« ■マエムキ・マインド ~本日は会話モードで・3~ -更新第293回- | トップページ | ■DICE~神様のSANチェック -更新第295回- »

2009年8月29日 (土)

■夏・終・話 ~ナツヒノハナシ -更新第294回-

夏も終わるし、せっかくこんな状況だから、
ひとつ、怖い話でもしましょうか。

ちょっと長くて、得意じゃないので、上手く話せるかわからないけど。




      *        *        *




友達に、大恋愛をした女の子がいた。
大恋愛過ぎて、若気が至ってしまったというか、
要するに、結婚もしてないのにこどもが出来てしまった。

もちろん周りには大反対されたのだけど、
その子も強気で頑固なものだから、周りの反対に耳を貸さずに、その子供を生んだ。
無理をすれば、自分たちで働いて食べていくことの出来ない年齢ではなかったから。
すると悪いことに、生まれてきた子供がちょっと普通じゃない……








ハッキリいってしまうと、いわゆる、畸形だった。








詳しいことはさすがに聞けなかったけど、
母であるその子自身ですら目を覆いたくなるような姿をしていたらしい。
命に別状はないみたいで……今でも、育ってはいるという。

問題は、父親の男の方。
その子供が無事生まれるのを見届けると、行方をくらませてしまって
今も見つかっていない。




  ここまでは、前置き。
  話の本題はここからなんだけど……ここからは、祖母から聞いた話がメインになる。
  その祖母も、祖母の祖母だかから聞いた話だというから真偽の程は定かじゃないし、
  その祖母の祖母も、もっと先の代から聞いた話だというセンも考えられるから、
  一体どのくらい昔の話なのかは定かでないのだけど。




25年も前になるか、その祖母方の田舎を訪ねたとき、
一度だけ墓に参らされ、小さな里山に登った。

祖母のルーツは、古くは山陰の田舎の集落にあるのだけど、
今では籍を移して、住まいは山陽側になっている。
けれども当時、代々の墓だけは山陰に残っていて、
墓参のためには山陰側まで移動しなければならなかった。
これが、馬鹿みたいに遠い。
今ではその墓も、山陽側に移したらしい。

その里山からは山あいの集落が見降ろされ、
そこが本当の祖母の家系の故郷なのだと教わった。

墓は山の斜面にあり、墓苑の近くには、大きな……相撲取りくらいはある、
苔むした碑が建っていた。
たくさんの人が祀られているみたいだったけど、
びっしりと覆った苔のせいで表面に彫られた文字やなんかはほとんど読めなかった。
あのまま放置されているのなら、今頃は多分、
ただの岩と見分けがつかなくなっているでしょう。

この話の当時……祖母の祖母だか、そのさらに祖母だかの時代、
ご当人の住んでいた集落とその近辺、つまりその里山のあたりは、
今でも、世界でもわりと珍しい、ある苔……藻? だったかな?
とりあえず苔でいきますね、珍しい苔が群生することで有名だった。

ちょっと「薬」の話になるけど、薬というのは、今でこそ研究が進んで、
人工的に製造できる成分も増えてはいるけれど、
「自然界にはあって、人の手では作り出せない」成分というのは今でも星の数ほどあるらしく。
中でも、藻とか苔とか、その類の地味な植物が蓄えている成分というのは膨大で、
大きな製薬会社では、そういうのを採取するために世界中を飛び回る、
専門のチームを抱えているらしい。

その集落に群生する苔も、そういう、薬効の期待できる類の物だったのね。
薬ではなくて、その逆だったんだけど。

つまりは毒。

神経性の強い毒を発するものだったらしく。
まあ、古い時代の話ですから……そういうものが重宝される場面もあったんでしょう。
農作物に恵まれる土地ではないから、
その近辺を収めていた領主は、その苔を大きな稼ぎの口にしていたみたい。

ではその苔。
どうして、その近辺でだけそんな珍しい苔が生えたのかというと、
考えられるのは、先ず自然条件。
山陰特有の気温とか湿度とか、日照時間とか。
ほかには、土壌。
で、何が土壌を作るかってことなんだけども……








