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2009年5月 6日 (水)

■手帳の中のダイヤモンド -08- 第二部 -更新第208回-

 
 
 ◆『アマガミ』 絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
 ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク

 
オイサンです。
『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画、「手帳の中のダイヤモンド」、
今回はその第7回目です。

  この記事は、近代ギャルゲーのシナリオとして屈指の深度と完成度を誇る
  絢辻さんシナリオの、解読の一助とならんがため……
  家族から愛を与えられず、
  優秀であるがゆえに対等の友人も持てず、
  世の中に対して斜に構えることしか出来なかった……
  だ  け  の  ヒ  ロ  イ  ン  で  は  決  し  て  な  い、
  絢辻詞というキャラクターの本心・本質・本当の姿を読み解くための副読本として
  オイサンが色んなものを削ってお送りしております。

今回から第二部「絢辻さんの目標」編にはいります。


  ■第一部までのおさらい


第一部では「学校生活編」として、大きく
  ・絢辻さんは、なぜ、いつから猫をかぶっているのか
  ・その猫かぶりの性質とは
  ・猫のメリットと弊害・周囲との関係性
  ・裏と表、さらにそのハザマにいる絢辻さん
ということについて読み解いてきました。

そしてそこで見えてきたのは、
  ・発端には「家族」との関係があること
  ・「家族」を克服するために「目標」を掲げたこと
  ・「家族」「目標」の双方を満たすために、二匹の猫をかぶっていること
など、幾つかの絢辻さんに関する事実。
そしてまた、コマゴマとした謎を読み解いてはきましたが、
  ・家族との間に一体何があったのか?
  ・「目標」の正体とは?
  ・絢辻さんは、なぜクラスメイトたちの前で、猫を脱いだのか?
  ・幼い絢辻さんが犯した過ちとは?
などの謎が、まだまだ残されています。
詳しくは以下の目次からご参照下さい。

 ■手帳の中のダイヤモンド
   01 前口上
   02 Pre Story 1 絢辻詞という「少女」
   03 シナリオのアウトライン
   04 シナリオ解読 学校生活編 Pre Story
   05 シナリオ解読 学校生活編 その1
   06 シナリオ解読 学校生活編 その2

今回はその中の絢辻さんの「目標」に迫ってみたいと思います。

 ■参考図書の紹介
  アト非常に評判がよくないのですが、
  この『アマガミ』論の中では、何故か
  『はじめの一歩』と『バキ』シリーズになぞらえた置き換えが頻出します。
  良く分からない方は、どちらも非常に面白いマンガですので
  これを機会に是非お読み下さい。
  はじめの一歩 79 (79) (少年マガジンコミックス)はじめの一歩―The fighting! (77) (講談社コミックス―Shonen magazine comics (3705巻))グラップラー刃牙 1 完全版 (1) (少年チャンピオン・コミックス)バキ―NEW GRAPPLER BAKI (No.28) (少年チャンピオン・コミックス)範馬刃牙 8 (8) (少年チャンピオン・コミックス)

  いろんな場面で使えることウケアイです。


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  ■第二部■ 目標 ~Shadow of DIAMOND
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「この絢辻詞には夢があるッ!!」
ドッギャアアァァーーーーーーン!!

……と、絢辻さんが言ったか言わなかったかは別として、
あれ絢辻さんどうしたの怖い顔しt

   ズガッ!( ← 殴られた)

……失礼こきました。
参考図書に『ジョジョの奇妙な冒険』も追加することにします。



  ■メルクマールはブラックダイヤの輝き



物語の中盤、絢辻さんは主人公に本性を露わにした直後から
ことあるごと「目標」という言葉を口にし出します。
それは具体的に何なのかは、あるとき会話モードの中で、
ポロッと絢辻さんが話してくれました。

