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2009年6月21日 (日)

■手帳の中のダイヤモンド -14- 第五部 PRE STORY(3) -更新第236回-

--1-- はこちら
--2-- はこちら

               --3--

「付き合うとか合わないとか、正直言っちゃうと、あたしにはそんなことどう
だっていいのよ」
 出だしはまたしても衝撃的で、僕はせっかくのお茶を噴き出しそうになる。
 シックな柄のケーキ皿には、スポンジのかけらがちらほら残るだけになって
いた。あれからもう二口、僕は絢辻さんからケーキを分けてもらった。彼女は
「だから、自分の分も頼みなさいって言ったのに!」
と不満顔だったけれど、ケーキ代をワリカンにするという若干不利な条件で勘
弁してもらえ、ついでの
「そうしたら、分けっこだって出来たのに」
という呟きは、聞こえなかった振りを強要された。
 僕らはさらにお茶のお替わりをし、今し方その二杯目が運ばれてきたところ
で、冒頭の一言は第二ラウンド開始のゴングというワケだ。
「……聞き捨てならないけど、解説をお願いします」
 僕はもう、それ以上は動じない。さすがに、一日二回は無理だ。体がもたな
い。絢辻さんはカップを傾けながら、ふてぶてしくも目を充血させた僕を上目
づかいに窺うと、クスリと漏らしてカップを置いた。
「『つきあう』だなんて曖昧な言葉だし、定義もはっきりしないでしょ。それ
にあなたが訊きたいのは、そんな国語の授業じゃないわよね」
 僕はうんうんと頷く。だからこそ、僕は辞書じゃなくて絢辻さんに訊きたか
ったわけで。けれどもそれをどうでもいいと言われてしまうと、僕にはやっぱ
り「僕とのことはどうでもいい」と言われているに他ならなく聞こえてしまう。
 だけど、そうじゃなかった。
 絢辻さんは居住まいを正し、背中を丸めた僕なんかを見つめた。まっすぐな
瞳。まっすぐな黒髪。それら全部が、僕のものだ。彼女の頬が少し赤らんでい
るのが、今度は照明や家具のせいではなく、はにかんだ瞼で分かる。
「あたしの中で確実なことは、一つだけ」
 静かな、呟きのような一言。さっきとは違う衝撃が、悦びとともに胸を、体
を、駆け抜けた。
「……うん」
 その唯一の確信は多分、僕と同じだ。僕も改めて絢辻さんを向き直る。その
途端、道が拓けた。さっきまで渦を巻いていた彼女の瞳の中心から、驚くほど
素直にその奥が見通せた。入射角をゼロにすれば良かったんだと、今更ながら
気がついた。簡単なリクツだった。けれどそれは難しいことだった。
 自分の思いにこんなにまっすぐな彼女が、どうしてあんなにひねくれなけれ
ばならないのか、僕には分からなかった。それはもしかすると、世界の方が歪
んでいるからなんじゃないのか? そう思わずにはいられない。下らない読み
違えを二つも重ねた僕自身が、何よりその証明であるように思えた。
「でも、それって、誰に証明出来るものでもないのよね」
 そうして瞳の奥にあるものを交換し終えると、絢辻さんはよいしょと深く、
椅子に腰かけなおした。あえて目を逸らした、とても残念そうなその時の顔を、
僕は忘れられそうにない。
「迂闊に言葉にできるものじゃないし、いくらお互いに好きだ好きだって言い
合ってみても、どっちかが嘘をついたり、疑ったりしてたんじゃ、どうしよう
もないもの」
 彼女の言葉は時に辛辣で、胸をえぐってくる。しくりと走った胃の痛みに耐
えかねて視線を落とした僕の内心を読み取ったのか、絢辻さんは表の通りに目
をやった。
「あたしは、ほら。……あんなだったじゃない?」
「『あんな』?」
 窓の外、店が面した路地は本当に狭くて、人二人すれ違うのがやっとだ。こ
の店、景色は良くない。視線はすぐに向かいの壁に跳ね返る。だけど、見える
範囲が限られているというのは、却って落ち着くときもある。この変化の少な
さは、この店にはとって大切なファクターであるように思えた。
 そこを一匹の猫が通り過ぎていく。ちゃんと首輪をした、毛艶の綺麗なシル
バータビーだ。人の町に馴染んではいるように見えても、足取りの端々に、ま
だどこか野生を宿して見えた。
「……ああ。猫かぶり……の、こと?」
 僕は極力慎重になりながらも、その言葉を口にした。
 絢辻さんは小さく頷く。表情には、抵抗も衒いも見えない。それは事実で、
もう吹っ切れた、という風情だった。やっぱりすごいな。絢辻さん。
「だから、自分もそうだし、人が本音を隠したり、変わったり、時には嘘をつ
いたりすることも、人よりはよく知ってるつもり。それだから、余計にね」