  その地域では当時、土葬の因習が残っていた。








そしてその苔は、墓地の周辺……墓石とか、土塀とか、辺りの石とか……
に、やたら繁茂する。

これは時代が進んでわかったことらしいんだけど、
その苔は、人間の持つ、ある腸内細菌によって繁殖が促進されるのだそうで。
つまり、死んで埋められた人間の体から漏れてくる腸内細菌を使って成長していた、
という想像が、大体つく。
人の幼少期に一番多く腸の中にいて、年をとると減っていく、ナントカいう細菌らしい。

で、その集落を治めていた領主も、長いことやってると、
人死にの多かったその翌年には苔が大繁茂することがわかってきた。
そしてまた、苔の栄養となる腸内細菌は、「幼少期の」人間の腸中に多いから……
子供や幼児が死んだ年には、さらにおびただしく繁茂することも。
そのことに、気付いてしまった。

そこで、その集落の中でも身分なのか、立場なのか、
……いわゆる被差別的な家系というのがあったんでしょうね、
そういう家々に目をつけて、
「毎年、持ち回りで周期的に子供をつくって、差し出せ」というようなことを……
言い出したらしい。
無論、殺して埋めて、苔の繁茂を促すために。
言うなれば、儲け口の苔が増殖する床を維持するための、人間牧場。
生贄。

まあ、そんな当時の話ですから、
下々が逆らえるはずもなく、言うなりになるしかない。



  これは祖母の言ってたことではないけど、
  何らかの罪をかぶせて逆らえなくして、そういうことをやらせていたんではないかな、
  という気もする。



さらに悪いことに時の領主は、そうして苔のエサを作れと言うに飽き足らず、
その毒性の実験台……にまで、したらしいです。
どのくらいの量を与えれば死に至るか、死なないまでも、行動不能に陥るか。
人が減り過ぎないように、意図的に増やしながら、苔を増殖させ、人を実験台にし続ける。
ナチスなんかも同じことをしていたんでしょうけど、
こっちは同じ民族相手の分、なんというか……神経を疑う。

そうして実験を繰り返すうちに、一つ分かったことがあった。
神経毒だけではなかったんです。その苔の毒性は。










催奇性、ってわかりますか。










畸形を誘発する毒性……要するに、あれです。
悪名高い、枯葉剤。
ベトナム戦争で使われた、ダイオキシンを主成分にもつあれと
似たような効果を発揮したらしいです。

それが一体、どの程度科学的に理解されていたかは分からない。
あまりにむごいことを繰り返した祟り、くらいに考えられたのかもしれません。
いずれにせよ、選ばれた、
実験台にされながらも生き永らえ、悲しい交配を強いられた気の毒ないくつかの家系からは
憐れな姿の子供が次々に生まれるようになり、
領主に献上される赤子にも、むごたらしい姿をした子供が目立ち始めた。

それでも領主は懲りずに、そうしてある家系が「使えなくなる」と、
また別の家系を加える、という風にして、
そのえげつないシステム(と呼んでいいのか……)を継続させた。



  そのいくつかの家系の輪をなんといったか……ニだか、ナだか。
  もう随分昔に聞いた話なので忘れてしまったけれど。



やがて、その領主の家にも一人の畸形の子供が生まれてしまった。
これはただの偶然か、或いは、時代的にまだ近親婚をやっていたとか、
偶然その苔の胞子を吸ってしまったとか、
別な原因があったのでしょうけども、それを見てさすがに怖くなったのでしょう、
領主はその制度をとりやめて、ばかりか、
それに関わった全ての家系を根絶やしにしようとしたのね。

そんなことがあって、その集落ではようやくそんな馬鹿げた因習が消えることになったのだけれど、
話はめでたく終らない。
収まらないのは、それまでどん底に貶められ続けた一族の方で。

領主のたくらみの気配を察知するや、彼らは暴走し、
最期に復讐として、周辺の者たちを片っ端から犯して回ったのだそうです。
男も、女も。

もちろんそうして犯された者たち全てが子を孕んだわけではないでしょうし、
孕んだにしても、全てが畸形児だったわけでもないでしょう。
けれども、彼らの有した悲劇的な形質が、高い濃度でばら撒かれてしまった。

残念なことに、当の領主たちにまでは直接的に復讐の手は届かず、
彼らが本当に復讐したかった、領主の一族にその思いは届かないまま。
今でも、その集落や、周辺に暮らしていた一族の家系からは、
忘れた頃にふっと、原因も何もわからぬまま、畸形の子供が生まれるらしい。








