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2009年10月23日 (金)

■たとえ今日が、明日に繋がらないとしても。 -更新第335回-

「毎月22日は『にぃにの日』!!」

……なんていうネタをやろうと思っていたのに、
イカンイカン……寝てしまった。
オイサンです。

やっぱ睡眠時間が3時間 → 4時間半のコンボではもうキツイな。
仕方ないから明日

「毎月24日は『にししの日』!!」

ってネタをやってごまかそう……って、
それを今書いちゃってどうするんだ。



■なのに僕は振り返る。



 ◆オタクの履歴書α
  http://resume.otakuma.net/
 ◆オタク歴を履歴書化して公開できる「おたくの履歴書」[BB Watch]
  http://bb.watch.impress.co.jp/docs/news/20091021_323197.html


オタクの履歴書……ねえ。
書こうと思えば、もう色々と際限なく書けてしまうのでしょうけど。

企画の狙いとしては、
「趣味・経歴リスト」的な客観的な個人データ集めと、
「どういう思いでそういうことをやってきたのか」という
主観的なプロフィール集めを同時にやって、
似たような趣味・嗜好と、思想・境遇の者同士を引き合わせるという、
SNS的な空間の構築なのだろうけど。

オイサンのオタクの始まりはどこになるのか……。
小学校2年の時からマンガを描き始めたことなのか、
それともそれ以前、幼稚園の頃に出会ってしまった『Dr.スランプ』が萌芽だったのか。
一番古い、強烈なマンガの記憶が『Dr.スランプ』なので、多分そこだろう。

作業としては、コマゴマとした、折々にハマッて来た深みを書き出すのとともに、
横面ぶん殴られて、今まで向いていた方角と全然ちがう方を向かされた、
そんなパンチ力のある作品やカルチャーとの出会い……
つまりオタクとしては、
「愉しかった出来事」と「自分のしてきた衝撃的な出会い」とを
思い出していくことになるのだろう。

そういう、自分のルーツとその時々の経由地を思いださせてくれたり、
考えたりする機会としては、この試みはすごく意味があるような気がする。

  黒歴史の羅列にもなりそうで怖いな。
  自己PRするためのものだから、都合の悪いのは書かなくてもいいかw

面白おかしく書くよりは、じっくり真摯に向き合って書きたいと個人的には思う。
自分の触れてきた作品の系譜みたいなものになっていくのだろう。
オタクとは関係のない、カルチャーの系譜にもなってしまいそうだけど。
人生の節目節目に、自分は何と……どんなカルチャーとともにあったのか。
大体、憶えてはいるけれど。

オイサンにとってオタク的な産物・作品群というのは、
最初は、
「それを使って愉しく遊べればよい、おもちゃのようなもの」
であったはずなんだけど、どこかのタイミングで
「それ以上の役割、人生を支えてくれる機能を果たしてくれる意味のあるもの」
でないと満足いかなくなったような気はするな。





……。





デ、早速ちょっと、ざらっと細かい年表はパスして、
大まかな時代別にトピックとなるようなものだけ書き出してみたのだけれど。





■幼稚園
  Dr.スランプ[アニメ・コミック]
   ★「笑い」への目覚め

■小学時代
  フクちゃん[創作]
   ★キャラクターの一人を使った二次マンガを描き始める。
     創作的行為のはじまり。
  ファミコン
   ドラクエ・ドラクエⅡ[ゲーム]
    ★ファンタジーRPG世界・物語としてのゲームへの目覚め
   ゼビウス・スターソルジャー[ゲーム]
    ★STGへの目覚め
  ミンキーモモ[アニメ・コミック]
   ★魔女っ子好きの目覚め(目覚めんな)
  ゲームブック(プレイ・制作)[ゲーム・創作]
  チョロQ[おもちゃ]
  ゾイド[おもちゃ]
  シール集め「魔空の迷宮」[おもちゃ]
  みんなのうた[音楽・創作]

■中学時代
  マンガをやめ、小説を書き始める[創作]
  ボードゲーム?のようなRPG作り[ゲーム・創作]
  ロードス島戦記(OVA)[アニメ・コミック]
  ウインダリア[アニメ・コミック]
  ザ・ブルーハーツ[音楽]
  山本正之[音楽]
  安永航一郎作品[アニメ・コミック]
  河合克敏作品・帯ギュ[アニメ・コミック]
  みず谷なおき作品[アニメ・コミック]

■高校時代
  ラジオドラマ・ドラマCDとの出会い
  ラジオ投稿[創作・その他](はいぱぁないと・ラジメニア)
   ★ことば・詞の世界との出会い
  無責任艦長タイラー[アニメ・コミック]
   ・笠原弘子
  ソード・ワールドRPG(テーブルトーク)[ゲーム・創作]
   ・RPGリプレイ・富士見ドラゴン系[ゲーム・創作]
  ドラクエV[ゲーム]
  F-ZERO[ゲーム]
  コミックコンプ
   ヤンキー[アニメ・コミック]
   宇宙英雄物語[アニメ・コミック]