 絢辻さんの話は、何か大事なことを飛ばしたところから始まっていた。何が
余計になのか、余計にどうなのか。けれどもその空いた括弧は、僕にも簡単に
埋めることが出来る。そんなの、
「うん」
としか返せない。僕は沈黙をごまかすために、そしてこの先もたくさん続くこ
とが予期される穴埋め問題に備えるために、十二分に量を残してお茶をすすっ
た。三杯目も覚悟しつつ。
「どうしようもないのよ」
 最後の言葉はまるで、二年前、丘の上の公園に吹いた北風のようだった。ス
ピーカーの曲が途切れ、店のどこにか置いてある、遠い水槽の泡の弾ける音だ
けが鳴っている。
 猫かぶりをやめて本当の自分で歩き出した絢辻さんは、今、一人だ。もちろ
ん僕は傍にいる。だけどそんなことじゃない。人は、人の心の中までは絶対入
り込めない。
 猫をかぶっていた頃はそれで良かったのかも知れない。諦めもついた。だけ
ど今、大切なものを取り戻した絢辻さんに、その事実、その寒さ、かなしさは
身を切るほどの鋭さを持っているに違いなかった。
 それを……僕ときたら。
「あたしはね。そういう色々の不安を解消したくって、あの公園にあなたを呼
んだつもりだったの」
 今更あんな質問をされて、ちょっとがっかり。そう言っているんだ。言われ
ても、仕方のないことだった。
 今日、何の気なしにしてしまった、この下らない質問の意味。そしてここに
辿りつくまでの幾つかの勘違い。それらは既に、彼女へのあまりに罪深い裏切
りと映ったに違いなかった。
「そうだよね。ごめん。ごめんなさい」
「許しません」
 少しずつ冷たさを増すカップに指をかけ、絢辻さんはコクリと一口、飲み下
す。
「だから、さっきまでのはちょっとしたお仕置きです」
 クラスメイトたちにも向けるようなキッパリとした口調が、これで恨みっこ
なしのおあいこだと告げていた。そして僕はようやく、さっきまで自分の感じ
ていた痛みが、絢辻さんの痛みなのだと悟った。本当に、かなわない。どこま
でいっても。
 だけど一つ、大事な問題が残ってしまった。
 じゃあ、どうすれば良かったのだろう。嘘でないこと、疑わないこと、それ
を明らかにして相手に心の、瞳の奥底まで届ける手段なんて僕にはとても思い
つかない。いくら僕が押入れに住んでても、そんな便利な機械はポケットから
も出てこない。
 ぐるぐるぐるぐる、存在しない解を求め始めてしまった僕に、
「ここまでが多分、この世の事実。ここからはあたしの考え」
スパリ、と絢辻さんは話のページをめくった。
「だからね、思うのよ。そんなこと、実はどうでもいいんだって」
 新章、突入。まるでどこかで読んだ物語の筋を説明するみたいに、絢辻さん
のまっすぐな話は続いた。
「確かなことは、本当に一つだけ。どこまでいってもね。だからあたしに出来
るのは、そのことをどうやって証明するかだけなのよ。自分に対しても、あな
たに対しても」
 さっきまでのウェットな気配はなりをひそめ、冬の朝の空気のように、ドラ
イだけど身の引き締まるような清々しさが、声と表情に戻っている。
「お互いが示しあう態度の中で、確信しあえるようにふるまっていくしかない
んじゃないかって。その意志が互いにあるなら、たとえ意思表示が明確にされ
ていなくても、その二人は恋人同士なんじゃないかしら」
 僕は目で頷きながら、絢辻さんの口から出た一つ一つの言葉を拾い集めてそ
の意味を考えていく。想いあう意志。二つの片思いはぶつからないで、絡まり
あって編みこまれ、それぞれに相手に届く。そんな話だと思った。
「だから、付き合う、合わないっていう物差しの上で考えるなら……」
 くるりと視線を外し、絢辻さんは天井から提げられた傘付きのアンティーク
なランプに目をやった。いつもの、両掌を合わせて傾げたポーズで、うん、う
んと二、三度、長い暗算をするときと同じに頷いた。納得のいく言い方が見つ
かったのだろう、軽く椅子を引き、再び僕に向き直って言った。
「あたしはあなたに、それを証明しようとし続ける。あなたも、あたしに対し
てそれを続けている。……そうしている間は、きっと、あたしたちはお付き合
いをしてるのよ」
 視界の端にふんわりと灯りがともった。窓の外はもう夕闇。電信柱の街灯が、
今、灯り、少し古びた黄色い光が狭い路地を照ら出していた。
 店の中では、給仕の女性がしずしずとテーブル一つ一つをまわっては、その
上に吊るされたランプのスイッチをひねって灯りを入れている。僕らのテーブ
ルにも、そっと、決して十分ではないけれど、ほんのりと相手の表情を窺える
くらいの暖かな光が手渡された。
 それを待つ少しの沈黙。