……ここで、話は冒頭の女の子に戻る。
相手の男は一通、封筒を残していったんだけど、
そこには家系図のコピーが一枚入っていた。

系図の終端には、子を産んだ女の子本人の名前があって、
ずーっと遡った端緒には、本人も、本人の父も母も、
祖父母でもしらないような、えらそうな、殿様だかなんだかの名前があったらしい。








そういうこと。








その子は、その集落の支配層に位置していた家の家系の末端にいた……みたい。
男は、その虐げられた家系の人間……だったんでしょう。
自分たちの血を穢した一族に復讐するために、未だにそうして支配層の家系を追っては、
自分の体に色濃く残るDNAの歴史を返すために、彼女の前に現れた。
それが本当のことなのかどうかは分からないけれど。

話の冒頭に出てきた石碑は、その家系か、
集落全体の霊を慰めるために建てられたものだったみたい。
びっしりと苔に覆われて、集落のあった谷を見下ろすように、建ってました。








      *        *        *








「おしまい」

あらゆる灯りの落ちたダイニング。
一通り話し終えた後、テーブルをはさんだ真向かいで、
絢辻さんはおなかに優しく手を置いて、揺らめくロウソクの炎に照らされている。
いつも真っ黒い瞳と髪には燃えるような朱が差して、おもては静かなのに、
激しい怒りを漂わせているように見えた。

「おしまい、って……。それって、つまり……」

僕はこわごわ、口にした。
だって、それは絢辻さんのおばあさん……だか、その前の前のおばあさんだか知らないけれど……
確実に、絢辻さん自身にも連なる話のはずだ。

エアコンも止まってしまったくらやみの中、
夏の名残りの重い湿気とロウソクの炎が作り出す、
ダイニングはまるで、真っ赤に滾る、海の底のようだった。

それなのに僕は全身に冷たい汗を感じながら、
揺れる炎の向こうで、なんの感情も感じられない目をした彼女から目が離せなかった。

「そうね」

と、絢辻さんは。
顔の、他の筋肉を一切動かさないまま。口だけを動かした。

「もし、そんなことが起こると分かっていても……。
 あなた、本当にあたしと結婚する?」

黒と、赤。
それ以外の色彩は一切ない。
異様な光を放つ僕らの空間に、絢辻さんの声だけが渦を巻く。
僕を飲みこんで、骨まで砕こうとしている。
逃げられるはずもない。
そして彼女は僕の答えを待たずに、

「思えば、あたしの父さんのちょっと歪んだ頭も、そんな支配層への劣等感とか……
 そんな人たちから逃れて生き抜けるための必死の思いが、何かの拍子に、
 祖父とか、祖母とかから伝染したのが原因なのかも知れないわね」

と、瞳を伏せた。

僕はあまり、絢辻さんのお父さんのことを知らない。
何度か挨拶には行ったけど、ほとんど関心を示してもらえなかった。
その都度落ち込む僕に、絢辻さんは
「気にしないでいいの。筋だけ通せば、それでいいから」
と励ましてくれたのだけれど……このままでいいと思ったことは、僕はない。

僕の頬を汗が走る。喉が、喉が渇いた。
何か、何か言わないと。

……そう思った矢先、ふー、と絢辻さんは深い息をついて、
きれいに伸ばしていた背筋を、思い切りチェアの背に預けた。
ガタッと大きな音がしたので、どきりとした。
彼女も僕と同じ、いつの間にか額から汗をこぼしていて、手扇で顔をあおぎながら、

「だめねー、やっぱり才能ないわ。
 ただのグロテスクな話になっちゃった。理屈っぽ過ぎたかしら」

と、舌を出すように、大きく伸びをする。

「安心して。作り話よ」
「え、あ……。うん……。そう、だよね……」

そして訪れた、本当の静寂。何の物音もしないダイニングに、
あの頃から変わらない絢辻さんの含み笑いだけがふっと漏れて、朱の炎が揺れた。
今、唯一の光源であるそれが揺らぐと、
キッチンの壁に大きくはりついた僕ら二人の影も、揺らん、と音をたて、
まるで僕ら自身を飲み込もうとする怪物みたいに大きくたわんだ。

