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2009年10月 8日 (木)

■ハッピー・バースデーがきこえる<前編> ~手帳の中のダイヤモンド・番外編 -更新第324回-

後編その1 / 後編その2 / 絢辻さんSS目次



輝日東の秋は深まるのが早くて、もう夜空があんなに高い。
薄い氷が張ったみたいに澄んだ空気は、
星の光を春や夏の何倍も、大きく鋭く見せていた。

河原の道は空を遮るものも少ないから、町中から見るのとはけた違いに広く大きく、
虫の声は、星が光るその音そのもので、天の川のほとりを歩いているみたいだった。

そんな中。

前を行く絢辻さんは口数も少なくて--
まるで、さっきまで賑わいの中心にいたのが夢のようだ。
いや。
さっきまでそんな中にいたから、今が、
いつもに戻った今が、やけにさびしく見える……
ただ、それだけなのかもしれない。
僕はまた、余計なことをしちゃったのかな。

絢辻さんは怒ってる……わけじゃないんだ。
それは分かる。
悩んでる……のとも、違う。
考えている。
絢辻さんは考えているんだ。
今、自分の中で起こっていることについて、深く、厳しく、答えを探している。
多分、そういうことなんだ。

「ねえ」
「うん」

ようやく絢辻さんが足を止め、僕に向かって言葉を投げたのは、
町で皆と別れてから、10分も経ってからだった。
いつ、何を言われてもいいように、僕はずっと絢辻さんだけを見ながら歩いていたから、
その突然の呼びかけも、柔らかに受け止めることが出来た。

「ありがとう。楽しかった」

けれどその出だしに、僕は心臓にズキリといやな痛みを感じた。
--さよなら。
まさか、そう続くんじゃないだろうかって、そう思わせるひびきを奥底に蓄えていたから。
だけどそうじゃなかった。

「こんなに自分の誕生日が楽しかったのなんて、もう随分記憶にないわ」

穏やかな微笑みは、考え事の答えが出たから、なのだろうか。

「あなたのおかげね。ありがとう」

だけど感じる、大きな違和感。
僕はまだ、彼女の言葉に答えない。
まだまだ、話は終わっていない。これは一連なりの長台詞、そのまだ途中、
そんな確信があった。
この一年の抑揚が、僕にそう語りかけていた。

「あたし、生まれてきて良かった」

わざとらしいほどの笑顔と、身を翻すその軽やかなステップは、
絢辻さんが僕にヒントを送っている証拠だ。
今彼女は、ステージの上にいる。
一人ぼっちのステージ。
降りたいのに、降りられない。
降りたくても、降りるわけにはいかない。
納得のいく、答えと動機が見つかるまでは。
僕が、その手を引くまでは。
一回転して絢辻さんは、また僕に背を向けると。
フウ、と小さく、張っていた肩を下げた。

「とでも言って上げられれば、あなたもあたしも、万々歳なんだけどね」
「……うん」

さすがに演出過多だったと悟ったのだろう。
僕の静かな反応に、絢辻さんはちょっぴりはにかんで。

「気付いてた?」
「まあ、ね……」

絢辻さんは、細い笑いを鼻から漏らした。
僕は、笑えなかった。
また、彼女の踏みこんではいけない領域に……
大した考えもなしに踏み込んでしまったのか。
怒られるのも、ぶたれるのも怖くない。
だけど、傷ついて、なのに強い笑顔でそれに耐える、絢辻さんは見たくなかった。

「ごめん。余計なおせっかいだったかな」

また歩きだした彼女を引きとめるみたいに。
僕は足をとめた。
また少し彼女との距離が開いて……それでも、絢辻さんが気付いて振り返ってくれたから、
そのへだたりは、小さくて済んだ。

少しの間。

虫の声。
川のせせらぎ。
遠くの方で、誰かが鳴らした自転車のベル。

幾つかの音が通り過ぎ、絢辻さんは遠くから、僕の顔をのぞこうとしながら言葉を探していた。
やがて、

「このセリフも何度目になるか分からないけど……」

と前置きをし、さらに、
それもあたしがややこしいことばかり考えてるからでしょうね、と、自嘲気味笑った。
いつまで経っても、僕がストレートに彼女の思うところを読みとれないことに、
もどかしさや、寂しさを感じているのだろうか。

「勘違いしないでね。嬉しくなかったわけじゃない……
 ううん、本当は、素直に嬉しかったわ。ありがとう」

そんな優しい言葉をもらって、僕はようやく顔を上げることが出来た。

「……くすぐったかったけどね。これは、本当の気持ち」

絢辻さんはそう付け加え、またしても、相当情けない顔をしてるであろう僕を
困った笑顔で迎え入れてくれたんだ。

「だけどね」

ざああっと木々が、不意の強い風に揺らいだ。
夜の青さに包まれた景色全部が一気に傾いで、僕は自分が、
どこにいるのか、どんな形をしているのかさえわからなくなる。

ああ、絢辻さん、絢辻さん、絢辻さん。

ただ彼女だけが僕の標であるように、真っ直ぐに、強い瞳で立っていた。
--多分きっと、この日のことも忘れられない思い出になるんだろう。
それは、僕らにとって「はじめての」、十月八日の物語。





     *行動を決定しますか?  ×





       *       *       *



♪♪(前奏) メメタァ! メメタァ! メメタァ!

