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2009年2月25日 (水)

■風穴の奥にモスクが見える。 -更新第183回-

残業中、『ニンジーンLoves You Yeah』をヘビロテしてたのですが。
中島愛の声で「燃えるでしょ?」と言われると、
なんかそれだけでムラッと来てしまう自分に気づきました。
オイサン@ニンジーンLoves You Yeah!



まあムラッとか言ってもですね、
オイサンは全然、自分の管が好きじゃないんですよ。

わかります? 管。クダ。
繁殖のときに使うアレです。

すごいよねえ。
イザ繁殖するときになると、卵子に精子をかけるために伸びるんですよ?
グロテスクっつうか。
誰が考えるんだこんな仕組み。

  ……。

 神1「だからさ、あんまりカラダの外側にあると
    何かの拍子に傷ついたりするじゃん。
    やっぱ卵子はカラダの奥の方にしまっとくべきだと思うわけ。
    俺は」

 神2「じゃあどうすんだよ。
    そんな奥の方にあったら精子かけらんないじゃん。
    そっちから方式変えるか? 今さら?
    他の連中、全部その方式で作っちゃったじゃん。
    いっぺん潰すか?この星。

 神1「……管でもつけときゃいいじゃん。

 神2「クダぁ?

 神1「どうせさ、こいつら子供出すときの道はいるだろ?
    そっから突っ込んでビャーっとかければいいじゃん。

 神2「そんな長いの普段どうすんだよ!
    邪魔でしゃあねえべ。

 神1「普段は短くたたんどきゃいいだろ。
    縮むとかさ。

 神2「何? 繁殖するときだけ伸ばすワケ?

 神1「そう。
    そのときになったらこう、ジャキーンと。

 神2「長く硬くなるわけか……。
    ……やべえ、ウケる。ツボった。

 神1「な。かっけえ。マジかっけえこいつら。

 神2「……だめだ、採用。これ採用。
    お前発想すげえな。神じゃね?

 神1「まあな。お前もだけどな。


皆さんは好きですか?自分のクダ。
そーいうための管だと一度思っちゃうとねえ……どうにも……。

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■■■━ トライアングラー ━■■■
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管といえば、Yahoo知恵袋にこんな質問(?)が上がってましたっけね。

 ■夫のケータイ普通見ますよね?ロックをかけるのは、隠し事してる証拠?
  (Yahoo知恵袋)

Yahooはこんな役に立たない知恵を袋詰めにしてなにを企んでいるのか。

浮気……ねえ。
男性という生き物の仕上がりに、
結婚という制度(一夫n妻)が適合しないんだと思いますけどね。

別にオイサンは、浮気礼賛というわけではないですけどね。
事実というか、
生き物の仕組みから類推した、恐らくの事実としてのお話です。

浮気していいとは言いませんよ。
ダメなんです。

でも、ダメなのは
「法律上、そういうコトしたら、
 何かあった場合あなたが不利ですよ困りますよ」
「倫理的にダメなんですよ」
というダメさ加減でしかないのであって、
「絶対悪」ということにはなっていないのです。

そもそもオスの本能のデザインというのは、
メスの感情をいちいち慮ったモノには出来ていないワケです。

動物としての本能……というか、
「人間という生物系全体を成立させるために、
 男も女も、そういう風に出来ている」
という話なので、
男のためだけでなく、
女のためだけでなく、
「人間という種の保存のため」
に(ある意味仕方なく)そういう風に作られているんでしょう。

イザ、人類が絶滅の危機に瀕したときに、
オスはメスがどう思おうと知ったこっちゃなく、
個体に縛られずに繁殖に奔走できるように
出来ているんじゃないでしょうかね。

  オイサンはその辺センモンカじゃないんで
  詳しいトコは知りませんけど。

マ「今の社会はこういうルールだから」という状況に合わせて
そういう機能にロックをかけておけるような器用さがあればいいんですけど。
ソフトでハードを制御するのには限界がありそうな気がしますし。

もちろんね、イマドキの文明国の人間を、
単純に「動物」とぶった切ってしまうことにも問題がナイではナイでしょうし、
上記のような制御を実践して生涯を閉じるオスが大半でしょうけど、
オスは知らず知らずのうちに「本能に反する」という
随分なストレスを背負わされているのかも知れませんですな。

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■■■━ 貪欲なる系譜 ━■■■
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そんな生き物の仕組みと関係があるかどうか知りませんが。