「一つは医療関係。もう一つは秘密」

  秘密だという「もう一つ」については諸説ありますが、
  マ普通に解釈すれば、「スキ」ルートBestエピローグで語られるアレです。
  あまりにベタで、くすぐったいので書きません。
  だってノロケになっちゃうもんなあ! (←バカ)

  ただ、オイサン的には、アレとは別に、
  何かもう一個、目標を隠し持っていると考えた方が面白い、
  とは思っています。

  それに、そのことが語られるのは会話モードの中ですから。
  イベントを実行するタイミングによっては、
  辻褄が合わない場合もあるのでは? と勘ぐっています。

いずれにせよ、この「目標」が具体的になんであるか、ということは、
あまり意味のある話ではありません。
それは、知ってさえしまえば終わる話です。

本章のポイントはあくまでも
『アマガミ』の物語の中で、
絢辻さんの心が「目標」をとりまいてどのように移ろっていったか、
時々のシーンの中で、絢辻さんが何を考え、
どのように感じ、あのような行動をとったのか?
について考察することです。

そうすることで、謎多き『アマガミ』シナリオの、
面白さ・精緻であることを理解することが、
この「手帳の中のダイヤモンド」の意義なのです。
その意味に置いて、この「目標」は、シナリオ全体を貫いて、
大変にわかりやすい指針をもっています。



  ■黒きダイヤの中心に



先ず冒頭でも書いたように、絢辻さんの心の中心には、
いつも「家族」がいます。
それは、決して良い意味ではありません。

彼女にとって「家族」とは、常に昏らき情熱の源です。

家族に振り向いてもらえない、家に居場所がない。
そうして寂しい少女時代を過ごした絢辻さんが考えたのが
「ならば、外にそれを求めよう」
ということでした。

  この辺の詳しいところは、「家族」の章で書きます……
  というのは前回でも散々書いたとおり。
  ちなみに、前回の終わりでオイサンは、
  絢辻さんを『はじめの一歩』の主人公・一歩になぞらえましたが、
  こうして考えると、その立場は実は、鷹村に近いことが分かります。

誰もがひれ伏す能力を装備して、社会に出て功を成し、
揺るぎ無い自分の居場所を作り上げること。
居心地の良い安息を、家の外の世界に求めたのです。

その「社会に出て功を成す」部分が、すなわち「目標」であり
具体的にいうのなら、それが「医療関係の分野で」ということになるのでしょう。

そして、来たるべきその時のための基盤を作るべく、
絢辻さんはたゆまない努力と、
徹底した己のメリット追求の人生を歩み始めたわけです。

……しかし、それが正常に機能したのも、
彼女が17回目の誕生日を迎えた秋が終わるまででした。

17歳の冬。
彼女の漆黒のダイヤモンドに、一条の亀裂を走らせる事態が勃発します。



  ■亀裂 ~ブラックダイヤを砕く一条の光



サテ、ちょっとここで考えてみましょう。
絢辻さんにとって、目標ってなんなんでしょう?

  お前バカだろ、とツッ込んで下さった方、
  ありがとうございます。

曰く、医療関係。
曰く、冷たい家族から脱するための物。

上で書いてきたことはどちらも正解ですが、
もっとド真ん中にえぐり込んだ答え、
それはズバリ「価値観の源流」です。

物語序盤、絢辻さんが主人公の前で猫を脱ぐ、その前後で彼女は、
頻繁に「価値観」という言葉を使い、
頻度こそ下がるものの、その傾向は終盤まで続きます。

  「彼は、私とは違う価値観を持っているのかな?」
  「私とあなたは違うの。
   あなたの価値観を押しつけないで」

絢辻さんの価値観とは、
「人への行いはすべて自分のため。
 自分に返ってくるものを求めるために、人と関わる」。

反して、主人公は……
特に、価値観なんてものを持ち合わせません。
もちろんなにがしかの判断基準はあるのでしょうが、
それに対して無自覚で、自分が……まあ、とりあえずその場で良いように、と
周囲と自分の位相をすり合わせ、無意識の善意で行動を繰り返すのです。