  美味しいへるしい、安くてあんしん。
  家計の味方、学生の友達。
  輝日東駅前、みんなのファミリーレストラン・Joester~♪。

    ドッギャーン!
    オラオラオラオラオラァ!

  (台詞)「次にお前は、『な、なんだ、この美味さは!』と言う……」♪♪


……。


ナンだなあ、いつ来ても……ここのCMソングは。
大丈夫か。
……まさか、薫が考えてるんじゃないだろうな。

ここは輝日東駅前にあるファミレス「Joester」。
時間はまだ五時を回ったばかりとあって、客足はボチボチ未満。
フロアの中央付近のボックス席で、僕は待つ。
制服姿のまま、カバンと、そしてその影にこの日のために用意した小さな包みを携えて、
少し緊張していた。
……のだけれど。
店内に流れたコマーシャルのせいで、肩の骨を砕かれた。
勘弁してよ。
これから始める大一番に、僕は備えなくちゃならないんだから。
誰を待ってるって、そりゃあ……
……絢辻さんをさ。



       *       *       *



今日の三限終わりの休み時間、屋上で、
「よお」
と、梅原が僕を見つけて声を掛けてきた。
梅原はフェンスにもたれる僕に並ぶと、秘密めいた声で、
「絢辻さん、やっぱりちょっと気にしてるみたいだぜ」
と、教えてくれた。

「やっぱりそうか」
「そりゃそうだろ」

梅原が言うには、ここへ来る直前、絢辻さんが席までやってきて
こんなやりとりをして行ったのだそうだ。

「ねえ、梅原くん」

登場から、彼女は既に落ち着きが無くて。辺りに視線を走らせ、
--これは多分、僕が周囲にいないことを確認していたのだろうけど--
梅原に近寄ってきたのだそうだ。

「やあ絢辻さん。なに?」
「今日って、何日だったかしら」
「え? 今日? 今日は……」

そこまで聞いただけでも、僕は考える。
……ありえない。ありえないことだ。
あの絢辻さんがその日の日付を忘れ、それを他人に確認するなんてことは。
しかもその相手が、いい加減大王の梅原ときてる。
人に訊くことだけでも稀なのに、本当に日付を確認したいだけなら、
もっと適当な人材を選ぶはず。……とは、梅原には言わないでおこう。
梅原の報告は続く。

「何日って……八日だろ? ほら」

と、梅原が黒板をゆび差すと、その右隅には今日の日付が「十月八日」と、
その下に日直の名前が書いてある。
本日の日直・絢辻。

「そう……よね」

差されるままに黒板を振り返る絢辻さんの肩は、なんだか心許なげだったそうだ。

「日直、絢辻さんじゃないか。あれ、自分で書いたんだろ?
 どうしたの、珍しいね」

へへっ、と梅原が笑ってみせると、絢辻さんも

「そうよね、ごめんなさい。どうかしてたわ。
 ありがとう、じゃあね」

と苦笑いで返し、そそくさと立ち去っていった--。

「……だってよ」
「やっぱり、多少の不自然さは感じてるみたいだな」
「ったり前だ。今日はろくに、話もしてないだろ?」

梅原からの報告を聞き終えて、僕はフェンスを離れて、腕を組む。
勘ぐるなってのが無理な話だ、と梅原もそれを真似て立ちながら、

「それとだ」

と、含みありげに付け足した。

「お前からの何かを、そこそこ期待してるってこったな」

ニンマリとしたその視線を受けて、僕は。
胸の奥に、なにかぎゅっとした感情を抱き、一つの決意を新たにした--。
キンコーン・キンコーン。
いらっしゃいませー、Joesterにようこそー。

丁度僕の回想が終わるのに合わせてエントランスのベルが鳴る。
見れば絢辻さんが、なれない様子で店員の案内を受けているところだった。
多分、

「お一人様ですか? おタバコはお吸いに……」
「いえ、連れが先に来ているはずなんですけど」

なんてやっているのだろう。
学生服着てるんだから、たばこのことは訊いちゃだめだろ、って思うんだけど。
僕が入り口にも見えるように、天井に向けて手を伸ばすと、絢辻さんもこちらに気がついて。
店員をかわして、こちらにやってくる。

……よし、勝負だ!



       *       *       *



「それで? 話って何よ」
オレンジ色のひらひら制服店員に案内されて絢辻さんは、
僕の向かいに腰を下ろすなり、本題を促した。
せっかちさんだ。

今日、僕が最初に彼女に話しかけたのは、昼休みも終わりに近づいた頃。
その場で色々追求されるのを避けたかったから、
授業の始まる直前を狙って話しかけ、この約束を取り付けた……というか、
ほとんど一方的に押し付けた格好だから、彼女がちょっと不機嫌なのは致し方ない。
それでも梅原に聞いた感触だと……感づいて、意識しているはずだ。
追撃が厳しくないのも、多分そのおかげだ。
僕の出方を待っているのか、泳がせてのカウンターを狙っているのか。

「えっと、今日は十月の八日だよね」
「そうね」

すましこんだ絢辻さんは、ラミネート加工にてらてら光るファミレスメニューを開くと、
そのドリンク欄のラインナップに眉をしかめて、……何も頼まず、ぱたりと閉じた。
僕はさりげない仕草の影から、彼女をじっと観察して、察知する。