ウチの父ちゃんは婿養子です。
ジイちゃんだか、バアちゃんだか知りませんが、
親父の苗字を変えてまで、ウチの苗字なり血なりを、
守ろうとした情熱の証がそこにあるワケです。

  マ血筋の方は残りますから、
  どっちかというと戸籍上の名前の系譜、
  「家」を残すことを重視してのコトでしょう。

ウチの父ちゃんだって、
自分の苗字に、そこから形成されるなんらかの感情や具体性に
愛着がなかったわけではなかったでしょう。
むしろ父ちゃんは、そういうものにすごく愛着を持つ人のように思います。

  ……まあ、それを振り切ってまで一緒になりたいくらい
  母ちゃんが好きだったのか、
  色々ガマンした挙句の結果なのかは分かりませんが、
  苗字を変える道を選んだわけです。

オイサンが物心つく頃、我が家には
ジイちゃん、バアちゃん、曾バアちゃんまでいた
(そのさらに前には曾ジイちゃんもいたらしい。
しかも、ジイちゃんも曾ジイちゃんも婿養子!)のですが、
父ちゃんが、そんな母ちゃん系の一族と一緒に住むには、
ガマンしなければならないコトも多々あったに違いありません。。

父ちゃんがそうまで犠牲
──という言い方は、あまりに大袈裟だったり
  誰かに失礼だったりするかもしれないのだが、敢えて──
犠牲を払ってまで、守ることに協力しようとした、
今オイサンの名前の上に乗っかっている苗字、
そして流れるこの血筋。

これらを、オイサンの気紛れと甲斐性の無さだけで、
亡き者にしてしまって良いのかといわれれば、
感情としては、あんま嬉しくないな、
父ちゃんの努力やガマンや犠牲をムダにはしたくないな、
と思うのだけど。

  それはかなり真剣に、切に思うのだけれども。
  ……如何せん、カラダが一切ついてこない。
  はてさて、本当に困ったものだ。

……別にね。
オイサンが一人でむやみ気紛れに結婚をしてね。
オイサン一人がこの先、なんかムニャムニャした人生を送って済むことなら、
別にジイちゃんバアちゃんやら、
父ちゃんやらの色々の努力情熱に報い無駄にしないために、
ホントそのためだけに結婚するのでも「まあ良いわいな」と思うのさ。

しかし如何せん、相手のあることだからねー。
結婚相手に、

「オイサンは、あなたのコト別に結婚するほど好きじゃないし
 興味も覚悟も全然ないんだけども、
 ウチの貪欲な先人たちの思いのためだけに結婚してくれますかい?」

って、言えないしね。
イヤ言えるけど、
うんって言わないだろうしね。
困ったもんだね。
なんで結婚って一人で出来ないんだ?

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■■■━ お茶の間大風洞 ━■■■
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やあみんな!
最近、クチを開けばテレビの話しかしないオイサンだよ!

しかしまあ、テレビの環境一つでここまで変わるとは思いませんでしたけども。
そしてきっと、言うほど何が変わったっていうことも、
実はナイのでしょうけども。

ですが、近年……ここ10年くらい?で一番、
「意図してテレビを見てるなあ」
と実感しています。

  「『テレビを見ること』をコントロール出来ているなあ」
  と言い換えても良いかもしれません。

これは、上手く使えばナカナカちから強いトモダチになるぞ、
という予感もあります。
マこの場合、エライのはテレビではなくて、主にレコーダさんですけどね。

  正直、「テレビなんてクダらねえ」という気持ちでいたこともありますし、
  今でもその気持ちの片鱗は、というか、
  今のテレビ放送に対する「クダらなさの確信」みたいなものは変わっていません。
  今のテレビは割合的に、かなりクダらない。
  それは事実で、しょうがない。

  まオイサンは、そのクダらなさもかなり好きで愛おしく、
  そのクダらなさを敢えてクダらなく作りだす人々の情熱、
  知恵なんかも、最近は相当に好きなのですが。

皆が皆、本当にこのテの機器を導入し、上手く使い、
『テレビ番組を見ること』をコントロールするようになれば、
そのことによってテレビ番組・テレビ放送そのもののあり方が変化して、
下らなくない、有意義な放送や番組のあり方になっていくんではないだろうか、
という新しい予感が大きくなっています。

……ようやくテレビ薄くしてHDDレコーダ買っただけのオッサンが
今頃ナニでかいコトぬかしとんねん、という感じですね。

……でもねー。
なんか皆さん、この機器の本当の性質というか存在意義というか、
そういうトコをちゃんと活かして使ってるのかなあと、
そういうギモンも沸いてきます。
未だに、リアルタイムに近いところで見るコトに
こだわってしまってるんじゃないかと、
憶測でそんなエラそうなことを考えます。

