先には、
計り知れない物語的なカタルシスが待ち受けています。

  しかしとはいえ、制作陣には、
  「三十路の河を渡ってまでこんなゲームにカネ払おうなんて言うモンキィ共には、
   それ読みとるスタンド能力くらい、備わってっだロ」
  という読みの一つや二つ、あったんじゃないですかね。

これは、あなた。
インタラクティブで、パーソナルなテレビゲームという媒体でしか語り得ない物語ですよ。
よくやった、よく思いついて実現したと、感心・感動します。
これもまた、『アマガミ』をギャルゲーの再発明とした理由の一つです。


ただ。


問題があったとすれば、それは主人公……
否、「橘さん」の、強烈な、キャラクターとしてのパーソナリティ。
彼をかようなモンスターに仕立て上げてしまったことで、
従来の恋愛SLGにおけるような、「主人公=プレイヤー」の図式を、
プレイヤーが直感的に獲得出来なくしてしまったことでしょう。

「俺じゃないはずの、劇中の人間が、
 どうしてここまで何も知らされないで話が進んでしまうのか」
という違和感、理不尽がそこにはあり、
ある意味、橘さんという存在は、『アマガミ』のゲーム世界を、
プレイヤーから画面の向こうへと遠ざけています。

オイサンなんかはもう、完全に「主人公=プレイヤー」タイプなので、
その辺スンナリいけました。
ただ逆に「主人公=プレイヤー≠橘さん」ではあるので、
彼が紳士としての最大火力を発揮する場面を
「主人公=橘さん≠プレイヤー」の方々と比べて楽しめているかと言われれば、
そこには疑問符がつきます。

『アマガミ』は……絢辻さんの物語は、
ADVでありながら、竹籠で我々を迎えてくれました。
スキ間を恐れず、プレイヤーに妄想を要求し、
そのスキ間を埋めることで物語が劇的に破壊力を増すことを教えてくれたと、
オイサンは感じています。

……もし。
もしもですよ。
そこまでを見極めて、このシステムを採用したのであれば、
『アマガミ』は本当の意味で、完成品なのだと、オイサンは思います。

  ……いや、まあ、ホレ。
  即死バグは、残ってるけどな。
  完成品?

そして絢辻さんが『アマガミ』システムの申し子であることを、
彼女がパッケージイラストを飾ることの本当の意味を、
改めて認識したいと思います。

スキ間の有り/ナシ。
これもまた、どっちが良いの悪いのではない、好みの問題に過ぎず、
その欠落に物足りなさを感じている御仁も多々おられるように、
世間の評価にはお見受けします。

しかし、そこに編み込まれた絢辻さんというキャラクターと彼女の負った物語によって、
偶然ながらもその意図するところがより明確になったと、
オイサンのような専業妄想家にはこれほど読み甲斐のある物語もないと、
このように申し上げておきます。

昨今のライトノベル的物語……
饒舌に語り、完全たろうとする物語群へのアンチテーゼ……とまではまあ、申しませんケドね。
そんなことやったって、何のメリットも楽しみも、ありませんしね。


  ■三つ目。「時間空間の演出」


「時間空間の演出」、なんて小難しい表題をつけましたけど、
なんてことはありません、オイサンが中二病なだけです。
お話ししたいのは、
「あの行動マップというものが、何をプレイヤーに語りかけているか?」
というお話でして、
「行動マップが単身、語りかけてくる物があり、
 アレをプレイヤーに提示する、見せてしまうことで、
 『アマガミ』の物語が実はこういうものなのだ、ということを主張する事が出来ている」
ということです。


……。


あの行動マップは、「時間と心の地図」です。
どちらが未来でどちらが過去で、という指向性ではない、
平面としての、時間の地図なのです。
二次平面に広がった時間の上に、日々の「ある時間の出来事」が配置された物です。

  過去・未来については……
  恐らくあの地図にはまだZ軸……奥行きが隠されていて、
  「いつからいつまで」という期間は、それによって表現されるはずです。
  金太郎飴みたいな細長い「時間」、それをスパッと切った一断面が
  あの「行動マップ」なのだとイメージして下さい。