……間違いない。
……ヨソオッテいる。

絢辻さんは、平静を装っている。
そうだ、この人が気付かないはずがないんだ。
十月八日、それは、絢辻さんの誕生日。
彼女が十八歳を迎えるその良き日に、僕が学校でそのことをおくびにも出さず、
ロクに話もかけず、
こんな、互いに不慣れな場所へ呼びつけたこと。
その僕がなんらかの企みを胸に抱いていることに、
この超高校級の聡明ブラックハートが勘づかないわけがないんだ。
……だから、今日の僕に課せられた至上のミッションは








「彼女の、その予感を上回ること」








出来るのか?
やれるのか、そんなことが、僕ごときに、絢辻詞を相手に。
僕の頬を冷たい汗が走る。
急速に渇き始めた喉を、先に頼んでいたアップルジュースで潤して、
僕は傍らに置いていた鞄を、ごそごそとまさぐった。

「誕生日……だったよね」

あら、と音がするくらい。
僕のセリフに、絢辻さんはポンと目を見開いた。

これは少しだけ意外だったみたいだ。
わざわざ呼びつけておいて、何のひねりもなく本題に入る。
やっぱり呼び出すからには、いくらかの盛り上がりを予期していたのだろう。

「……そうよ? 忘れてなかったのね。感心感心」
「うん、おめでとう、絢辻さん。これは、僕から」

涼しげなブルーの包みに、深いブルーのリボンをかけた、僕からの贈り物。
中身は、ちょっとだけ高級な、落ち着いた革のブックカバーだ。
絢辻さんはテーブルの上に差し出された包みを受け取ると、わしわしと感触を確かめながら。

「ありがとう……」

これだけ? とばかりに、語尾をたなびかせる。
彼女の気持ちを声に出来るなら、

「今日一日、あたしからあなたに話しかけるのも我慢していたっていうのに、
 これだけなの?」

……こんなところだろうか。
もちろん、プレゼント自体は喜んでくれているのだろうけど、
仕掛けの方はなんだか、拍子抜けで、期待はずれ。
そう思っているようだった。
だけど。
そこへ、僕らのテーブルにひたりと影が落ち、
絢辻さんの前に、無言で一杯の紅茶が置かれた。
そのルビー色の液面から、ダージリンの、舌の奥に少しだけ渋みの残るあの香りが辺りに漂う。
よし、いいタイミングだ!

不意の出来事に絢辻さんは、僕の包みを手にしたまま。
置かれた紅茶に目を奪われていたけれど、すぐに唇の端に強気な笑みを浮かべた。
そして普段よりも、少し深めの声で

「あたし、まだ何も頼んでいませんけれど?」

と、その給仕を見上げもしない。

「ねえ、棚町さん?」
「あちゃー。見抜かれてたか」

そこでようやくついと上げる、絢辻さんの視線のその先には、
店の制服一式を身につけた薫が。
見抜かれたことにさも嬉しそうに、笑って立っていた。

「だぁーめねー。やっぱり絢辻さんを出し抜くってのは、難しいわ」

手にしたトレイを小脇にはさみ、薫はトレードマークのわさわさヘアをぼりぼり掻く。
おいおい、衛生面は大丈夫かこの店は。
店長を呼べ?
そのまま二人は楽しげに、僕には分かりづらい世間話を始めた。

昨年の末、絢辻さんがクラスメイトの前で猫を脱ぎ去ったあの衝撃的な事件と、
その後に発生した絢辻さんの孤立状態。
その頃から、この二人は以前よりちょっとだけ仲良くなった。
教室でも、言葉を交わす姿をよく見かける。
合致する趣味があるわけでもなさそうなのに、何を話しているのか不思議に思うけれど。

「あ、で、その紅茶は、あたしからのプレゼントその一ってことで」

二言三言の会話のあとで、薫はヒラヒラエプロンのポケットをまさぐった。

「これがその二」

と、さらに小さな包みを取り出すと、絢辻さんの掌に、ちょこんと乗せた。
これがサプライズの第二射。
意外な方向からの贈り物に、絢辻さんはさすがにちょっと、面食らったようだった。
その絢辻さんの表情に、薫は満足そうに歯を見せた。

「紅茶。
 美味しく淹れるの、結構勉強したのよ? 十八歳おめでとね、あーやつーじさん」
「……ありがとう、棚町さん。ごめんね、お店使わせてもらっちゃって。
 ……どうせ、」

そこまで言って絢辻さんは……急に湿気を帯びた視線を、僕に投げる。

「この人が思いつきの浅知恵で、無茶なお願いしたんでしょう?」

絢辻さんの目から放たれる、「むー」っという音の出る視線。
え、ぼ、僕?
けど、残念。それはハズレ。
僕はその視線をどうにかレシーブすると、ちろりと薫にトスを上げる。
釣られて絢辻さんも、もう一度薫を見上げた。

「んふふ、ざーんねーんしょー」

そこには、何故か勝ち誇った顔の薫さんだ。

「『思いつきの浅知恵』で無茶言い出したのは、あたしなのでしたー」

こいつは……決して誰も誉めていないのに、
とりあえず人の意表をつければなんでもOKなんだな。
何故か得意げに胸を張る薫に、絢辻さんは少しだけ焦りを見せたけど。
薫はお構いなしだった。

