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2009年5月25日 (月)

■手帳の中のダイヤモンド -11- 第四部 PRE STORY -更新第223回-

覚悟を決めて。
バチリと鞄にロックをかけたとき、

「よ! どうだ? 今日はゲーセン寄ってかねえか?」

と、梅原が声をかけてきた。
お前にどーしてもかけたい技があるんだよぉ、
と嬉々として盛り上がる梅原には悪いと思ったけど、
僕はそのまま鞄を手にとると、「悪い」と切り出した。

「今日は、ちょっと行きたい所があるんだ」

あまりにまっすぐに告げる僕に意表を突かれたのか、
梅原は、お、おお、そうか、と豆鉄砲を食ったようになりながらも

「別に、そっちの用事が終わってからでもいいんだぜ?
 付き合うからよ」

と、いつものサバサバした笑いを見せてくれた。
本当にありがたい友達だ。僕にはもったいないとさえ思う。
でも。

「ホント悪い。今日は、一人がいいんだ」
「ん、そか」

それ以上は付きまとわないし、詮索もしない。
少しだけ寂しそうに眉を下げながら、じゃあ、と短く、片手で別れを告げた僕を、

「おう、じゃあな」

と送り出す、コイツの男ぶりには頭が下がる。
寿司屋の男ってのはみんなこうなんだろうか。その境遇が少し羨ましい。

「なんかあんなら相談には乗るからよ。
 似合わねえ真似だけはすんなよな!」

教室を出ようとした僕を声だけが追ってきた。
ホントのホントに、いいヤツぶりだけだったら大統領選も当確間違いなしだ。

下足場を抜け、校門前の広場で空を仰ぐ。
12月初頭のある日。
朝の天気予報が告げたのは、今年一番の冷え込みと。
例年にない、早くて深い、本当の冬の訪れだった。
凍てついた今日の空は、紛れもなく。澄んでいる分、高くて遠かった。



       *        *        *



校門をくぐり、落ち葉の覆う桜坂を下り。
公園を抜けて、昨日も通ったばかりのその道は、住宅街に入った。
そして、昔から人の暮らしの和の中心にあった場所へと続いている。
人々の心の中心、と言ってもいいのかも知れない。
僕は昨日あったことを鮮明に思い出しながら、
昨日と同じその道を、息が切れるくらいに早足で辿った。

(絢辻さん……)

やがて見えてくる、汚れた朱色の鳥居をくぐり。
落ち葉の積もった石段は、滑らないようにするのに一苦労で、
石と靴底の間で、粒の大きな砂がざりりと居心地の悪い音を立てる。
耳のかけた狛犬は冷気を吸ってキリリと冷たかった。

(絢辻さん……!!)

『『こっち』』

と、昨日の、言葉少なな絢辻さんの声が僕を導く。
人の世を厭うように境内を避けて裏手に回ると、秘密めいた気配がひたりと辺りに張り詰めた。
神社の、境内の裏手。
あの日、手帳を拾った僕を、中身を見られたと勘違いした絢辻さんが連れてきた場所だ。
僕と絢辻さんは、ここで確かな「友達」として一歩目を踏み出した。

『『スタート地点よ』』

昨日から、僕の頭の中で沼のように渦を巻いてる絢辻さんのいくつかの言葉。
スタート地点か。
昨日、絢辻さんの話を聞きながら、確かにそうだと心密かに思っていた。
でも、多分、絢辻さんの言っているのがそれっぽっちの意味ではないことも、
最近起こった色々な出来事で、僕は分かり始めていた。
17年間。
じっと押し黙って来た絢辻さんが、初めて他人に対して、自分から口を開いた場所。

僕は物思いに呑まれそうになるのを振り払い、
乾いた落ち葉の上をザクザク進んだ。

腰をかがめ、お社の、張り出した巡り廊下の下を覗き込むと、
古ぼけた箒やちりとり、それに破れた幟なんかが、頼りない梁の隙間に山としまい込まれていた。
そしてその片隅に、

(あ。あった……)

あっけなく。
眠っていたのは、ブリキのバケツ。
年代物のそれは、昨日はそんなことを気に留めている余裕もなかったが、
ぼこぼこへこんでひどい形だった。
その底には、昨日出来たばかりの手帳の灰が、
お葬式の垂れ幕のような佇まいで、風に泳いでいた──。