ときにそれは、絢辻さん自身にも及びました。
放課後の教室で、一人委員の仕事に耽る彼女を見かけては、
彼は「手伝おうか? 僕、ヒマだから」と
一切の損得を勘定に入れず、無防備な笑顔を向けて来ます。

それまで、絢辻さんの能力の高さや美貌を狙って、
似たような手口で近づいてくる輩はいましたが、
絢辻さんは悉くその意図を見抜き、撃墜、あるいは手の内に丸め込んできました。

しかし彼にはそれが通用しませんでした。
何しろ、彼にはそもそも邪気がない。
あるとすれば若干ヨコシマな妄想くらいのもので、
彼の行動は「なんとなく」「無自覚に」「むにゃむにゃと」実行されていきます。
それで、まあ、僕も周りも、幸せだったらいいじゃないと。

「今の僕の時間は、世界の余り物で出来ているんだ」
と言わんばかりです。

  ところで面白いもので、この辺の構図は
  「悪の殺人拳の使い手が、
   殺気のない活人拳の使い手の技に反応できずに負けてしまう」
  という、格闘漫画のストーリーラインに似ていますね。
  閑話休題。

そんな彼に絢辻さんはいらつき、時に

  「お人好しも度を過ぎると目障りだわ」

などと、強い言葉で噛みつきます。

……そらまあ、そうでしょう。
本来、誰もが生まれながらに持っているモノを、
家族から与えられなかった絢辻さん。

未来にそれを奪還するため、
「目標」までの最短距離を、最速タイムで通過することが
彼女が自らにかけた呪い……すなわち、彼女の価値観です。
その前を、ちんたらちんたら走られた日にゃあ、もう……


  噛  み  殺  し  て  や  ろ  う  か  !!


……彼女の従順な二匹のしもべが、牙を剥かないわけがありません。
ちなみに、これがタイトルであるところの『アマガミ』の由来です
(多分ウソ)。

自分と真逆の生き方を実践する脳天気な少年を、
賢明にして知に凶暴な絢辻さんは、看過することが出来なかったのです。
それがイベント「あなたをあたしのものにします!」です。



  ■夜空を映したダイヤモンド



手帳を主人公に拾われ、自分の正体を、図らずも自ら明かしてしまった絢辻さん。

それまでは遠巻きにしか、
主人公の行動と、その根元にある「価値観」を感じることが出来なかった彼女は、
否応なく狭まる二人の距離の中、ますます彼の特殊性を目の当たりにし、
あるとき、一つの決断を下します。

自分とは真逆にある主人公の価値観、その中心には一体何があるのか?
それを知るために、より彼の懐に切り込んでいくのです。
人気のない校庭の片隅、花壇のそばで言い放つ

  「あなたをあたしのものにします!」

ドギツイ言葉で語られるこのイベント。
絢辻さんのセリフをそのまま借りると、

  「あなたは素直すぎて、無防備で、危なっかしい。
   だからあなたをあたしの管理下におきます」

  「だけど、それに気付いてあげられるのもあたしだけなのよ」

  「あなたに対する束縛はないわ。
   ただ、あたしが少し見方を変えて、
   今までよりも近い場所であなたのことを見るだけ」

  「……問題、ないかな?」

となります。
……例によってラストの一言は別に要りませんが、
オイサンこのセリフが大好きなので書いちゃいましたー!
ヤッホーう!(←死ねばいい)

恐らく、これらのセリフと、このときの絢辻さんの気持ちとの間に
ウソやズレはないでしょう。
絢辻さん自身も、このときは、
この言葉がすべて自分の本音だと思ってしゃべっています。

しかし、彼女の心の中心……今はまだ黒く光るダイヤモンドの中核では、
既に気付き始めているのです。
主人公の「価値観」の中にこそ、自分が一番欲しいものが眠っていることに。

