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2009年6月16日 (火)

■手帳の中のダイヤモンド -14- 第五部 PRE STORY(1) -更新第234回-

               --1--

 景色は秋を終えて焦茶色をはらはら散らし、その大部分を白や灰色に変えつ
つあった。今日も空は灰色で、いつ白い妖精が舞い降りてきても不思議じゃな
い。
 生まれて十七年、僕はずっとこの町に住んでいるけれど、そんな僕でも殆ど
足を向けたこともないような町はずれの狭い路地を絢辻さんはするりと折れて、
その先にひっそりとあった、とても古風で上品な色の扉を、誰に気付かれるこ
とのないように押し開いた。
 からんころん、と夏に涼しく、冬には暖かに響く鈴の音に迎えられ、僕と絢
辻さんは、店の奥の席へと案内された。
「あたしはホットのカフェオレ。あなた何にする?」
「えっと、じゃあ、ブレンドのホットを」
 畳んだコートを空いた椅子に置きながら絢辻さんが促すので、僕はメニュー
も見ないで、とりあえずありそうな物を口にした。席についても僕はまだ少し
落ち着かなくて、何を探すでもなく、店内をきょろきょろと見渡した。
「……よく、こんなお店を知ってるね」
「あんな生活してたからね」
 運ばれてきたおしぼりで手を温めながら絢辻さんは、一人用の隠れ家がいろ
んな所にあった方が何かと都合が良かったのよ、とこともなげに言った。お客
は僕らと、離れた席にお爺さんが一人。カウンターは遠いから、僕らの話が誰
かに聞かれる心配もない。
 絢辻さんの言う”あんな生活”っていうのは、猫かぶりの暮らしのことだ。
絢辻さんは学校でも、町でも、自分の本性を隠す暮らしをしていたが、つい先
日、それをやめた。町でどうしているのかまでは僕は知らなかったけれど、今
の感じだと、少しずつ地を出すようにしているみたいだった。
「ここなら本を広げて長居しても、文句を言われることもないしね」
「なるほど」
「勿論、教えたのはあなたが最初」
 絢辻さんは伏せ目に言ってから、片目だけを開いて僕の表情を確かめた。お
願いだから、梅原君とか棚町さんとかに教えて騒がしくしないでね。そう言わ
れている。
 その視線にちょっと喉が渇いて、お冷を喉に通すと、ただのお冷がえらく、
喉に舌に、心地よい。
「おいしいでしょ」
 僕の動きが止まったのを見て察したのだろう、絢辻さんは嬉しそうにあごの
下に指を組んだ。なんというか、本当になんでもお見通しだ、彼女は。
「ただのお水が、どうしてそんなにおいしいのか……教えてもらえないのよね」
 絢辻さんが首をのばして僕の背後に視線を投げたので、僕も振り返ってその
先を負う。カウンターには還暦を迎えたくらいの、それでもお婆さんという雰
囲気の全然ない女性が一人、多分僕らの、飲み物を作っていた。
 お店の中は深い赤と明るい茶色の中間、艶やかな茜色で統一されていて、喫
茶店と言うよりも、ドラマなんかで見るバーに雰囲気は近い。そして、音楽が
流れていた。アカペラというのだろうか、抑え気味の音量で、男声だけのコー
ラス。
なんというか、落ち着きがある。ありすぎて、僕みたいな普通の高校生
は逆に落ち着かないのだけれど、真向かいに座った絢辻さんはそんなことは意
にも介さず、背筋をきれいに伸ばして通路を挟んだ席の向こうにある窓から外
の様子をうかがっていた。油断しているわけでも、緊張しているわけでもない。
ただ普通に「喫茶店でお茶を飲んでいる顔」をしている。僕らで言うなら多分、
ファーストフードで少し真面目な話をしているときとか、一人で電車に乗って
いるときの顔だ。その当たり前の面差しに、落とし気味の灯りがしっとりと影
を馴染ませて……はっとするくらい、絵になった。
「? 何?」
「あ、いや……。外が気になるなら、向こうの席に移ろうか?」
 気を利かせたつもりで僕が窓側の席を指さすと、絢辻さんは目じりに小さな
角を立てた。
「目立たないために、奥の席に座るくせをつけてるの。今だって、制服のまま
でしょ。少しは頭を使いなさい」
「あ……すみません」
 せっかく良い雰囲気だったのに、自分で台無しにしてしまうのが僕クオリテ
ィなのか。でもその沈黙が一分も続かないうちに、
「カフェオレのお客様は」
「あたしです」
飲み物が運ばれて来、僕は救われた。
 給仕に来たのはさっきの女性とは違う、もっと若い女の人だった。顔立ちが
似ているから、多分家族でやっているお店なのだろう。
 運ばれてきたコーヒーを、僕はブラックのまま一口だけ口に含み、それから
砂糖とミルクを少量ずつ落とした。そしてもう一口。好みの味になっているの
を確かめてからカップを置いた。
 すると今度は、絢辻さんがその僕の仕草を目を丸くして見つめている。また
僕は……何か可笑しなことを仕出かしたろうか。恐る恐る。
「な、なに?」
「随分、品の良い飲み方をするのねえ」
 意外な答えが返ってきて、今度は僕が驚く番だった。心地よい、短い沈黙。
目を丸くした二人が見つめあうみたいになって、周りに他のお客さんがいたら、
ちょっと面白いことになっていただろう。
「え……そ、そう?」
「ええ。なんかもっと、がばーっといくのかと思ってた」
「ガバーって……」
「意外。ちょっと、似合わないかも」
 ことばじりに笑いを忍ばせ、絢辻さんも自分のカップに指をかける。
「ひどいな」
 はは、と僕一流の苦笑をもらしながら、さっきのお水が美味しかったからね
と、理由にもならない理由を付け加える。絢辻さんもそれで納得したのかしな
いのか、
「そう……」
と、あわて気味に、やさしい色のカフェオレに口をつけた。照明と家具の照り
返しか、頬が少し赤らんでいる気がする。
 僕と絢辻さん、めいめい自分のお茶を楽しむ間のあと、カチャリと控えめに、
カップが居住まいを正す音が鳴って、絢辻さんが小さく息を吸ったのがわかっ
た。
「で、さっきの質問の続きね」
「ああ、うん」
 忘れてた。
 学校帰りの道すがら、僕の何の気なしに投げた質問に絢辻さんが気持ちを高
ぶらせて、
「じゃあその辺、じっくり話し合いましょうか」
と言い出したんだ。その時の絢辻さんの勢いから、じっくりとした話し合いに
なる可能性はほぼゼロだと、僕は踏んでいた。強いて言うなら、ここからはお
説教タイムだ。
 けれど、連れて来られたこのお店にはお説教タイムには向かない風情があっ
て、ちょっと違う展開を予感させた。絢辻さんの迫力も、いつの間にかお説教
タイムとは思えない静けさに落ち着いていた。
「あなた自身はどう思うのよ。恋人だとか、そうじゃないとか」
 腕を組み、困ったみたいに眉を寄せた絢辻さんは、何かを探し、そして願っ
ているように見えた。



