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2008年11月24日 (月)

■吾輩は猫であるⅤ~まっしぐらの間に間に -更新第164回-

ヤクルト飲んでヨーグルト食べてたら乳酸菌に脳を乗っ取られました。
オイサンです。

  乳酸菌「フハハハ!我々がいつまでも、ただ黙って利用されていると思うたか!」
  シ、シロタ君!責任をとってなんとかしたまえ!
  シロタ「なんとか? 責任……?
      フハハ、フハハハハハ!
      おかしなことをおっしゃる!
      あの子たちは、今、ようやく完成したんですよ!
      自我をもった乳酸菌としてねえ!
      これこそが私の研究の成果! 求めていた、最終形t

えーなんていうか、買い物帰りに気がつくと、袋の中身が
 ・牛乳x3
 ・飲むヨーグルトx1
 ・ヤクルト(5本パック)x2
だったのでこんな出だし。
お前どれだけ乳製品好きなんだってハナシで。
人は私を、乳脂肪弁慶と呼ぶ。
かと思えば、「カゼイ・シロタ株」が「カゼイ・シロタ妹」に見えたので死にます。

いやあ……休みの日に人に会ったりなんかするモンじゃないですな。
慣れないことをするとただ徒に疲労します。
今日はゲームの話題を二つ。


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■■■━ 5人目の坊っちゃん ~the Fifth Fauntleroy~ ━■■■
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リオンのほっぺたが赤いから
という、オイサン史上最も意味の分からない理由で購入され、
案の定、2年もの間ドッサドサに積まれていた『5人目のぼっちゃん』こと
『幻想水滸伝Ⅴ』に手をつけることにしました。

幻想水滸伝V Play Station2 the Best 幻想水滸伝V Play Station2 the Best

販売元:コナミデジタルエンタテインメント
発売日:2006/12/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

オイサンは発売日に買ったので、Bestじゃなくてフルプライスバージョンで持ってます。

  ここは世間の流れを意図的に無視し、
  徹底したマイペースで独りおそうめんを流し続けるブログ、
  『ゆび先はもう一つの心臓』。
  時代に、本流は一本でいい。

購入当初に序盤くらいまでは手をつけていたのですがデータが見当たらず(多分消した)、
すっかり頭っからやり直してみたところ……
なんだろう、実に雰囲気の良いゲームですね。
すごく上質、良質ゲームのにおいがします。

  リオンたんいいニオイクンカクンカとかそういうことではなくて。
  坊っちゃんのカカトの色っぽさも捨てがたいわけです。
  イヤ決してそういうワケではなくて。

このシリーズはPS版の初代第一作目『幻想水滸伝』だけをやって、
あまり良い印象がなかったのでその後のシリーズには手をつけていなかったのですが、
今回(つっても2年前の話ですが)上記のリオンちゃんのほっぺたのあまりの赤さに免じて
再度プレイする運びとなったわけです。

  イヤ、人生何がきっかけで良い方へ転ぶか、
  分からないものですな(分からな過ぎる)。

最初、名前登録画面でのフォントのこだわりの無さを見て、
「なんか気合いが入ってなさそうだな」と思ったのですが、
なんのなんの。
音楽とシナリオは太鼓判の二重丸です。
操作性、マップの広さ、戦闘バランスには若干の難を感じ、
システムやなんかはまだまだこれからですが、
それでもこのシナリオと雰囲気の良さで、全然やっていけそうな予感です。

脚本が丁寧、非常に丁寧。
キャラクター作りがとてもしっかりしているように思えます。
ゲームのキャラクターとして、デフォルメされるところはしっかりされているのに、
一つの人格として、あくまで地味に、リアリティを残すところはキッチリ守られていて、
プレイヤーが素の人格を保ったまま、物語のはざまに吸い込まれる余地が残してある。

