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2009年7月 9日 (木)

■胸に住まうは、猛き哲理のインファイター -更新第251回-

  

絢 辻 「あっ……あたしのはそんなにはみ出てません!!」



段々ギリギリになってまいりました、
オイサンです。

本日の内容なんてものは、みなさんにはとんと関係のないお話なので、
読んでもらっても面白くはないかも知れません。

   が、

オイサンにとってはナカナカに刺激的なデキゴトだったので
書き留めずにはおられないワケです。

  ……マいつもの内容が、みなさんにとってそんなに面白いモンかと言われれば
  それもまたさほどの自信はないわけですが。

サテ本題。
どこぞのWebで、ウィトゲンシュタインなる大昔の哲学者の書いた
ナントカ言う本の書評を読みました。
書評というか、噛み砕いた概要、みたいな感じだったと思いますが。

本の題名は忘れてしまいましたが、
Wikipediaさんで調べてみたところ、多分コレだったと思います。

論理哲学論考 (岩波文庫) 論理哲学論考 (岩波文庫)

著者:ウィトゲンシュタイン
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


デ、そのウィトゲンシュタインさんがこの本でおっしゃるには、
メモ書きしか手元にないのでアレですが、

  ・本質的で根源的(=主観的で観念的で直観的?)な「体験」は
   言葉にして伝達することは出来ない。
   それについてはもう、沈黙するよりほかない。

  ・そうして言葉に置換出来ないものを伝達するには、具体的に示すしかない。

  ・しかし言葉に出来ないものを、描き出すことは出来るかも知れない。
   芸術的に、描ける範囲のものを描くことで、その狭間や行間に
   本来描けないはずのものを表現・存在させることは出来る(かも知れない)。

  ・描けないものを描こうと、あがき、前進し、努めることは、
   素晴らしいし、美しいし、価値のあることである。

  ・( 一つの言葉でない、全体で以って、表現し伝えることは出来るはずだ。
    行き届いた細部で全体を構成し、その全体に伝えたい一つを象らせることは
    出来るはずだ)

というような内容であるらしい。
最後の括弧書きは、オイサンが本文からさらに噛み砕いて読み取ったことです。

この内容はつまるところ、オイサンが
「手帳の中のダイヤモンド」第五章のPre Storyで示した
絢辻さんの恋愛観……もっと言えば対人観ですが……
そのものだったワケです。

オイサンはこの本は読んだことはありませんし、
ウィトゲンシュタインさんのことも、
お名前くらいを映画の題名として知っていたくらいです。

そして先のPreStoryの中で描き出した絢辻さんの恋愛観というものは、
オイサンが絢辻さんという人物像を追ううち、
「案外、こういうものなのかもな」
という軽い納得を伴って、
自分の中に生まれた絢辻さんという少女のさらにその中に芽生えた
一つの考え方であり、
あくまでも「彼女の」人生哲学だったワケですが。

  決してオイサン自身の恋愛観を描いたものでありません。
  つかオイサンは恋愛観なんてものを持ち合わせていません。

なんというか……自分の中に生まれた自分ではない人が、
大昔のエラいひとと同じコト言った!!
……という、新鮮な驚きと衝撃が、自分の中にあったのです。

誤解があるといけませんが、
だからといって「俺スゲエ!」とか「えれえ!」というお話ではなく、
何かがパチンと弾けたような、純粋な驚きだったのです。

大体、このテの疑問というか、考えと感情と決断と迷いの一巡りのようなものは、
エエ加減そこそこに年をとれば、誰しもぶつかって、自分なりの結論を出す、
(それが思春期の出来事なのか、
オッサンの域に達したときなのかは分かりませんけど)
出さねばやってらんない類のものですから、
誰しも考え付くのはさして難しい話ではないと、オイサンは思います。

  ……だと、思うんですけど……。
  ……皆さん、ぶつかりましたよね?
  考えてクヨクヨしましたよね?

そして、ぶつかった時に出す答えは、大きく二つしかないわけです。
「出来ないものは出来ない、分からないものは分からない」と決断して前進するか、
「出来ないし、わからないけど、やり続ける」と取っ組み合うカクゴを決めるか、
どっちかです。

  ……ハイブリッドの「出入り」というのもアリかも知れませんが。
  インファイトとアウトボックスを繰り返す、アレです。
  足を使って隙を伺い、勝負どころではインファイト、です。
  もしかすると、至近距離で足を使う、
  異次元高速インファイトもアリなのかもしれませんが、
  ちょっとそれは想像がつきません。

  ナニ言ってるか分からない人は、例によって
  KC『はじめの一歩』、板垣 VS 今井戦(65巻~67巻)を読んで下さい。
  サイコーに面白いですから。
  はじめの一歩―The fighting! (65) (講談社コミックス―Shonen magazine comics (3246巻))はじめの一歩―The fighting! (66) (講談社コミックス―Shonen magazine comics (3284巻))はじめの一歩―The fighting! (67) (講談社コミックス―Shonen magazine comics (3315巻))
  あとオイサン、板垣君と生年月日がまるまるおんなじだった……。
  びっくりだ……。 閑話休題。

オイサンは、どちらかといえば前者。
ある意味、取っ組みあって一つの答えを出すことを諦め、
ぶつかる度にその都度の答えを出し直すカンジの人です。
けれども、オイサンの中の絢辻さんは後者を選びました。

  ……というか、
  「『アマガミ』本編を読むにつけ、絢辻さんは後者を選ぶと、オイサンは考えた」
  というのが正しいんですが。

絢辻さんという人物像を通して、
その在り様について深く観察し、考察し、練り上げてみることで、
自分の中になかった結論が自分の中の彼女の中に生まれてしまった、
そしてそれは、大昔にンなことバッカ考えてメシ食ってた人もかつては考えたことで、
世に広く了解されたコトでもあった、ということが、
今回ひどく新鮮だったので、とりあえず書き残してみました。


ああいう物語を書こうと決めて、休みをつぶし、色々頭を悩ませながら、
書いては消し、書いては直し。
コレ、三十にもなってすることなのかな、
意味のあることなのかな、
と、グダグダ考えてみたりもしたのですが。
ああ、こういうこともあるんだなと、ちょっと報われた気分です。
悪くない。
うん。
悪くないよ、こういう気分は。


  あと、多分……ですが。
  絢辻さんは、この本も読んだことがあるんじゃないのかなあ、
  なんて思うのです。
  しかも、原本、とかで。
  コワイ人だからね。


あああと、ウィトさんの言う
「見えないものを描き出すために、見えるものをとにかく描く」
という考えというか、やり方、手続きには、すごく共感します。
……なんていうとエラソウですね。
仰ること、すごく分かります。
太陽と、木の葉を描くと、木漏れ日が落ちる。
そうするしかないんですよね。
うん、そうか。
やっぱ、昔っからそうなんだな。



オイサンでした。


 

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