……思い出してみましょう。
絢辻さんの価値観が、何によって生み出されたのか。

それは「目標」です。
「目標」を、一刻も早く達成するために、
彼女は周囲を、他者を、メリットの発生源として認識することしか許されてきませんでした。

では、なぜその「目標」を掲げなければならなかったのか。
それは「家族」です。

自分のコトを、あたかもいないように振る舞う、
「過剰にエリート意識の高い父」と、
「一つの物の見方しか出来ない母」。
「目標」は、そこから脱け出すため
その重力圏から脱け出すための、第二宇宙速度を発生させるためのエンジンです。




  ■安らぎのピンクダイヤ



ではここで、オイサンから新たな質問です。
「絢辻さんが、本当に欲しいものは、何だったのでしょう?」

  ……あ?
  「わからねえ」だあ?
  ……このトンチキにぃにどもが!
  てめえらみてえなのは、父の日ギフトと母の日ギフトを20kgずつ背負って
  ビーバーといちゃいちゃしながら『アマガミ』20周!
  オラ終わらさねえと帰れねえぞ!!

いつしか、彼女は見失っていたのです。
「目標」は、安息を得るための物であったこと、
本当に欲しい物は「目標」そのものでも、そのために頑張ることでもない、
「無償の安息」であったことを。

……はじまりの絢辻さんは、家族に振り向いてほしかっただけなのです。
優しい、温かい家族。
過剰なものや特別なものでなくても良い。

普通に働いて、休みの日、たまーにでも
一緒に遊びに連れて行ってくれる普通のお父さんと、
普通にゴハンを作ってくれて、普通に叱り、褒めてくれるお母さんと、
普通に自分の前を歩き、ケンカもし、たまには相談にも乗ってくれるお姉ちゃん。

そこでは、怒られもするし、ケンカもするし、
ああしろ、こうしろとうるさく言われることもあるでしょう。

けれどもその真ん中では、人は、何が出来ても、出来なくても、
自分がそこにいる、ただいる、生まれてきたことが何よりの幸せであり、
喜びであり、価値であることを実感できる場所と関係。
存在することが価値であり、愛おしさをもって迎えられます。

それは、実は誰もが生まれながらに持っている(べき)物です。










  ──絢辻さんには、それが与えられなかった。
  その深い絶望の闇は、聡明な絢辻さんをして
  過ちの淵に耽溺せしめるに十分な暗さをもっていました。










先の章でも紹介した重大イベント「わたしはだぁれ?」でも、
絢辻さんはこんな風に言います。

  「あたしは、早く社会に出て、自分の居場所を獲得したい。
   そのためには負けられない。立ち止まっていられない」

居場所。家。HOME。無償の安息。
それこそが絢辻さんが真に求めたものであったに違いありません。
果たして、社会にそれがあるでしょうか?
居ても良い。
功績に応じて、認められる。
それはあるかもしれません。

しかしそれで済む話ならば、それは学校でも良かったはずです。
猫という名の仮面をかぶり、先生に、クラスメイトに、チヤホヤされていさえすれば、
絢辻さんは幸せでいられたはずなのです。
しかし、彼女はそこで満足できなかった。

何故か。

本当に振り向いて欲しいものは……かつて、自分という存在を認識のうちから切り捨てた
「家族」だったからにほかなりません。
そのためには、父の、母の、しみついたエリート意識を凌駕するだけの
突破速度を発生させるしかなかったのです。
だからこその、ターゲットとしての「社会」。

社会を目指すことで、失われた家族からの「無償の愛」を奪還する、
……そんな物語です。


そこで主人公です。
17歳の冬の初めに出会った彼が持っていた物は、無償の衝動。
絢辻さんからすれば認識不能のそれは、衝動であり、善意でした。

ときにそれは無邪気な微笑みを伴い、絢辻さん自身にも向けられました。

それまではアウトボックスから様子を見ることしか出来なかった絢辻さんは、
自ら発した「あたしのものにします」宣言により
主人公に対してインファイト、足を止めての打ち合いを要求します。
そこで見た風景は、これまでの自分では見えてこなかったものでした。