 分からないから、分かり合うために。
 見つからない答えを、見つかると信じて。
 お互いの投げたボールがいつか必ず同じ軌道を描いて……まるで自分の投げ
たボールがそのまま手元に戻ってくるような、そんな瞬間を信じて続けるキャ
ッチボール。
「……そんなものかな」
「そうよ、きっと」
 するりとお茶をすするのは、迷いのない、否、迷いを捨てた絢辻さんの姿だ。
 良かったじゃない、と。絢辻さんは、その言葉が、さながらのどを滑ったカ
フェオレと交換で出てきたみたいに言った。
「良かったって……何が?」
「だって、そうそう確かめ合えるものじゃないのよ?」
 あら不思議、とでも言いたげに、絢辻さんは眉をあげる。
「そう……だろうけど」
 その気の遠くなるような……ともすれば報われないかもしれない作業の、一
体どこが?
「お互い、一生やってられるってことじゃないの」
 一生……。
 絢辻さんの気持ちは嬉しかった。それはもう、この上もない。だけど、一生、
一生か。複雑だった。否、想いは二つだけだからさほどでもないけれど、自分
に、そんな強さがあるのかな。
 そこへクスリと、
思わず漏れた小さな笑いは、本当に楽しそうだった。
「そんな、不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。きっと、どこかで分かりあえ
るわ」
「どうして、そう思うのさ」
 僕の内心の不安さえ読み通し、情けない顔の僕とは正反対の堂々とした微笑
み。絢辻さんはカップを置くとぎゅっと固く腕組みをし、殆どふんぞり返るよ
うにして、オークの椅子に背を預けた。
「だってそんなの。そんな大事なことも感じあえないように出来てるんじゃ…
…それこそ、あたしたちってなんなの、って思うじゃない」
 ……僕はもう。呆れてものも言えない。
 どうしようもないことがある。どうしようもないことは、どうでもいい。そ
んなことにかかずらっているくらいなら、出来ることを磨き上げて対抗する。
 なんて子なんだろう。
 十七年間の長きに亘って、神様が彼女に無闇な試練を与え続けた気持ちも今
なら分かる。
 放っておいたらこの子は、バベルの塔の天辺で豆の木育てて自分のとこまで
登ってくるに違いないと畏れたんだ。僕が神様だったら……ビビりまくる。
「あの時は、あたしも怖くなっちゃって『契約』なんてこと持ち出したけど…
…」
 公園で交わした約束と、キスのこと。ついこの間のことなのに、もう随分昔
のことのように思えた。あの頃は、まだ空がかろうじて秋の色をしていたせい
もあるだろう。そのあと起こったたくさんのことが、時間の流れを早めたとい
うのもある。
「そんなことで縛れるはずもないものだし。今考えると、ちょっと無理やりだ
ったわね」
 焦ってたのかな、と絢辻さんは自嘲した。
「あ、だからって。破棄するって言うなら相応の違約金は戴くわよ? 破棄な
んて考えるんじゃなかったって、後悔するくらいのね」
 その調子は冗談混じりだったけど、こんな話を聞いてしまった今、その笑顔
はとても健気で、痛みがちょっぴり混じって見える。
 ……。
 そんな思いは、させちゃいけない。せっかく色々教えてもらったんだ。何か
返さないと申し訳がない。ははっ、と僕はいつもの調子で笑って言った。
「馬鹿だな、絢辻さんは」
 まるで、梨穂子にするように。
 さすがにこれには、絢辻さんも意表を突かれたようだった。胸を突く驚きと、
焦りと怒りと照れが綯い交ぜになって、今日一番のかわいい顔になった。
 おお……たまらんですばい。
「……な、なんですってえ?」
 ほっぺたを赤くしたまま、イニシアティブを取り戻そうと悪い笑顔ですごん
でくるけど、これは想定の範囲内。少し怖かったけど……僕はまっすぐに顔を
あげた。
「言わないよ、そんなこと」
 お互いに。
 確信しあえるように。
「言うはずない」
 僕は、僕の想いを証明し続ける。
 それがたとえ、届かなくても無駄でも間違ってても。
 身を乗り出しかけていた絢辻さんは、動きを止めた。珍しく瞳を逸らし、唇
を尖らせて。
「そ……そう」
と溜息みたいに呟いて、椅子に背を預けなおした。
 ……やりました! 本会戦において、我が方は初めて迎撃に成功し……
「そっか。残念」
 ブツリと割り込む、敵軍からの入電。またしても謎の暗号を受信しました。
解読不能、解読不能。
「いくらむしり取れるか、楽しみにしてたんだけどね」
 ……ああ、ああ。そうですか、そういうことですか。
 初めて耳にする絢辻さんの負け惜しみ、その響きはなんだかとても甘やかで。
……それは多分、バナナシフォンケーキのせいじゃないはずだ。