「え、そ、そうなの? ごめんなさい、あたしてっきり……」
「いいってコトなのよ。のー・ぷろぐれす!」
「……。No Problem、ね……」

……『成長ナシ』ときたか。実に薫らしい。
と、そこに重なる、淡い声があった。

「あはは、進歩なくって、ごめんねー」

え……誰だ?
薫の立つ、通路側とは反対方向。
僕らの席は店のフロアのほぼど真ん中で、通路の逆サイドは
磨りガラスのパーティションをはさんで別のボックス席になっている。
その……ヨソのはずの席から、ふんわりのんびり、やさしい笑い声が湯煙みたいに包んだかと思うと。

「おめでとう、絢辻さん。これは、あたしから」

磨りガラスの塀を乗り越え、まるでいたずら者の飼い犬が門扉から身を乗り出すみたいに……
髪型も顔も、どこか犬っぽい愛嬌の女の子が、少し大きめにラッピングされたピンク色の包みを
僕らのテーブルの上に、ぽぽんと置いた。

「田中さん!?」

これは、絢辻さん……と、僕の声。
これには、僕も驚いた。
田中さんも呼ぶなんて、僕は言ってなかったし聞いてもない。

「えへへー、いつも薫が、ご迷惑かけてまーす」
「ってケイコ! あたしかーい!!」

田中さんはとてとてと店内を大回り、僕らの席にやってきて……
いつも笑顔のその上にもう一枚特別な笑顔を重ねると、
律儀に薫のツッコミを浴びててから、絢辻さんの隣りに、ぽてんと腰を落とした。

「あ、ありがとう田中さん、わざわざ……」
「ううん、勝手に来ちゃって、ごめんね?」
「お前が呼んだのか?」

分かり切ってはいるけれど、この会の首謀者としては確認しておく責任がある。
僕が尋ねると田中さんは瞳で頷き、薫は力強いブイサインで、

「無茶の浅知恵、ぱーと・つー。大勢の方が、楽しいっしょ?」

と得意気だ。ほんと、祭りを仕切らせたら間違いのない人材だよ。

「そか、田中さん、ありがとう。
 ……だけど、僕は一言も聞いて無いぞ?」
「ふっふ~ん。敵を欺くには、先ず味方からってね」

……味方だけ欺いても何にもならんわ。
そんな意外すぎるサプライズもありながら、僕は辺りを確かめた。
最後の仕上げ……というか、ここからは、オマケだ。
絢辻さんのすぐ背後のボックス席……彼女と背中合わせになるそこに、
僕と同じ制服姿があるのを認めて、僕は話を進めることにした。

「さてと、じゃあ、これで役者は揃っ……」
「だーっ! まぁーて待て待て待てぇーぃ!!」

その制服姿はガタンと跳ね上がり、昼にも聞いた馴染みの声で叫びを上げた。
すぐ背後の至近距離で上がった声に、さすがの絢辻さんも驚いて一瞬身をすくめる。
さすが、付き合いが長いと向こうも僕がここでアドリブでボケるのを読んでたと見えて、
タイミングもバッチリのツッコミだ。
よーし良いぞ、梅原。

……なんて、余裕に構えていたのだけれど。
声は僕の予想を超えて、それだけでは終わらなかった。

「そーだよ、ひどいよぉー!!」
「あたしたちは、お邪魔だったのかしら」

なんと僕の背後の席からも二つ、聴き憶えのある声が突っ込んできて、
僕も思わず、身をよじってすくめる。
なんで首謀者の僕が、こんなに不意打ちばかりを喰らうんだ!?

まずは、だだん! と足を踏み鳴らし、歌舞伎役者よろしく躍り出る、一人の男伊達。
……おいおい、一応ここは店の中で、貸し切りにはしてないんだけど……
馬鹿野郎はそんなことにはお構いなしで、僕に向かって大見栄を切った。






「おうおうおう!
 この『輝日東のひとりサンバカーニバル』こと、
 梅原正吉さん抜きで始めようたあ、どういう了見だいっ!」





……。





「梅原、お前……いつの間にそんな寂しい異名を……」

中学からの親友の肩に、僕は愕然として手を置いた。

「悪かった。明日からもっと、お前のこともかまうよ。
 いや、かまわせてくれない? かな?」
「てっ、てやんでえ、同情すんじゃねえやい!!」

梅原は顔を真っ赤にして叫ぶけど……
……うん、そうだな。
絢辻さんにばかりかまけていないで、男の友情も明日からは大切にしていこう。
そう心に誓うだけ誓い、ひとまずバカにかまうのは、明日からだ、明日から。
問題は、あとの二つの声だ。
自分の席から後ろを振り向くとそこには、
梅原よりももっともっと昔から見飽きた……けれども予定外の顔が、そこにはあった。

「梨穂子? それに、香苗さん」
「むー。ひどーい。無視しようとしたぁー」
「やっほー絢辻さーん。おっ邪魔ー」

いや、待て待て、待ってくれ。勝手に始めないで。
無視しようとしたんじゃなくて、僕はその、聞いてない。
一体全体この二人が、どんな流れに乗ってここへ漂着したのかわからない。

原因があるとすれば……二人のお祭り野郎のどちらかなのだろうけど。
僕は言葉も失って、薫と梅原、二人の顔を交互に窺うと……
二人とも、嬉しそうにうなずいた。
どっちもかーorz。

