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2009年5月12日 (火)

■手帳の中のダイヤモンド -09- 第三部 PRE STORY -更新第210回-

「あ、おかえり、にぃに」

玄関を開けるなり。
僕の「ただいま」より早く、たまたま廊下を横切った美也が食いついてきた。
口にはアイスをくわえてる。この寒いのに、本当に好きだな。

「あ、そうだ。あのさーにぃに……」
「悪い、このあとまたすぐに出なきゃなんないんだ。
 帰ってからな」

機先を制すると、美也は不満そうに頬を膨らませた。

「えー、何それー? こんな時間からどこ行くの?」
「こんな時間って……まだ4時だろ」

今日はそのために早く帰ってきたんだ。
学校に残ってダラダラする、貴重なライフワークの時間を惜しんでだぞ。

「だから、どこに行くの!? ……ま・さ・か♪」

不服げだった妹のネコ顔は、途中からにちゃりと愉しげにゆがんで。
何かを値踏みするような視線を絡みつかせてきた。
……アイスも好きだけど、ホント、そういう話も大好きみたいだ。

「ばぁか。創設祭委員の雑用だよ。
 隣の駅まで買い物に行かないといけないから、
 私服の方がいいだろって話でさ」

もっともらしい理屈をつけると、美也は。
また不満顔に戻って「なぁんだ」と気のない息を吐いた。

「ほれにひても珍ひいねえ? (カポン)、にぃにが委員会だなんてさ。
 にぃに、そういうのしない系のマニフェストの人かと思ってたよ」

部屋で着替えていると、今度はドアの外から話しかけてくる。
アイス、くわえたまま喋ってやがんな?

「所信表明した覚えはないぞ。……まあ、当たってるけど」

確かに、美也の言うとおりだ。
委員会とか、クラブとか、課外的な活動からは無縁の領域で生きてきた僕にとって、
絢辻さんとの出会いと、彼女のエリアでの生活はある種革命的だった。
もちろん、今日の買い物だって絢辻さんと一緒だ!

「ふーん……。
 今日はにぃにの好きなカラ揚げとタコ唐サラダだから、
 早く帰ってきなさいって、お母さんが言ってたよ」
「お、そうか。じゃあなるべく……」

……一抹の、不安。

「……お前、万が一遅くなっても、僕の分まで食べるんじゃないぞ」
「にしししし~♪ あー、お腹減ったなー。ゴハンまだかな~」
「食べるなよ!」

ガチャ! と。
着替えを終えてドアを開けると、
片手にアイス、片手に茶封筒……? を持った美也が待ち受けていた。
その茶封筒を、ヌッと僕の眼前に突き出す。

「な、なんだよ……」
「お父さんから。今月のお小遣い」

そうか、もうそんな時期か。
ていうか、昨日のはず……だよな。小遣い日。

「今朝預かって、渡ふの忘れてたんだよ。
 にぃに、昨日早く寝ひゃってたひ、今朝も遅かったし」

確かにそうだ。
昨日の手伝いはバリバリの肉体労働で、帰ってきたらもうヘトヘトだった。
絢辻さんは……頭脳労働は9割がた自分でこなしてしまうけど、
肉体労働となるとほとんど僕に回ってくる。
しかも作業の量・質ともに手加減がない。
どうせ僕がやると思って、無茶な量を請け負ってきちゃうんだよ。

それでも、出来ると出来ないのギリギリのラインで
僕がこなせる量に納まっているから……さすがというか、なんというか。
僕のことを理解した上で、さらにアテにされているかと思うと悪い気はしないのだった。

僕は封筒を受け取ると、なんだか小さな違和感にさいなまれた。

「それにしても、封筒? いつもは札っぺらを裸でくれるのに」

きっちり封までしてあって、しかも……ちょっと厚くないか? これ。
僕の小遣いは月に五千円。明らかに、お札一枚の厚みじゃない。

「さあ? 預けるのに、むき出しじゃ気持ち悪いからじゃない?」
「お前、父さんに信用されてないんじゃないか?」
「バカ言ってもらっちゃ困るなぁ、にぃにー」

ニヤッと笑って投げつけた僕の皮肉を、美也はふんぞり返った胸ではね返す。
カキーン。
そうやって反り返ると、貧乏な胸がやたら強調されるから
やめた方が本人のためなんだけど……。
それを言うとまた引っ掻かれるから、言わない。

「安心と信頼のみゃー信用金庫だよー?
 貯蓄から資産運用のご相談まで、なんっでも承るのだ!」

意味のわからない自信とキャッチコピーでするりとかわす、
こいつは本当にネコみたいだな。
さすが森島センパイは、人の本質を見抜くに長けてる
(ただ、そこを認めてしまうと、僕は忠犬にならざるを得ないんだけど……)。

