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2009年10月11日 (日)

■夢の難破船 -更新第327回-

今日は何だか気分が良くて、
夕飯の洗い物をしながらついつい歌を口ずさんだりしてしまった
オイサンなのですが。

いつもルラルラやってしまう谷山浩子の『うさぎ』に始まり、
なんとなく2曲目に、『キャプテン・フューチャー』の「夢の舟乗り」を歌ったとき。

■『キャプテン・フューチャー』OP 夢の舟乗り



  ♪子供の頃は 空を飛べたよ
   草に寝ころび 心の翼広げ
   どこへだって ゆけた僕だった……♪

いつもなら、このへんで何となくシンミリしてしまって、

  「オイサンも、いつの間にやらオイサンになってしまった(ややこしい)なあ……。
   夢を忘れたワケじゃないけれど、追いかけるだけの勇気が再び出るのは
   いつのことやら……」

とか、我が身の不甲斐なさばかりを儚んでオシマイなのですが……
今日はふっと、

  「もしかしたら、今の時代の子供らは……
   そんな風に将来思い出して懐かしむことの出来る夢すら、
   持てていないんじゃないのか?」

と思ってしまいました。

  マ「今の子供」が、どこからどこまでなのかとかは
  あんま深く考えてませんが。

オイサンは子供の頃、
特段、何かになりたい、どこかへ行きたいと思ったこともありませんが、
突拍子もない何かになったり、どこかへ行ったり、
なんとなく出来てしまうんだろう、
いつかそういう、自分としての時期・世界としての時代が来るのだろうと、
無邪気に信じて生きていられる時代がありました。

けれどもどうやら今のお子らは、
何になったところで、どこへ行ったところで、
その可能性の先にも何か不都合なものが必ず通せんぼをしていて、
夢のような世界、希望と可能性に溢れた世界になど繋がっていないと、
思っているのではないだろうかと。

  マ実際の現実というヤツは後者の捉え方で大体はあっているのですが、
  しかし「そういうものだ・そこで終わりなのだ」と悟りきって生きるのと、
  「そのまだ先に、実は待つものがあるのだ」と、
  それが事実であれ結果として事実でないのであれ、思って生きるのとでは、
  世界というものは、その面差しを大きく変えるものだと、オイサンは思うのです。

  そして往々にして、世界には「待つものがある」のだと、オイサンは思います。
  少なくとも、これまでの時代はそうだったに違いないと。
  そして多分、これまで「その先に待つもの」を切り拓いてきた先人たちもやっぱり、
  「これまでの時代は、まだ待つものがあった時代だった、
   俺たちの時代はもう、開拓し尽くされて何も残っていないかも知れない、
   でもなんか、ある気がするからやるんだよ」
  と、ホントのホントのパイオニア達は思っていたのではないかと、思えます。


……。


今の世の中、コンテンツが長持ちしない、コンテンツに力がない、と言われます。
シロートのオイサンの目から見ても、確かに
「なんか違うな、なんか足りないな」
と思ってしまう物が多いのも事実です。

でもそれはもしかすると……コンテンツがおかしい、コンテンツに力がないのではなく……
受け取る側に、コンテンツの向こう側が広がる、コンテンツと地続きの現実を信じるだけの力がない、
もっと言ってしまえば、
それを信じさせられるだけの強さが、実は現実の方にないんじゃないのか?
……と思ってしまいました。

「コンテンツ……創作物であるハズの、アニメや漫画、映画・音楽・文芸、
 所詮はつくりもののそれらの向こうには、
 実はそれと地続きで現実が存在しているんだ!」

と思わせられるくらい、夢や希望に溢れた現実がない、見えない。
夢と繋がるだけの力が現実にないんじゃないのかと……
逆説的ですが、思ってしまったのです。

だからコンテンツにすら夢を見いだせず、
それらも所詮は、都合がいいばかりの一時のお慰みとしか思えないから、
ヒョイっと見て、ポイっと捨てて、
「あーあーガッコ行ってメシ食って、バイトして小金稼いで屁ぇこいて寝るか」
としか思えないんじゃないのかと。


テレビと言う、コンテンツの窓。


オイサンなんかはブラウン管のその先は、
どこまでも行ける無限の超高速道路だと、
夢と、希望と、愛と勇気の未来に繋がっているものだと、
今思えば、感じていた節があります。

けれども今彼らが見ているのは、その瞬間瞬間こそは超高速であれ、
1クール2クール終われば行き止まる、現実の袋小路の一端にしか……
最後までいったらクルリと振り返り、
息苦しい世界へトボトボ歩いて帰ってくるしかないものとしか見えていないんじゃないか?
……そんな風に思えてしまいました。

オイサンら大人が、そんな世の中を作ってしまったんだろうか。
だろうかな。
な。

かつて少年だったオイサンらに夢を見せてくれた先人たちに、
なんて申し訳ない、情けない、己のことのみならず不甲斐ないことをしているんだろうと……
ちょっといつもと違う凹み方をしてしまった次第です。

キャプテンフューチャーの言うように。
誰かを愛した時、思い出す翼。
振り返った時に思い出し、それを求めるために生きていける、夢のような日々。
それがない世の中であり、人生。

……今を生きる彼らは勿論、
そんなモノが無くても地面の上を強く歩いていけるだけの、
新しい肉体と心のあり方とを、彼らなりのやり方で獲得しているのかも知れません。
オイサンの今考えてることなんてジャイアントなお世話で、
なんなら
「お前らがそんなんだから俺らが大変なんだろ!」
……ぐらいに、叱られてしまうのかもしれませんけども。

それは人間らしさを、否、なんというかもう少し狭くてバカらしい……
「男らしさ」のようなものを失うことなんじゃないかなんて、
思ってしまったのでした。
マこの場合、男らしさ≒女々しさみたいなものですけど。

でもまあ……仕方のないことなのかもしれません……ね。



と、ここでこういう〆メ方しかできないオイサンが、一番ダメなのか。
ごめんよ。
ごめんよ。


苦情は、プロフィールページのメールアドレスか、コメントからどうぞ。
オイサンでした。





◆おまけ 谷山浩子 うさぎ [YouTube]
  http://www.youtube.com/watch?v=XQ1lANJHqhM
   オマケだなんておこがましい。名曲です。


 

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コメント

■JKPさん

>……オタクじゃ、無理かなぁ???

オタクだから、ってことも、オタクだからこそ、ってのも、
ないでしょうね。
イキイキするには、ある意味人生を賭けるくらいのパワーが必要になりますし。
覚悟の問題なんでしょうね。
キツイっすわ。
 

投稿: ikas2nd | 2009年10月15日 (木) 15時41分

>「もしかしたら、今の時代の子供らは……
>そんな風に将来思い出して懐かしむことの出来る夢すら、
>持てていないんじゃないのか?」


ある生徒に将来どうするかを聞いたら、「ニートになる」なんて答えが返ってくる世の中ですからねぇ。
前にお話ししたかもしれませんが、大人が生き生きとしないと、子供も夢なんて持てませんよね。
人が変わるには、人との出会いしかない。
良い意味で子供を変えられる、カッコいい大人になりたいものです。

……オタクじゃ、無理かなぁ???

投稿: JKP | 2009年10月12日 (月) 00時47分

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