  ただ、時間の流れの一断面とはいえ、一瞬ではなく、
  六週間分の「厚み」をもった断面ではありますが。

XとY、それぞれの座標軸は定量的な意味を持ってはいませんが、
緯度と経度のようなもので、
絢辻さん大陸、梨穂子大陸、薫大陸……というように、
それぞれのヒロインとふれあった時間が記された地図なのです。
主人公の心が虚無であった時点を中心に、
それぞれのヒロインに向けて心のベクトルの矢印
(オイサン文系なので「ベクトル」の使い方や理解が間違ってると思いますが、
  気にしない。だって文系だから(ひどい))、
が伸びていくものです。

つまり、時間という平面の上には主人公の持つあらゆる可能性が
日々のエピソードとして「始めから存在して」ちりばめられていて、
それを一つずつ選び、繙いていく様子を描き出すものだということです。

  オイサンはこの企画の最初の方で、この行動マップを開いていく感覚を
  「昔書いた日記を思い出しながら読み返すような感覚」
  と書いたのですが、
  自分でももう少し納得のいく、絵としてイメージのしやすい表現が
  この「時間平面の地図」という言い方です。

では、そのこと……
「行動マップが時間の平面図であり、
 かつそれがプレイヤーに開示されており、
 さらに、その上には始まりから既に、あらゆる可能性が配置されている」
ということが意味するところは何なのでしょうか?


  『アマガミ』の物語は……結果的にパラレルな物ではない
  ということです。


イヤ、全体的に見ればもちろんパラレルです。
事実上、絶対的に。だって、それは、一目でそうですよね。

ですが、その物語を読み終えたときに手元に残る物は、
複数の幸せな時間の流れの束ではなく、
痛みをともなった、たった一つの時間でなければならないということです。
それが「結果的にシリアルである(=パラレルではない)」という言葉の意味するところで、
そしてそれを可能にしたのがあの行動マップ「の存在」である、というお話です。


  どうだ、サッパリ意味が分からないだろう。
  オイサンだって、どう伝えたもんか困ってんだ。
  そんくらいの気持ちで読んでくれるとこっちも気が楽だぞ?


これはまた、あとでお話することになりますが、
『アマガミ』には……あの行動マップの上には、38の大きな物語が存在しています。
それら全てがプレイヤーの物になるかと言われたら……
そうはならない。
たとえ行動マップをフルコンプしたとしても……

  どうでもいいけど、フルコンプと「へらちょんぺ」って似てるよな。
  ホントどうでもいいけど。
  さらにどうでもいいけど、「ディアマンテ」も同じ抑揚なんだよな。

……したとしても、プレイヤーは、自分がかいま見た幾つかの時間のうちから、
自分にとっての唯一の、一本の流れを選ぶことを求められます。

何故なら、あの平面を「時間の断面である」と認識することで、
時間が静止し得ない物であると理解している我々は
その選択を無意識のうちに余儀なくされるからです。
そしてその認識は、あの行動マップが提示されることで初めて
植え付けられるものです。

時間の上に始めから存在していた、自分の現在と未来、
そのどれを拾い集めるのか?
どれとどれを拾い集め、繋げて、
唯一絶対のあなた(=橘さん)の六週間を、
そしてその六週間に端を発する人生の続きをつむぎ上げるのか?
さあ、好きな物を拾い集めて、自分にとって唯一の時間を作り出しなさい。

……そんなメタファのゲームであるように、オイサンには思えました。
そう思うと、あの行動マップというものが
なんとなく凶々しい、神様の用意した運命スゴロクのような物に見えてきませんか。
そしてその神様の、悪趣味なお遊びに落ちる影の結末が、
上崎さんという『アマガミ』のダークサイドとどこか重なる……
というのは、まあ、オイサンの妄想も甚だしいのですが。

そして最後の選択の瞬間、
それまで経験してきたパラレルだと思っていた複数の時間の流れは、
実は、
その唯一絶対の時間の流れを作り出すための、
材料集めのための時間でしかなかったことに気付くでしょう。

なんというか、多分、多分なんですけど。
長い時間あの世界に浸り、沢山の選択肢を目の当たりにしてきた者ほど、
その感覚は濃くなって行くんじゃないか。
そんな気がしています。


……。


えーっと……。


……何の話をしてたんだっけ?