「ありゃ? ああ、あたしはね」

僕がへこんでいるのを何となく察してくれ、
口火を切ったのは香苗さんだった。

「梅原君に誘われて、桜井も誘ってみたのよ。そしたらあ、--」
「あたしはもうその前に、棚町さんに--」
「そそそ、ちょーっとねー。
 あたしが先に、桜井さんに頼みごとをしてたってワケ」

香苗さんの説明を梨穂子が引き継ぎ、
梨穂子の説明を薫が横取りしていって、
結局話はよくわからない。
けれど、香苗さんの続けた言葉は納得に足る物だった。

「あたしも桜井も、部活の件とかで絢辻さんにはお世話になってるしね。
 お祝いくらいさせてよ」

香苗さんがひらひらと掌を振ると、
完全に主導権を奪われた僕の首謀者ぶりに呆れていた絢辻さんも、
我に帰って手を振り返した。
そうか。
香苗さんはコンピュータ部の、梨穂子は茶道部の。
既に引退はしているけれど、三年になってからはそれぞれ部長職についていて、
委員会や生徒会に顔のきく絢辻さんには世話になることもあったのだろう。

あまりの大所帯に、絢辻さんは少し肩をすぼめていたけれど。
それでもこの二人の参戦も、どうにか快く受け入れてくれたようだった。



       *       *       *



「と、いうわけで」

もとは薫と梅原を合わせた四人だけのつもりだったのだけど。
薫、田中さん、梅原、梨穂子、香苗さん。
そして、僕と絢辻さんの、総勢七人。
なんだかごっちゃごっちゃになってしまった場を、僕はどうにかとりまとめる。

普通のボックス席では手狭になってしまい、
急遽空いていたパーティ席へと移らせてもらって全員を席に着かせると、
僕は、隣で目を白黒させている絢辻さんを改めて向き直った。

「どう? 絢辻さん。びっくりした?」
「こっちが聞きたいわよ。あなたも随分びっくりしてたみたいだけど」
「……仰るとおりで」

漫才のようなやりとりに、ギャラリーからクスクスと笑いが起こる。
僕が取り乱していたものだから、絢辻さんは随分冷静に、コトを受け止めていたらしい。
あるよな、そういうこと。

「……だけど」

絢辻さんは改めて、僕を除く、集まった五人を見渡した。
そして、手元に置かれたプレゼント、色とりどりにその数も六つ。

「なんて言ったらいいのか……」

それを見て、急に何かを実感したらしかった。
面食らって、戸惑って。
一体何が起こったのかと、所在なげに目線を動かしながら、絢辻さんは言葉も出てこない。
多分、猫をかぶった絢辻さんならこんな状況でもサラリと一枚、笑顔を作って、

「みんな、ありがとう」

なんて言うんだろうけど。
それをすることがこの場に相応しくないことも分かってしまっているから、
逃げ場もない。
素の絢辻さんは、素のままこの状況を乗り切るすべを、持っていないらしかった。

受け容れられる筈のなかった、ありのままの自分。
誰にも見せないはずだった敏感なそれは最早白日の下にさらされて、
訳もない祝福という、ある意味彼女が最も苦手とする善意にさらされている。
そのことが、彼女の回路をショートさせてしまったのだろう。

なんだか、褒められて、照れてしまって居心地が悪い、泣きだしそうな子供みたいだ。
とうとう視線を落としてしまった絢辻さんに見るに見かねて、僕は……
目を見開いたまま、答えを探して俯く絢辻さんの後頭部を、ぽん、と小さく撫でて上げた。

周りの連中から、おー、とか、ひゅうーとか、ありきたりなお囃子が入ると……
間髪、入れず。
狼の皮をかぶったライオンは、たちまちその牙を剥いた!

「な、なによっ! えらそうにしないで!」

死に神の鎌よろしく。
薙ぎ払うようにかち上げた絢辻さんの右肘は僕の腕を弾き飛ばし、
返す左でたちまち、僕の襟首を掴み上げる。
後ろは壁。おあつらえ向きだ。
絢辻さんの喉輪と壁のサンドイッチで、僕は窒息寸前に追いやられる。
ヌおっ、こ、この状況と体勢は……身に覚えがあるような!!
あれは確か、一年くらい前ー!!

「大体あなたが相談もなしに、こんなことを目論むから!!」
「そ、相談したんじゃ、サプライズに、な、らないじゃない……」
「うるさい! 口答えするんじゃないの!!」

すると、さらに、

「おおーっ」

……その様子に、周囲から歓声が追加され、絢辻さんは我に返る。
ぼっ、と音を立てて顔が真っ赤になったかと思うと、
それまでアルミパイプのような頑健さを誇った指先はふわりと力を失って、
僕はバランスを崩しそうになた。

周りの視線は、興味津津。
この先僕らがどう展開するのか……
ある者は真剣に、ある者はニヤニヤと、またある者はハラハラした表情で、
その行く方を見守っている。
ゆび先が揺るんで、息をするゆとりの出来た首筋、僕は、
絢辻さんがどう動くのかを密かに見守った。

ぐっ、と音を立てて、彼女の喉が息をのむ。
至近距離、荒い息。
首筋にはほんのり汗をかいている。

そして……絢辻さんは呼吸を浅くして、締め上げた僕をソファの上に投げ捨てると、
自分もどっかとソファに体を預けた。
ふんっ、と乱暴に鼻から吐き出すのは、怒りと照れの吐息だ。
その顔は……当然ながら、真っ赤だ。