とそこへ、ウィィン、と小さな唸りが上がって、冷蔵庫が息を吹き返し……

「あ、直ったみたいね」

言い終わるが早いか、一番に灯ったのは、廊下の向こう、バスルームの照明だった。
黄色がかった柔らかなクリーム色の光が、壁の魔物を照らして消した。

そうだった、そうだった。
風呂に湯を張り終わって、さあ入ろうとした矢先に起こった停電だった。
辺り一帯、真っ暗になって驚いたんだ。

続いてチカチカと天井の蛍光灯が光を取り戻し、オーディオ、デッキ、
部屋のあらゆるところで息を潜めていたくさんの液晶画面に、
青や緑の細い光が点り始める。

「結構、長い停電だったわね」

絢辻さんはリビングからバルコニーへ出、
夜の闇の中に少しずつ明かりを取り戻し始めた街を眺めて言う。
本当に、ただのお伽噺を終えたあとみたいだ。
エアコンからも冷たい風が吹き始め、慌てて部屋に戻った絢辻さんが窓を閉めると、

「そうだね」

いつもの夜の時間が部屋に帰ってきた。
もう、安心して……いいのかな。いいんだろうな。

「これは、もう要らない、と」

フッ、と彼女がロウソクの炎を吹き消す。
壁に、わずかに薄くだけ残っていた僕らの影も消えてなくなる。

「停電も、たまには悪くないわね」

冗談じゃない。
停電の度に、こんな怖い話を聞かされたんじゃ胃に悪い。
それに、冬だったらどうなる?
寒さとのダブルパンチで、心臓麻痺を起したって不思議じゃない。

「怪談話もこれでおしまい。お風呂、先にもらっちゃっていい?」
「ああ、いいよ。その間に僕、家電のチェックをやっちゃうよ」
「あ、それなら」

既にバスルームに向かっていた絢辻さんは足を止めて振り返った。

「レコーダを先に診てくれる?
 このあとすぐ、予約してるドキュメンタリーが始まっちゃうのよ」
「ああ、うん、わかった」

お願いね、と鼻歌なんかをひっかけながら。
ひたひたとフローリングの上をゆく素足の絢辻さん、
そのサマーセーターの背中はいつもと変わらなく見えるんだけど……
なんだろう。最近少し、丸みが増した気がする。
リビングのレコーダを覗き込む横目で、その様子を窺っていたのだけれど。
脱衣所のノブに手をかけた絢辻さんは、一瞬、ほんの一瞬だけ、
空いた方の手でお腹をさすった。
その横顔は、何故だかとても、愛おしげに優しい。
まろやかになったのは、体のラインだけじゃない……気がする。

「……。何? 一緒に入る?」
「えっ!?」

僕の視線に気付いた彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべ……ては、いない。
いたって真面目な顔だった。
「うん」と言ってしまえばその通りになってしまいそうな、あそびのない顔。

「え、あ、いや……」
「なにうろたえてるのよ、その程度で、今更。こっちが恥ずかしくなるじゃない」

まあ、確かに。
今更、うろたえるようなことじゃない。
夏、夜、停電、怪談話。
ただなんとなく、今日の絢辻さんの気配があんまり特別だったから、
珍しく、おふざけを持ち出したのが彼女からだったから、
なんだか昔にかえったような気がしただけだ。

「べ、別にうろたえてなんか……」
「そう? なら、いいけど。お願いだから、もう少し堂々としていてね」

カチャリ、とバスルーム独特の反響を伴って、扉が開くのとほとんど同時だったせいで。

「ね。 ……オ・ト・ウ・サン♪

もう一度、くるりと輪を描くようにお腹をなでた彼女の最後の一言は、
僕にはちゃんと届かなかった。





                                      (了)


    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク



  

|

« ■マエムキ・マインド ~本日は会話モードで・3~ -更新第293回- | トップページ | ■DICE~神様のSANチェック -更新第295回- »

アマガミ」カテゴリの記事

ゲーム」カテゴリの記事

創作」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

絢辻さん」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55967/31144824

この記事へのトラックバック一覧です: ■夏・終・話 ~ナツヒノハナシ -更新第294回-:

« ■マエムキ・マインド ~本日は会話モードで・3~ -更新第293回- | トップページ | ■DICE~神様のSANチェック -更新第295回- »