       *        *        *



……それは一瞬の出来事だった。

昨日。
僕をここに連れてきた絢辻さんは、
周りに人がいないのを確かめると、ようやく僕の方を向き直った。
必要なことを言わない人じゃないのは分かっていたし、
必要のないことは言わないのも分かっていたから、
僕も何も言わず、彼女がことを切り出すのを素直に待った。

「……えっと……」

けれどこの日、

「ん……」

絢辻さんにしては珍しく歯切れが悪くて、

「あの、ね……」

僕はなんだか、絢辻さんが女の子で、自分が男であることを、
少し強めに意識せざるを得なかった。

「……もしかして、言いにくいこと?」

……そんな疑問にすら。
言いよどむ彼女を見るのは、初めてだった。

「そうでもないはずなんだけど……」

的確な言葉が浮かばない。
自分にはあまり起こらないその状態に、絢辻さんは戸惑っているようだった。
ああでもない、こうでもないと頭の中で二度、三度。
作っては壊しを繰り返し、いよいよ言葉にはできないと悟ったのだろう、
彼女は制服の内ポケットに手を差し入れた。

絢辻さんにはそういうところがある。
感情と肉体という、どうにも制御のできない厄介なものの力の強さを、
骨の芯で知っているらしかった。
そういうときには、その流れに逆らわないのが一番なのだと。
頭がいいんだ。本当の意味で。

そうしてポケットの中から絢辻さんが連れだしてきた物を見て、僕はたじろいだ。
それは、革張りの、黒い……

「ね、これ。憶えてるでしょ?」
「う、うん。絢辻さんの手帳……だよね」

忘れられるはずがなかった。
それは、あの日僕が拾った絢辻さんの手帳だ。
にこやかで、控え目で、おしとやか………………な、筈の。
僕の知るそれまでの絢辻さんを、強烈なインパクトで豹変させた、
天使と悪魔の変身アイテム。

そして、互いに一人のクラスメイトに過ぎなかった僕たちを、
特別な存在へと押し上げた、クラスチェンジのためのアイテム。
あの日を境に、あの手帳に導かれて、僕らは「出会った」。
言い方はおかしいけれど、僕らのおかしな関係にはぴったりだ。

その手帳の後ろから出てきたのは、赤いプラスチックのライター、
絢辻さんは使い慣れているはずもないそれを、

「……! ああっ!!」

──── 一瞬、ほんの一瞬の迷いのあとに鋭く擦ると、点った炎に手帳をかざした。
ちりっ、と音がするかしないか、頁の端だけが黒く染まってめりめりめくれ上がり、
炎色の透明な渦の中に飲み込まれていく。
僕はただ、呆気にとられて見ていた。

僕が彼女の秘密を知った日。
僕が彼女の手帳を拾った日。
僕が絢辻さんの本当の心と、少しだけ友達になったあの日。
あの日、彼女は僕になんて言った?
手帳の中身を、なんて言った!?

「見ちゃったんでしょ? あたしの秘密」
「大変なことになるの。分かるでしょ?」
「その、きれいな字で書かれたものを見ちゃったのよね?」
「……まあね。人に知れたら、学校にいられなくなるようなことよ」
「もちろん、知った人も学校にいられなくして上げるけどね」 

その手帳が、今、目の前で燃えている。
なんだろう……なんだろう、この絶望的な気分は!
それなのに絢辻さんときたら、あちっ、と顔をしかめて手帳を持つ手を変えたぐらいで、
落ち着き払って辺りを見回すと、
お社の張り出した回廊の下を窺って、

がんっ!!