「これが幕の内一歩の見ている世界か!」
……と、インファイトに開眼したアウトボクサー板垣よろしく、
その自分と正反対の価値観の世界に、
いたく心を、チクチクと、きゅんきゅんと。
刺激されることになります。

  ……マ、物理的に滅多打ちにされるのは
  主人公の方なんですけども。

  この辺りの話は、「目標」というよりも「恋」に近い話なので、
  「恋」に関する心の動きについては、後の「絢辻さんと恋」の章で
  詳しく読みたいと思います。

ともかくも二人は、恋人ならぬ「不思議な契約関係」を結ぶことになり、
お互い一番近い場所で、その心のありように触れていくことになります。

そして……いよいよ、自覚的に見つけてしまいます。
自分が、本当に欲しかった「無償の安息」。
それが、彼の胸の中にあったことを。

その発見によって、幸せ街道まっしぐら!
……になれるほど、絢辻詞、17歳。
単純ではありませんでした。

  ……そんなあっさり行くくらいなら、
  オイサンだってここまでやられてねえよ。

二つの価値観のはざまで、
絢辻さんの過去と未来の、破壊と再生が始まります。



  ■人という闇の深淵
    ~ブラックダイヤモンド・閉ざされた光の中で



絢辻さんは、自分の打ち立てた「目標」の先に
自分が真に欲するものがあると信じて疑いません。
当然です。
自分の17年という苦悶の時間が、それを支えているからです。

けれども、目の前にぽっと現れた、自分と比べてあまりに幼い少年は、
自分と正反対の価値観をもちながらも……
何故か、自分が一番欲しいものを持っていました。

否、それは不正確。

一番望んでいた物が、自分とは正反対の価値観と抱き合わせで、
彼の胸の中にあったのです。

当然、絢辻さんは戸惑います。
このままいけばいいのか。
180度折り返して、彼の胸に飛び込めばいいのか?
では、自分の17年の意味は?
それに、これまでの道が間違っているとも思えない。

けれども、確かに感じるものがある。
それは、主人公が傍にいることの安心感、
共に過ごす時間のあたたかさ。

ただの頭でっかちなヒロインであれば、
そんなものはまやかしだと切って捨てる場面です。
それが出来れば、絢辻さんだってもっとラクにいられたはずです。
けれども、彼女は聡すぎました。

理屈で測れない感情や、
こころが、体が感じる理不尽な真実は、
実はそれこそが現実の正体であり、この世界の本当の姿であることを、
……幸か不幸か、知っていたのです。
誰より敏感な、失ったはずの絢辻さんの「少女」は。

これまでの自分の姿に自信と確信を失った絢辻さんは、
これまで以上に、「目標」への執着を強めていきます。

そして、機を見計らったように勃発する、クリスマス委員のツリー問題。
クラスメイトたちの造反によって絢辻さんは猫を脱ぎ去ります。

新しい価値観との出会い。
そしてその中心にあるものと、本当の自分の望みの発見。

  「ここしかない」

絢辻さんはそう思ったに違いありません。
新しい戦いを始めるなら、ここだ、今だと。
もしかすると、くだらない謀をこのタイミングで巡らせた隣のクラスのバカ女に、
一抹の感謝の念すらあった可能性があります。

  「……ありがとう、黒沢さん。
   あなたのおかげで、あたし、また一歩先に進めるわ。
   だから、せめてものお礼に……受け取って頂戴。
   ……新しく手に入れた力、
   そ  の  最  初  の  一  撃  を  !」