      *      *      *


 ぼん、とスピーカーに、低音が小さく弾けた。
 絢辻さんが「あ」と声を上げ、嬉しそうに瞳も一緒に天井に上げたから、そ
のときかかり始めた音楽を気にしたのだと分かった。男性数人の静かなコーラ
スだ。
「知ってる歌?」
「ええ。聴いたことない? 有名なポップスよ」
 流れてきた旋律には、確かに聞きおぼえがあった。歌詞は英語なのだけれど、
歌っているのは日本人なのだろう、ところどころ僕にも意味がわかる程度にヒ
アリング出来る。
「メロディは知ってる……かな」
「『Nothing's Gonna Change My Love For You』ね。オリジナル……じゃ
ないわね。タイムファイブかしら」
 曲名もさながら、絢辻さんの英語の発音の滑らかなことに少し驚く。恥ずか
しながらこっちの方が、ヒアリングが怪しい。
「な、ナシゴレン・チェンジ・マイ……?」
「ナ・ッ・シ・ン・グ!! ……お願いだから、食べ物で釣られないでくれる?」
 一瞬、絢辻さんの言った意味が分からなくて、自分の間違った英文を頭の中
で和訳する。……ああ。確かにこれじゃ、恋の相手は浮かばれない。
 絢辻さんは心の奥底から大きなため息をつき「あなた、本当に大丈夫?」と
僕に疑いの眼差しを向ける。無理もない。
「あ、はは……面目ない。さすがにそれは、大丈夫……」
「そうであってくれると助かるわ……。あたし、ナシゴレンに恋人を寝取られ
た女になりたくはないから」
と、これ見よがし二つ目のため息大きくついた。
「はい、じゃあ罰ゲーム。この曲、邦題はなんというでしょう?」
「え、それは」
「宿題ね。調べておくこと。明日まで!」
「え……」
 絢辻さんはお得意の含み笑いで、ちょっと出来過ぎよね、と呟いて、底に残
って冷たくなった最後のカフェオレを飲み干した。
「さて、ホームルームもおしまい。行きましょうか」
 手首に巻いた可愛い時計にちらり目をやって、絢辻さんは立ち上がる。出来
過ぎ? 絢辻さんの言葉の意味も分からないまま、僕は残りのコーヒーを飲み
干し、荷物をまとめ、レシートを手に取って絢辻さんのあとを追いかけた。