……と。
商店街の路地裏で、ゴミ箱相手に鬱憤晴らしをしていたときみたいに、
その下に隠れていた何かを、力一杯、ケトバした。
がらんがらんと悲鳴を上げて、
彼女の蹴りから逃がれ出てきたのはブリキのバケツ。
横倒しに転がり出たそれを、絢辻さんはもう一度、今度は優しめに、

がんっ。

けれどもそれは横倒しのまま、楕円軌道を描いて転がり、僕に近いところで止まった。
絢辻さんは、不服げに。
バケツに向けて落としたハの字に寄せた眉毛を、そのまま僕に向けた。
「次はお前だ」
……そんなはずはないのだけれど、炎とキック、
その二つにすっかり萎縮してしまった僕はそう言われたようで、
びくりと体を固くしてしまった。

「ん」
「え……え」
「んー」

無言で顎を突き出す絢辻さんが言いたかったのは、

「こ……こう?」

僕が寝ていたバケツを起こしてやると、絢辻さんは、また無言で。
ほとんど全身を炎に包まれ始めた手帳を……
やっぱり、またほんの刹那だけためらったあと、バケツの中に放り込んだのだった。
そして短い沈黙の後、話してくれた。

「もう、あたしには必要ないと思うの」
「前に進むには、邪魔なのよ」
「こんな物より、もっと大切な事があるって……
 わかってきたから」
「あたしが伝えたい事、あなたにはまだ分からないでしょ?」
「でも、そのうちきっとわかると思う」

僕が曖昧に頷くと、そこから先はもう無言で。
荼毘に付され、音もなく天に召される手帳を、二人して見送った。
僕も、絢辻さんも、時折顔を上げては、隣にいる互いのことを窺った。

僕は絢辻さんが何を思っているのか、ただ知りたかった。
彼女は時々薄く唇を噛んでいるようだったけれど、僕が見ていることに気がつくと、
深く、静かな視線を返してきた。

残念だけど、絢辻さんの言った通り。
今の僕には絢辻さんが何を思っていたのか、
この儀式にどんな意味があったのか分からなかったし、
絢辻さんが僕のことを見ていた気持ちも──分からない。
分かるのは、





 ──いつか、あたしのことをもっと知ってくれた時にね。





絢辻さんが、僕に、自分のことをもっとよく知って欲しいと思っているということ。
そして──今日ここで、一人の女の子が死んだ、ということだけだった。



       *        *        *



そして、その翌日のつまり今日。
僕は再び……早速。ここに来た。
女々しいと思わないではなかったし、タブーであるような気もしたから
昨晩からみっちり24時間、悩みもした。

でも、こうせずにいられなかった。
……大体、紙を燃やした灰に何が残るなんて期待は出来ないから、
ダメで元々というか……
大した意味のない、そこに何もないことを確かめるだけのつもりが大半だった。

それでも、考え、迷い、悩んだ。真剣に考えた。
もしも何かが残っていたら。
そこに大きなヒントが眠っていたら。
それだけで一大事だから。
それが、他ならぬ絢辻さんに関することだからだ。

「よっ……」

昨日、手帳が完全に燃え尽き、火が消えるのを見届けたあと、
絢辻さんがこともなげにそのバケツを、元あった回廊の下の、梁の奥に戻した
──今考えると危ないのだが、その時は二人ともそんなことを気にする余裕がなかった──
のを僕は覚えていて。
腰をかがめ、中身をこぼさないように、そっと引き寄せた。

ブリキのバケツは、昨日の炎が燻ることもなく、
その鉄肌に今日の寒さをピシリと蓄えていた。
底には昨日のまま、燃やした手帳の灰が積もっている。

鉛筆書きのメモが白い跡になって残っていたりしないか。
注意深く見つめてみてもどの破片も黒い炭の幕になっていて、
およそ文字のようなものは見つけられなかった。
ほっとしたような、がっかりしたような、
灰の重なった奥の方に何かが残っていやしないかとカサカサと揺すってやると、
大きな破片までもが崩れ落ちてバケツの中は余計に混沌となった。

(手がかりなし、か……)

「こーりゃ。そんなところで何をしとる」

神主さんのような口まねだけど、それは明らかに女声。ていうか、

「絢辻さん」

振り返ると。
隠す気も化ける気も、一切ない。
子供のいたずらを許すときの笑顔で、いつからそこにいたのか、
彼女はしずしずと歩み寄ってきた。

「あたしの大事な、手帳のお墓を暴きにきたの?」
「そんなつもりじゃ……絢辻さんこそ、どうして」
「どうして?」

何を今さら、と絢辻さんはただでも大きな瞳を、驚いた素振りで見開いて見せた。

「理由その一。あなたが朝から、そわそわして落ち着きがなかった」
「う……」
「理由その二。目の下にクマまで作って。そのクセ、珍しく居眠りもしないでね」
「……」
「三つ目。いつも遅くまで残ってダラダラしてるくせに、今日に限ってすぐいなくなっちゃって。
 しかも梅原君の誘いを断ってまで」