そんなうすら恐ろしい咆哮が聞こえてくるようです。

これまでの自分の価値観の先にあるものと、
新しい価値観の深奥で眠る、本当に欲しいもの。
何がどう変わるか分からない、
どちらが正しいかも、今の自分では測れない。

だけど、戦おう。

これまでの道が過ちならば、自分には正すことは出来ないだろう。
17年という時間を切り捨てるだけの勇気は、今の自分の中には、まだ、ない。
だけど、……今は彼が近くにいてくれる。
「私」に見えない過ちも、彼がきっと、正してくれる!
そんな安心感が、彼女を戦いに赴かせたに違いありません。


勿論、そんな戦いがラクなものであるわけはありません。


その二つの「価値観」のはざまで揺れ動く様は、
幾つかのイベントで、激しく、哀しく描かれます。
このあたりが『アマガミ』絢辻さんシナリオ・「スキ」ルートの白眉です。
その4つの流れをご紹介。


◆一つ目◆ 「もう一人は嫌……」
一つは、図書館での出来事。
主人公は、いつものように仕事の手伝いを絢辻さんから頼まれます。
しかしその日、先約のあった主人公は、
あとで図書館で落ち合う約束を取り付けて、先約を果たしに行きます。
その後向かった図書館で見たものは、独り、悲鳴に似た嗚咽をもらしながら
ノートを引きちぎる絢辻さんの姿でした。

  「私、いつまで頑張ればいいの……!」
  「早く……なりたいよ」
  「助けて……

時に情緒が不安定になる、と絢辻さんは言いましたが、
目の前にある一つの安息を素直に手に入れられない、
その苦悩が痛々しく描かれています。
頑張り続けなければならないことへの苦悶が、絢辻さんを苛みます。

そしてまた……社会に出、功を成したとしても、
その苦悶から解放されることはありません。
社会とは、そういう場所です。
功を成せば、居場所を獲得することはできるかもしれない。
しかしそれを維持するためには、無限の頑張りを続けるしかないのです。

絢辻さんの真に求めるものはそれではないと、如実に語られるヒントのシーンです。


◆二つ目◆ わたしはだあれ?
毎度お馴染み「わたしはだぁれ?」でございます。
イベントの中で、絢辻さんは言います。

  「あたしには自分がないの。
   はじめから、自分の世界を持つことを許されていないから」

  「絢辻……? そっか。
   じゃあ……わたしはだぁれ?」

  「あなたがいると、私の本当の目標が何なのかわからなくなるのよ……
   追いかけてきてくれたことはうれしいけどね……

これらの言葉から、絢辻さんは
自分を動かしているのは元を辿れば家族という昏らい原動力であり、
プラスの感情で自分から何かを求めたことが無いと語り、
外圧から逃れるためだけに一生をささげようとしていることに
気付き始めていることが読み取れます。
けれど、それももう変えられない、でも逃れたいと思っている。

そしてまた、主人公のもつものと価値観に誘惑され、
それまでの自分のすべてであった「目標」への確信を見失うことで、
自分という存在がどんどん希薄になりつつあることを
感じていることもまた、読みとることが出来ます。

  このイベントだけでどんだけの情報量だよ、と思ってしまいます。
  実はこのイベントにはもう一つの解釈が隠れています。
  というか、どっちも表に出ているので、隠れているわけではないのですが。
  一つのイベントにこれだけの語りを盛り込むことが出来るとは、と
  絶賛の拍手を送りたくなる、屈指の名イベントです。
  明らかに天才の仕事です。


◆三つ目◆ 「あなたにだけは言われたくない!!」
そして、教室で起こる一幕。
家での勉強にチカラが入り過ぎて、具合悪そうにしていた絢辻さんに
主人公がいってしまった無防備な一言。

  「目標のためもいいけど、辛そうだよ。
   そのままじゃきっと、良くないよ」

絢辻さんは逆上します。

  「誰に何を言われてもいい。
   あなたにだけは言われたくない!!」

これはもう……なんというか。
自分の中の二つの価値観のせめぎ合い、
その片棒担いでるお前が言うな! ……という、
実に分かりやすい一幕です。

内実は
「あなたに言われるとイッパツでグラッと来ちゃうから黙ってて!」
という切実な反応なのですが。
この事件がきっかけで、しばしの間、二人は断絶に陥りますが、
やがて、主人公の真摯な説得と献身によって
二人は絆をより強固なものとします。