 これがリアリティを残し過ぎると、地味過ぎて娯楽としてはパンチ力に欠けますし、
 デフォルメばかりが先行し過ぎると、
 現実離れし過ぎてプレイヤーはただの傍観者になってしまい、
 物語に自然に参加することができなくなります。

絶妙なさじ加減です、これはすごい、ちょっとすごい。
この間まで書いていた『ドラクエⅤ』とは、またちょっとちがったすごさです。

特に、一国の王子である主人公の母王が力にとり憑かれ、
女王としての立場と、母としての自分のはざまで揺れ動く、
その狂気と慈愛のせめぎあいの描かれ方などは素晴らしく、
どこぞの超有名最終ファンタジーゲームの及ぶところではありません。

宿屋の娘と一介の剣士の恋や、
その慕情につけ入って、権力を握ろうとする貴族の振る舞い、
主人公の父親の大人物ぶりなど、
のちのちこいつらが108星の仲間となってパーティに合流してくるのかと思うと
先が楽しみでしょうがない。

そうして人がリアルに出来ていると、物語の舞台のリアリティというのは自然についてくるもので、
舞台となる世界に、今どんなことが起ころうとしているのか、
どんな風が吹いているのかが、実感として感じとれてしまいます。

物語の端々で選択肢が挿入され、
物語の展開自体を左右するわけではないものの、
それによって場面場面での適切なロールプレイを主人公に求めてくる手法などは
陳腐ではありますが、物語への没入感を高めてくれます。
中だるみ・後だるみなどしないで、最後までこのテンションで進んでくれることを期待します。

  ・マップが3Dなのに回転させられない(障害物透過もしない)、
  ・ロードが多い、
  ・ボタンを押してからのレスポンスが悪い

など、ワリとクリティカルな点で微妙な難があるにも関わらず、
それを補って余りある魅力を感じます。
やっててドキドキする。
システムはオーソドックスなので、これから先の年末年始の夜長をこれで過ごしてみようかと思います。

あと。
ミアキスやリオン、リムスレーア妹王女など、
いちいちオイサンの大好物ばっかりで、「可愛い」というだけでは物足りなく感じてきたため
代わりに「いとしい」を導入することにしました。

  ミアキスいとしーい。
  リオンたんいとしーい。
  リムたんいとしーい。

  ……ーポーぴーぽーぴーぽーぴーぽーぴ。

おや? マンションの真下に救急車が停まったようだ。
何かあったのだろうか。

■幻想水滸伝Ⅴ 母親の名言



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■■■━ 心に残る、ふたつの言葉 ━■■■
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デ先日無事に終わったPS2版『ドラクエ5』ですが。
その中で、伝説の勇者である息子が、大体こんな趣旨のことを言うのです。

  「お父さん、魔界に行って、ミルドラースをやっつけよう!
   ボクは、そのために生まれてきたような気がするんだ!」

このセリフを聞いた時、オイサン、なんか無性に悲しくなっちゃってね。
お前さ、8歳かそこらでそういうこと言うなよ。
じゃあ、それをやり終えちゃったらさ、お前のその先の人生、どうなっちゃうんだ?
そっから先、お前はまだ何十年も生きていかなきゃならないんだぜ?

お前は、特定の何かをやったり、
何かになったりするために生まれてきたわけじゃないんだよ。
何やっても、何になってもいいんだと、言ってあげたい。

極端こけば、別に魔界に行かなくても、
ミルドラースをやっつけなくても、
その気がなければ、ビアンカママを助けに行かなくったっていいんだ。
それはお父さんがやりたいことだから、お父さん一人で勝手にやるよ。
その時間を使ってやりたいことがあるんなら、お前はそれをやればいい。

  ……まあ、ビアンカママは、助かった時に悲しいカオすると思うけどな。

「生まれながらに伝説の勇者」ってのも、
案外カースト制度と同じ、差別の一種なのかもしれんなあと、思ったりしたわけです。
自分の子には、こういうことは言って欲しくないなあと思った。
……コドモ出来る見込み、一切ないけど。