そうか、行動マップがあることによって得られる良いことだったな。
マそんなことだもんで、
アレがあること、開示されることそのもので一つ、
ゲームとしてのテーマが語られるんですよ、というお話ですよ。

……やっぱり小難しく……否、大難しくなったな。
お客様の中に、お医者様はおられませんか?
中二病が治せるヤツ。
おお、おられますか。失礼ですがお名前は?
……北方謙三
お引き取り下さい。


  ■ラスト、四つ目! 「シナリオ並走の許容」


シナリオ並走出来るって、いいよね!!

大概のテキスト系恋愛ADVには、ルートというものがあります。
あるヒロインとのルートに入ると、基本的には他のヒロインとの物語(=ルート)は進展せず、
そのルートのヒロインとハッピーエンドを迎えるか、そうでないか、
という展開に収束していくように、多くのADVは出来ています。
……いるみたいです。ワリと。

冒頭で書いた通り『アマガミ』はそのゲームの属性をADVとしながらも、
物語を断片化させているためこの限りではありません。
複数のヒロインのシナリオを同時に追うことが出来る……というか、
それをやらないと見られないエンディングやイベントがわんさと盛り込まれているのは
周知の通り。
SLG的に構築されているものだから、ごく当たり前のことのように見えていましたが、
これはADVとしてはちょっと特殊なことだったんですね。

  ……もしかすると、この「ルート」というものが、
  その物語のありようをSLG的であるか、ADV的であるか、隔てている物なのかも知れず、
  もしそうなら『アマガミ』も立派にSLGだということになりますが……
  マそこはそれ、今回はオイサンの「ゲーム性による分類」にお付き合い下さい。

そして複数の物語を追うことを許容することによって、
オイサンがこれまでのプレイレポートで書き殴ってきたように、
偶発的な……時にはそれを狙って組み込まれたとしか思えない、
ヒロイン間での物語の交差、感情の交換が行われます。

……と、それは脚本の上で明示的に意図的に行われるわけではなく、
「プレイヤー見えにそうとしか見えない」風に妄想をかきたててくれる、
ということが起こるというだけですが。

もちろん、それによって物語の完結度が下がっている場面も、多々見受けられます。
似たような局面が違うヒロインのシナリオで併発してナンジャコレ、みたいな気持になることもあり、
その功罪は混交です。
その祖語や矛盾は、トータルとしてもちろん除かれて完成度は上げられるべきですが、
一先ず今回のチャレンジとしては、オイサンはこの作りはすごく好きです。

二つ目で挙げた、「スキ間と妄想」によって、
埋められ、よりドライブのかかる物語であれという物語思想と、
複数の物語を追うことで生じるドラマの交差、
そしてそれによって編み込まれるヒロイン間の感情や、
新たに垣間見える(ていうかプレイヤーが勝手に見る)ヒロインの一面、
ジェネレートされる「自分だけのドラマ」。

それらが絡み合って38の大きな流れの中にさらに生まれる無数の組み合わせ、
そこからプレイヤーにとって唯一の物語を組み立てさせるという……
これは、巨大な物語のジェネレーターです。

さらに言うと、第一回で書きました、『アマガミ』の難易度について。
『アマガミ』というゲームの「難易度」は、
複数ヒロインを追うことで上昇する、ということを、オイサン書きました。

  追いたいヒロインのイベントを逃したり、
  思いもよらぬ強制イベントがはさまって時間のやりくりに狂いが生じたり、
  まさかのところで爆弾処理を忘れたり。

自分だけのドラマを追えば追う程……
つまり、上級者向けのプレイを追及するほど難易度が上がる……
これは、ゲームとしては至極当然の現象ですが、
恋愛ADVにおいてはなかなか実装されることではありませんでした。
意図か無意識か……知りませんが。

……まあ、並走する本数を多くすればするほど、
ヒロイン一人一人の物語はどうしても薄まってしまいますから、
ちょっとその辺は残念なんですけどね。
これについてはちょっとオイサンもアイデアがあるので、またあとでご披露したいと思います。



……。



……とまあ、ここまで、4つ。
物語とシステムの相関、それによって生まれる相乗的な面白味。
色々としち面倒くさいことを書きたててきましたが、
マ半分以上はあと付け、偶然じゃないかとは……思うんです?

