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2009年3月 4日 (水)

■その流れはひたすらに。 -更新第187回-

♪歩こー、歩こー。 私はー元気ー。
 エログロー大好きー。
 どんどんゆーこーおー♪


オイサンです。となりどろどろ。


前々回のおしまいで、
「久々に友人宅にお呼ばれした」なんて書いたわけですが。

楽しいわけです。
ええ、とても。
楽しいんですよ、ああいうの。

マ喧嘩したりすりゃフクザツな気持ちも残るんでしょうけど、
マこの歳になりゃ、遊びの中で大ゲンカしたりなんてのは、
酔っ払いか、よっぽどの大人物でないとしやしないでしょうし、
大概は「ああ楽しかった」で終わるワケです。

そう、楽しいんです。

ですけどね。
何も残らないんですよ。
ああいうの。


  それが、せつない。


遊んで、しゃべって、食べて、飲んで、笑って、
けれど、何も残るものがない。
持ち帰れるものがある場合というのは、非常に稀なんですね。

  イヤ、別にみやげを包めとか、なんかくれと言っているワケではない。

言葉でも、発想でもいい。
何か。
あとで「これは使えるな」とか「面白いな」と思える何か、
考えや発想やセンスが主になってくると思うんですが、
人との楽しい会話や遊びの中で、
そういう「後々まで残り、新しい発想のタネとなりえるモノ」を
持ち帰れることって、かなり無い。

それがあるときに「有意義だった」と思ったり、
「面白かった」と思えたりするんでしょうけど。
なにかこう、
「あー、楽しかった。
 ……はあ~あ」
みたいな、息を吐いて終わっちゃう感じになること、
あとで一人になったとき、やりきれない空気を感じてしまうコトが多いんですね。
飲み会なんか、大概そうだ。

  いや、重ね重ね、誤解されると困るんですが、
  楽しいし、楽しい事自体はとても嬉しいんですよ。

これは多分、オイサンが人と接しているときに、
そこまで感じ、取り込んでいる余裕がないということも
大きな要因としてあるのでしょうけども。
リアルタイムの処理がヘッタクソですからね。
この人。

皆さんはどうですかね。
大概の場合に新しい発見てあるもんですかね。
そいとも、人と触れ合うことにそういうものを求めること自体が
マチガイなんでしょうかね。

ほんと、しゃあねえな。
俺は。

 

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