「な、何よ、みんなして! 見世物じゃないのよ!?
 あーあー、そうですよ。二人の時はこんなよ、いけない!?」

……がっつり、開き直る。
それが絢辻さんが取った答えだった。

さて、困った。
そう開き直られてしまうと、今度はこっちがどうしよう?
……そんな空気に一瞬なったギャラリー陣だったのだけれど、

「へへっ」

と、軽く明るく、小さいけれど、まるで寿司屋の出前のような威勢の良い微笑だった。
それは福音、ではないけれど、強いて言うなら快音だ。
九回裏の2点ビハインド、木製バットで放たれる三塁打の様な声が、試合を動かした。

「そっか、二人の時はそんななんだな!
 絢辻さん、なんだかいい感じじゃないか」

テーブルに頬杖をついた梅原が、
ホントに全くいつも通りの、スピード感のある笑顔で絢辻さんをのぞき込んでいた。
そのまなざしは笑顔半分・真顔半分、ちらりと動いて照準を僕に合わせた。

「お前もこれから、大変だな。
 色々頑張れよ、うらやましいぜ!」

その隣で、うん、うん! と頷くのは香苗さんだ。
この二人の表情には勢いがある。
それだけで人を巻き込み有無を言わせない、怒濤の顔ヂカラだ。

「ちょ、梅原く……」

頑として。
それ以上の抗議は受け付けません!
……そんなモードに入っていた絢辻さんは、
あまりにすんなり受け入れられたそのことに、また大きな戸惑いを感じたんだろう。
わからない。
許されたくない。
キョゼツされている方が、楽だった。
けれど、目の前でまた藹々と広がる和が、そんな要求を通してくれそうにないんだ。
おいでおいでと誘わしくて緩い渦を描いて、
彼女がその渦に、どう飛び込むのかを待っている。
僕はまた、絢辻さんがどう出るのか……ゴクリ、と固唾を呑むしかなかった。

「……そう。うらやましいの?」
「エ」

--!
場が、凍った。
湿った、深い、重い声だ。
彼女のギラリと鋭い眼光に、楽しげな悪意が鎌首をもたげる。






さあ、始まりよ。






え、何を始める気ッスか。






心に響いた僕だけがよく知る声に、僕は勝手に返事を返していた。
皆黙り込んで、腕組みをした絢辻さんを……初めての頃の僕と同じまなざしで見つめている。
誰もがまるで……彼女の獲物だ。

「じゃあ、梅原君も……」

絢辻さんの優秀な頭脳は、全ての演算を終えた。
この状況を、どうすればいい?
簡単なことだった。
腕組みから、ゆらりほどいた右手の平を空へ向け、
ゴキン!!
と、骨の音が聞こえるくらいに力を込めてみせると、
……!?
い、今、爪が伸びなかった? 気のせい……だよね? 絢辻さん?

どうすればいい? そんなの簡単。「同じ」にすればいい。
みんな、愛しいあの人と、同じ「扱い」にすればいい。
あの人には、この先もっと楽しい「もてなし」を用意してあるのだから。
この「扱い」は、最早あの人のためだけでなくていい。
そう誓ったではないか。
あの日。
下卑た三人組を教室でつるし上げたあの日……誓ったではないか。
「もう、隠さない」と。
これが自分だと衆目に見せつけたとき、
そのさらに奥にいた、もう一人の自分に気がついた。

それだけは、彼だけのための自分。
彼と、この先をともに築いていく人たちのためだけの自分。
真実の特別はもう一つ、自身も気づかぬ深奥に大事にしまってあったのだ。

だからこの……本当のはずの、本当だったはずの自分を出し惜しむ理由は
もうどこにもない。
この自分はもう、特別ではないのだ。

言葉が瘴気になって揺らめいている。
みんなには見えていないだろう彼女の本当の気持ちはとても前向きで、
特別との別れという、少しの寂しさを滲ませていた。
その狭間に絢辻さんはちらりと僕を見て、申し訳なさそうな顔をした。
ごめんなさいね、と。
ううん、いいよ。絢辻さん。
やっちゃって。

「ねえ、梅原くん? それじゃあ軽く……締め上げられてみる?」

うぉっつ、そいつはご勘弁だ! とオーバーアクションで梅原がおどけると、
絢辻さんはすーっと、黒紫の気配をしぼませた。
そして、

「そ、残念。たまには、違う人の感触も味わってみたかったんだけど」

ぅわぉ、という香苗さんの引き攣り気味の一言が、皆の一様な畏れと驚きを代表する。
そんな反応はどこ吹く風と、絢辻さんは涼しい顔で
薫スペシャルのダージリンをするりと喉に通し、

「じゃあ今後、あんまり人のこと、囃したてないで頂戴ね」

と、最後の五寸釘を梅原の喉笛にぶち込んだ。
しないしない、もうしない、と高速で頷く梅原にクスリと微笑みかける、
その手続きだけは僕に向けられるものと違って、ちょっとだけ優しい……
梅原、いいなあ。

そんな風に、絢辻さんは何食わぬ顔をしていたけれど。
その影でそっと一つ、安堵の溜め息をついたのを僕は見逃さなかった。
今のは、絢辻さんの左ジャブ。
今、この場で、絢辻さんにとって初めてのこの場で、距離を測ったリードブローだ。
これから先自分の立つリング、その形、その広さ、相手との距離、自分の間合い。
それを計って、距離をつめたり、時に離れたり。
うん、絢辻さん。
それでいいんじゃないかな。