思うんですけど、これだけの偶然が重なるということは、
それはやはり何かの資質に恵まれたものであるからこそ、
偶然が起きる要素を盛り込み、知恵を尽くしたからこそ起きた偶然である、とも思えます。
何もしなければ、偶然も起こりはしません。
物を作るということに関してはなおさらです。

『風来のシレン』の中に「絶対に人が入ってる!!」と言われるように。
『アマガミ』は、愛されている。
ゲームの、物語の神に、愛されている。
オイサンには、そんな風に思えてなりません。



■Closing



と、いうところでですね。
あの、長くなってしまったので、続きます。
ゴメンナサイ。

「物語・システムを、もっとこうして欲しいよ!」という部分のお話についてはまた次回。
そんなに間は空きません!
Pre Storyも挟みません!
……多分。
短いの、っつうか、予告編くらいは挟むかも。
……段々やることがコソクになってくるな。
よし、やめよう。
挟みません。本当に。

サクッと次回をやって、キチンとPre Storyに臨みたいと思いますので、
引き続き、チェックのほど、よろしくお願いしたい所存でございます。

……挟んだ方がいいですか?
その方がいいという方がおられたら、そのように致しますが。
ひとまずは本編に集中する方向で参りたいと思います。

  ここは意志の弱い三十路が一人で右往左往するBlog、
  「ゆび先はもう一つの心臓」。
  一人相撲の大横綱を目指して綱取り挑戦中です。

それでは皆さん、朝夕めっきり冷え込むようになってまいりましたが。
冬です。
11月です。
始まるよ。
本当の、『アマガミ』の季節が始まるよ。
お体に気をつけ、万全の体制で今年の冬を迎え撃とうではありませんか。

以上、冬も寒いのも大好きなオイサンでした!
ダイエット続行中、現在開始から38kg減、89kg!
健康!!

……さーって、『罪と罰』やーろうっと♪
  (↑『アマガミ』やれや!
     ↑ やるよ! ちょっとだけだよ!
        ↑ つか続き書けや!
           ↑ うッ……)








  ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 


    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3

    16 第六部 PRE STORY その1 (SS)
    17 第六部 感想編 その1
    18 第六部 PRE STORY その2 (SS)
    19 第六部 感想編 その2-1

  ◆『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク



 

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コメント

■ともぞうさん
えーと……いつもコメントを下さっているtomozouさんと同じ方……でしょうか?
違ってたらごめんなさい。
楽しんで戴けているようで、幸いにも程がある。

> 僕がどこか感じていたのに言語化できないものをこうも理路整然と明示していただいて、正直よだれが出そうです。

り、理路整然……。そんなこと、私初めて言われたわ……。好きになっても、いいの……?


> 「分断とスキ間と妄想」なんですが。
> この項がまさしく僕の感じていたわけわかんないのに面白いなあ、を説明してくれていました。
> 説明しないことを想像力で補い、これをキャラクター性の域まで引き上げる。少しずれますが、伊集院光氏がラジオで、映像が無いテレビがラジオではなく、ラジオでしか伝えられない面白さがあるから僕はラジオが好きなんだ(後略)

伊集院のこの話、オイサンもどこかで読んだような憶えがあります。
それを上手く成立させるには受け手に一定の下地が必要で、
広く分かってもらうために語り手はそれを上手く植えつけたり、言葉でサポートすることが必要だとか、
そんな話もあったような。絢辻さんの話ではその辺がかなり突き放し気味だったので、
感じ取れた人(というか、気づいて好意的に解釈出来た人)とそうでない人のギャップが激しかったのでしょうね。
どのくらいの人間がヤラれたのか……イロイロお話をきいてみたいところです。