ビデオの延長としてしか、使っていない人が大半なのではないかと。
この機械はそうではないと、オイサンには思えるのです。

言ってみれば、これは小さくてプライベートな番組サーバなわけですよね。

次の展開としては、これの容量がでかくなる。

その次には、機器そのものがネットワークの向こうに行ってしまって録ることすら意識しない。
一日・一週間・一か月分の番組が全部ネットワークの向こうに溜まっていて、
見たいものだけを見る。

と考えれば、それは録画ではなくて、
放送の個人的なコントロールになりはしまいかと。

そうなってくるとイキオイ、番組は
「多くの人に見られるモノ」と「そうでないモノ」とに分かれ、
放送局は、多くの人が見たいと望むような映像を作る番組の企画・制作会社から
番組を買い、放映することになるでしょう。

今、視聴者に選択権なく放送されているテレビ番組が、
果たしてどのような基準で考え出され、作られて、
放送局がどのような値付けをしているのか知りませんが、
上記のようなありように変われば、そこに残る番組は
かなり「視聴者のふるいにかけられたもの」になるような気がします。

  余談ですが、そのとき選ばれる番組が、
  「今世間でクダらないとされているモノ」なのか
  「もっと別な高尚なモノ」が選ばれるのか、
  実に興味のあるところです。

そうなってくれば、
多くの人から見られたがる番組には高い値がつき、
スポンサーもお金をだすのでしょう。

今のHDDレコーダは容量もそこまで大きくはないので
セルフ番組サーバ的な動きをするには全く不十分でしょうが、
それでも使い方によってはその縮図めいたことが出来るハズです。

あとは、そうして見られている番組の「見られ度」を
どう測定するかがポイントになるでしょう。

 これはまた余談ですが、アニメではもうそれと近いコトが起こっていると思えます。
 「本放送はDVDのCM」と言われるように、
 放送の1期目をやって、人気が出てたモノ、つまり
 「メディア版(DVDやらBlu-rayやら)を買う価値あり」
 と評価された(=メディア版が売れた)作品は、
 2期目・3期目が制作され、また流されます。

 お笑い番組なんかもそうですね。
 今DVDがやたらリリースされているのはそういう仕組みなのだと思います。

オイサンはあんまり競争競争言うのは好きじゃないですし、
競争の土俵に上らない、大衆の支持を集めるものではないけども
必ず価値があるモノというのもアリだと思うので
価値について一概に言うことは難しいでしょうが、
今回の不況に乗って、
CMのあり方やオカネのかけられかた、
それにともなった番組制作のあり方などが見直され、
残るところは残り、潰れるところは(残酷なようですが)潰れて、
再編が進むことに期待しないでもないです。


  ……。


テレビという物とそのクダらなさは、
今の(日本の)空気の中に、ポッカリとした大きな穴を空けている様に、
オイサンなんかは感じるワケです。

  それは、ものすごい間抜けな空洞です。

その穴は、それと向かい合っている間は
難しいことやツライことを考えなくても良い、考えなくて済む、
ワリと救いのある、隙であったり、油断であったり、
するんじゃないかなあと思うのです。

  なんかね、宗教というか、
  坊さんの説法とか、牧師さんの許しとか、
  そういうのに近い感じがするんですよね。

  ああ、ああ、許してくれるんだOKなんだ、
  ありがたいねえ、みたいなさ。
  とかいうと今度は坊主牧師連合会(何それ)に叱られそうだな。

それが好かん、ケシカランと考える人も世の中には多いみたいですけどね。
人生とは、もっと真面目で高尚であれよと。
常に何かを考えておれよと!

……でも、そういう人たちがそういうコトを言えるのも、
テレビが「そういう風に言われ役」を買って出てるからこそだ、
という面も、ナイではナイとオイサンなんかは感ずるワケで。
テレビの中の人たちにその気があるかと問われれば、
それはまた別のハナシになっちゃいますケドも。

なかなかね。
イマドキのヨノナカでは稀有なものだと思うんですけどね。
そういうのは。
皆ンななんか、キリキリして生きてて、
そうじゃないといけないとか、生きていけないとか、
感じてるように思えるので。

なので、そういう緩みの空間を、家にいながら形成出来るっていうのはね。
大事だと思うんだけどもなあ。
悪くないと思いますよ。テレビ。オイサンは。


マそんな感じで今日もまた。
オイサンでした。
ニンジン食えよ。


 

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