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2009年5月 6日 (水)

■手帳の中のダイヤモンド -07- 第二部 PRE STORY -更新第207回-

「目標、かあ……」

暮れなずむ校舎の屋上、冬の風は冷たい。
でも僕は、家にも帰る気も、教室に戻る気も起きずに、
夕日に射抜かれ影の塊になっている輝日東山を眺めていた。

高校2年も夏を過ぎた頃から、
これでもかってくらい頻繁に、進路調査のプリントが配られてる気がする。
毎月もらってんじゃないか? と錯覚するほどだ。

そんなに回数配られたって、書くことは増えないし減らないし変わらない。
爆笑珍回答も思いつかない。
そんなこと、誰も期待してないのかもしれないけど。

……それでも。

心にもない真面目回答を、そう何度も何度も書いて出すのは憂鬱だ。
そうして書いて見せてるうちに、その答えがいつしか本当に、
僕の未来に定着してしまうんじゃないかと恐ろしくなる。

それならいっそ、茶化して茶化して、はぐらかしておいた方が気が楽だ。
……そんなこと考えて先延ばしにする奴がいるからあんなにしつこく聞いてくるんだろうけど。
真面目に考えろ、真面目に考えろって。

もしかするとあのプリントは、巡り巡って神様に届き、
「なんだ、こいつ、こんなことしたいのか」
なんて、本当にされてしまうのかもしれない。
……そんな分けゃないか。

そのとき、ビュッと強い北風が吹いたけど、
プリントは僕の手にしっかり握られたままだった。

「きっかけはなんでもいいのよ。
 好きなことや、やりたいことがあればその勉強をすればいいわ」

って、高橋先生は言ってたけど。

梅原は、最悪でも実家の鮨屋をお兄さんと守り立てていくと言っていた。
最悪、なんて言ってたけど、あの顔は案外乗り気だ。
あいつが鮨屋稼業を誇りに思ってるのもよく知ってる。

梨穂子は、最近開眼したお菓子作りに夢中で、
どうも本気で料理かお菓子作りの専門学校にいくつもりらしい。
「フランスにー、修行にいっちゃったりしてぇー」
とか、嬉しそうだったな。
確かに最近味が上がってきてるし、好きこそものの上手なれの典型かもしれない。


僕の好きなこと。
……。
なんだろう。
…………。
なにかあるかな。
………………。
なにかあるだろう。


お宝……本。
お宝本の編集者……とか? カメラマンとか。
なんて言ったら、一瞬で絢辻さんの裏拳(何を思ったのか、絢辻さんは最近技を増やした)が
飛んでくるんだろうな……。

そういえば、絢辻さんはどうするんだろう。
前に目標の話を聞いた時は、
「二つあってね。
 一つは医療関係。もう一つは……まだ秘密」
って言ってたっけ。
多分、そのことをもう書いて、プリントはとっくに提出済みだろう。
あ、絢辻さんが集めてるんだっけ。プリント……。

医療関係……。
ということは、医大にでも行くのかな。
とてもじゃないけど、僕の成績じゃ手が届かない。


  ……。


ギモンに思うコトもある。絢辻さんの目標について。
家族がキライで、社会に居場所をつくりたくて、絢辻さんは頑張ってる。
だけど……それで、ホントにうまくいくの?
絢辻さんは大事な何かを見落としてる……そんな気が、する。

でも、それは今はまだ言えない。
言うなら、しっかり準備の出来た時でないとだめだ。
原因も、理由も、キチンと説明できないと、だめだ。
「目標」は、彼女にとってそれほど大切なものだから。
もしかしたら、僕のことなんかよりずっと大切に……。

「へっ……ヘックシュンッ!」
北風がまた吹いて、背筋から上がって来た寒気が鼻に抜けていく。
冷えてきた。

もう一つ……秘密のもう一つは、何なんだろう。
絢辻さんの秘密はいつも重いから、下手には突っ込めない。
なんとか、そのヒミツのドアを開けることができないものだろうか。

「あっ! こんなところにいた!」

そのとき後ろで、キィコゥ、と重い鉄扉の開く音がして、
少しだけ牙の覗いた可愛い声がした。絢辻さん、その人だった。
彼女は大きな黒目を左右に素早く走らせて、僕の以外に人がいないことを悟ると
たちまち「モードを切り替えた」。

「ねえ、悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれない? ヒマでしょ?」
「え……いや、僕は……」
「ヒ・マ・よ・ね?」

絢辻さんはすっかりいつもの調子で、冗談半分に僕を追い詰める。
いつもならもう少し抵抗を試みるところだけど、
気を紛らわせるには、何かの作業をしている方が都合が良かった。
「わかったよ」
「……? よろしい……」


    *   *   *


見えない首輪のリードを引かれ、連れてこられたのはいつもの図書室。
誰もいない、二人の図書室。
今日は二人、並んでの作業だった。
左の絢辻さんから右の僕へ、処理済みの書類が流れてくる。
ときどき、細い視線を感じるのはなぜだろう。

「そういえば」

今日は珍しく、初手が絢辻さんのターンだ。
くだらない雑談の口火を切るのは、いつもは僕の役回りだった。

「あなた、まだ進路調査の紙、だしてないわよね?」

心臓がはじけ飛ぶかと思った。まさにピンポイント爆撃だ。
手が止まるどころじゃなく、ガタリと椅子まで引きずった僕を見て、絢辻さんも手を止めた。
彼女が頬杖をついて姿勢を崩すと、小さな風が、ふわりと甘いにおいを振りまいた。
その甘い毒に誘われて目をやると、心配そうに。
大きな瞳が、一撃で僕の心を見透かすのだ。