「はい、じゃあ千七百五十円……だけど、千五百円でいいわ」
「ありがとうございます。いつもすみません」
 僕が追いつく頃には、絢辻さんはカウンターの女性と親しげに言葉を交わし
ていた。無言で差し出される絢辻さんの掌に、僕も黙って千円札を乗せる。そ
の様子を見て、女性は眼鏡の奥で緩やかに笑った。
「珍しいわね、詞ちゃんがお友達を連れてくるなんて。初めてじゃないかしら」
「ええ、そうですね」
 絢辻さんは少しだけきまり悪そうにしながら、カウンターの影で、僕の鳩尾
に肘を入れた。ゲホ。挨拶、しろって?
「あ、どうも。初めまして。えっと……」
「そう」
 訳も分からず名乗った僕に、女性が笑うと顔の皺がぐっと深まって、初めて
年相応の風合いを醸し出した。その分、たくさんの安心を感じられる気がした。
初めての僕に、どうしてこんなに嬉しそうに微笑みかけてくれるのか不思議で
ならなかった。
「ごちそうさまでした、それじゃ、また……」
「あ、絢辻さん、待って」
 何故だか小急ぎに頭を下げた絢辻さんを遮ると、「何よう」と彼女は途端に
不機嫌になる。それでも僕が「男性用」のマークを指さすと、ヤレヤレ顔で
「じゃあ、先に出てるわね」
と背を向けて行ってしまった。
 用を足し、同じ場所に戻ってきたときには、やっぱり絢辻さんはいなかった。
 カウンターのお婆さんに会釈をし、絢辻さんを追いかけようとした時だった。
「『変わらぬ想い』」
「え?」
 振り返ると、お婆さんはカップを水から上げながら、さっきと変らない微笑
みで、僕を見ていた。
「さっきの、宿題の答えよ」
「き、聞こえてたんですか?」
「今日の詞ちゃんは、元気が良かったもの」
 『Nothing's Gonna Change My Love For You』の邦題のことだ。
 変わらぬ想い、か、なるほど。……と思いつつ、どうやって調べた上げたこ
とにしようかと、僕は偽装工作に頭を悩ませる。
「それにしても、ナシゴレンは良かったわね。今度、軽食のメニューに加えよ
うかしら」
 お婆さんはますます皺を深くして悪戯っぽく笑いながら、拭き上げたカップ
をうつぶせに並べていく。自分の子供を扱うように、ゆび先には慈しみが溢れ
て見えた。
「か、勘弁して下さい……。すみません、騒がしくして」
「いいのよ。あんなに楽しそうな詞ちゃんは初めて。是非また、二人でいらし
てね」
 はい必ずと返事をし、今度こそ絢辻さんを追いかけようとしたときに。
 あれ、もしかして。僕は一つ、どうしても気になって足を止めた。
「あの」
「はい?」
 品の良いお婆さんは穏やかな笑顔のまま、僕の声に振り返った。
「さっきの曲、もしかして」
 『変わらぬ想い』。僕には、いくらなんでもタイミングが良すぎると思えた。
出来すぎね、という絢辻さんの言葉の謎も。こんなこと、種明かしを求めるの
はエレガントさに欠けると分かっていたけれど、どうしても気にかかったし、
もしそうなら一言お礼を言いたかった。
「あら」
 お婆さんは驚いた様子で、細い目を小さく見開いた。ああ、やっぱりそうな
のか。
「あの、ありがとうございました」
 僕が丁寧に頭を下げたのを見て、お婆さんは二度びっくりしていたけれど、
ベージュのエプロンの前で手を重ねて丁寧にお辞儀を返してくれた。
「いいえ、こちらこそ。詞ちゃんへの、せめてものお祝いよ」
 良かったね、絢辻さん。
 君のことを見ていた人が、この町にはいる。君が投げたボールをすっぽり受
け取った人たちが、きっとまだまだ沢山いるよ。
 そのことを伝えたくて、僕は重ねてぺこりと頭を下げると、ほんの数歩のエ
ントランスへの通路を急いだ。