      *      *      *



「『つきあう』って、どういうことだと思う?」
 ずっと、不思議に思っていたんだ。
 僕にとっての始まりは、あの日。体育館への渡り廊下で見つけた絢辻さんの
背中を追っていったら、ひと気の絶えた花壇のそばで、不意に。
「あなたをあたしのものにします!」
 振り向きざまの彼女の言葉に……正直、面食らった、というか……何言って
んだ、この人は? と思った。だから、笑うところなのか、突っ込むところな
のか、真面目に意味を尋ねればいいのか、相手が薫だったら迷わず顔面にパン
チを叩き込んでいい場面だったのだけど( 薫の場合はそうしないと、あとで逆
に怒られる )、選択がうまく出来なくて、結局絢辻さんを怒らせてしまった。
 そのときの絢辻さんの解説は簡潔すぎて逆に難しく、というか、今思うと多
分、本人も把握しきれていない感情が大半で。だから僕にもその中核の部分を
読み取れたかは分からなかった。ただ、ウッカリ伝わってきちゃったのは、
「あなたのことが気になるから、これからじろじろ観察したり、意地悪したり
するけど気にしないでね」というようなことだったのだ。
 気にしないでね、なんていうのは土台無理な相談で、こんな美人に興味津々
じろじろ見られ、挙句にときには誘惑めいたことまでされて、平静を、正気を、
保っていられるなんてそっちの方がどうかしていて正気じゃない。
 そして、聡明な絢辻さんの判断と行動はあまりに迅速で、第二波にして確実
なとどめを、僕は刺された。
「あたしをあげる」
 公園でのキス。
「だから、あなたの今いる日常を、あたしにちょうだい」
 言ってることは、やっぱり、サッパリ、分からない。だけど思ったのは、何
と引き換えにしたって惜しくないという……それが僕の中の”男”だったのか、
はたまた”雄”だったのかは分からないのだけれど……直観のようなものだっ
たのだろう。
 この子が危険な何かをはらんでいるのは重々承知、だけどもそんなことを勘
繰る余裕も僕にはなかった。絢辻さんの持っている、強さも、弱さも、危うさ
も、せつなさも、口移しに僕の中に流れ込んできて、激しくなる鼓動以上に、
体中の筋肉が血管とも神経とも違う誰も見たことのない透明な管を通ったそれ
らを吸って熱く脈を打ち出したのだから、もう抗いようがない。
 それからはもうズルズルだ。特に何もない、というよりも、毎日のように起
こる何かしらに麻痺して、僕は絢辻さんのことしか考えていない。
 ……あれ? これはもしかして、「夢中」っていうのか?
 けれど、その後絢辻さんからは何もない。あの契約のキスで満足したのか、
安心したのか、日を追って過激になる僕への干渉──概ねただのイケズなんだ
けど──こそあれ、およそ恋とか思慕とか、そういう色っぽい気配を感ずるこ
とは、僕からモーションをかけないことには殆どない。
 それが彼女なりの貞節というものなのかもしれないけれど、絢辻さんのこぼ
す要所要所のつぶやきは、思索的で哲学的で、どこか詩的で、やっぱり僕のよ
うな凡俗以下には感情のしっぽをとらえることすら難しくて。
 僕という馬にまたがる絢辻さん……だけど絢辻さんの手綱を引いているのは
馬の僕、みたいな、そんな複雑怪奇な関係に、僕のお腹はゴロゴロしっぱなし
だった。
 まあ、彼女が普通の女の子でないことは分かっているし、なんなら世間一般
の日本人ともちょっとかけ離れた生態を持った「絢辻詞」という新種の生き物
であることも、近年の研究で少しずつ明らかになってきた。……そんな風に思
っていることが知れたら、こっちの脳みそバラされて塩漬けにされそうだけど。
 それでも、それだから、知りたかったし、確かめたかった。
 だから、つい無警戒に聞いちゃったんだ。
「ねえ絢辻さん。僕たちって、つきあってるのかな?」
 そんな目くじら立てるような質問だとも、思わないんだけどな。
 ……なんて、このときはまだ、呑気に構えていたんだ。


                              (つづく)

 






 ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 

    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3
    16 第六部 終章 PRE STORY その1 (SS)

    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク


 

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