僕はグウの音も出ない。
分かり易いのもここまでくると、逆に罠かと勘ぐったわ、
と絢辻さんは肩を揺すって付け加えた。

「……じゃあ、僕のあとを追ってきたんだ」
「まあ、そういうことにはなるわね。
 ……あんまりさっさと帰っちゃうもんだから、そこだけは余裕が無くって、ホラ」

絢辻さんは少しおどけて、スカートの裾が広がるのも気にせず
前蹴りみたいに右足を僕の方につきだした。
「あ、上履き……」
ね。と、絢辻さんは愉快そうに笑みを浮かべると、調子を落として腕を組んだ。

「……と、言いたいところだけど。
 実際は、あたしもちょっと気になっちゃってね。
 半分は、自分のための確認」
「……そっか。そうなんだ」
「……何よ?」
「ううん、なんでもないよ」

正直なところ、すごくホッとした。
絢辻さんは、もう手帳のことなんかキレイに忘れて、
昨日の明日に向かって一人でどんどん歩き出してしまったんじゃないかと
恐れていた。

もし本当にそうだったら、こうしている僕が一人で馬鹿みたいだし、何よりも、
……絢辻さんのことをもっとよく知る機会なんて一生訪れないんじゃないか……
そんな風に考えていたから。

「で? 何か見つかった?」
「いや、なんにも。火も、ちゃんと消えてたよ」

僕はマジシャンよろしく、バケツをザカザカ揺すってその中身を絢辻さんの方に向けた。
絢辻さんは、困ったように笑っていた。

「そ。良かったわ。
 ついでだから、ちゃんと処理しちゃいましょう。ほら」

と、絢辻さんは。
僕の制服の袖を捕まえると、手水舎の方へと連れていった。
それから僕らは柄杓でバケツの中の灰に手水をかけ(こんな使い方をしていいのかな?)、
裏手の片隅に小さな穴を掘って濡れた灰を埋めた
(もちろん作業のほとんどは僕がやらされた……)。



       *        *        *



「ありがと」

一連の作業のあと。
戻した土を踏み固めながら、絢辻さんが言った。
視線は上履きのままのつま先を見つめていたけど、照れくさそうに、確かにそう言った。

「え、何……」
「本当は、こんなことはして欲しくなかったんだけど」
「こんなことって……あ…」

それは多分、この手帳の墓暴きのことを言っていたんだと思う。
結果的に何も出てこなかったとはいえ、
絢辻さんにとって、これは一つの裏切りのようなもの……だったのかも知れない。
だったらどうして。絢辻さんは、ありがとうなんて言うんだろう。

「でも、あたしのことを知ろうとしてくれたのよね。
 何にも説明しない、あたしも良くないのは分かってる」
「……」

何も言えなかった。
正直、「絢辻さんはひどい、身勝手だ」と思ったこともある。
あの手帳は確かに絢辻さんの持ち物だけど、
僕と本当の絢辻さんが出会った、最初のきっかけじゃないか。
それを、一人で決めて、一人で、勝手に。
絢辻さんはいつも、僕の気持ちなんてお構いなしだと、
悩み通した時間の中で、何度か腹を立てた。

昨日、炎の中で炭に変わっていく手帳を絶望的な気持ちで眺めながら、
絢辻さんにその気持ちをぶつけそうにもなった。
けれど、それは所詮炎が見せた一時の幻で、
絢辻さんの静かな瞳を何度か盗み見るうち……
彼女も、何かに耐えているのだと分かって、そんな気持ちは消え失せた。

「だけど、今はこうするしかないの」

すこし緩んでいた喉が引き締まり、
また絢辻さんは、最後の一言を噛み殺す。
言いたいに違いない、言ってしまえば楽になる、最後の一言。

『(ごめんなさい)』

今、絢辻さんは頭を、あの優秀な頭脳をフル回転させている。
僕のために、今出来うる最大限の譲歩を探して、
与えられる最高のヒントを、
絢辻さんが背伸びをし、僕が限界以上のジャンプをして、
それでようやく届くギリギリのロープを、神様に見つからずに渡すために。