伊集院と言えば、言葉選びによる情緒の与え方に関する話で、
「『湿った肛門』と『濡れそぼった菊門』の、どっちが入れたくなるかって話ですよ」
と論じているのをWeb記事で読んで、感心するやら若干引くやら。


> HEXパラパラ…
>
> 目に浮かぶようです。落ち葉のように、また神経衰弱、あるいは百人一首のようにぱたぱたぱたと裏返る升メ。裏マップが開錠されました!→行動マップ右下のキャラクターアイコン(絢辻詞)がにやり…。ああ、魂でちゃう。

今週の『アマガミラジオ』を聴いていて更に思ったのですが、HEXパラパラで、
「サブキャラマップが解錠されました!!」
ときて、香苗さん、田中さん、ひびきちゃん先輩、るっこ先輩・飛羽先輩、麻耶ちゃん先生のアイコンが、
メイン六人のアイコンを右からどーん! ……っていう。嗚呼見たい。


> BGMいいですよねー、キーンコーンカーンコーンから始まるさあ休み時間だ!という雰囲気にしびれます。個人的にあれは、六人全員のテーマ曲を混ぜたような印象です。

岩垂先生の曲はそういう仕掛けがあっていいですよね。
同じ理由で、『TLSS』の下校会話のBGMもオイサンは大好きです。
これもまた、キンコンカンコンキンコンカンコンで始まります。
キンコンカンコンケンコー( ← 分かるかな?)


> この項だけでこの量なのでもうほんとすいません。

とんでもないです。
このバカみたいに長いばっかりの文章を全部読んで戴いた上にコメントまで戴けて、毎度感激してます。
想うこと、時には反論なんかも、全部書いていって下さい。
長くても全然問題ないので!
オイサンとこなんかは時期的には後発だと思うので、
他で面白いことを書いてるサイトなんかがあったら教えてもらえるとありがたいです。

またお待ちしています。

■JKPさん
毎度おおきにです。
今日はカンパチが安いよっ!

> これはホント、恋愛ものには必要不可欠だと思います。今はADVなりRPGなり、映画を見ているような感覚で、自分がその世界の一部になりにくいのですよね。(AIRは泣きましたけど)

『アマガミ』は人生。

> オイサンのおっしゃる「分断とスキ間と妄想」、本当に絶妙なバランスだったと、僭越ながら私も感じています。

なかなか難しい話だと思いますけどね。
受け取り方が人それぞれに違うものですから、商品としては容れ難いものなのかもしれません。

> これを拝見して、何となく「大きな盆栽」が頭に浮かんだり。
> 初めはただの「株」だったものが、女の子という栄養分を得て、思い思いの方向に成長を遂げていく。
> ただ、自分の中での最も美しい姿を実現するために、他の枝葉を活かしながら、それでも切り落としていく。

ああなるほど、とても近い気がします。
オイサン的にはもっと単純に、
「パラレルだから、やればやるほどたくさんのものがあとに残ると思って進めていくのだけれど、
 ある時点で意識が変わり、
 最後には、それまでの経験をもとにゼロから作り上げた一つのものしか手元に残らない」
ということしか考えていませんでした。
そういう意味では、一度落としてしまった枝が二度と戻らず、
また作業の始まりが前回の時間の続きになる盆栽では少々意味合いが異なるかも知れません。

今書いていて思ったのです、「絵」が近いのかも、と。
同じモチーフ、一枚の下書きを元に一枚の絵を仕上げるとして、
複製画のように、何枚も何枚も同じ下絵に線と色をつけて行くのだけれど、
それを繰り返すうちに絵の部分部分ごとに最適な表現の解決の仕方が見つかっていって、
最後に、それら全ての表現を統合した一枚をゼロから仕上げる、という感じです。
ポイントは、何度か繰り返す作業の、はじまりは毎回真新しいふりだしに戻る
(自分は経験を蓄積するけど、出来あがるものの時間は前回の続きからにはならない)ということでしょうか。
……やっぱり上手くないな。むーん。