      *      *      *


「ね、あれ」
 店を出てすぐのところで、絢辻さんがマフラーに顎までうずめて待っていた。
てっきり「遅い!」か「寒い!」とキレられるものと覚悟していたのだけど、
彼女は路地の奥をじっと見つめて、僕が出てくるなり視線の先を指差した。
 そこには、
「ああ、さっきの」
店の中から見たシルバータビーが、すぐ傍にちょっと汚れた首輪のない三毛を
寄り添わせて、ふにゃふにゃと顔を洗っていた。
「お友だち……かな?」
という僕の読みとは裏腹に、三毛はシルバータビーにちょこちょこちょっかい
をかけ、毛づくろいをしようと舌をのばしては、前足で顔をはたかれていた。
「あらら」
「ははっ。『あたしって、あんなだったじゃない』かあ」
 気分の良かった僕は、ついうっかり。言わなくていい軽口を無防備にたたい
てしまう。
「あなたねえ」
 口から下をマフラーにうずめたまま、絢辻さんはジトリと僕を睨むけど、自
分で言った手前、それ以上は何も言わない。赤くなった耳が十二月の寒さのせ
いなのか、それ以外の何かのせいなのかは……敢えて言わない。深追いしたっ
て痛い目を見るのはこっちだから。小さく肩をすくめ、僕もこっそり、話題を
変えた。
「しかし、お相手の三毛もめげないね」
 ホントに、めげない。再三のトライは華麗な猫パンチで全弾迎撃されている。
「案外、好きなんじゃない? ああいう扱いされるのが」
 後半、愉しげな悪意をたっぷり吸った声になりながら絢辻さんが言う。横目
に僕を見上げるその視線に気付けずに、
「……かも、知れないね。ああ見えて、通じ合ってるのかも」
と、僕は答えてしまった。
「あら。認めちゃうんだ?」
「うん。……って、え? 猫の話だよね?」
 彼女はくるりと向きを変え、路地の出口へ。
「ええ、もちろんよ。ふーん、そうなんだあ……」
 彼女の向かうその先は、赤・白・緑。商店街のクリスマスカラーが目に痛い
くらいだ。溢れる光に、シャンシャン鈴の音。スタスタ歩き出す背中には、健
やかな悪意。サンタの担いだ袋からは、果たして、鬼が出るか、蛇が出るか?
「ま、待って絢辻さん!? 猫、猫の話だよねっ!?」
 十二月。僕と君に無縁だったはずの季節が、今、こんなに身近で光ってる。
僕の二年、絢辻さんの十七年。長かったけど、あとちょっとで僕らは思うはず
だ。まさか、こんなに早く、こんな時間が訪れるなんて、って。
 だから多分、続けていける。一生をかけた、相手の見えないキャッチボール。
その時間もきっと、あっという間だ。寂しくなんかない、辛くなんかない。こ
の想いが変わらない限り……お互い、そこにいるのは分かり切ってるんだから。