うつむいて、うつむいて、うつむいて。
とすとすと、こらえるように確かめるように、濡れた土を踏み固める。
その下には、絢辻さんの17年間が眠っている。

「こんな風に頼めた義理じゃないけど……」

戦っているんだ。今も一人で。
そんな強い気持ちをなんて呼ぶのか、僕は知っていた。
それは、僕への……。

「焦らないで欲しいの。分からなければ、分からないで……
 そのときは……」

だから僕も、覚悟を決めないといけなかった。

「分かった。もうしないよ。こんなこと」

僕も同じく、噛み殺す。
それだけで、死にそうに辛かった。
彼女はこんな気持ちを、17年間一人で抱え続けてきたんだ。
それを思うと、健気で、痛々しくて。
絢辻さんは吃驚したみたいに僕を見たけど、
何かが心からこぼれそうになったみたいで、また唇を噛んで、すぐに目をそらした。

そして、誤魔化すように始まるんだ。
拗ねたような声。

「あーあ、上履き泥だらけ。
 ねえ、あなたのスニーカー、貸してくれない?
 このままじゃ学校に戻れない」
「え!? だ、ダメだよ!
 僕もう、このまま家に帰るつもり……」
「あらそう。そういうこと言うの?
 そもそも、あたしがここにいるのは誰のせいかしら?」

いつの間にか、声がずしりと重みのあるトーンに変わっている。
こうなると僕にはもう、反撃のいとまもない。

「そ、それは……だけど、サイズが……。
 僕は絢辻さんの上履きなんか履けないよ!」
「足の裏を刺激するのは脳にもいいのよ?」

……はだしで帰れと、おっしゃってますね……。
最近起こった色んなコトで、そんなことばっかり、僕、分かります。

「それに」
「……それに?」
「たとえ履けなくても、あなたには相応の価値があるんじゃない?
 あたしの、う・わ・ば・き」
「!
 ……☆?
 …………♪♪!
 ………………ハッ!?」

ジトリと僕を睨めつける、その瞳にはいつもの輝き。

「…………変態」

なのに今日は少し嬉しそうに頬を染めて、くるりと背を向ける。
その滑らかな背中には、おかしな信頼が溢れていた。

「やーめた。もういいわ」
「えっ……」
「……上履き、得体の知れない使われ方するの、嫌だもの」
「し、しないよ!
 待って、待って絢辻さん!
 そのままじゃ汚れるよ、僕のスニーカーを……!!」



       *        *        *



結局僕は、何も知らない、何も分からないままだ。

あの日僕を縛り付けた幻の言葉は、バケツの中で燃え尽きて、もうない。
あの手帳に何が書いてあったのか、絢辻さんがそこにどんな思いを込めたのか、
……確かめる手段ももうなくて。
彼女の言葉を信じることだけが、僕に残された最後の望みだ。
謎の言葉が、僕を導く。


 ──だから、それまで覚えておいて。
   「ここがあたしの再出発点」ってこと。


「再」出発点、と彼女は言った。
あの革張りの黒い扉の向こうには、
はじまりの絢辻さんの最初の出発点があったに違いない。
彼女の17年を支え続けた決意と思い、
それが果たして、どんなものだったのか。

そう、それはきっと。
鋼よりも硬く、結晶よりも純粋な……。

ダイヤモンドの様に頑なで、
ダイヤモンドの様に透明で。
少し不吉で、凶悪な光を閉じ込めた絢辻さんの決意。

今は亡き、手帳の中のダイヤモンドは、
僕の中でいつまでも輝き続けてしまうだろう。

それは多分、永遠に失われてしまった絢辻さんの少女が、
永遠に少女であり続けるのと同じように。
けれど、もしかすると。
……それは、とても幸せなことなのかも知れない。





テク・テク・テク、と規則正しく続く絢辻さんの足音。
深い藍のハイソックスに隠れたアキレス腱を見つめて追いながら、僕は。

ああ、もう一生、この一人の女の子から離れることは出来ないんだと……
確かな不安と、不思議な喜びに満たされていた。



(続く)










 ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 

    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3
    16 第六部 終章 PRE STORY その1 (SS)

    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク

 

 

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