◆ラスト!◆ 「私の唇を奪ってっ!」
最後は、絢辻さんが覚悟を決めたあとの一幕です。
主人公を校舎裏まで誘導した絢辻さんは、
これまで聞いたこともないような可愛い声で訴えます。

 「あたしの唇を奪って!」
 「そうだけど、そうじゃない。
  奪うところに意味があるの!」

そうしてことを終えた後、

 「頑張ってみるから……」
 「あなたに知り合えて、本当に良かった……!」

と、一人去ってしまいます。
物語の上では、ここまでに二人は既に何度も唇を重ねているので、
それを改めて、顔を真っ赤にして訴えかけてくるのには
当然何らかの意味が込められています。

これはもう明確に、過去の過ちをただし、
素直に目の前の安息を手に入れようとする、
そしてこれまでの「目標」を、捨て去りはしないまでも、
「欲しい物を手に入れる手段」としての「目標」の位置づけを
改めることの意思表示です。

まったく、キス一つするにも面倒くさい女です。
まあそこがカワイイっちゃあカワイあれ絢辻さんどうしたの怖い顔しt

   ズガギャッ!!( ← エライ殴られた)

……失礼こきました。


  ……。


……あの、今こうして書き進めるほどに思います。
本当によく練られたシナリオです。
作者の苦悩、工夫がもう、痛いほどに沁みて来ます。

ファンタジーやSFなどではない、
学園というありきたりの世界の中で、
これほどまでにある意味壮大な物語を描けることに、オイサンは感動します。
否、むしろ、
人の心の営みというものがこれほどまでに緻密に壮大であることに気付かせてくれた
この物語に感動するのです。

ファンタジーもSFもトンデモも、
つまるところ描くのは人間の姿です。
「ファンタジーだから・SFだから、描ける人間の姿」というものも確かにあるでしょう。
しかしそれは、架空の、あるいは現実の延長線上に据えた前提に基づいたものです。

ぶっとんだ設定や面白い造形はいらない、
ただ自然であることが、人間を描く物語の面白みであるのだと、
静かに語ってくれたような気がします。

と、まとめぶった感想を書いておきながら、
「目標編」はまだもうちょっとだけ続きます。



  ■ブラックダイヤの砕けた後に ~「目標」が導いたもの



こうして、絢辻さんの「目標」との戦いは一つの区切りを迎えます。

勿論、『アマガミ』の物語が終わりを迎え、主人公と絢辻さんが
めでたくゴールインしたとしても、
絢辻さんは「目標」そのものを捨てることはないでしょう。

その先に、あまりに切羽詰まった安息を求めることはしないでしょうが、
医療関係で功を成したいという気持ちはきっと、持ち続けて行くと思うのです。

ここで一つ、もしもの話をさせて下さい。

もしも、絢辻さんが、本来の目標であるところの「社会での成功」を見事収めたとして。
絢辻さんは本来欲しいハズであった「無償の安息」を
手に入れることが出来たでしょうか?

  高校生くらいの学生さんには難しい質問かもしれません。
  大学生のあなた。迷わず答えが出せたら就職活動はラクショーです。
  社会人で首をひねったあなたは、一度足元を見直した方が良いかもしれませんね。

答えは「NO」です。

社会、ことに資本主義社会で認められるということは、
所詮は実績や、利用価値や、利益の追求に寄与する、ということです。
それは、絢辻さんが得意としながらも自らを苦しめている
「さみしい共生・利用の関係」の、ただの最終形と言ってもいいでしょう。

  もちろん例外はあるでしょうが、
  基本はそう思って間違いありません。

そこで「価値」を認められたとして待っているのは
さらなる実績・さらなる寄与への期待であり、
無限のガンバリの要求です。
たとえ誰に認められ、賞賛されようとも、
そこには絢辻さんがこころの中心で求めた「無償の安息」はありません。

前章でオイサンが述べた、
「聡明な絢辻さんが、幼い頃に犯した過ち」
とはまさにこのことです。

では彼女の17年という時間はなんだったのでしょう。
……無駄……だったのでしょうか?