■大学時代
  演劇[創作]
  ゲーム批評[文芸・ゲーム]
   ・飯野賢治[ゲーム]
    ★ゲームクリエイターという作家たちの思想性への目覚め。
     ゲームを「読み解く」という行為の始まり。
  エヴァ[アニメ・コミック]
  PlayStationとの出会い
   ・ときめきメモリアル[ゲーム]
   ・女神異聞録ペルソナ[ゲーム]
  ToHeart(PC版)[ゲーム]
  ロマンシング サ・ガ2[ゲーム]
  ラジオ・アニラジ[創作]
   流星野郎のゲーム業界裏情報
  ゆうきまさみ作品(パトレイバー・じゃじゃ馬グルーミンUp)[アニメ・コミック]
  成田美名子作品[アニメ・コミック]

■社会人~現在
  畑 亜貴[音楽・創作]
  鈴木清剛[文芸]
  大久秀憲[文芸]
  南木佳士[文芸]
  俺の屍を越えてゆけ[ゲーム]
  フリクリ[アニメ・コミック]
  THE PILLOWS[音楽]
  つじあやの[音楽]
  スーパーマリオ64[ゲーム]
  ゼルダの伝説 時のオカリナ[ゲーム]
  水曜どうでしょう[テレビ]
  北へ。DiamondDust[ゲーム]
   ★北海道旅行・カメラ・写真への目覚め
    カメラ・写真[創作・その他]
  撲殺天使ドクロちゃん[文芸・アニメ・コミック]
  FRAGMENTS BLUE[ゲーム]
  ひだまりスケッチ[アニメ・コミック]
  アマガミ[ゲーム]





……言ってしまえば、オイサンの人生なんてこれでほとんど全部だ。
もちろん意図的に書いてないことも、書き漏らしもあるだろうけど、
それを書き加えたところで細かい項目が増えるくらいのもので、
大体の「人生の傾向」としてはこんな感じに終わる。

薄っぺらさがにじみ出ててイヤになるな。
何が自分の根幹にあるのか正直わからない。
誰かが作ったものの上澄みだけを掬い上げて、その奥はロクに勉強もせずに、
そこから読み取った自分の感覚だけで強さも深みも無い弁説を振り回してきたのだろう。
周りにも、自分に対しても。
今も。
自分に都合の良い、気持ちの良いものにばかり寄りかかって生きてきたのが良くわかる。
……気がする。
一切、自分に立ち向かった痕跡が見当たらない。
なんてことをしてくれるんだ、「オタクの履歴書」。
みんな、こんなものに手を出しちゃダメだ。
危険が危ない。
薄いニートやオタクを、真人間に矯正するための炙り出しツールじゃないかこれは。
覚悟の足らないヤツは死に至るぞ。

むしろ……「こんなんで、よく生きてるな、俺は」とさえ思う。
「恥ずかし気も無くよく生きてるな」とか、そういう気持ちの上の意味ではなくて、
「こんな何もない人間でも、自力でお金を稼いで食いつないでいられるものなんだ。
 日本って国はつくづく『やさしい』な」
という意味で。

自虐や卑下のつもりでなく、かなり本気でそう思う。
客観性は見失ってるかもしれないけど。
何も出来ないハズの人間でもなんとか使い物として社会に組み込み、
養おうとしてくれるシステムが、一応これまでは機能してきたんだなあ。
すげえが危ねえ。

なんか、自分の人生がどんな終わり方するかまで、
ぼんやりと予測がついてしまうようで……こわいな、これ。
ゆとり世代でもないくせに、オイサンはつくづく、自発的にゆとりだ。




……。





まあ…………。





腹が減ってるせいだな。
ゴハン食べて、よく寝よう。
明日も元気にはやおき。



オイサンでした。





PS.
 こ、こ、こらーっ!
 「アマガミ クソ女」で検索を試してみる人が急増中!!
 真似しちゃいけません!
 昔のことは忘れなさい、いいですね!



  

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コメント

>我々の心を揺るがす数々の言葉を言わしめた創作家たちの根元にあった物が一体何であるかを
>つきとめ、そのものに触れ、ときにはそこに自分の解釈を加えたりしつつ、より現実に近いものと>して、自らが現実を生きるための手段とするようなことをしてこなかった、ということなのです。


うーむ。
意外と、自然にやられているんじゃないですか?
作品に感銘を受けたからといって、それをトレースする必要もなし。
自分の感じ取ったものを意識の真ん中に置いて、等身大の生活に投影することが重要なんじゃないですかね?
創作者と全く同じ景色を見るなんて出来ないんですから。