「同じシメるなら、酢ジメでお願いしたいところだよ」

カラッと笑いを取ってその話までもきれいにシメる、
輝日東にその味ありと謳われた、名店・あずま寿司三代目(予定)、梅原正吉。
その鮮やかな板デビュー(……っていうのか?)。
カカカと笑うその横顔に、僕は何度助けられてきたんだろう。
ありがとな、梅原。
今度、黒酢サイダーでもおごるよ。

「はいはぁーい、それじゃ『シメ』っぽい話はここまでにして~」

ちょ、おま。
薫。
せっかくシメたのに蒸し返してどうするよ、と僕のツッコミより早く、
いつの間にか学校の制服姿に戻った薫
(今日は実は非番だそうで、さっきの仕事着は演出だったらしい)が
座席の後ろから引っぱり出してきたのは、
なにやら、かわいいサイズの白い箱。

ずずいと、まさに擬音のその通り、テーブルの中央に押し出された
20cm四方のその立方体は、その場にいたみんなの心を上手にときめかせた。
何か喜ばしい物が中で待っている、そう予感させるたたずまい。
なんだか、妊婦さんのお腹のような優しさだった。

「お待たせしました~。
 誕生日といえば、やっぱコレよね」

薫がやたら嬉しそうに、しなを作ったセリフととともに、
パカリと蓋を取り去ると、

「Joesterご謹製、バースデーケーキでござ~い。
 当店のパティシエが、腕によりをかけた自慢の逸品でぇす」

それはなんとの三段重ね。
直径20cm足らずのホールケーキが、フリルドレスのお姫様の装いに似て
ちょこんと鎮座ましましていた。

おおおっ、と歓声が上がる。
これには絢辻さんも目を丸くした。
バースデーケーキとしては、ちょっと破格の立派さだ。
市販品でもなかなかお目にかかれな……ん? でもコレ、待テヨ?

「……って、これ。梨穂子が焼いたヤツじゃないか?」
「あーっ、バカっ!!」

はしばしに見つかる仕上げの甘さに、僕はつい、気付いてしまった。
厚なったり薄くなったり、ところどころでまちまちな生クリームといい、
大小不揃いなフルーツと、バランスの悪いその配置といい。
そのケーキから立ち上る、職人的でない「完璧で無さ」、
むしろ好もしい、家庭的な隙が入り込むリズムのようなものが
子供の頃から僕の中に刻み込まれたものにどこか似ていたのだ。
そんな、無神経な僕の言葉を、薫が立ち上がって遮ってくる。

「しーっ、しーっ!! 店の許可は取ってるけど、
 周りのお客に知れたらヤバいのよ!!」
「お、おお、そうか。悪い」

空気くらい読みなさいよね! と、薫は憤慨を隠さず立ち上がったまま。
立ったついでにケーキナイフを取り出して、
慣れた手つきでその三段重ねを切り分け出した。

「え? じゃあこれ……桜井さんが作ったの?」

ケーキ登場の瞬間から、きらきら、きらきら、
目を輝かせっぱなしの田中さんが潜めた声で確かめると、
今までほとんど黙りっぱなしだった梨穂子は、小さく肩をすぼめて頷いた。

「うん。棚町さんにお願いされてねー。
 あんまり、美味しくないかも知れないけどぉ……」
「なに言ってんの、十分売り物になるレベルだってば。
 ホイこれ、梅ちゃんの分」

そうか、薫が梨穂子にした頼みごとって。
製作過程で散々、味見を繰り返したのだろう、
切った扇形のピースをお皿にとりわけ終えて、
薫は指に残った生クリームの子供を舐め取りながら、自信満々に梨穂子に言った。

そうだな、僕もそう思う。
ボンヤリさんのウッカリ者の梨穂子だけど、料理の腕は悪くないんだ。
そんなことを考えて、恥ずかしそうに笑う梨穂子をぼうっと見ていたら、
ふとした拍子に目が合った。
その刹那、梨穂子の目に、見たこともないような哀しそうな色が溢れ出し、
アレっと思って瞬きをした次の瞬間には、エヘヘと笑ういつもの梨穂子に戻ってた。

気のせいかな。
多分、そうじゃないんだろうけど。

梨穂子を今日、呼ばなかったのには、僕なりのわけが一応あった。
今はそれを話すときじゃないから言わないけれど……
多分、薫には、梨穂子を呼んだわけが、そうした方が良いって思ったわけが。
きっと、あるんだろう。
僕には実行出来ない、大事なわけが。
分かち合いたい、大事な気持ちが。
自惚れるわけじゃないけれど、この二人には、感謝してもし足りない。
だから今日は、僕は毅然としていよう。
この二人が、大事な未来を手に入れられるように。

「それにホラ、こういうのって、売り物にはない『温かみ』が欲しいじゃない?
 アットホームって言うのかさー」

そんな僕の思いをヨソに。
アッケラカンと笑う薫の言葉に、絢辻さんがピクンと身を震わせる。
まずい。
そして彼女はやや俯き加減のまま、怖いくらいに静かな表情……
平静を押し固めた瞳を、瞬きもせず、すぐ隣の僕へと差し向けた。
僕は首を横に振る。
言ってない。
そんなことまで、しゃべってないよ。