「それじゃ、確かに渡したからね。
 帰ってきたら、みゃーの話もちゃーんと聞いてよね!」

美也は玄関までまとわりついてきて、靴紐を結ぶ僕の背中に手前勝手な要求をぶつけてくる。
面倒だけど……まあ、かわいい妹だ。

「わかったわかった。じゃ、行ってきまーす」
「ほいほーい。お土産よっろしくね~♪」

……たかが隣町で、なんのお土産だよ……。



    *  *  *



家を出て、駅に向かって角を曲がる。
時計を見ても、待ち合わせの時間まで思ったよりも余裕があった。
そのとき、ジャケットのポケットにそのまま突っ込んださっきの封筒が気になって、
僕は歩きながら、その違和感の正体を確かめようと思った。

「あれ? やっぱり……」

封筒から出てきたのは、紙が三枚。
5千円札が一枚と、千円札がもう一枚。
そして……フセンって言うのか、俳句をしたためるような大きさの、ちょっと雅な紙がもう一枚。

別に、小遣いを上げてもらえるようなことをした憶えがない。
成績が上がったわけでなし、何かで表彰されたわけでなし。
親孝行をしたわけでなし。

それに、最後の一枚はなんだろう。

ひらひらっとその表裏を確かめると、片面に何か書いてある。
太くて大きな字と、細くて小さな字、二種類の筆跡で書かれた二つの文字列。
日が傾き始めて辺りは薄暗く、ちょっと読みづらい。
僕は闇を避けて電柱の灯りの下に逃げ込み、目を凝らして、……驚いた。



 もしかして彼女ができたか?
 千円増やしてやるから上手に使いなさい。
 違ってたら、黙って返すこと。    父

 今度お母さんにも紹介して下さい。
 P.S. 梨穂ちゃんかしら?      母



心底、驚いた。
心臓をつかまれるとはこのことだと思った。
なんてことだ、バレてる!?

……いや、僕と絢辻さんは、まだ恋人じゃない。
あのキスは……契約のキスだ。ホンモノじゃない。

だけど、その僕の変化を見て取って、何かに気付いたんだ、この二人は。
侮れない。

思えば、美也もだ。
あの目ざとい猫娘が、この封筒の妙な厚みに気付かないわけない。
気付いた上で、汲み取って、触れないように、壊さないように、
あえて黙って僕にパスを出したんだ。

僕が顔に出やすいのは、今に始まったことじゃない。
森島センパイにも、下級生の七咲にだってからかわれる始末だ。
とは言え、梅原だって梨穂子だって、
僕の変化からここまでの確信はしていないだろう。

すごいもんだな。親ってのは。家族ってのは。

一頻り感心をし、僕は心の中で両親に手を合わせると、物思いながら駅へと向かった。

あと、このメッセージから読み取れる意図といえば……
「たとえフラれても、経済的な理由を言い訳にはさせない!」
という無言のプレッシャーと、
「干渉はしないから、きちんと考えて自由にやりなさい」
という信頼と解放……だろうか。

……父さんと母さんは多分、そんなことまで考えていない。
どちらも根は実直だけど、たまにちょっと冗談が好きで、
ちょっと驚かせてやろうという……多分、今回の発案は母さんだ。

母さん似の美也は、そういう悪戯っ子のような性格も受け継いでいるところがある。
僕にもそのケがないではない。
梅原と正面きって付き合えるのは間違いなくその血のおかげだ。
ただ、外見と、梨穂子に付き合っていける緩やかさは父さんゆずりだと思う。

こうして絢辻さんと出会えた……絢辻さんは僕を特殊だと言ったけれど、
そのきっかけをつくった変わり者ぶりもきっと、家が作ったものだ。

結局、人間、なにごとも家族から始まるんだな。





   ─────と。





そこで、ふと、僕の足は止まってしまった。
じゃあ、当の絢辻さんは?

家族が嫌いだ、と絢辻さんは言った。
正面切って、僕の胸の中で。
あのぬくもりとやわらかさが、嘘や、冗談や、その場の勢いの類でないことは
鈍感な僕にだってわかる。
トクトクと波打つ背中の薄い皮膚を通じ、彼女の言葉は確かな感触として、僕の心を貫いた。

過剰なエリート意識を持つ父──。
一つの物の見方しか出来ない母と──。
何も知らない姉──。

家にはいたくない。
食事は、外の方が好き。
勉強は、図書館でした方がはかどるの。

矢をついで語られる呪いの数々。

家には居場所が無い。
誰も私を見てくれない。
そもそも、私はそこにいるの?

確かな重みと厚みに裏付けられた彼女の家族への思いは、
僕の理解も想像も、はるかに超えていた。

絢辻さんは詳しい話はしてくれないから、
彼女が受けた傷が、仕打ちが、どんなものだったのかわからない。
どんな深さだったのかわからない。

僕は、ポケットにしまった両親からの言葉を、もう一度ペラペラと見直した。
もちろん僕にだって、家族に悪い思い出がないわけじゃない。
ぶつかったことだって、一度や二度じゃない。

両親も美也も、人間なんだ。
ずっと同じ場所で、同じものを見て、同じ時間をすごしたわけじゃない。
ちがう見方、ちがう思い、ちがう行い。
かみ合わないことだって数え切れずある。

だけど。
でもそれは。

……絢辻さんは、聡明な女の子だ。
それは、僕なんかよりもずっと。
その絢辻さんが、そんな簡単なことに気付かないとは思えない。
そんなことを許せない人だとも思えない。
じゃあ、一体なぜ? 一体なにが?