私がオイサンの「自分とそれ以外」という表現に魅せられたように。
自分には見えていなくても、他人には宝石の輝きに映る。
そんなものが実はたくさんあって。
でも、


>薄っぺらさがにじみ出ててイヤになるな。


もし本当に薄っぺらかったのだとしても、それに気づいて未来を変えられれば、それは薄っぺらい経験ではなくなる。その人の強力なバックボーンとなる。

人生80年
たかだか三十路をいく我ら。
亀さんも幸せになったことですし。
これからですよ、これから。

投稿: JKP! | 2009年10月26日 (月) 00時52分

■JKPさん

> 私はオイサンの履歴をかなりの確率で、1テンポ遅れて追いかけてる感じですねぇ。
> 類友、万歳。

ま じ で 。
気をつけなされい、三十路の川を渡ってしばらく行くと
道はだんだん険しくなっていきますぞ。
黄泉比良の坂を越えるまでは、決して振り返ってはなりませんよ。

> ただ、大切なのはどんな物を追ってきたかではなく、その中で何を感じてきたか、だと思うのですよね。
(中略)
> そういった創作物や、例えオタク文化でも、深く読み込めば感性は厚みを増していくと思うのですが、こういった考えはどうにも市民権を得られません。
> 実用書を上っ面だけさらうよりも、こういった創作物の持つパワーの読み取り方を繰り返し伝えた方が、よほど子供の情操教育に役立つと思うのですが……


情操教育や感性の厚みの獲得という意味では、オイサンもマンガ等のチカラはバカに出来ないと思います。
歴史上の人物の生き様だって、これだけ社会状況が違えばファンタジーみたいなもんですしね。
それが少年ジャンプだって聖書だって、そこに大した差異はないものだと思います。
らんぼうな言い方ですが。
聖書を読んでも寝てばかりのいえっさよりは、『ONE PIECE』を読んでお友達を助けて上げる人の方がいいに決まってる。

ただ、何と言えばいいのか……オイサンが求めたかったものは、
アバン先生ならアバン先生、鴨川会長なら鴨川会長に、
我々の心を揺るがす数々の言葉を言わしめた創作家たちの根元にあった物が一体何であるかをつきとめ、
そのものに触れ、ときにはそこに自分の解釈を加えたりしつつ、
より現実に近いものとして、自らが現実を生きるための手段とするようなことをしてこなかった、
ということなのです。
それが「誰かが作ったものの上澄みだけを掬い上げて~」の言わんとするところでした。

もちろん、キャラクターの言葉に感銘を受けて、少しでもそれに近くあろうと心に留めることは
それは素晴らしいことだと思いますし、事実自分も、そういう行為に心の大半を預けてここまできました。
ただやはり、そのキャラクターどまりのバックボーンの脆さこそが、
自分がその創作家たちにどうあがいてもかなわない弱さを作っているような気がしてならなかったのです。
感じることは出来ても、動くことが出来てないから薄いんだと。

そういう意味では、今回多少自分を変えることの出来た『アマガミ』や、
実際にオイサンを北海道になんども連れ出した『北へ。』には、
本当の意味で感動出来たのだと思っていますが。

……まあそれもまた、一歩踏み出す気概がない自分への言い訳に過ぎないのかもしれませんが。
へっへっへ、しちメンドクセエ話でどうもすいやせんね。


投稿: ikas2nd | 2009年10月25日 (日) 23時18分

オタクの履歴書、怖くて試せないヘタレが通りますよ。
私はオイサンの履歴をかなりの確率で、1テンポ遅れて追いかけてる感じですねぇ。
類友、万歳。


>むしろ……「こんなんで、よく生きてるな、俺は」とさえ思う。

むぅ。
大して代り映えのしない履歴を持つ私も、職場では”先生”などと呼ばれてしまってますからね。
恐ろしい世の中です。

ただ、大切なのはどんな物を追ってきたかではなく、その中で何を感じてきたか、だと思うのですよね。
例えば今、生徒たちに絶大な人気を誇る「ONE PIECE」。
漫画ではありますが、かなり良いこと書いてあるんですよ。
「毎日を命張って生きているから、あいつらは本当に楽しそうに笑うんだ」とかね。
でも生徒たちは、「ウソップ(上のセリフを言ったキャラクター)かっこいい!」とは言っても、自分と重ね合わせたりはしない。
アバン先生や、鴨川会長のセリフを読んでも、あくまで「フィクションの中のかっこいいセリフ」であって、彼らの現実には生きてこないんですよね。

本やその他の様々な媒体は、本来我々に疑似体験をさせてくれるものであって、つまり登場人物たちは我々の分身体ともいうべきものであったはずです。
そういった創作物や、例えオタク文化でも、深く読み込めば感性は厚みを増していくと思うのですが、こういった考えはどうにも市民権を得られません。
実用書を上っ面だけさらうよりも、こういった創作物の持つパワーの読み取り方を繰り返し伝えた方が、よほど子供の情操教育に役立つと思うのですが……

オタクが自己正当化してるだけ?

投稿: JKP | 2009年10月24日 (土) 01時48分

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