「どうしたの? 何か悩んでるの?」
「ああ……うん。まあ……」
「何を?」
「……」

沈黙。
そうだ、それすら分からない。何を悩んでいるのか、そんな基本的なことすら。
明確なビジョンを持って生きてきた絢辻さんには、その気持ちは分からないだろう。
多分、15秒もない沈黙の後。
絢辻さんは、ヤレヤレダゼ、とばかりに鼻から息を抜いた。

「別に、そんなに悩むことないんじゃない?
 この時期なら、成績に合わせた大学を書いておけばいいのよ。
 修正はまだまだ、いくらも利くんだし。
 進学、するんでしょ?」
「ああ、うん。……多分」
「……多分?」

絢辻さんの猫耳がぴくりとはためいて、とたんに語尾にドスがきく。
まずい、怒らせた。
僕の進路で、どうして絢辻さんが怒るのかは分からないけど、なんだか知らないけど、怒らせた。
瞳からはさっきまでの心配そうな色は消え。
責めるような蒼い光が、鋭く宿っている。
僕はもういたたまれなくなって、その眼を見ることも出来なくなっていた。
うつむいた顔一杯に、哀しい気持ちが溜まっていった。

「あなたねえ」

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
僕なんかの進路のことで、機嫌を損ねてしまって。
僕から反応が無いのを見てとったのか、絢辻さんはまた、一つ深い息をついた。
心底あきれた、という風情だ。
情けない。
情けない?
何が?

「……もう。しっかりしてよね? そんなんで、この先大丈夫なの?」

手にしたシャーペンで、トン・トンと机を小突きながら、辛うじて、湧き上がる怒りに耐えている。
ごめんなさい。わかりません。
今の僕には、何も分かりません。

「そりゃあたしだって働くつもりでいるけど……。
 それをアテにされても困るでしょ?
 子供ができたらそうも言ってられなくなるし、そのうち、育……児……」

すみません。いつまでも絢辻さんの世話になるつもりは……あり……ま……え?
絢辻さんの言葉も、僕の頭の中も、なんだかおかしな方向に。
そのおかしさを各々で後追いするように、声も思考も、しおしおとフェードアウトしていった。

バッ、と!
うつむいた首を猛スピードでひねって、彼女の方を見ると。
絢辻さんは……頬杖をついたまま固まっていた。
その頬は……真っ赤だ。
焦点の合わない目を見開いて、額にじんわり汗をかいている。
さっきまでいらだちを露にしてたシャーペンを持つ手は止まって……否、小刻みに震えている。
あきらかに、「あたし、今なに言った?」という顔だ。
怒りに任せた、勇み足。
絶対、ものすごく、テンパってる。

「……絢辻……さん?」

恐る恐るの呼びかけに、一瞬、びくっと彼女の体が痙攣した。
油の切れた機械みたいに、ぎこちなく瞳を向ける彼女。
……聞こえてませんよーに、なんて、ムシのイイコト考えてたに違いない。

「……今……なんて?」

静かに、目が、合った。
短い沈黙の後、絢辻さんは……ニッコリ微笑んだ……んだけど、その刹那。
白くて丸いおでこから、珠になった汗が滑り、アゴまでいって、……あ、落ちた。

「……ねえ? 絢辻さ」
トン!!
僕の言葉を遮って、シャーペンが机を穿った。
黙りなさい。それ以上聞かないで。そう言ってる。
……のは分かるんだけど、聞きたい! 聞かせて! 絢辻さん!!

「あや……」
「ちょっ!……と、ごめんなさい。……お花、摘んで来るわね」

間をはずす、その極意は彼女の専売特許だ。
そう言って立ち上がった絢辻さんは、スタスタスタと、いつも以上に颯爽と。
ていうか、ただの超早足だ。
貸出カウンターの向こう、トイレのある方へと姿を消した。
一人残されて、僕は。

……そうか。
そういうことだったんだ。
だからあんなに……不機嫌になったのか……な?
だったら、僕は。
しっかりしなきゃ。
もっと、もっと真剣に、進路を、目標を。
これはえらいことだ。
だって、プリントを集めるのは絢辻さんなのだ。
いい加減なことを書いてたら、たちまち鋭いダメが出されるに決まってる。
フツフツと沸き上がる新しい闘志の中、僕はより具体的なプランを求め始めた。

「ふぅ……あー、我ながらびっくりした……。気をつけないと……。
 ごめんなさい、お待たせ。さて、作業の続きを……」
「あ、絢辻さん、おかえり! 一つ聞かせて、子供は何人欲し……」

ブン、と北風より鋭く。
白くて小さな握りこぶしの手の甲が、僕の眉間に突き刺さる。
その日の記憶はそこから途切れて、先のことは憶えていないけれど。

大脳皮質の奥の奥、宝物入れに刻まれた、
思わぬ拍子に転がり落ちた、「秘密のハズのもう一つ」。

ホントに、全く。
絢辻さんは、分からないことだらけだ。







 ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 

    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3
    16 第六部 終章 PRE STORY その1 (SS)

    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク

 


 

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