> ……イメージ、合ってます?
> なんか最近読解力に自信がなくなってきました orz

いや、こちらこそ申し訳ない。伊集院にはなれそうもありませんw
上での書きっぷりの通り、オイサンとしてもあまり明確な言葉を与え切れていないのです。
あそこはどうにもイメージしがたいと思います。

投稿: ikas2nd | 2009年11月 4日 (水) 22時55分

毎度御見事な御考察、感服仕りまする。

>「プレイヤーの、物語世界へのより深い参加の要請」

これはホント、恋愛ものには必要不可欠だと思います。今はADVなりRPGなり、映画を見ているような感覚で、自分がその世界の一部になりにくいのですよね。(AIRは泣きましたけど)
オイサンのおっしゃる「分断とスキ間と妄想」、本当に絶妙なバランスだったと、僭越ながら私も感じています。


>そして最後の選択の瞬間、
>それまで経験してきたパラレルだと思っていた複数の時間の流れは、
>実は、
>その唯一絶対の時間の流れを作り出すための、
>材料集めのための時間でしかなかったことに気付くでしょう。

これを拝見して、何となく「大きな盆栽」が頭に浮かんだり。
初めはただの「株」だったものが、女の子という栄養分を得て、思い思いの方向に成長を遂げていく。
ただ、自分の中での最も美しい姿を実現するために、他の枝葉を活かしながら、それでも切り落としていく。

……イメージ、合ってます?
なんか最近読解力に自信がなくなってきました orz


これからも楽しみにしております。
Pre Storyは、個人的にはご随意に、といった感じで。
ありのままを楽しませて頂きたいと思っております。
長文、失礼いたしました。

投稿: JKP | 2009年11月 2日 (月) 02時00分

考察、いつも楽しく拝見させていただいています。
僕がどこか感じていたのに言語化できないものをこうも理路整然と明示していただいて、正直よだれが出そうです。
すべてに対して合いの手を入れたいところですが…とても出来そうに無いので特に思い入れのある部分で。

「分断とスキ間と妄想」なんですが。
この項がまさしく僕の感じていたわけわかんないのに面白いなあ、を説明してくれていました。
説明しないことを想像力で補い、これをキャラクター性の域まで引き上げる。少しずれますが、伊集院光氏がラジオで、映像が無いテレビがラジオではなく、ラジオでしか伝えられない面白さがあるから僕はラジオが好きなんだ、という旨の発言をしていましたがこれも想像力の働く部分を残すことが、すなわち繋がった際のカタルシス高めてくれる(具体的には同じものを頭に思い浮かべることが出来たときの一体感でしょうか?)という手法を言っているのだと思います。確かにアマガミライターがそれを狙ったのかは判然としません。が、随所に見える高い水準の言い回し、そして物語がリアリティを求めるのなら、しなくていい話をキャラクターがするのか?という(更に瑣末ですが、この辺は推理小説なんかの地の文では真実を語るというルールを人が求めてしまう、という感情に何故か近しいものを感じます、超主観!)ところからみると、やはりこれは意図的な欠落なのだろうなあ…と思うしだいです。そいつあ鼻血もでますね。ご褒美です、という次第でして。私感で恥ずかしいですが…。ここに一つの回答を見いだすことができました。うめえw

HEXパラパラ…

目に浮かぶようです。落ち葉のように、また神経衰弱、あるいは百人一首のようにぱたぱたぱたと裏返る升メ。裏マップが開錠されました!→行動マップ右下のキャラクターアイコン(絢辻詞)がにやり…。ああ、魂でちゃう。
BGMいいですよねー、キーンコーンカーンコーンから始まるさあ休み時間だ!という雰囲気にしびれます。個人的にあれは、六人全員のテーマ曲を混ぜたような印象です。

この項だけでこの量なのでもうほんとすいません。
妄言垂れ流しましたが、素晴らしい考察でした。
謝。


投稿: ともぞう | 2009年11月 2日 (月) 00時36分

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