  あと、旧友ヘンリー王子の言った言葉。


オイサンは最近、人の人生には、
『自分のものであるパート』と、
『自分をつくった者(……それは親だったり、その他の誰かだったりするのでしょうが)
 のためのものであるパート』
の二つのパートがあると感じていて、
そしてそれらは、融合しているわけではなくて、
異なる二本の線が並行して走っている感じだなあ、と思うのです。

  本当はそれともうひとつ、
  「未来と過去とを繋ぐ、もっと原初的な流れのものであるパート」
  もあるような気がしているんですが、
  それはまた別のお話。

『ドラゴンクエストⅤ』の物語の中で主人公は、
自分をかばって死んだ父の足跡を追うと同時に、
父の遺志を継いで母親を探す旅の途中で大切な女性と巡り合い、
結婚をします。
つまり「親のための人生」を歩く途中で、「自分の人生」を歩き始めるわけです。

  ただまあ、「父の足跡、母の居所」というファクターは、
  言ってみれば自分のルーツ探しですから、
  すべてが自分のための人生と言えないこともないですが。

旧友のヘンリー王子が、あるとき
「親を探すのもいいが、
 その苦楽をともに出来る自分のパートナーが欲しいんじゃないか?
 親を探すのは、そのパートナーを見つけてからでも遅くないんじゃね?」
みたいなことを言うのです。

なんというかそれはつまり、
「自分のためのパートと、自分の作り手のためのパートは、
 どうしたってパラレルで走らせなきゃならないんだぜ?」
みたいなコトで、
物事を一つ一つシリアル(つまり一個終わったらハイ次、みたいに順番で)でしか
上手に処理できないオイサンには、非常に耳の痛い言葉だったのです。

正直、
「てめえ自分が片付いたからって(ヘンリーはマリアさんと結婚した後である)
 勝手なこと言ってんじゃねえよ」
と思わないではなかったですが、
ワリと心のやらかい部分を狙い撃ちにグサリとやられて、慌てたものです。

16年前、スーパーファミコン版でオリジナルを遊んだ時に心に残った言葉は、
ビアンカが二人の子供を生んだ時に言ったこのセリフ。


  「わたし、お父さんとお母さんって、
   私が生まれる前からずっとお父さんとお母さんだと思っていたの。
   だけど、違ったのね。
   二人もきっとこうして、お父さんとお母さんになっていったのね」


そして、サラボナの町の教会のシスターが、主人公の結婚式の時に言った、


  「昨日までは他人だった二人が、こうして家族として歩み始める。
   思えば結婚とは、神が人に与えたもうた不思議の一つかもしれませんね」


というセリフ。
当時まだ高校生だったオイサンには、とても衝撃的なせりふだったのです。
ホントにまあ、なんというか。
示唆に富んだ物語であることよ。

ついでに、ネタ台詞では今回以下の二つがものすごい和みました。

・どこかの町の酒場にて。
 楽屋で踊り子が「今日はお化粧のノリが悪いわあ」と言ってるのを聞いたあとに
 トー(娘の名前)が言ったこのヒトコト。

   トー「お化粧のノリがわるいわあ。
      ……言ってみたかっただけなの、ごめんなさい」

・ミルドラース打倒後、復興を始めたサンタローズの町にて。
 主人公の生家のあった場所に、見知らぬ人間が住み着いたのを見た、
 ミンタラ(息子)と母ビアンカの会話。

   ミンタラ「ねえ、あの人たち追い出しちゃだめかなあ」
   ビアンカ「ダメに決まってるでしょ!
        ミンタラ、つまんないことばかり言ってるんじゃありません!」

なんか、「つまんないこと」っていうのが当り前にお母んっぽく、ヤケにおかしくて。
大好きです。

マそんな感じで一つ。
相変わらずなオイサンでした。


 

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