これもまた、答えは明確に「NO」です。
上でも書いたように、イベント「わたしはだあれ?」において、
絢辻さんは「私には自分が無い」と言います。

……そんなこと全然ないと、オイサンは思うんですよねえ。

ある会話モードの中で絢辻さんが言いました。

  「学校の宿題なんかに時間をかけてる暇はないの。
   やりたい勉強がやまほどあるわ!」

……ただの会話にしては、
この言葉はオイサンの耳に妙に残りました。
それは多分、声優である名塚さんの演技のせいだと思うのですが、
やけにイキイキと響いたのです。

彼女は、今の生活を愛している。
家族との関係はともかく、
自分を律し、高みを目指し、多くを学びとることを愛しているのだと
実感させる一節です。

そうして生まれた自発的な意思や興味や感動を、
「自分」と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
暗黒のはずの17年は、確実に彼女の「自分」を作り上げたと言っても
差支えないと思います。

それに、何より。

上でも述べたイベント「あなたをあたしのものにします!」
で、絢辻さん自身が言った一言。

  「だけど、あなたに気付いてあげられるのも
   あたしだけなのよ?」

17年を費やし、能力を磨き、周囲を見渡す力を身につけてきたからこそ、
自分が本当に必要とする存在……主人公に出会うコトが出来たのです。
彼女の救いは、彼女自身でつかみ取ったと、
コレマタ言ってもなんら差支えないと、思いますけどね。



  ■次回予告!!



以上で、本章「目標編」は終わりです。
目標やら価値観やら家族やら、
いろんな要素がひっ絡まり合って分かりにくいかもしれませんし、
ちょっと色々解釈を引っ張った感もありますが、
マ間違ったことは書いてないんじゃないかなと思います。

……ただね。絢辻さん。
あなたは、
「目標を追うコトがすべてで、自分には自分が無い」
って言っていたけど。
スットコドッコイなオイサンから一言言わせてもらうとサ。

 ……目標を追うコトが出来なくなった人間も、
   自分がなくなっちゃうんじゃぜ?

以上、意味深な言葉を残しつつ。
オイサンでした。

サテお次は、
ダイヤモンドの少女・絢辻詞を駆り立てた「家族」について
掘り下げていきたいと思います。
果たして、家族と絢辻さんの間に一体何があったのか。
絢辻さんにとって姉の縁さんとは一体?

次回、『アマガミ』絢辻さんシナリオ攻略特別企画
『手帳の中のダイヤモンド』第三部!





  「家族 ~はじまりの歯車」





あしたも元気に早起き!(違っ)







 ◆『アマガミ』絢辻さんシナリオ解読企画 「手帳の中のダイヤモンド」 目次
    01 前口上
    02 序文・絢辻詞という「少女」
    03 第〇部 物語のアウトライン 

    04 第一部 学校生活編 PRE STORY (SS)
    05 第一部 学校生活編 その1
    06 第一部 学校生活編 その2

    07 第二部 「目標」編 PRE STORY (SS)
    08 第二部 「目標」編

    09 第三部 家族編 PRE STORY (SS)
    10 第三部 家族編

    11 第四部 手帳編 PRE STORY (SS)
    12 第四部 手帳編 その1
    13 第四部 手帳編 その2

    14 第五部 恋愛編 PRESTORY その1 その2 その3 (SS)
    15 第五部 恋愛編 その1 その2 その3
    16 第六部 終章 PRE STORY その1 (SS)

    ◎『アマガミ』 絢辻さん SS 目次リンク

 
 

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