……それが、嘘でないことが伝わったのだろう。
絢辻さんは面を変えないまま視線を自分の膝へと戻し……
気のせいだろうか。
うん、と一つ頷くと、一度小さく唇を噛んで、顔を上げた。

テーブルの上ではもう、すっかり準備が整ってしまっていた。
絢辻さんの生まれた日を、十八回目のその時をお祝いする準備が。
お茶にケーキに、ジュースに料理。
色とりどりのプレゼント。
これまでの十七回が、どんな彩りとともにあったか、それは、ここにいる誰にもわからない。

パーティ奉行はテキパキと怪しい色の飲み物を配り、
皆にグラスが行き渡る……行き渡ってしまう。
待って、ちょっと待ってくれ。
僕は焦る。
今さっきの、絢辻さんの瞳の色。
だけどもう、止められない。

何かがおかしい、何がおかしい?
分からない、だけど、まだ。

薫が、梨穂子が、梅原が。
笑顔でケーキを配り、クラッカーを投げて寄越す。
僕は見ていることしか出来なくて、音の消えた世界で、
スローモーションに笑う絢辻さんを、どうにも出来ず見送った。



  「それじゃ絢辻さん!
          十八回目の誕生日----」




       *       *       *




「困ったものよね」

そうして気がつくと、僕らはもう店を出ていた。
満足そうに笑う薫たちに冷やかされ、絢辻さんも憶えたての笑顔でそれに応え。
言われなくてもそうするつもりだったけど、
僕と絢辻さんは、帰り道をともにしていた。

輝日東の冬は訪れが早くて、もう夜空があんなに遠い。
薄い氷が張ったみたいに尖った空気は、
星の光を春や夏の何倍も、冷たく、痛く、見せていた。
十月とは思えない寒さが、僕らを包んでいた。

河原の道は空を遮るものも少ないから、町中から見るのとはけた違いに空虚で、
虫の声は、星が散る音そのもので、天の川のほとりを、
それぞれがその両岸を歩いているみたいだ。
そんな中。

「だけどね」

風がやむのを見計らって、絢辻さんは言葉を続けた。

「皆、あたしの誕生日を祝ってくれた。それは純粋に嬉しいわ。
 時間を作って、工夫を凝らして」

ケーキまで焼いてくれて。
そう言って、絢辻さんは心底愉しそうに、少し上がり気味の目を狐みたいに細くして、
クスクス笑った。
その横顔は……。
僕には分からない。
嬉しそう……じゃないか。
なのにどうして。
何が。
何が僕を、こんなに不安にさせるんだろう。
皆から貰った贈り物、ファミレスのロゴの入った紙袋に詰め込まれて、
僕が持たされているそれは、正直、ずっしり重い。
幸せなはず。
嬉しいはず。
だけど、絢辻さんは

「だけどね」

ゆっくりと、

「だけど……なんなのかしらね」

空を仰ぎ、

「今日集まってくれた皆は、一体何を、」

絢辻さん!



「あたしの、一体何を喜んでくれたのかしら?」



強い強い強い風が渦を巻いて雲を衝いた。
絢辻さん……。
君の存在は、もっと確かで、もっと遥かな理由を求め続けるんだ。
大きくひずんだはじまりの歯車、その罪深さがある限り、君は簡単ではいられない。
夜に溶け出す真っ暗な黒髪と真っ暗な瞳、
その純真さがどこまでも深く、どこまでも憎い。

静まり返った闇の中。
絢辻さんは穏やかに、鞄を提げて、立っている。
僕はそこから少し遅れて、彼女の瞳に射抜かれる。
革靴の底にしゃざりと砂を擦らせて、絢辻さんはまたしても。
僕の前に立ちはだかった。

「ねえ、教えて? あなたはわかる? あなたなら、わかるでしょう?」

声が聞こえる。
本当の特別、ホントのホントの、絢辻さんの声が。


--だから私は、あなたをパートナーに選んだのだから。


微笑むようにも、泣いてるようにも見えるその静かなおもてには、
まだ、底知れないかなしみが眠っているような気がした。


                                           ( 続く )





      *新しい行動が発生しました! 




……。
…………しょ。
しょうがなかったんやああああああ!!
堪忍やあああああああ!!

さっさと前の続きをやれーいうて、ワイかて分かっとんのや!
せやかて、……せやかて、今日は絢辻さんの誕生日なんや、
やらずにおられんかったんやあああああああ!!
やらへんわけにいかへんやないかあああ!!


す……好っきゃでえ、絢辻さぁーーーん!!


……と、言うわけで。
絢辻さんの「はじめての」バースデーを祝うSS、その前編です。
長いよ!

こんな風にして、日常のなんでもないことについて、
絢辻さんのことを、
否、
絢辻さんに移し替えて考えていると、自分のことも色々見えてくるんです。
何が分かっていて、何が分かっていないのか。

今回もそんな発見がありました。
本当に不思議なキャラクターです。
そんなとき、嗚呼、オイサン今恋してんだなって、心から思います。

だから絢辻さん。
今日はまだ前編までで、素直に「おめでとう」を言えるところまで書けなかったけども。
一足先に言わせてもらいます。


お誕生日おめでとう、絢辻さん!cake


君については、まだまだ言いたいこと、書きたいことが一杯だ!
しばらくは、君と一緒に年をとっていくことにさせてもらいます!



オイサンでした!!


    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク


……しかしまあ、ちょっと長過ぎではあるな。
ギリギリだったぜ……。



 

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