「ねえ、ちょ、絢辻さん! 絢辻さんってば!? 猫……」
「ああ、もう……しつこいっ!」
 がすっ!
「ぐあっ! あ、絢辻さん! か、鞄! 鞄はナシだよッ!」



                             (おしまい)


 






 ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 

    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3
    16 第六部 終章 PRE STORY その1 (SS)

    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク


 

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コメント

Nothing's gonna change my love for you
聞きました。
耳に残っている曲ではあったのですが、ちゃんと聞いたのは初めてでした。
歌詞がすごくいいですね!
後半なんか、ホントに橘氏と絢辻さんのことを歌っている感じがします。

以下に自分流和訳を。アマガミに近づけるところは近づけてみました。

If I had to live my life without you near me
もし、私の人生にあなたが寄り添っていないなら、
The days would all be empty
1日なんてほんっとに空っぽで
The nights would seem so long
毎夜がほんっとに長くって
With you I see forever.. oh so clearly
あなたとなら永遠という言葉だって大袈裟じゃない
I might have been in love before
前に恋だって思ったこともあったけど
But it never felt this strong
こんなに強烈なのは初めて
Our dreams are young and we both know
私達の夢が未熟だなんてことはわかってる、でしょ?
They'll take us where we want to go
でも、それが連れっててくれるのよ
Hold me now
抱きしめて
Touch me now
触れて
I don't want to live without you
あなたなしだなんて(一人なんて)考えられない
Nothings gonna change my love for you
想いはいつまでも変わらない
You ought to know by now how much I love you
どれだけ愛してるか、わかってるわよね
One thing you can be sure of
1つだけあなたに信じてほしいこと
I'll never ask for more than your love
その愛だけで私には十分なのだから
Nothings gonna change my love for you
変わらない想いがあるの
You ought to know by now how much I love you
その大きさに気付いてくれてもいいんじゃない?
The world may change my whole life through but
私の人生がひっくり返ったってね
Nothings gonna change my love for you
あなたへの愛だけは変わらないんだから

If the road ahead is not so easy
これからも、多くの困難も待ち受けているだろう
Our love will lead the way for us
この約束があれば頑張って行ける(この2行ドラマCDのラストですね)
Like a guiding star
北極星の導きのように(ここまでが絢辻さんパート、たくさんらしくないこともありますが。。。)

I'll be there for you
君のそばにいるよ
If you should need me
僕が必要だって君が言うなら
You don't have to change a thing
もう自分を偽る必要なんてないんだ
I love you just the way you are
絢辻さんのそのあり方が、その生き方が好きなんだ
So come with me and share the view
だから一緒に行こうよ。一緒の景色がみたいんだ
I'll help you see forever too
僕だって手伝うよ、ずっと一緒にいられるように
Hold me now
抱きしめて
Touch me now
触って
I don't want to live without you
絢辻さんなしで生きてくなんてできないよ

Nothings gonna change my love for you
この想いはもう変わることなんてない
You ought to know by now how much I love you
絢辻さんだってもうわかってるよね
One thing you can be sure of
ただ一つ確かなこと
I'll never ask for more than your love
その愛だけでもう十分幸せなんだよ
Nothings gonna change my love for you
いつまでも、大好きだよ
You ought to know by now how much I love you
え?ホントは気付いてくれてるんだよね・・・?
The world may change my whole life through but
僕の人生がめちゃくちゃになったとしても、
Nothings gonna change my love for you
いつだって、愛してるから

Nothings gonna change my love for you
二人の想いは変わることはない
You ought to know by now how much I love you
どれだけ想い合っているか、しっかり伝わってるから
One thing you can be sure of
1つだけ確かなこと
I'll never ask for more than your love
一緒にいられることが、何よりも幸せなんだって!

投稿: Dすけ | 2013年6月19日 (水) 00時19分

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