つまるところ、今の僕には、絢辻さんの言葉を信じるしか、術が無い。
一体、彼女と家族の間に、何があったんだろう──。

「! やばっ!」
いつしか、トボトボ歩きになっていた僕の目に、腕時計に反射した街灯の灯りが跳ねた。
考えすぎた、完全に遅刻だ!
走り出す、全速力。
まだ時間の3分前だけど、きっと絢辻さんはもう待っているだろう。
その空虚な時間の不安を、僕らの何倍も何万倍も、重く受け止めながら。



    *  *  *



「遅い!」

僕の前で、絢辻さんの言葉と感情は、いつもシンプル。
儚くへこんだ絢辻さんは、僕の感傷の中だけで。
当たり前だけど、駅前で待っていた彼女は
さっきまで学校で一緒だった絢辻さんと何ら変わりなかった。

目つきを鋭く、ついでに唇もとがらせて。
肩で息をする僕の、2分の遅刻を決して許してはくれなかった。

「ご、ゼェ、ご、ごめ……ゼェ、あ、ゼェ、絢、絢つ、ゼェ、絢辻さん……」

どうにかこうにか膝に手をつき、肺の空気を言葉に変えた僕を傲然と見下ろして、
絢辻さんは元気いっぱいだ。
そして、僕がようやくしゃべれるくらいに回復したのを見計らい。

「……寒かった」
「え?」
「さーむーかーったー!」

一人でぽかぽか、顔から楽しそうに湯気を上げてる僕が憎たらしいのだろう。
不機嫌を隠そうともせず、何かを要求してくる。
……こうしてると、ただの駄々っ子な彼女に見えなくもないんだけどな……。

「そ、そっか、ごめんね。
 ちょっとそこでコーヒーでも買ってくるから……」
「缶コーヒーで誤魔化すつもり?
 帰りに喫茶店で、ちゃんとしたお茶を御馳走して」

……お父さん、お母さん、ありがとう。
戴いた千円が早速役に立ちそうです。トホホ。

「あ……うん。それでいいなら、喜んで」
「……なによ。随分気前いいじゃない」

だけど絢辻さんは、僕のその態度もお気に召さないようで、そんな探りを入れてくる。
それをかわせるだけの余力は、今の僕には残っていないのだ。
言わなきゃいいのに、バカ正直に。

「ああ、たまにはね。ちょっと臨時収入があってさ」
「あら嬉しい」

絢辻さんは満面の笑顔……。「良かったわね」とかじゃ、ないんすね……。

「……なんで、絢辻さんがチョクで喜ぶの……?」
「いけない?」
「……いけなか、ないです……」

そうして、ようやく機嫌を直した絢辻さんは、軽やかに。
改札に向けて身を翻した。

  ……。

その背中にあの日の温度と言葉を思い出し、僕は考える。
月に一万円もお小遣いをもらってる絢辻さん。
だけど、僕には想像がつかないんだ。

一体きみは、どんな顔をして、どんな言葉で。
お父さんからそれを受取るんだろう。
お母さんのよそうご飯を、どんな気持ちで口に運ぶのだろう?

おはよう、いただきます、いってきます。
ただいま、おかえり、ごちそうさま。
おやすみなさい。

当たり前の風景。
当たり前のはずの言葉。

絢辻さんの心に、それは見当たらない。
そして僕には、それがわからない。

「ちょっと、早く! これ以上モタモタしない!」
「ああ、うん!」

……きみが嘘をついている?
それとも、思い違いをしている?
悲劇のヒロインを演じるために?

そう思うことは簡単だけど、僕は君を信じよう。
たとえそれが、どんなに僕の想像を絶していても。

ポケットの中でかさかさと、一枚の紙が音を立てる。
今の僕に出来るのは、僕が「家族」から受け取るこのぬくもりを、
少しでもきみに感じてもらうことくらいだけれど。

だけど、きっと、いつか。
きみが無くした風景を、きみと二人で……
絢辻さん、一緒に作っていきたいと。
心からそう、願っているんだ。



「だから早くってば! ……もう、夕飯抜き!」
びしっ!
「な、なんで絢辻さんが決めるの!?」



 ~ Epilogue ~



美 也「いただきまーす。
     ……ん? にぃに、どうしたの? 食べないの?」

純 一「……夕飯、抜きにされた……」
美 也「…………………………誰に?
     にぃに、なに言ってんの?」

父・母(なんか、大変な子が相手みたいだな……







 ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 

    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3
    16 第六部 終章 PRE STORY その1 (SS)

    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク

 
 

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